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第35話「動きはじめる」
主人公はひとりの女のひと。

都会での暮らしにくたびれた主人公は、有給をとって久々に故郷に帰省することにした。

都会とは違った、懐かしくどこかホッとするような自然の香り―――……

主人公は身体にたまっていた疲れが次第に和らいでいくのを感じながら、ふと思い出す。

あの森……今もまだ残っているだろうか?

子供の頃毎日のように行っていたためか、いつのまにか隅々まで把握するようになっていた―――……あの頃の自分にとっては隠れ家のようなところ。

都会に出て何年と経ってしまったから、開拓も大分進んでしまっているだろう。

だがそれでも“あの森”が今はどうなっているのか気になった主人公は、我慢できずそこへ訪れようと決心した。

驚くことに、あんなに年月が経ってしまっているというのに“森”は昔と変わらずそのままの形を残していて、足は自然と動き今でも身体は“森”を覚えていた。

主人公はその事実に嬉しくなって、満足のゆくまで森を楽しんだ。

まるで子供のころに戻ったような、どこかくすぐったい感覚…
都会生活での嫌なこともぜんぶ忘れ、解放感が心の中に広がっていく。

“森”は、昔も今も、じぶんにとってかけがえの無い大切な場所だったのだ。

そして主人公は、その“森”でひとりの青年と出会い、恋に落ちることになる―――……


***** ***** *****


秋の文化祭で公開する予定の映画は、大まかに言うと大体こんな感じのストーリーになるそうだ。

いわゆる、ひと夏の恋の物語らしい。

「まぁ、ありきたりな話なんだけどね。今回初めて台詞を入れるということで、篤朗と話し合ってあえてシンプルな話にしてみたんだ。本当はもっとキャストを増やす予定だったんだけど……結局この主人公と青年でほとんど占めちゃうかな」

…と、合宿前の打ち合わせで板倉先輩はそう話していた。

メインキャスト…つまり主人公の女のひとは香帆先輩が、青年の役はもうひとりの先輩が演じることに決まった。

「ロケハン(*)はしっかり済ませたし、今度の合宿先…叔父さんのペンションは、撮影の環境としては最適な場所だと思うんだ。一年には主に撮影の手伝いをして貰うことになると思う。試行錯誤しながらだから色々と問題はあると思うけど…よろしく頼むよ」


――― 合宿1日目は怒涛のごとく過ぎていった。

板倉先輩の叔父さんのペンションに着き、荷物を部屋に運ぶと、さっそく午後から撮影が開始されることになった。
天候に左右されることもなく、特に何の問題もないまま撮影は順調に進み、気付けばあっという間に日が暮れてしまっていた。

私はと言うと、撮影の間はただただ先輩たちのカメラワークに圧倒されているだけで、何の役にも立てなかった。
せいぜい出来たところで、指示通りに機材を運ぶぐらい。…と言っても、ほとんど男子たちがやってくれたので、結局撮影中はせめて邪魔にならないように端っこで傍観してるだけだった。

な、情けなさすぎる…

まあ、変に手を出したところで結局は足手纏いになるだけだから仕方がないのかもしれないけれど…折角撮影という機会に携われるチャンスだったというのに、傍から見ていることしか出来ない自分にどうしようもなくもどかしさを感じた。
そんな私の様子に気付いた香帆先輩は、

「しょうがないわよ。私たちが一年の時も、ひたすら戸惑ってただけだし…。あなた達が二年になって自分たちが撮影するようになる時のために、今は手順や撮り方を学んでいくことが先だと思うわ。気にする必要はないんじゃない?」

と撮影が終わったあとでそうは言ってくれたけれど…

はあああぁぁ〜〜……

思わず零れ落ちるため息。
―――と同時に、

「ちょっと、葵衣!?」
「え?―――っ!」

由里香の声に驚いて顔を上げたときにはすでに遅かった。
誰かの背中に顔ごとぶつかり、その反動で身体がよろめく。

「す、すみま…」

顔を右手で抑えながらぶつかってしまった当人に謝ろうと慌てて視線を上げてみたはいいが、その顔を認識した瞬間私は見事に固まってしまっていた。

うわぁっ…
け、けけ健人くん…!?

