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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第二章 オオカミ少女の恋物語
21/39

第二話 夏祭りの夜に

 八月も半ばに差しかかった頃。

 いつものように悠里たちは松岡の家に集まっていた。

 悠里は真子と話し、健臣と拓也はテレビゲームをしている。

 直は人の家だというのにごろごろと転がり、持ってきた漫画本を読みふけっていた。

 直が思い出したようにぽつりと言う。


「そういえば今週末、そこの公園の祭りだよな」


 テレビの前でゲームのコントローラーを握っている健臣が振り返った。


「そうそう。土曜日だって」

「せっかくだし、みんなで行こうぜ」


 直が笑みを浮かべた。

 それをきっかけにして、マンションの前の公園で行われるお祭りに行くことになった。



 お祭り当日。いつもは静かな公園に人で溢れかえっている。

 懐かしいメロディーの音楽や楽しげな笑い声が響いていた。

 悠里たちは駅前に集まった。

 いつの間にか「女の子は浴衣ね」と調子のいい直の口車に乗せられて真子と悠里は浴衣を着ている。

 悠里は黒い生地に紫色の大きな花柄が描かれた浴衣で、帯は紫色だ。茶色い髪はサイドでまとめて、ゆったりと肩に流している。

 真子は白い生地に古典的な青い花柄が描かれた浴衣に赤い帯を合わせている。黒い髪は結い上げて、かんざしを挿していた。


「真子ちゃん、かわいい」


 直がそう褒めると、真子は照れたようにうつむく。

 そして小さく笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。

 それがたまらなかったのか直が真子に近寄っていく。

 健臣はさっと真子と直の間に割って入った。


「それ以上、真子に近づくなよ。近づくなって!」


 健臣が珍しく直を威嚇している。

 直はおもしろがってさらに真子に近づこうとしていた。

 それを悠里は呆れたように見ている。

 健臣と真子が先を歩く。

 仲良さそうに手を繋ぎ、なにやら話しているようだ。

 悠里と直と拓也はそのあとをついて行く。悠里は隣を歩く直を見た。

 直は普段通りTシャツにグレーのスエットズボン。

 風呂上がりにコンビニに行くような格好だ。

 緩んだ顔で真子の背中を見ている。そして機嫌が良さそうに言った。


「真子ちゃん、浴衣似合うなぁ」


 悠里はむすっとした表情を浮かべる。そして直から顔を背けた。


「どうせわたしは浴衣似合わないわよ」


 そうぼそっと言った悠里を直が見る。

 そして悠里を頭から足までゆっくりと眺めた。


「なに言ってんだよ。悠里も似合ってるよ」


 直はそう言って、にっこり笑った。悠里の胸がどきんと高鳴る。

 しかし直はさらに続けた。


「真子ちゃんの浴衣姿は可愛いけど、悠里はエロいね!」


 悠里が盛大な舌打ちをする。すれ違う人が何事かと振り返った。

 直はびくりと肩を震わせて、悠里と拓也を交互に見る。


「あれ? 俺、なにか間違えた?」

「こう言う時は――『悠里の浴衣姿は大人っぽくて綺麗だね』。じゃない?」


 拓也は爽やかな笑みを悠里に向けて言った。

 悠里はぽっと赤くなり、拓也からさっと視線を逸らす。

 直は拓也を不思議そうな瞳で見た。


「拓也はそう言うの、どこで覚えてくるわけ?」


 直の問いに拓也は笑みを浮かべるだけだった。



 しばらくお祭りの雰囲気を楽しみながら露店を回り、焼きそばやたこ焼きなどを買った。

 そして悠里たちはマンションに向かい、エレベーターで最上階まで上がる。

 そこからは階段で屋上までの階段を上って行った。


「ねぇ、屋上って入っていいの?」


 悠里が不安そうに聞いた。すぐ前にいる直が振り返る。


「ああ。このマンションのオーナーが友達の親でさ。友達――健二っていうんだけど、そいつが毎年、屋上の鍵を借りてきてくれるんだ。ここから見る花火は絶景だぜ」


