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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第三章 天然姫と意地悪王子
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第六話 土曜日の予定

 文化祭の賑わいが嘘だったかのようにいつもの日常が戻った。

 静かな教室、遠くからはホイッスルの音が聞こえた。平穏そのものだ。

 授業終了のチャイムが鳴り、これから昼休みがはじまる。

 拓也は机の脇に下げた鞄に手を遣り、財布を出そうとしたその時だった。

 ふと影が差した。拓也は反射的に顔を上げる。


「拓也、ちょっといい?」


 そこには悠里が仁王立ちで立っていた。勝気な笑みを浮かべている。

 そのうしろには表情のない真子が立っていた。


「はい……」


 拓也はそんな二人に見つめられ、思わず敬語で返事をしていた。


 悠里は教室を出て、ずんずんと勢いよく歩いて行く。

 そのうしろを真子がついていき、そのうしろを拓也は青い顔で歩いていた。

 悠里と真子に呼び出される理由が思い当たらない。

 知らない内になにか気に障ることをしたのかもしれない。


「あ、ベストカップルだ」


 廊下を歩いていると冷やかすような声や視線を感じた。

 悠里の背中を見ると、不機嫌そうなオーラが漂っている。

 それから小さく「ちっ」と舌打ちも聞こえた。

 頼むから、今は悠里を刺激しないで欲しい。

 拓也はそう思い、小さくため息をついた。


 校舎端の階段の踊り場につくと、悠里が足を止めた。

 この階段は校舎の端にあるせいか生徒たちはあまり使わない。

 直接日が差さないこの場所は、薄暗く静かだった。


「この辺りでいいわね」


 そう言って、悠里が振り返った。腰に手を当て、拓也を見る。


「土日のどちらか空いてる?」

「は……?」


 予想外の質問に拓也の口からは空気が抜けるような声が出た。

 悠里の眉がピクリと動き、もう一度尋ねた。


「だから、拓也の土日の予定を聞いているのよ」

「空いてるけど……」


 拓也が首をわずかに傾げて答えた。悠里はにっと笑う。


「よかったわ。じゃあ土曜日空けておいて」

「土曜日になにかあるの?」


 話を進めていく悠里に、拓也は慌てて尋ねた。

 悠里は「ああ」と気がついたように声を上げた。


「もうすぐ健臣の誕生日じゃない? 真子がなにをあげるか悩んでるのよ。ここは男子のアドバイスを受けた方がいいと思って」


 悠里が「ねっ」と隣にいる真子に声をかけた。

 真子は頷く。


「忙しいのにごめんね」


 真子はうつむくように言った。

 よく見ればわずかに申し訳なさそうな顔をしているような気もする。

 拓也はほっとしたような顔をした。


「なんだ。てっきり俺がなにかしたのかと思ったよ」

「それならこんなところに呼びだしたりしないわよ」


 悠里が胸を張って言った。

 たしかに悠里の性格ならば、なにか気に障るようなことをしたらその場で言われそうだ。

 健臣に聞かれないようにするためにここまで拓也を連れ出したのだと分かり、やっと納得した。

 だが、拓也の中にはひとつ疑問が残っている。


「でも、健臣の誕生日プレゼントを選ぶなら、直の方がいいんじゃない? あいつの方が健臣とつきあい長いし、好みも把握してそうだけど」


 拓也がそう尋ねると、悠里が首を横に振った。


「直はだめよ。サプライズに一番向かないもの。直のことだからぽろっと健臣に話して、青い顔で謝りにくるのが目に見えてるわ」


 その様子がすぐに思い浮かび、拓也は笑った。


「さすが彼女だね。直の行動はお見通しですか」


 悠里は呆れたような顔で肩を竦める。

 その様子がおかしくて拓也はまた笑った。



 拓也は帰宅して、しばらくすると部屋のテーブルにノートを広げた。

 近くの自販機で買ってきたブラックコーヒーが相棒だ。

 今月の中旬には中間テストがはじまる。

 きっとそのことに直と悠里は気づいていない。

 テスト範囲が発表されて慌てふためく二人の姿が目に浮かぶ。

 そして、テスト期間直前の土日は真子の住む松岡家で泊りがけの勉強会がまた行われるのだろう。


 そんな時、部屋のドアがノックされた。

 拓也は顔を上げてドアの方を向き、「はい」と返事した。

 ドアがゆっくりと開き、その合間から顔を出したのは葵だった。


「あれ? 勉強中?」

「もうすぐ中間なんだ。どうしたの?」


