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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第二章 オオカミ少女の恋物語
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第七話 文化祭(後編)

 悠里たちの当番の時間が終わり、やっと教室から出ることができた。

 暗闇に慣れた目には光がとても眩しく感じる。


「お疲れー」


 教室の外でお化け役たちを出迎えた健臣が言った。

 圭一が「おう」と答えて、健臣とハイタッチする。


「このあとみんなで昼飯食べない?」


 拓也が提案した。

 みんながうなずく中、悠里が気まずそうに言う。


「ごめん。わたし、これから美化委員の見回りなの。もう行かなくちゃ」


 悠里はぎこちなく笑みを浮かべる。

 直に視線を向けるとふいっと逸らされた。胸がちくりと痛む。

 先程のキスから気まずい雰囲気が二人を包んでいた。

 あれから直とはちゃんと話せていない。

 けれど自分からあの話をする勇気もなかった。

 散らかった想いを纏める時間も必要だと自分自身に言い聞かせて、気持ちを落ち着かせる。

 今は賢祐との待ち合わせ場所に向うことにした。


 グラウンドの一角にある美化委員のテントに着くと賢祐がすでに待っていた。椅子に座ってスマートフォンをいじっている。

 賢祐が気がついて顔を上げた。悠里が傍にくるのを待ってから話しかける。


「お疲れ。お化け屋敷は大盛況みたいだな。失神者も出たとか」

「ああ、人の顔見て倒れた失礼な人はいたわね」


 賢祐がおかしそうに笑った。そして悠里に腕章を手渡す。


「見回り行くか」


 お昼時ということもあってグラウンドに並ぶ露店には人ごみができていた。

 ごみ箱は設置しているが、地面にはぽつぽつとごみが落ちている。

 賢祐はせっせとトングでごみを拾い、片手に持っているごみ袋に入れていく。

 悠里は予備のごみ袋を何枚か持って他人事のように見ていた。

 賢祐が悠里を振り返る。


「おかしくないか?」

「そう?」

「まぁ、いいけど」


 賢祐は呆れたように言ったあと表情を笑みに変える。


「豊川は昼飯食べた?」

「食べてない。クラス当番が十二時に終わって、十二時十五分にテント集合とかきついし」

「お前が明日はやだって言ったんだろ。俺もまだだし、なにか買って食うか」

「水島先輩、ごちそうさまです!」


 悠里が瞳を輝かせる。


「こういう時だけ先輩扱い? なんで俺がおごることになってるんだ?」


 賢祐が呆れた顔をした。

 しかし悠里は気にした様子もなく、露店を物色している。


「しかたねぇな」


 賢祐はため息とともに呟いて、悠里と一緒に露店を眺めはじめた。



 直たちは悠里と別れたあと、食べ物を求めて露店の並ぶグラウンドへと出た。

 直、健臣、拓也、彰宏、圭一、駿、真子、かおる、綾という総勢九名の大所帯で露店を回る。

 焼きそばやたこやきなどの主食からチョコバナナなどのデザート系なども並んでいた。


 それぞれ露店で食べ物を買って、校内へ戻ろうとしていた時だった。


「あ、悠里だ」


 健臣が呟くように言った。直も健臣の見つめる方向を見る。

 そこには賢祐と一緒に露店を眺めている悠里がいた。

 圭一が思い出したように言う。


「そういえば、このあいだ水島先輩に会ったんだ。バスケ部の練習に顔を出してくれてさ。その時に俺、聞かれたんだよね。豊川さんに彼氏がいるのか」

「え?」

「まじで?」


 直の小さな驚きの声は、駿の声にかき消された。圭一がうなずく。


「まじで。でも俺、『豊川さんとそんなに仲良くないし、分かんないです』って答えたんだ。豊川さんって彼氏いるのかな? 好きな人とか」

「さぁ。俺たちも聞いたことないけど。真子ちゃんは?」