 直がにっと笑う。

 悠里は赤くなる頬を隠すようにうつむいて「へぇ」と小さく言った。

 ドアを開けて外に出ると夜空を近く感じた。

 屋上には数人の同い年くらいの子が集まり、花火が始まるのを待っている。

 その中に見覚えのある顔がいることに悠里は気がついた。

 直と健臣の中学時代の同級生、東まゆみだ。

 まゆみの友達である山中智恵も一緒にいた。


「あ、直だぁ。健臣もいる! 久しぶりー!」


 まゆみが下駄を鳴らしながら近寄ってくる。

 白い生地にピンク色とオレンジ色のふんわりとした花柄が描かれた浴衣に濃いピンク色の帯を締めている。

 結い上げた髪の毛先をふわふわとカールさせて、ピンク色の花のモチーフがついたピンで前髪を留めていた。


「よう、まゆ。久しぶり」

「けがはもういいの?」

「もう治った。この通り」


 健臣は右腕を動かしながら笑みを浮かべて言った。

 七月の終わりに事故に遭い、右腕を負傷した。数針縫う怪我だった。

 今ではすっかりとよくなり、ほんの少し跡が残っているだけだ。

 まゆみはそれを聞いて、ほっとしたような笑みを浮かべた。

 今度は悠里と拓也に視線を移す。

 少しだけ思い出すように斜め上を見上げて言った。


「えっと、直のお友達の悠里ちゃんと拓也くんだよね?」

「うん。こんばんは、まゆみちゃん」


 拓也が爽やかな笑顔を向ける。まゆみも微笑む。今度は真子に目を向けた。


「えっと……、はじめまして、かな?」


 真子は小さくうなずいた。緊張しているようで、顔をこわばらせている。

 健臣が真子の手を握った。真子はそっと健臣を見上げる。


「森野真子だよ。俺の彼女」


 健臣は笑みを浮かべて言うと、まゆみはぱっちりとした瞳をかっと見開いた。

 そして屋上にいる元同級生たちを振り返る。


「みんなぁ、健臣が彼女連れてきたぁ!」


 まゆみの声が屋上に響き渡る。

 その場の空気が一瞬止まって、すぐにわぁと騒ぎになり、一斉にこちらに向かってやってきた。

 驚きや冷やかしの言葉が飛び交う。

 真子はぎょっとした表情のまま固まった。


「群がるな!」


 健臣はそう叫びながら真子をうしろに庇う。

 真子は繋いだ手をぎゅっと握った。

 すると健臣も繋ぐ手をぎゅっと握り返した。

 真子は安心したように小さく微笑む。

 群がったひとりが悠里に視線を向けた。


「えっと、もしかして直も彼女連れてきたとか言わないよね……?」

「は? なに言ってんの? ありえないんだけど」


 悠里は不機嫌そうに腕を組んだ。ついでに睨みも効かせておく。

 質問をしてきた男子がびくりと肩を揺らした。それと同時に笑い声が響く。


「ありえないって! ドンマイだな、直」

「うるせぇな。ほっとけよ!」


 直が真っ赤になりながら叫んだ。

 悠里たちは注目を浴びている健臣と真子の横をすり抜けてそばを離れた。

 悠里は屋上を囲むように設置された柵に手を添えて寄りかかる。

 眼下にはお祭りの賑わいが輝いていた。

 横にいる直が夜空を指差した。


「あっちだよ。花火が上がるの」


 悠里がその方向を見ると、直はにっと笑った。直は笑うと少し幼く見える。

 悠里は思わず見惚れてしまった。

 遠くから直を呼ぶ声がした。直が振り返る。


「なに? 呼んだ?」


 悠里も一緒に振り返った。

 直を呼んだのは少し離れたところに座っている男子たちだった。

 その内のひとりが直を手招きしている。


「わりぃ。ちょっと行ってくる。――なぁに? そこから言えよ」


 直は悠里と拓也に断ってからゆっくりと歩いて行った。

 しばらくして健臣と真子がやっと群れから解放されて悠里のそばにきた。

 拓也が爽やかな笑みを浮かべる。


「大変そうだったね」

「ああ、すんごく疲れた……」


 健臣はぐったりとしたようにそう言ったが、少しだけ嬉しそうにも見える。

 そして健臣はきょろきょろと辺りを見回した。


「あれ? 直は?」

「あっちに……あれ?」


