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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第一章 俺と隣の席の魔女
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第五話 魔女の予言

 ある梅雨の日のこと。四限の授業が終わった時、直が言った。


「サッカーしようぜ」


 健臣は「おう」と言って、席を立つ。

 その時、制服の裾がくいくいと引っ張られた。

 健臣は驚いた顔をしながら真子を見る。

 珍しく真子から健臣に声をかけてきたのだ。


「どうした?」

「止めた方がいい。雨が降る。そして風邪をひく」


 それはまるで予言ようだったが、健臣を見上げる真子の瞳は真剣だ。

 健臣は窓から見える空を眺める。どんよりとした曇り空だった。

 たしか朝の天気予報によると降水確率は三十%。

 そして「雨に注意」とお天気お姉さんが言っていたのは夕方以降だったはずだ。


「健臣! 早く行こうぜ」


 直は教室の扉の方から叫んでいる。


「大丈夫だよ」


 少し考えてから健臣は真子にそう言って男子数人とともに教室を出て行った。

 真子は小さくため息をついた。



 購買で買ったお昼をさっと食べたあと、健臣はグラウンドで友人たちとともにサッカーを楽しんでいた。

 グラウンドには他の生徒たちも走り回っている。

 昼休みに雨が降っていないのは久しぶりだった。

 連日の雨で陰鬱としていた生徒たちは思い思いに楽しんでいた。


 そろそろ予鈴が鳴るので教室に戻ろうかという頃、ぽつぽつと雨が降り出した。

 そして間もなくバケツをひっくり返したような雨になる。

 健臣たちは慌てて近くにあった用具入れの小屋に避難した。

 直ががたがたと震えている。寒いからではない。


「魔女がおっしゃったとおりになったぞ……」

「直、どうした? しゃべり方がおかしいよ」


 健臣が言うのと同時に雷鳴が辺りに轟く。


「魔女がお怒りだ……!」


 直が青い顔で喚いた。拓也も息を呑んで空を見上げる。

 灰色の雲がごろごろと唸っていた。


「だから真子は魔女じゃないって……」


 健臣は呆れたように言いながら空を見上げる。

 雨は強くなるばかりでしばらく止みそうにない。

 そんなことをしている間に予鈴が鳴った。


「仕方ない。走るか」


 健臣がそう諦め半分で言うと、直がはっとこちらを向いた。


「雷に打たれるぞ!」

「その芝居はもうやめろよ。授業に遅れる」

「そうだな。行くか」


 拓也も健臣の提案に乗り、一緒にいた友人たちもうなずいた。

 健臣たちは雨の中を走り出した。


 ずぶ濡れの健臣たちが教室に戻ると、五限目を受け持つ古典の堀田克弘が出迎えた。

 白髪交じりの男性教諭だ。話し方がゆっくりで老眼のためかよく目を細める。

 生徒たちはこっそりと『おじいちゃん先生』と呼んでいる。


「君たち、チャイムはとうに鳴っているよ」

「すみません」


 健臣たちは頭を下げる。

 その横で直が盛大なくしゃみをすると生徒たちはくすくすと笑った。


「あー、とりあえず着替えてきなさいね」


 堀田が優しく目を細めて微笑んだ。


 健臣たちは男子トイレでジャージに着替える。


「魔女の予言当たったな」


 そう言ったのは高井彰宏だ。

 彰宏は雨に濡れたせいでいつも以上の癖っ毛になっている頭を脱いだシャツで拭いていた。

 その横にいる背の高い藤田圭一が興奮気味に彰宏に答える。


「ああ。今日は傘はいらないってお天気お姉さんが言ってたのに……!」

「今度から魔女に天気予報してもらおうぜ」


 直がそう言うと彰宏と圭一は、神妙な面持ちでうなずく。

 健臣と拓也は苦笑した。

 わずかに間をおいて直がまた盛大なくしゃみをした。


「風邪ひいたかな……」


 直の一言でその場にいた全員がお互いの顔を見る。


「いや、さすがにねーよ」


 小柄な橘俊也が苦笑いしながら手をひらひらとさせる。

 すると今度は圭一がくしゃみをした。

 六人は青い顔でお互いをもう一度見た。



 その日の夕食のあと、健臣はひどい悪寒に襲われていた。


「三十八度か」


 松岡は体温計を見て呟く。

 その傍では健臣が赤い顔でぼーっとしている。

 頭と喉が痛み、咳が出る。典型的な風邪の症状だ。


「帰ります……」


