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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第一章 俺と隣の席の魔女
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閑話―8.5話―

 いつものように松岡家で食事をとり、健臣はいつもより少し早く家に戻った。

 部屋で明日の準備をしていると、タンスの中に体操服の予備がないことに気づく。


「畳んでないのかな……」


 ここまではよくあることだった。

 健臣はリビングにできた洗濯物の山を漁る。ついでに少しだけ畳んでみる。

 しかし体操服は見当たらない。

 健臣の脳裏にわずかに危険信号が点滅しはじめた。


 焦りを隠し、表情を変えることなく脱衣所にある洗濯物かごまで早足で向かった。

 洗濯物かごは想像以上に溢れかえっている。健臣の口元が引き攣った。

 脳裏の危険信号の点滅は早まる。


 健臣は必死に洗濯物かごを漁った。

 飛び散る洗濯物に見向きもせず、ただただここに体操服が二セットないことだけを祈る。

 だが、健臣の願いも空しく、体操服は全てこの中だったし、制服のシャツも全てここに入っていることに気がついた。

 思い出してみれば、ここ最近帰りの遅い母親が洗濯機を回している気配はなかった。


「洗濯、するか」


 健臣は洗濯物の中からとりあえず体操服と制服のシャツをぽいぽいと洗濯機の中に入れる。

 ついでに辺りに散らばった洗濯物を見て、全て洗おうとぽいぽいと放り込んだ。

 洗濯機の前で仁王立ちをして、いくつもあるボタンを眺める。


「電源は……これか」


 健臣が電源ボタンを押すと、ピッと答えるように洗濯機が反応した。

 健臣の表情に笑みが浮かぶ。楽勝だと思いながら次の操作を考える。

『洗濯』『乾燥』のボタンがあって、健臣は迷うことなく洗濯のボタンを押した。

 すると洗濯機のタンクがくるくると回って止まった。健臣は首をかしげる。


「止まった」


 健臣は辺りを見回し、洗濯機のホースが繋いである水道に目を止める。

 そういえば、いつも水道の栓を閉めていたような気がすると思って回してみる。

 すると案の定水道の栓は閉まっていたようだった。


 その時に、横にある棚に洗剤が置いてあることに気がついた。

 粉洗剤に液体洗剤、柔軟剤、シミ抜きなどが所狭しと置かれている。

 健臣は眉を顰めた。


「どれを使うんだろうな……」


 ひとつひとつ眺めながら、とりあえず液体洗剤を手に取った。

 裏に書かれている使用目安を眺めて、眺めて……眺めていた。


「分からない……。どうやって計算するんだ?」


 健臣は焦ったように頭をがしがしと掻く。

 健臣の中の危険信号が真っ赤に点灯した。



 松岡家ではお風呂に入っていた真子がちょうど上がったところだった。

 ピンポーンとチャイムが鳴る。

 真子はそのまま玄関に向かってドアを開けた。


「どうしたの?」


 真子がそう聞くと、健臣は引き攣った笑みを浮かべる。

 真子は健臣が抱えている洗濯物に気がついた。

 もう一度健臣の顔を見た瞳はひどく呆れている。

 健臣は気まずそうに言った。


「真子さん、すみません……」


 真子は小さくため息をついた。

 健臣を招き入れて洗濯機の前に立つ。

 そして慣れた手つきで洗濯機を回しはじめた。

 それを健臣は感心したように見ている。


「朝までには乾くと思う」

「ありがとう。助かったぁ……」


 健臣はほっとしたように笑みを浮かべる。

 騒ぎを聞きつけた松岡が洗濯機を置いてある脱衣所に顔を出した。


「おお、常盤。どうした? 帰ったんじゃなかったのか?」

「明日使う体操服がなくて、助けてもらいに……」


 健臣はバツが悪そうに視線を逸らしながら言うと、松岡は腹を抱えて笑った。


 リビングに移動して、健臣は母親にメールを送る。

『体操服洗ってなかったから真子に洗ってもらった。ついでに制服のシャツも。今度洗濯機の使い方を教えてください……』