 悠里は直がいるはずの方を向くと、もうそこにはいなかった。

 辺りを見回してみると、直はまゆみと智恵と一緒に話しているようだった。

 健臣がそれに気がついて言った。


「ああ、まゆと一緒にいるのか」

「直とまゆみちゃんって仲いいね」


 拓也が何気なく言うと、健臣が苦笑を浮かべる。


「直とまゆは家が近くて、幼馴染ってやつ」

「そうなんだ。つきあったりとかしないのかな?」

「……直が友達は恋愛対象にはならないんだって、前に言ってたから。どうだろうな」


 冗談まじりに言った拓也に、健臣はそう言った。

 悠里は直を見ると、直は楽しそうに笑いながらまゆみと話していた。

 悠里の結われた髪を風がそっと揺らした。



 健臣が友達に呼ばれて真子とともに離れていく。

 拓也は気がつけば女子に囲まれていて、悠里は傍をそっと離れた。

 こういう集まりは苦手だ。人に馴染めない。小さくため息をついた。

 柵に背を預けてしゃがみ、じっと辺りを見渡した。

 離れたところにいる直のところで視線を止める。

 まだまゆみと話し込んでいるようだ。

『友達は恋愛対象にならない』――か。直のくせに生意気だ。

 そしてその言葉にわずかでもショックを受けた自分にイライラする。


「健臣と直の友達だよね?」


 男の子の声が降ってきた。悠里は顔を上げる。


「そうだけど。なに?」

「ひとりだったから、声かけてみた」


 その男の子は悠里の前に座った。癖っ毛なのか少しくるっとした毛先。

 女の子のように線の細い顔。笑った時にできるえくぼが可愛い。

 女子に人気のありそうな子だ。

 悠里はふいっと顔を逸らす。


「寂しくないし。こういうの苦手なだけ」

「俺も人が多いのは苦手。俺、井上尋。尋って呼んで」


 尋はそう言ったあと、悠里の顔を伺うように見た。

 悠里は小さくため息をつく。


「豊川悠里」


 ぼそっと言うと、尋が嬉しそうに笑みを浮かべる。


「悠里は健臣たちと同じF高だよね? 俺、N高なんだ。悠里がいるならF高に行けばよかったなぁ」


 いきなり呼び捨てかとイラっとしたが、直と健臣の友達だと思って悠里はぐっと押さえた。


「……N高の方がランク高いじゃん」

「でも、悠里と一緒に通いたかったな」


 悠里は興味なさそうに足元を見ながら「ふーん」と言った。

 尋は気にした様子もなく、にこりと微笑む。

 そして悠里に少し近づいて言葉を続けた。


「悠里のアドレス教えてよ」

「なんで?」

「また会いたいなぁって思って。今度カラオケ行こうよ」

「な、なんでわたしが……」


 悠里が睨むように尋を見る。そろそろ我慢の限界だった。

 すると尋の背後から直が声をかける。


「わりぃ、尋。悠里はこういうの苦手なの。離してあげて」


 直は悠里の横にしゃがんで、ついでに悠里の腕を掴んでいる尋の手をどかす。


「なんだよ、直」

「悠里は怒ると怖いよ」


 直がにっと笑って、ふざけるように言った。

 悠里の眉間に皺が寄り、直を睨んでひとこと言ってやろうとした時だった。

 尋の綺麗な顔が歪んだ。


「……なんだよ。でしゃばってくんなよ。お前、あいかわらず空気読めないのな」


 尋がぼそっと言って、立ちあがる。珍しく直の顔に怒りが浮かんだ。

 そして尋は悠里に背を向けて言葉を続けた。


「アドレスくらい教えてくれてもいいじゃん。めんどくせぇ」


 直がぐっと拳を握った。その隣でかんっと下駄を鳴らす音がした。

 その音に驚き、振り返った尋の顔を悠里が思いっきりぐーで殴る。

 尋は想像もしていなかった攻撃を受け、よろけて地面に腰をついた。


「いってぇな!」


 尋は殴られた頬に手を添えて悠里を睨みつける。

 けれどそこにいた悠里の顔は怒りで満ちていて、二発目を放つために再び拳を振り上げたところだった。

 噛みしめた歯には立派な八重歯が覗いている。

 尋がぎょっとした表情で固まった。

 すぐ目の前で起こったことに直は一瞬呆気にとられたが、慌てて尋と悠里の間に入って止める。

 その背後で尋が青い顔をしながら二人を見上げている。