 拓也がニヒルな笑みを浮かべて言った。

 葵は大して気にした素振りもなく、部屋の中へ入ってくる。


「ああ、もうそんな時期? 高校生は大変だね」


 葵はにこにことしながら言った。

 そんな葵の肩にはトートバッグが下がっている。

 拓也は呆れた笑みを浮かべた。


「自分の家で勉強しなよ」

「だって、翠が邪魔するし、たっくんの部屋の方が集中できるんだもん」


 葵はいつもそうだ。勉強に行き詰ると拓也の部屋にくる。

 拓也はため息をつきながらも自分のノートを寄せ、向かい側にスペースを作った。

 葵は嬉々として、拓也の向かい側に座る。


「ありがとう」

「その代わり、分からないところ教えて」


 拓也がそう言うと、葵は嬉しそうに頷いた。


「どこがわからないの?」

「ここなんだけど……」


 拓也がノートを葵に見せる。

 葵は「どれどれ……」とノートを受けとり、髪を耳に掛ける。


「ああ、これはね……」


 葵が拓也にノートを手渡し、ペンを差し棒代わりに使って説明をはじめた。

 葵は頭がいい。高校時代は学年でトップクラスだったし、大学も国立の理系学部に通う秀才だ。


「ああ、そっか」


 拓也は納得したように言って、ノートにメモをする。

 そんな拓也を葵はにこにことした笑顔で見ていた。

 葵もノートを広げ、ペンを走らせていく。


「たっくんはこれからのこと考えてるの? そろそろ進路相談の時期でしょ?」


 葵が唐突に聞いた。

 拓也は顔を上げ、少し考えるような素振りを見せる。

 それからうしろに手をつき、少し視線を上げた。


「実は海外留学を考えてるんだ」

「え?」


 葵が顔を上げて拓也を見た。


「友達に海外にいた子がいて、その子も海外で進学するか、日本で進学するか悩んでいて。――ああ、あおちゃんも知ってるか。ほら、俺の同級生の森野真子」

「ああ、まおちゃん? あの子、海外にいたの?」

「うん。中学に上がるまでね。父親は今もアメリカにいるんだ。それで真子ちゃんからアメリカの話を聞いたり、おじさんが送ってくる大学のパンフレットを見たりしていたら興味が沸いてきてさ」


 そう言う拓也はどこか楽しそうだ。

 葵は机に肘をつき、両頬に手を添えた。


「そっか。智代さんには話したの?」

「まだ。もうちょっと情報を集めて、行きたい大学が見つかったら話すつもり」


 葵は小さく何度か頷いた。


「いいと思う。たっくんって慎重そうに見えて、意外と好奇心旺盛だしね。挑戦してみたら?」


 葵はそう言ってにっこりと笑った。


「あおちゃんはどうしてK大にしたの?」

「近かったから。それと、行きたい学部もあったし」


 近かったからと言う理由で国立のK大に入ってしまう葵に複雑な心境が沸いた。

 葵らしいと言えばそれまでだが、尊敬のような、どこか呆れたようなそんな気分になる。それからだんだん笑いがこみ上げてきて、拓也は大声を上げて笑った。


「ちょ、ちょっと! そんなに笑わないでよ」

「だ、だって……、あおちゃんらしい」


 拓也は目尻に溜まった涙を拭いた。

 真っ赤な顔で不機嫌そうにむっとした顔をしている葵を見て、拓也は笑みを向ける。

 それはいつもの爽やかな笑みだった。


「笑ったりしてごめんね」


 葵は少し驚いた顔をしたあと、うつむきながら首を横に振った。

 頬がわずかに赤くなっていた。


 それからしばらく拓也も葵もそれぞれの勉強に集中していたが、葵が思い出したように顔を上げた。


「あ、そうだ。たっくん今週の土曜日空いてる?」

「土曜日か……」

「友達から映画のチケットを貰ったの。それが今週末までなんだ。日曜日はバイトが入っているから、土曜日空いていたら一緒に行かない?」


 葵が首を傾げて尋ねた。

 拓也は考えるように視線を動かす。

 ちょうど今日、土曜日に予定が入ったばかりだ。

 真子と悠里に空いていると言った手前、今さら予定の変更はできない。


「……予定があるんだ」


 拓也は少し間をおいて答えた。

 葵は少しだけ残念そうな顔を浮かべる。


「そっか。高校の友達と遊ぶの?」

「うん、まぁ。そんなところ」


 拓也が事情を話そうとすると、


「じゃあ、また今度ね」


 そう葵があっさりと言った。そして、そのまま葵は手元の勉強に戻った。

 拓也は小さく苦笑を浮かべる。

 こういう時、葵にとって自分がただの幼馴染でしかないのだと痛感するのだ。

 拓也もそのまま黙り、ノートに向かった。

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