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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第二章 オオカミ少女の恋物語
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第四話 文化祭準備

 夏休みが終わるとすぐに文化祭の準備がはじまった。

 悠里たちのクラス――2年B組は厳正なるくじ引きの結果、お化け屋敷に決定した。


 ちょうど四十人いるクラスメイトを十人ずつ四班に分けた。

 そして学園祭一日目の午前と午後、二日目の午前と午後のいずれかの時間を各班が担当する。


 お化け屋敷の内装は全体的に黒いダンボールを貼って通路を作るだけだ。

 どういったお化けに扮装するか、演出をするかは各班によって異なる。

 二日間で四つのお化け屋敷を楽しめるようした。

 そう触れ込みをすることで集客数を伸ばせるかもしれないと踏んでのことだ。


 悠里の班のメンバーは森野真子、児島直、常盤健臣、篠原拓也。ここまではいつものメンバーだ。

 それに加えて、高井彰宏、藤田圭一、橘駿、大野綾、小橋かおるの十人で班を組んだ。

 この十人は教室の片隅に椅子を持ち寄って座っている。

 難しい顔で健臣が言った。


「誰かいい案ない?」


 悠里が手を上げて答えた。

 健臣とは違って悠里の瞳はきらきらと輝いている。


「鎌持ちたい。大きいやつ!」

「似合いそうだよ」


 拓也が爽やかな笑顔で言った。

 健臣は苦笑を浮かべたあと、みんなを見回す。


「他には?」

「森野さんは魔女の服とか……」

「お化け屋敷に魔女はいない」


 お調子者の藤田圭一が言った。それに真子が真顔で返す。

 圭一がわざとらしく肩を落とした。健臣と直と駿は、おかしそうに笑った。

 ふっくらとした丸顔の大野綾が優しそうな笑顔を浮かべながら提案する。


「森野さんが白い着物みたいなのを着て突然うしろから現れたらインパクトあると思うんだ」


 健臣と拓也がお互いの顔を見た。


「それだ!」


 続いて、小柄な小橋かおるが閃いたように言う。


「そうだ! ただ脅かすだけだとつまらないから、なにかストーリーつけようよ!」

「いいなぁ! おもしろそう」


 直が身を乗り出して言った。

 かおるがミディアムヘアーの髪を揺らしながら顔をほころばせる。

 そしてかおるが言った。


「あたしと綾でストーリー考えるよ」

「そしたら、わたしと真子で衣装と小物かな」

「俺たちは?」


 直がわくわくと尋ねた。

 悠里が指を差す。そこにあったのはダンボールの山だ。


「班から半分、ダンボールのペンキ塗りに出すことになってるでしょ? 男子はそっち」

「ですよねぇ……」


 直たち男子は教室に積まれたダンボールの山を見上げて苦笑を浮かべた。



 翌日にはさっそくかおると綾がストーリーを考えてきた。

 悠里たちは打合せをする。その打合せでどのような衣装を作るかもおおよそ決まった。

 悠里と真子の衣装班も動き出す。綾とかおるも衣装作成に加わることになった。


 直たちは黙々と黒いペンキでダンボールを色づけしていく。

 他の班も同じような役割分担になったようだ。

 女子の多くはきゃっきゃと楽しそうに教室の片隅で縫物や、小道具を作っていた。

 男子の大半はダンボールに黒いペンキを塗っている。

 そのような作業をHRや放課後を使って進めていく。



 それから一週間ほど経った。衣装作成に打ち込んでいたはずの悠里たちは、体操服に着替えてはけを手にしている。

 教室の片隅では未だ女子たちが会話を楽しみながら縫物に勤しんでいた。

 小柄な橘駿が驚いた顔で悠里たちを見る。