「―――――大丈夫か?」
「…ぅ、え?あ、はいっ!」

途端にドキドキと鳴り出す心臓。
顔が真っ赤になるのを抑えることが出来ず、思わず視線を反らしてしまった。

ど、どうしよぉ〜…
なんかよく分からないけど、健人君のことが直視できないよ…

そんな私の挙動不審な様子に健人君が怪訝そうな表情をみせるのが分かった。

「ちょっと葵衣!何やってんのよ、早坂君にちゃんと謝りなって!」

由里香に言われてハッと気が付く。
―――――い、いけない!ちゃんと謝ってなかった…!

「ご、ごめんなさ―――」
「ごめんねぇ、早坂クン。この子よくぼーっとしてるから許してあげて?」

謝ろうとするも、声が小さすぎて掻き消されてしまう。
由里香が上目遣いでそう言うと、健人君が口を開く前に、横から芳沢君の笑い声が聞こえてきた。

「あはは!相変わらずだねえ、白崎さん」
「直樹」
「大丈夫、健人はいつも大体無表情だけど怒ってるわけじゃないから、安心しなよ。な?健人」

健人君は芳沢君の問いかけに答えることはなく、「戻るぞ」とだけ言うとペンションへと戻る道に体を反転させた。

ど、どうしよう…このままじゃ…
芳沢君はああ言ってくれたけど、絶対に健人君怒ってる気がする…

小心者の自分が心底情けなくなってくる。

駄目だ、こんなんじゃ…謝らないなんて最低だよ。
ちゃんと謝らなくちゃ…!

覚悟を決めて、私は唾を飲み込んだ。

「わ、私の不注意でぶつかっちゃってごめんなさいっ…!」

健人君の反応を見るのが怖くて、思わずぎゅっと目をツムる。

―――――辺りに訪れるしんとした空気。

急に足元が震えてくるような感覚が襲ってくる。

だ、ダメだ…やっぱり怒ってるのかな?

すると突然、頭にふわりと温かい感触が降ってきた。
驚いて目を開けると、頭上から聞こえてきたのは私にしか聞こえないぐらい小さな声。

「…これから気を付けろよ」

―――それは決して怒りを含んだものではなく、優しい響きで。

すっと頭から温かい感触が消える。
それが健人君の手だったのだと気付いたのは、数秒後のことだった。

私はしばらく呆然としていたが、由里香に体を揺さぶられて意識を引き戻した。

「ち、ちょっと…!今アンタ、早坂君にポンって…ポンって頭やられたわよね!!?」
「え?えっと、あの…」
「何アレ!!何でぶつかった葵衣がそんなコトしてもらえんの!?羨ましすぎる…!こんなんだったらワザとでもいいから私が早坂君にぶつかっておくんだったわ!!」
「いや、あの…」

今の興奮気味の由里香にどう声をかけてみたところで届かなそうだった。
諦めて、小さく息をつく。

頭に未だに残っている感触…

夕焼けに紛れて頬は赤くなったまま。
そっと胸に手を当てると、ドキドキと心臓の音が身体を波打っている。

夜の訪れを感じさせるかのように、涼しい風が木の葉を揺らしていて。

―――――掴めそうで掴めない何かが頭の中で揺らぎ始めていた。



本当の本当にお久しぶりです…
何ヶ月も放置した状態になってしまい、本当に申し訳ありませんでした(涙)
家庭の事情で小説を更新できない状況にあったのですが、徐々にこれから復活していく予定です。
コメントやメッセージを下さった皆様、本当の本当にありがとうございました!!
超鈍足更新ですが、これからもお付き合いしていただけると嬉しいです^^;
web拍手少しでも続きが読みたいと思って頂けたら、ぽちっと押して貰えると嬉しいです♪


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