 健臣は早めに帰って寝ようとよろよろと立ち上がった。

 それを松岡が止める。


「今日はうちに泊まれ」

「でも……」

「典子さんから終電になりそうだってメールがきていたし、病人ひとりじゃ心配だしな」


 松岡はそう言って、健臣が泊まる準備をはじめた。

 真子は健臣に風邪薬と水を手渡す。


「ごめんな。せっかく雨が降るって教えてくれたのに……」


 真子はうなだれている健臣の頭をそっと撫でた。健臣が顔を上げる。


「早くよくなるおまじない」

「サンキュ」


 健臣は少し照れたように笑う。

 直たちが真子の忠告を『魔女の予言』と言っていたことを思い出した。

 おかしくて笑ってしまう。


「あいつら真子の忠告のこと『魔女の予言』って言って騒いでた。真子は『魔女』なんかじゃないのにな」


 健臣は言った。真子は驚いた顔をしてから、


「常盤くんがそう思ってくれてれば、それでいい」


 と言った。その表情はほんの少しだけ微笑んでいた。


「布団敷けたぞー」


 健臣はふらつきながら立ち上がり、松岡の部屋へ行く。

 松岡のベッドの横に布団がしかれていた。

 布団に入った健臣の額に松岡が冷却ジェルシートを貼った。


「早くよくなるおまじない」


 松岡がにやにやとした表情で言った。健臣は瞳を細める。


「先生に言われると余計に悪くなりそう」


 健臣が無理矢理咳き込む。松岡はおかしそうに笑った。



 話し声で健臣は目を覚ました。

 カーテンが閉められているせいか部屋は暗い。

 しかし開いている扉の先に見えるリビングは、陽の光が差し込んでいて明るい。

 ぼーっとする頭で朝だと思った。


 部屋の入口の傍に立っていた母親の典子が目覚めた健臣に気がつく。


「あら、たけ。起きたのね」


 健臣は頭痛のする頭を押さえながら起き上がる。

 携帯を手に取って時間を確認するともうすぐ七時だった。


「体調はどうだ?」

「頭がガンガンします」


 そう言った健臣の声は掠れていた。

 松岡から体温計を手渡される。健臣は体温を測りはじめた。


「もー、たけったら。雨の中、サッカーするなんて」

「サッカーをしてたら、雨が降ってきたんですけど……」


 健臣が呆れながらそう言う。

 事情を説明した松岡も苦笑しながらうなずいた。

 ピピッと電子音が鳴り、健臣は体温計を取り出して典子に渡す。


「三十七度九分か。今日はお休みね。お母さんも休もうか? 病院は?」

「寝てれば治るから大丈夫。母さんは仕事行ってよ」


 健臣はそう言って痛む頭を枕に沈めた。


「健臣君のことは俺から担任の先生に伝えておきますよ」

「すみません。お願いします」


 松岡と典子の話す声がだんだんと遠くなり、健臣はまた眠りについた。

 しばらくして額になにかが触れたあと、冷たいものが額に当たった。

 そして誰かに話しかけられたような気がしたが、それが夢なのか現実なのかは分からなかった。



 健臣が次に目覚めたのは、ちょうど昼時だった。


 枕元に置いた携帯を手探りで見つけて開く。メールが何件か届いていた。

 それは昨日一緒にずぶ濡れになった友達からだった。

 直は健臣と同じく発熱して休み。

 拓也と彰宏は、咳が酷いようだが登校しているらしい。

 圭一と駿は、特に風邪をひくことなくいつも通りだそうだ。

 健臣は『熱でダウン中』と短くメールを打って送信した。


 健臣はゆっくりと起き上がった。体温を測る。

 朝よりは少しだけ気分がいい。

 体温は三十七度三分まで下がっていた。胸をほっと撫で下ろす。


 健臣はカーテンが閉まっているせいで薄暗い室内を見回した。

 松岡の部屋に入ったのは初めてだった。

 昨夜はぼーっとしていたせいでよく分からなかったが、服が脱いだまま放ってあったり、本が乱雑に積み重ねられていたりしていてあまり綺麗とは言えなかった。


 健臣は布団から出て、リビングに行く。


 ローテーブルの上にはお金と保険証と診察券とともに簡単な手紙が置かれていた。

 咳をしながら手紙を手にして座る。それは典子からだった。

 そこには『辛かったら病院に行くように』と書かれていた。

 健臣はこの調子なら病院は行かなくてもいいだろうと判断して手紙を元に戻す。


 その隣には風邪薬の小瓶が置かれていた。

 その下にも二つ折りにされた紙があることに気がつく。

 健臣は小瓶をどかして二つ折りの紙を開いた。

 そこには『常盤君へ。具合はどうですか? 