「あれ? 衣装は?」

「ふふん。もう出来上がったわよ」


 悠里は自慢げにそう言った。教室のうしろに置かれた箱を指差す。

 ダンボールで作られた大きな鎌が箱から鋭く頭を出していた。


「真子ちゃんがね、凄いのよ。あっという間に衣装を縫い上げちゃったの!」

「悠里ちゃんのカッターの使い方だって! あれはプロだったよね」


 綾とかおるが興奮気味に伝えた。

 直たちはさっそく箱の中身を覗いて満足げにうなずいた。


 一枚一枚のダンボールに色を塗っていく作業は実に時間がかかった。

 家に持って帰るわけにもいかず、学校から与えられた時間内に地道に塗っていくしかない。


「ちょっと、直! むらができてるじゃない。へたくそなんだから」

 近くで塗っていた悠里が言った。

「だって! 俺、こういうの向いてないもん!」


 直がはけを放り投げて言った。悠里は眉根に皺を寄せて直を見る。

 直はびくり肩を揺らしたあと、はけを拾って再び塗りはじめた。

 ぶつぶつと言いながらもむらになった部分にペンキを重ねて目立たなくしていく。


 告白してからもう二週間ほど経つ。

 しばらく悠里と直の関係はぎこちなかったが、文化祭準備の忙しさに紛れて気まずさはどこかへ行ってしまったようだ。


 悠里は、はけをペンキの缶の中に入れてからダンボールの上を走らせる。

 掠れたように色づいた。缶の中を見ると中身がほとんどない。


「ペンキ余ってない?」


 悠里の言葉に反応して直が顔を上げた。


「こっちももうねぇよ。――ねぇ、どっかペンキ余ってたらちょうだい!」


 直が声を上げて言うとぽつぽつと「ない」という返事がきた。

 教室の隅で縫物をしていた学級委員長の道井奈々が顔を上げる。

 困ったようにボブの髪を撫でた。


「もうないの? 意外と使うわね。美術室で配布してるからもらってきてくれない? とりあえず四個分ね。空いてる缶の容器に入れてもらって」


 奈々が直を見ながら言った。直が首をかしげる。


「え? 奈々さん、なんで俺ですか?」

「今目が合ってるから。誰か連れてっていいから。早く、早く。作業が滞っちゃう」


 奈々が急かす。直は気乗りしない様子のまま立ち上がった。

 そして誰を連れて行こうかとぐるりと辺りを見回す。

 しかし誰一人として顔を上げなかった。

 そばにいた健臣たちは、いつも以上に真剣な面持ちでダンボールと向かい合っている。


「おい。お前ら、それでも友達か? 友達って俺の目を見て言ってよ!」


 健臣と拓也がやれやれといった感じで顔を上げる。


「じゃあ、じゃんけんで負けたやつな。絶対負けない。美術室まで行くのめんどくせぇもん」


 健臣がそう本音を交えながら提案した。

 唐突にじゃんけん大会がはじまる。

 参加者は発案者の健臣はもちろんのことその近くにいた拓也、彰宏、圭一、駿が否応なく巻き込まれた。

 同じく傍にいた真子と悠里も参加する。


 勝負は一瞬で決した。

 みんながパーを出した中、悠里だけがグーを出している。

 悠里は自分が出したグーの手を見て口元を引き攣らせた。

 直が悠里の前でペンキの缶がゆらゆらと揺らす。その顔はにやにやとしていた。


「ほら、悠里行くぞ」

「しょ、しょうがないわね!」


 悠里は目の前で揺れる缶を両手で掴む。直がにっと笑った。


 廊下はごちゃごちゃとしていた。

 看板や大きな板、教室に入りきらないものが置かれている。

 その合間で生徒たちが作業をしたり、それをよけながら移動したりしていた。

 悠里たちもそれに倣ってそれらを蹴らないように注意を払いながら廊下を進んでいく。


 美術室のある棟につくと人の気配はめっきり減った。教室棟の騒がしさが嘘のようだ。

 けれど歩いている人はペンキのついた体操服を着ていたり、ダンボールを抱えている人ばかりである。