 するとすぐに『ぎゃー』と、たった一言だけの返事が来た。



 それから三十分ほど経った頃、松岡の家のチャイムが鳴った。松岡が出る。

 なにやら話し声がして、リビングに顔を出したのは健臣の母親の常盤典子だった。

 グレーのスーツ姿で、髪をうしろで一つに結んでいる。

 つい先程玄関先で見た健臣の笑みそっくりの表情をしていた。


「真子ちゃん、いつもごめんね」


 リビングで健臣とともにテレビを見ていた真子が顔を上げた。

 首を横に小さく振る。


「典子さん、忙しいから」


 真子はうつむきがちに言った。

 そしてまた顔を上げて、言葉を続ける。


「私、健臣くんの体操服とか制服のシャツくらいなら洗濯できます」


 典子の瞳が輝きかけて、はっとしたように首を横に振った。


「それは悪いわ。真子ちゃんにはいっぱい迷惑かけてるもの。これ以上は……」

「大丈夫です。うちの洗濯物を洗うついでだから」


 真子はわずかに笑みを浮かべた。

 典子は申し訳なさそうな笑みを真子に向ける。


「ありがとう。うちのたけとは大違いね」


 典子はため息をついた。

 健臣はぐっと言葉を詰まらせ、なにも言い返せずにすっと視線を逸らした。


「これ。お礼にと思ってプリンを買ってきたの」


 典子は片手に持っていた白い小さな箱を真子に手渡す。

 真子は受け取り、中を見るとプリンが四つ入っていた。

 真子の横で松岡が小さく頭を下げる。


「すみません。いつも、いつも」


 そして典子にリビングテーブルに座るように促す。

 真子はキッチンに移り、そこから典子に声をかける。


「典子さん、なにか食べますか?」

「ありがとう。本当に真子ちゃんはしっかりしてるわね」


 典子も真子と並んでキッチンに立った。なにやら楽しげに会話をしている。

 真子は典子相手だと少しばかり落ちついて話せるのか、笑みが浮かぶことも多かった。



 典子が夕食を終えると、健臣と典子は帰宅した。

 典子は脱衣所の前で足を止める。そこには洗濯物が散らばっていた。

 典子は盛大なため息をつく。


「本当に真子ちゃんと大違いね。どうしてこんなに大雑把なの?」

「う、うるさいな! 母さんに似たんだよ!」

「まぁ! そんなこと……」


 典子はそう言って視線を逸らした。

 今回の件もそうだが、他にもいくつか思い当る節があるらしい。


「真子ちゃんには頭が上がらないわね」

「俺も……」


 健臣と典子は情けなさそうに小さくため息をついた。



 翌日の朝、少し早く松岡の家にきた健臣はスウェット姿だ。

 手には黒革の学生鞄と制服の濃紺のズボンと赤いネクタイを腕に下げている。


 玄関のチャイムを押すと、真子が寝間着姿で顔を出した。

 真子の寝癖はドライヤーを使うようになってほんの少しばかり改善したが、それでもまだひどい。

 うねうねと蛇のようにうねり、絡み合っている。


 真子は玄関にある時計に視線を向けた。まだ七時半前だ。


「おはよう。制服のシャツとか体操服の準備をしようと思って。早くきた」


 真子は納得したように小さくうなずいて健臣を招き入れた。


 リビングに行くと綺麗に畳まれた体操服とアイロンでピシッと皺の伸ばされた制服のシャツが置いてあった。

 健臣は感嘆の声を上げる。さすが真子だ。仕事が早い。


「ありがとう!」


 健臣は思わず真子の手をとった。真子は驚いたように目を見開く。

 そして小さくうなずいた。わずかに頬を朱に染めながら言う。


「私も着替えてくる」


 真子はそそくさと自室へ向かった。

 健臣は鼻歌まじりに体操服を鞄に詰めて、松岡の部屋を借りて着替える。

 そしてリビングに戻って、キッチンにあるお弁当箱を包んだ。


 着替えを済ませて、髪を梳かした真子がリビングに顔を出した。


「よし、行くか」


 健臣が言うと、真子は小さくうなずく。

 夏に向けて暑くなりはじめた太陽が輝く玄関の外へと二人は消えて行った。

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