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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第三章 天然姫と意地悪王子
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外伝―片桐翠―

 わたしは片桐翠。小学三年生。

 わたしには十歳も年の離れたお姉ちゃんがいる。

 お姉ちゃんの名前は葵。頭がよくて、その点は尊敬できる。

 だけど、ひどい天然なのだ。

 そんなお姉ちゃんが浮かれている。

 いつもふわふわと足が宙に浮いているような人だけど、いつもより浮いている。


 昨日の夜、お姉ちゃんに借りていた漫画を返しに行った時のことだ。

 お姉ちゃんの部屋のドアをノックすると「はぁい」と機嫌のよさそうな声が返ってきた。

 部屋の中に入ると、お姉ちゃんの部屋は洋服で溢れていた。

 ベッドの上にも、床の上にも洋服が散らかっている。


「なにやってるの?」


 わたしは呆れたように言った。

 当の本人は鏡の前で洋服を当てて楽しそうに振り返った。


「ねぇ、翠。この服どうかな?」


 黒の生地に赤いチェックが入っているお姉ちゃんの一番のお気に入りの洋服だ。


「わたしの好みじゃないけど、お姉ちゃんには似合ってると思うよ」


 わたしはそう言ってから部屋のドアを閉めた。

 ベッドの上の服をかき分けて座る場所を作り、そこに座る。

 お姉ちゃんを見ると、今にも鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌だ。

 あ、歌い出した。聞いたことのない歌だ。

 どうせいつもの即席の歌だろう。


「どこかでかけるの?」


 そう尋ねると、お姉ちゃんはきょとんとした顔をしてから「うん」とだけ言った。


「どこ行くの?」

「うーん。ちょっとね」


 お姉ちゃんは鏡の方を向いて言った。

 おかしい。おかしいよ。

 いつもなら聞かなくても一から十まで、ううん、二十くらいまで勝手に話してくるのに。

 わたしはお姉ちゃんの背中を見ながら驚きを隠せなかった。



 そして、朝早くから支度をするお姉ちゃん。

 わたしは朝ごはんを終えたあと、部屋に戻った。

 今はベッドの上で、お姉ちゃんから新たに借りた漫画を読んでいる。

 だけど、お姉ちゃんのことが気になって話が頭に入ってこない。

 そんな時、お姉ちゃんの部屋のドアが勢いよく閉まった音がして、ドタドタと階段を駆け降りる音がした。

 そして、すぐに「いってきます」と叫ぶお姉ちゃんの声がした。

 わたしは慌てて部屋の窓から外を眺めた。

 家の前にはお姉ちゃんと、隣に住む篠原拓也がいた。

 待ち合わせをしていたのかふたりはなにか話したあと、駅の方に向かって歩いて行った。

 なんだ、拓也と出かけるのか。

 そうがっかりとした気持ちと、怒りが沸いてくる。


「拓也と出かけるんだったら、わたしも連れってってくれてもいいのに!」


 わたしはむっとしたまままた漫画に目を落とした。

 今度は怒りのせいで漫画の内容が入ってこない。

 漫画を横に置き、リビングに降りる。

 キッチンで洗い物をしているお母さんの横でコップにお茶を注ぎ、ソファーに座った。

 テレビをつけ、なにかおもしろいものやってないかなとチャンネルを変えていく。


「翠、暇ならこれを篠原さんちに届けてくれない?」


 お母さんが回覧板を手にして傍にきた。

 わたしが「えー」と言うと、お母さんはにっこりと笑う。

 この笑みは逆らってはいけない時の笑顔だ。

 わたしはしぶしぶ頷いた。


 わたしは回覧板を持って、お隣の篠原さんの家に向かった。

 チャイムを鳴らすと、髪がボサボサの亜季お姉ちゃんが出てきた。

 亜季お姉ちゃんは拓也のお姉ちゃんで、今は一人暮らしをしている。

 久しぶりに会った。


「亜季お姉ちゃんだ。帰ってたの?」

「うん。久しぶりじゃん、翠。どうした?」

「回覧板だよ」


 わたしが回覧板を渡すと、亜季お姉ちゃんは「サンキュー」と言って受け取った。


「ねぇ、亜季お姉ちゃん。聞いてよ! お姉ちゃんね、拓也と出かけるのに黙ってたんだよ。きっと言ったら、わたしも行くって言うから黙ってたんだよ。ひどいよね!」


 わたしは誰かに聞いて欲しくて亜季お姉ちゃんに言った。

 すると、亜季お姉ちゃんは驚いた顔でわたしを見た。それからにやりと笑った。

 その時、リビングから亜季お姉ちゃんのお母さんの智代さんが出てきた。


「あら、翠ちゃんじゃない。おはよう」

「おはよう、智代さん」

「ねぇ、お母さん。拓也と葵、やっとみたいよ」


 亜季お姉ちゃんは智代さんを振り返り、にやにやと笑いながら言った。

 智代さんもにやりと笑う。

 ふたりはそっくりな笑顔で笑っている。


「まぁ、まぁ。今日はお赤飯ね」

「お赤飯はいいからさ、刺身にしようよ。大トロ」

「お母さんは中トロぐらいがいいわ」


 わたしは首を傾げる。

 なんでお祝いムードなんだろう。


「ねぇ、なにかいいことあったの?」


 わたしがそう尋ねると、亜季お姉ちゃんと智代さんは似たような笑顔を浮かべて笑った。

 またわたしは首を傾げるのだった。



 その日の夜、わたしの心もやっと落ち着いて漫画を読んでいた。

 そんな時、部屋に乱入者が現われた。

 バンと勢いよく部屋の扉が開いて、わたしは飛び上がった。


「翠、あんた……」


 お姉ちゃんがドアを開け放ち、睨むようにこちらを見ている。顔が真っ赤だ。


「な、なに? ノックしてって言ってるじゃん!」


 わたしはドキドキと騒ぐ胸を落ちつかせようと胸に手を当てた。

 お姉ちゃんは足音を立てながら部屋の中に入ってくる。

 なんで怒ってるんだろう。なにかしたかなと思った時、今朝のことを思い出した。


「ああ! 拓也と出かけるならわたしも連れてってくれたらよかったのに!」

「なんで翠を連れていかなきゃいけないの!」


 わたしとお姉ちゃんが睨みあう。

 きっと漫画ならバチバチと火花が散っていることだろう。


「わたしも行きたかった!」

「というか、なんで翠はわたしとたっくんが一緒に出かけたことを知ってるの?」

「うちの前で待ち合わせしてたじゃん!」


 お姉ちゃんは、はっとした顔をしたあと額に手を当てた。


「だからって、わざわざみんなに言わなくてもいいじゃん」


 お姉ちゃんの声のトーンが落ちついた。

 わたしは首を傾げる。


「なんで言っちゃだめなの?」

「……翠にはまだ早いの!」


 お姉ちゃんはまた顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、部屋を出て行った。

 バンと大きな音を立ててドアが閉まる。


「もう! 静かに閉めてよ!」


 わたしはそう叫んだが、お姉ちゃんの返事はない。

 わたしはむっとした顔のまま漫画に目を落とした。

 この漫画は小学生の恋愛の話だ。

 主人公の女の子はこの男の子が好きなのに、いつも喧嘩になってしまう。

 今も主人公の女の子は顔を真っ赤にして、男の子に怒っているところだった。


「この子、さっきのお姉ちゃんみたい。顔を真っ赤にして怒ってるとこそっくり」


 わたしは小さく笑った。


 お姉ちゃんが怒った理由が分かるのは、もう少し先の話。

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