 人体模型を抱えた人ともすれ違った。一体なにに使うのだろうかと首をかしげてしまう。


 悠里は先程からずっと気になっていたことを尋ねる。


「ね、直の背中にガムテープがたくさん貼られてるわよ」

「ええ? 俺、背中にガムテープつけてずっと歩いてたの? 恥ずかしいじゃん! なんでもっと早く言わないんだよ!」

「なんでそんなに貼られてるのに気づかないのよ」 


 直が必死に背中に手を回す。しかし持っている缶が邪魔で背中には黒いペンキがつくばかりだ。肝心のガムテープに触れていない。くるくると辺りを回っている。

 その様子を見ながら悠里はお腹を抱えて笑っていた。


「くそっ、とれない! 悠里、笑ってないでとってよ!」

「しょうがないわね。はい、これ持ってて」


 悠里は持っていた缶を直に渡す。

 直は缶を腕に四つ抱えて悠里に背中を向けた。

 悠里は笑いながらガムテープをとっていく。小さくちぎったものが十枚ほど貼られていた。

 ガムテープを背中に貼られても気づかずに色を塗り続けている直。きっと健臣たちは隠れてこそこそと笑っていたに違いない。

 悠里はそれを想像して口元に笑みを浮かべた。


「まだ?」

「まだ、まだ。たっくさん貼ってある」


 悠里が笑いながら言う。直はため息をついた。

 背中を丸めてうつむいている直のうしろ姿はなんだか可愛い。それと同時に悠里と変わらない背丈なのに肩幅が広く、女の子とは違うがっしりとした背中であることにも気がついた。

 何枚も貼られた部分を剥がしていく。ガムテープのひとつになにか書いてあるのを見つけた。

 悠里は吹き出すように笑う。


「な、なに?」

「ね、『直ちゃん』これ」


 悠里がそれを剥がして直に見せる。直の顔が真っ赤にして眉を顰めた。

『直ちゃんって呼んでね!』と汚い字で書いてある。


「この字、圭一っぽいな」


 ペンキの缶で手がふさがれている直は、悠里の手の中のガムテープを覗き込んでいる。悠里はまだ笑っていた。目尻に溜まった涙を拭いる。


「悠里は笑いすぎ」


 直はそう言いながら顔を上げた。すぐそばに悠里の顔があって驚いたように目を大きくさせる。

 悠里も驚いて何度か瞬きをした。

 直の顔をこんなに近くで見たのはあの時――キスをした時だけだ。

 その時のことを思い出して、また『好き』と言う気持ちが膨らんでいく。

 だめだと思いながらも、それに反して言葉が口をついて出た。

 直の瞳を見つめながら首をかしげる。


「ね、キスしていい?」

「え?」


 直が驚いたように聞き返す。それとほぼ同時に悠里は、そっと唇を重ねた。

 直は顔を逸らすことも、離れようとすることもしなかった。ただ驚いたように瞳を限界まで大きくしている。

 悠里は少しだけ離れて直の顔を見た。

 直はこちらをきっと睨んでいたが、顔が真っ赤でいまいち怖くない。


「お前ね。この間から俺の意志は無視ですか」

「だって直が顔を近づけてくるから、キスしたくなっちゃうんだもん」


 悠里はわずかに顔を背けて言った。

 直は赤い顔のまま口を開けたり、閉じたりしている。言葉が出ないようだ。

 悠里は悪びれた様子もなく首を傾げる。


「ほら、美術室行かなくていいの? 委員長に怒られるよ。直が」


 悠里は直の腕の中にあるペンキの缶を二つ取る。それから上機嫌に美術室に向かって歩き出した。

 そんな悠里の背中を見ながら直は、小さくため息をついた。

 悠里は、なかなか追いかけてこない直を振り返る。


「直ちゃん。ほら、早く」

「たく、もう! 『直ちゃん』って呼ぶなよ!」


 直も悠里のあとを追いかけて歩き出した。

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