 拓也に聞かれて、真子は首を横に振った。

 圭一は「ふーん」と言って、悠里と賢祐に視線を戻す。


「先輩、告白する気なのかなぁ」


 圭一は独り言のように呟いた。

 直はじっと二人を見つめる。

 悠里が賢祐を見上げて笑った。


「直、行くぞ」


 健臣が立ち止っている直を振り返る。直は健臣を見て言った。


「今行く!」


 直はもう一度悠里を見たあと、健臣たちの方に向かって駆けて行った。



 露店を回ったあと、悠里と賢祐は美化委員のテントに戻った。

 折りたたみ式の椅子に座り、買ったものを長テーブルの上に並べる。

 辺りは運営委員のテントや放送委員のテントが並び、生徒たちが騒がしく行きかっていた。

 一方、美化委員のテントは物置と化していて他の生徒はいない。

 掃除用具が乱雑に置かれている。


「元気ないな。どうした?」


 賢祐が聞いた。悠里は買ってもらったフランクフルトを頬張ったまま首をかしげる。


「そんなことないけど」

「浮かない顔してるけど?」


 賢祐は焼きそばを一口食べて顔をしかめた。


「まずいな」


 呟くように言った賢祐を悠里は笑う。


「ね、先輩は友達って恋愛対象になる?」

「は?」


 賢祐は顔を上げた。悠里はわずかに頬を染めている。


「いいから早く答えて」

「んー、考えたことない。好きになるのに友達とかそうじゃないかって関係あるの?」

「知らない」


 賢祐は笑う。


「お前が聞いたんじゃん。なに? 好きなやついるの?」


 悠里の顔がかぁと赤くなった。

 水島は肘をつく。そしてにやっと笑った。


「いるんだ? どんなやつ?」

「……バカなやつ。子供で思ったことをすぐに口にするし、失礼だし」

「意外だな。そういうやつが好きなの?」


 悠里は首を横に振った。


「あんなやつ大っきらい」


 そう言った悠里の表情は柔らかく、優しかった。

 水島はふっと笑う。


「好きなんだな。それで? なに悩んでるの?」

「わたしは友達だから恋愛対象じゃないってこと」


 水島は声を上げて笑った。


「だから最初の質問か。豊川の好きなやつにそう言われたの?」

「ううん。その子の友達から聞いた。けどふられかけた」

「告白したんだ? ふられかけたってどういうこと?」

「ふられるのは嫌だから、好きになったら返事ちょうだいって言った」


 悠里のむすっとした表情を呆気にとられたように見て、賢祐は腹を抱えて笑う。


「さすが豊川! というか、そいつが可哀想!」

「笑いすぎだから」


 悠里は真っ赤な顔で机を叩く。

 賢祐は笑いながら目尻に溜まった涙を拭いていた。

 悠里はイライラした様子で肘をついて賢祐から体の向きを逸らす。


「言うんじゃなかった」

「ごめん、ごめん。――それ以降、そいつとはどうなの?」


 悠里はそっぽを向いたまま賢祐の質問を無視した。

 賢祐は苦笑を浮かべる。


「ごめんって謝っただろ? 機嫌直せよ。話聞いてやるから」


 悠里は様子を伺うように横目で賢祐を見た。

 そしてうつむきながら話し出す。


「普段通り。話すし、一緒に帰るし」

「へぇ。そいつにとって豊川との友情が大切か、告白を忘れ去られたかのどっちかだな」


 悠里はぐっと言葉に詰まる。そして視線が辺りを彷徨う。

 告白したあとも何度かキスをしているし、直が告白を忘れたとは思えない。

 なら友達として大切にされているということなのだろうか。


「どうした?」

「なんでもない。恋愛対象になる方法ってないの?」

「どうして友達が恋愛対象にならないのか理由を知らないからな。俺には分からないな。――そいつのこと諦めて、俺にすれば?」

「諦められたら、こんなに悩まない……って、は?」


 悠里が顔を上げて驚いた顔をしている。賢祐は笑った。


「睨むなって。豊川は目力強いんだからこえーよ」

「今のどういう意味?」

「だから、こういうこと」


