第六話 きっかけ
四限が終わると真子はいつもどこかへ行って、昼休みの予鈴が鳴る頃に教室に戻ってくる。
しかし今日は珍しく教室でお弁当を広げて食べていた。
そのことが気になって健臣は真子に尋ねる。
「真子、いつもお昼はどこで食べてるの?」
真子がこちらを向くと少しだけ表情がこわばり、眉根に皺が寄った。
それにより健臣と一緒に昼食をとっていた直と拓也がさっと顔を背ける。傍から見ると睨んだように見えるのだ。
健臣は苦笑する。真子は睨んだわけではない。直と拓也が真子を見たので緊張しているだけだ。それが裏目に出ているのである。
「かずちゃんと食べてる」
真子は小声で言って健臣から顔を逸らした。
そう言えば松岡が昨日の夜、研修がどうのこうのと言っていた。だから今日は教室で食べているのかと納得する。
「な、なぁ。森野さんから黒いオーラが出てる気がする。俺の気のせいかな?」
直が拓也に耳打ちするのが聞こえた。
「うん。声をかけるなっていうオーラが……」
拓也は苦笑しながら小声で答えた。
健臣は真子を見る。どうやら可哀想なほど怯えている真子は、傍からはそう見えるらしい。
なるほど。この怯えた様子が邪魔をして真子の本質が隠れてしまっているのか。健臣はそう納得した。
教室の隅で縮こまってお弁当を食べている真子は、まるで襲われまいと必死で気配を消している小動物のようだった。
「直、拓也。悪いんだけど、今日は真子と食べるよ。机は使ってていいから」
健臣はそう言って椅子を手にして立ち上がった。真子の向かい側に座る。
真子はひどく驚いた様子で健臣をじっと見上げていた。
しばらくすると最初はわずかに肩を震わせていた真子だったが、しばらくして落ち着いてきたようだ。黙々とお弁当を食べ始めている。
直と拓也は、健臣と真子が気になるようで二人をちらちらと見ていた。
そのことに気がついた健臣が顔を上げる。
「どうした?」
「せっかくだしさ、机くっつけちゃおうよ」
拓也がえいっと健臣の机を真子の机にくっつけた。
真子と直が驚いて肩を震わせる。
健臣は真子の様子を伺う。また眉根に皺ができていた。やっと真子の顔がこわばらなくなってきたのに。ため息をついた。
直はおそるおそる椅子を寄せて近づいてきた。
「拓也、真子が怯えてるじゃん」
「あれ? ごめんね。恐くないよ」
拓也が真子に爽やかな笑みを向ける。多くの女の子を落としてきた笑顔だが真子には効かなかった。真子が怯えた顔で健臣を見る。目が「どうにかしてくれ」と訴えていた。
健臣は真子に笑みを向ける。すると真子の怯えた表情がすっと和んだ。
和んだと言っても健臣がそう感じただけで無表情だったのだが。
「森野さんはお弁当なんだ」
拓也は真子に話しかけた。真子は小さくうなずく。
「真子は料理上手なんだよ」
「なんで健臣が胸はってるんだよ」
人懐っこい直らしく最初は真子に対して怯えていたが、今はいつもの直だ。
「へぇ、じゃあいつも自分で作ってるの?」
拓也が感心したように真子に聞いた。
真子はあいかわらず小さくうなずくだけだった。
しかし黙々とお弁当を食べているところを見ると緊張の糸も解けてきているようだ。
健臣は満足そうにコロッケパンを頬張る。
「じゃあさ、お弁当作らなきゃ遅刻しないんじゃない?」
直がさらっと言った。
健臣は吹き出しそうになって必死に堪える。
直のいいところは、人懐っこさと素直さだ。しかし思ったことをすぐに口にするところがたまに傷である。
真子のこわばる顔が目に浮かぶ。そう思いながら真子を見た。
しかし健臣の想像とは違った。真子はきょとんとした表情で直を見ていたのだ。
そしてすぐに表情が変わる。健臣は目を見張った。
「直くんの言う通りだ」
真子はそう言って小さく声を上げて笑っていたのだ。
学校で見るのは初めてだった。
「だよな? やっぱそうだよな」
直は興奮ぎみに健臣と拓也を交互に見た。真子が笑ったことが嬉しかったようだ。
当の真子はまた無表情に戻り、お弁当を突っついている。
しばらくして真子が席を外した。
「魔女が笑うところ初めて見た」
「うん。俺も驚いた。話してみると普通の子だね」
直と拓也がぼそっと呟いた。それに健臣が笑みを浮かべる。
「そうだよ。真子も普通の女の子だよ。ちょっと人見知りなだけなんだ」
「『ちょっと』ではないと思うけどけど」
拓也が真子のこわばった表情を思い出したように言った。
苦笑を浮かべている。
「魔女は笑顔が少ないんだよ。もっと笑えばいいのに」
直がにっと歯を見せて笑った。
「そうそう。直ほどばかみたいに笑う必要はないけどね」
拓也はそう言って爽やかに笑った。
直はうなずきかけて一瞬首をかしげた。少し考えたあとうなずく。
「あれ? うなずかれちゃったよ」
拓也が少し困ったように笑った。健臣も笑う。
こうして少しずつでいい。真子の誤解が解けていけばいいなと思った。
しかしそう上手くいかないと気がつくのは、それから数日後のことだった。