 おかゆを作ってあるのでよかったら食べてください。

 冷蔵庫に入っているものは好きに使って大丈夫です。

 風邪薬を出しておくのでちゃんと飲んでください。

 なにか困ったことがあったら連絡ください。真子より』と書かれていた。

 真子の手紙は母親の典子のものよりも母親らしい内容だった。

 健臣はそれを読んで笑みを浮かべる。


 それからキッチンに向かい、コンロに置かれた中ぐらいの鍋のふたを開ける。

 そこには鍋いっぱいのお粥が入っていた。


「多いなっ!」


 健臣はそれを火にかけて温める。

 今度は冷蔵庫を開ける。麦茶をコップに注いで、それを飲みながらもう一度冷蔵庫の中を眺めた。


「漬物と……梅干しでいいや」


 独り言を呟きながら冷蔵庫からそれらを取り出した。

 準備した昼食をリビングテーブルに並べる。

 健臣は席について顔の前で手を合わせた。


「いただきます」


 梅干しをのせたお粥と漬物を勢いよく食べはじめる。とてもお腹がすいていた。

 昨夜は食欲がなかったせいであまり食べられなかったのだ。

 山盛りのお粥を茶碗二杯分ほど平らげた。


 真子に言われた通りに風邪薬をちゃんと飲んだあと、松岡の部屋に戻った。

 枕元に置かれていた新しい冷却ジェルシートに張り替える。

 まだ熱っぽい額が冷やされて、頭痛がうっすらとひいたように思えた。

 健臣はまた布団に潜り込んでぐっすりと眠った。



 四時を過ぎた頃、今度はすっきりとした気分で目が覚めた。

 体温を測ると平熱に戻っていた。


 携帯を片手にリビングへ行き、テレビをつける。

 最近はひとりで家にいる時間が少なくなっていたのでやけに寂しく感じた。ニュースを見ながらちょくちょくと時計に目がいく。

 四時半を過ぎるとそろそろ真子が帰ってくる時間だなと思い、四十分を過ぎると遅いなと心配になった。

 そわそわしながら真子の帰りを待っている自分をおかしく思いながら、なんとなくテレビに目を向けていた。


 五時を過ぎた頃だった。

 玄関の鍵が開く音がして、健臣は思わずリビングの扉を開けて真子を出迎えた。

 玄関でローファーを脱いでいた真子が顔を上げる。


「起きてたの?」

「うん。って、その荷物なに?」


 玄関先には黒革の鞄の他にスーパーのビニール袋が二つ並んでいる。どちらも重そうだ。


「水曜日は安いから帰りに寄ってきた」


 真子はそう言って荷物を持ち上げる。

 健臣は真子の元に駆け寄って手伝おうとするが、真子に止められた。


「大丈夫。健臣くんは休んでて」

「もう熱は下がったから大丈夫」


 健臣は受け取った荷物を冷蔵庫の前まで運んだ。


「ありがとう」


 真子は荷物をしまいはじめる。

 いつも真子よりあとに帰ってくる健臣は、今まで真子が買い物をしてから帰ってきていることに気がつかなかった。

 いつも重い荷物をひとりで運ばせていたのかと思うといたたまれない。


「ごめんな、真子にばっかり……」


 真子が振り返る。

 健臣はキッチンの傍でうつむきながら立っていたが、突然顔をぐっと上げた。

 真子は驚いたように目をぱちくりとさせる。


「ど、どうしたの?」

「俺も今度から買い物手伝う! 行くときはちゃんと声かけろよ」


 真子は健臣の勢いに押されてゆっくりとうなずいた。

 健臣はやる気に満ちた表情でうなずき返す。


 それから健臣は、ひとりでいた人恋しさから真子にずっと話しかけ続けた。

 真子はたまにうなずいて聞いていたが、しばらくするとさすがに疲れたようだ。

 リビングのローテーブルを指差して言う。


「また熱が上がったら困る。おとなしく座ってて」

「もう下がったからだいじょう……」


 真子の手が健臣の首筋に当たった。驚いた健臣の瞳がわずかに大きくなる。


「本当だ。でも座ってて」


 いつもより近い距離にいる真子にそう言われて健臣は驚いた顔でうなずいた。

 リビングのラグの上に座った。

 健臣の首筋に真子の手が触れた時、今朝のことを思い出した。

 誰かに声をかけられたことと、なんと言われたのかを。

 今ならはっきりと思い出せる。

『早くよくなって。また一緒に学校行こう』と言われたのだ。

 真子からそんなことを言ってもらえるとは思ってもみなかった。

 胸の奥がほっこりと暖かくなる。


 健臣はキッチンで夕飯の支度をしている真子を見た。


「真子! 明日は学校行くから一緒に行こうな」


 真子は驚いたように目を丸くして、頬を赤く染めた。


「……起きてたの?」


 恥ずかしそうにそう言った真子に健臣は、答えの代わりに笑みを浮かべた。

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