 賢祐が呆気にとられている悠里を引き寄せる。身を乗り出すようにしてキスをした。一瞬だったが、唇が触れたのははっきりと感じた。


「……やだっ!」


 悠里は両手で賢祐を突き飛ばす。睨みつけながら口を開きかけて、やめた。

 顔がすっと青ざめる。そして乱暴に席を立って、校舎に向かって駆けだした。折りたたみ式の椅子が音を立てて地面に転がる。


「おい、豊川!」


 うしろから悠里を呼び止める賢祐の声がした。

 しかし悠里は振り返ることなく走る。途中で人にぶつかったが気にすることはなかった。

 溢れてくる涙を腕で拭う。


 屋上の扉の前まで来て、ドアに鍵がかかっていることに気がついた。

 文化祭中は屋上が封鎖されていることを忘れていた。

 悠里は踊り場の隅で膝を抱えて座り込む。

 薄暗く、文化祭の喧騒が少し遠くに聞こえた。


 少しして階段を上る足音がした。


「悠里?」

「なんであんたがここにいるのよ」


 悠里が涙を流しながら顔を上げた。そこにいたのは直だ。


「また泣いてる。悠里って意外と泣き虫?」


 直は悠里の横に座った。


「なんで座るのよ」

「いいじゃん。悠里が走ってくとこ見えて、追いかけてきたから疲れてんの。――というか、お前足早い」


 悠里は抱えた膝に顔を埋める。


「健臣たちは?」

「ん? なにも言わないで来たから探してるかも。まぁ、メールしとくか」


 直がスマートフォンを操作している。

 その横で悠里の啜り泣く声がした。


「……なにがあったんだよ」

「なにもないわよ」

「なにもなくて泣くかよ。話せって」

「……直が言った通り、水島先輩、わたしのこと好きだった」


 直がスマートフォンに向けていた視線を悠里に向ける。


「それで?」

「キスされた。……嫌だった」


 悠里はあいかわらず顔を膝に埋めていて表情は見えない。

 直はその様子に眉をひそめて悠里を見つめる。その視線をわずかに下げた。

 悠里が顔を上げた。やはりその顔は涙に濡れている。そして言葉を続けた。


「けど、水島先輩がしたことって、わたしが直にしたことと同じだよね。――直も嫌だった?」


 悠里はそう言って顔を傾けた。そして瞳を閉じると涙がまたひとつ流れる。

 直が悠里を抱き寄せた。


「……悠里にキスされて嫌だと思ったことない。嫌だったら、二回も俺からキスするわけないじゃん」


 直は言葉を選ぶようにゆっくりと言った。

 ――先程、動いたのはやっぱり直だった。

 悠里は瞳を閉じる。直の言葉にほっとして、肩の力が抜けた。自然と直に身を委ねるように頭を直の胸に寄せる。

 少し間が空いて、直が再び口を開いた。


「俺、悠里のこと好きかも」


 悠里は閉じていた瞳を開いた。

 直は独り言のように言葉を続ける。


「こうやって悠里を抱きしめてるとほっとする」

「……ほんと思ったことすぐに口にして呆れる」


 悠里が笑顔を浮かべながらそう言った。

 直は困ったように頭をかく。


「しょうがねぇよ。だって本当のことだもん。

 ――俺のことまだ好き?」

「ばか。好きじゃなかったら、今頃突き飛ばしてるわよ」


 直が小さく笑う。


「たしかに。お前すぐに手が出るもんな」

「一言多い」

「悠里」


 悠里がそっと顔を上げた。

 すると直がそっとキスをする。今までで一番甘いキスだった。

 頬を朱に染めた悠里が瞳を開いて直を見ると、直も顔が真っ赤だ。

 その顔で直が笑った。


「ひどい顔。涙拭けよ」

「う、うるさいわね!」

「なぁ、悠里。俺とつきあってくれる?」


 悠里はまだ赤い頬をわずかに緩めてうなずいた。

 直が満面の笑みを浮かべる。悪戯っ子がしそうな少し幼い笑顔。


「ばか……」


 悠里はそう言って、直の肩に額を当てた。

 そしてまた涙が溢れた。

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