Fly1「ぷろろーぐっ」 その3
翌日、授業が終わると私はすぐに教室を飛び出し、ある場所へ向かった。
図書室――前述の勉強にしか興味のないような連中が入り浸っている場所。予想通り翔もそこにいた。
落ち着け、ここで焦ってはいけない。私は息を潜め、彼の様子をうかがい続ける。
「おーい!」
と、そこに勘太が息をきらせながらやって来た。こんなときに何のようだっての!
私は慌てて勘太をひっ捕まえて物影に引きずり込む。
「しーっ! 今張りこみ中なんだから! っていうか何しに来たのよ!?」
「いや、部長が『様子見てこい』って言うもんで。ところで、柔ちゃんが目をつけたのってどいつ?まさか図書室にいるガリ勉軍団じゃないだろうね?」
「そのまさかよ。ほら、隅っこのいすに座ってるあいつよ」
「あ、あれ深山じゃん! 無理無理、悪い事言わないからアイツはあきらめた方がいいって」
勘太は手のひらを左右に激しく振った。
「知ってんの? って、そりゃあ代表挨拶してたんだから顔くらいは知ってるだろうけど」
「知ってるも何も同じ理数科一組だって。あいつつきあい悪くて、他の生徒ともほとんど話さないんだよ。ましてや部活なんて柄じゃないよ、絶対に」
その時翔が動いた。鞄を持って出口の方に向かってくる。今日は帰宅ということか。
翔に悟られないよう慎重に身を潜める。
翔は昨日同様、参考書のような物を手に廊下を歩いていく。
私は柑太の腕を引っつかむと後を追った。
「ちょ、ちょっと! 何でオレまでっ!」
「しーっ!」
私は柑太の口を塞いだ。
「こうなったら、とことんまでつきあってもらうわよ」
「はい!?」
「これからあいつの家まで付けていくのよ。勝負に勝つにはまず相手を知らなきゃ」
「勝負って、戦うんじゃなくて勧誘だろ!?」
「いいから来なさいっての!」
強引に勘太を引きずって翔の後を追う。追跡作戦の開始だ。
翔は学校の最寄り駅である春風台駅に向かっている。
春風台駅は電車通学の生徒のほとんどが利用しているので、特に不思議はない。
翔は改札を抜け、三柳方面行きのホームに下りていく。
「あいつの家ってどの辺なのかしらね」
「詳しくは知らないけど……秋蓮の方みたいだぜ? あそこで降りるのを見たってやつがいるんだ」
「ちょっと、それ本当!?」
秋蓮といえば有名な高級住宅地である。ということは相当なお金持ちのお坊ちゃんということか。
「けどおかしいんだよなぁ」
「何が?」
勘太が首をかしげてつぶやいたので、訊いてみる。
「奨学生なんだよ」
と、勘太は言った。
「うちの担任が言ってたから間違いないぜ。けど秋蓮みたいなとこに住んでて奨学金ってのもおかしな話じゃん?」
うちの学校は私学なので、当然学費はそれなりに高い。
そこで、それでも勉強したい子のために奨学金制度というものが存在している。
奨学生になれば授業料が免除される(といっても、就職後にちゃんと返済はするが)。
ただし、その道ははっきりいってかなり厳しい。常に学年トップ3はキープする必要があるだろう。
当然一度でもそこから転落すれば、それ以降奨学金に与る事はできない。
だけど、勘太の情報どおりあいつが秋蓮に住んでいるのなら、わざわざ奨学金など利用しなくても十分学費の一つや二つくらい出せるはずである。
ぶっちゃけ、あの辺りに住んでいる人間は、そのくらい上流層の人間ばかりなのだ。
とりあえずここで考えていても始まらない。三柳行きの快速が来て翔が乗り込んだので、私も勘太を引っ張って後を追う。
電車の中でも相変わらず翔は本とにらめっこをしている。ガリ勉もあそこまでいくとたいしたものだ。
そのまま電車に揺られる事二十分、やはり翔は秋蓮駅で電車を降りた。
気づかれないように――といっても向こうは本に集中していて気づくそぶりは全くないが――後を付けていく。
ゆっくりめのペースで十五分ほど歩いただろうか。
やがて、翔は一軒の家へと消えていった。
その家を見て私も柑太も目を丸くした。
でかい――おそらく私の家の倍はありそうだ。西洋風の作りで垣根も豪華な作り。一目で高級住宅である事が分かる建て物だった。
「す、すげぇ……。あいつマジでこんな家に住んでるのか?」
「そ、そうみたいね」
「で……、これからどうすんの?」
実はここから先の事は全く考えていなかった。どうしたものか。
その時、いきなり後ろから女の人の声がした。
「あなたたち、家に何か用かしら?」
驚いて私は振り向いた。
私達の目の前に赤いスポーツタイプのベンツが停まっていた。そして、運転席から一人の女の人が顔を出していた。
車のウインドウ越しなのであまりよくは見えないが、年齢は三十代くらいだろうか。
やや小柄だが、引き締まったかなりのプロポーション。顔も綺麗に整っていて、ひと言でいえば美人だ。
だけど、どこかで見たような気が――。
「ぬあああーーっっ!!」
その時勘太がすっとんきょうな声を上げた。
「ちょ、ちょっと何よ勘太!?」
「深空翔子! 間違いない、プロバレエダンサーの深空翔子だよ!」
「"元"だけどね」
女の人は少し笑っていった。
思い出した、たしかテレビで何度か見た事がある。ただし、バレエダンサーとしてではなくスポーツコメンテーターとしてだが。
「それにしても、よく私がバレエダンサーだった事を知ってたわね。あなた達"小学生"でしょう?」
「上の姉貴がファンなんスよ。あ、もちろん自分もっスけど」
ちなみに勘太には姉が二人いる。一人は高校生で、もう一人――今の話に出たのが今年二十四になる少し年の離れた姉だ。
「それにしても感激だなあ、あの深空翔子がこんな近くに住んでたなんて――あれ? 深空?」
――まさか。
「あ、あの! ひょっとして翔君のお母さん、ですか?」
翔子さんはちょっと驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔に戻って言った。
「あら、翔のお友達だったの? それじゃあ中学生だったのねえ。ごめんなさい、失礼な事を言っちゃって」
「い、いえ、そういうわけでは……」
下手に思い込まれて翔に取り次がれでもしたらヤバい事になる。
だが、翔子さんはかまわず話し続ける。
「あの子ったら、入学して二週間以上立つのに友達の一人も連れてこないんだもの。いい加減心配だったのよね。ささ、とりあえずこんな所じゃなんだから、入って入って。って、その前に車を入れなきゃね。ごめん、ちょっと離れててくれる?」
一方的にまくし立てて、車を発進させる。
私達が慌てて横にどくと、翔子さんはベンツをガレージの中に納めて戻ってきた。
そのまま半ば強引に私たちは、家の中へ案内されてしまった。 |