「ストップ、ストップ。悠里、落ちつけ」


 直が悠里の振り上げられた腕を掴む。

 悠里は座り込んでいる尋から視線を離すことなくもがいた。

 その瞳は鋭い。悠里に睨まれた尋は青い顔でびくりと肩を揺らす。

 もう尋には喧嘩をする意志はないようだったが、悠里の気は治まらなかった。


「離しなさいよ。もう一発殴らせて」

「だめだって! 落ちつけよ」

「だってむかつく! あいつ、直に酷いこと言った! まだ直の分、殴ってないんだから!」


 悠里の声が震えていた。瞳には涙が滲んでいる。

 直は驚いた顔をして、口元に小さく笑みを浮かべた。


「サンキュ。俺の分はもう十分だよ。……悠里が殴ってなかったら俺が友達、殴ってるところだった」


 直が悠里の肩に顔を埋めた。

 ほんの少しだけ直の声が震えているように聞こえて、悠里の腕から少しずつ力が抜けていく。

 そして悠里はぐすっと鼻を啜った。


「ああ、もう。悠里、泣くなよ」


 直が悠里の顔を覗き込む。その顔は困ったような笑みを浮かべていた。

 それを見て悠里は、なぜだか涙が溢れた。

 直が悠里の背中に腕を回して、子供をあやすようにぽんぽんと背中を撫でた。


「落ちつけって。大丈夫だから。……と言うか、お前、かっこよすぎ」

「だってむかつくんだもん」

「分かったから。けど次からは俺に任せとけ」

「なによ。わたしより弱いくせに生意気」

「あれ? 俺も弱者認定されてたの?」


 直が笑いまじりで言う。

 悠里もなんだかおかしくなって小さく笑い声を零した。

 尋は呆然とその様子を見上げていた。

 今までとは違う憧れの視線を悠里に向けていた。



 花火が夜空を彩る。

 すっかり落ち着いた悠里は柵に手を添えてそれに魅入っていた。

 その横には直が立っている。


「悠里、今日はごめんな」


 直が突然言った。悠里は花火から直に視線を移す。首をかしげた。


「なんで謝るの? 直が謝る必要ないじゃない」

「いや、なんていうかさ、嫌な思いさせちゃったからさ」

「別に。わたしがあいつを許せなかったからしたことだし。直が気にすることないのよ。……そうね、あんたが謝るとしたら二発目を止めたことね」

「お前、一々かっこいいな……」


 直はおかしそうに腹を抱えて笑っている。悠里はふんと視線を逸らした。



 花火が終わると、悠里たちは屋上をあとにした。

 健臣と真子はそのままマンション内にあるそれぞれの家に帰っていったので、マンションを出たのは悠里と直と拓也だ。

 他にも何人か一緒に降りてきた。


「姐さん、さようなら」


 尋が先程のことを気にした様子もなく、満面の笑みで手を振って帰っていく。

 悠里は呆れたような表情を浮かべて、直は苦笑しながら手を振り返す。

 悠里たちが駅に向かって歩き出すとまゆみが声をかけた。


「直? 帰らないの?」

「こいつら駅まで送ってから帰る」


 直がまゆみを振り返って言うと、まゆみは「そっか」と寂しそうに微笑んだ。

 一緒に降りてきた友達はみんな方向が違うらしく、まゆみはひとりで歩き出す。


「まゆみちゃんを送ってあげたら? 女の子ひとりだと危ないよ」


 拓也がそう言うと、直はまゆみを振り返る。そして拓也と悠里を見た。


「わりぃ。そうする。また明日なっ!」


 直はそう言って、まゆみを追いかけて行った。

 直の背中から「まゆみ!」と呼ぶ声が聞こえると、まゆみは振り返って嬉しそうな笑みを浮かべた。

 直を見上げてなにやら話しているようだ。

 悠里はそれを見て、羨ましく思った。

 直が笑顔でまゆみを見る視線も、まゆみが笑顔で見上げる視線も。

 二人の長いつきあいと絆を感じる。胸を支配する感情は嫉妬。

 悠里はその気持ちから目を逸らすように二人から視線を逸らした。


「俺たちも帰ろうか」


 拓也が爽やかな笑みを浮かべて言った。悠里は後ろ髪を引かれながらも「うん」と言って歩き出した。

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