その49
ゲームは五戦して先に三勝した方が勝ちとなる。一戦終わるごとにしばしの休憩が設けられ、アドバイザーからのアドバイスを受けて、予備のカードと入れ替えたり、作戦を練り直したりすることが許される。
「まずは様子を見てね、兄ちゃん。五回戦えるんだから焦る必要は無いよ」
弟の指示に兄は重々しくうなずいた。
胡桃は、整然と座して自分のデッキ(カードの集まり)の最終チェックをしている小太郎を見ていた。その姿勢にゆるみはない。茶番に付き合わされてなお凛としたその姿に、胡桃は惚れぼれとしたものを覚えた。と、そのとき、ふと顔を上げた小太郎と胡桃は目が合った。今度は時間にして数秒見つめ合っていた。想い人と瞳と瞳を合わせるというロマンチックこの上ない状態だったが、胡桃は胸の高鳴りを覚えたりはしなかった。小太郎の綺麗な瞳にどこか寂しそうな色が漂っているように見えたからである。
――まるで別れを惜しむかのような……。
胡桃は思わずしてしまった自分の空想に自分でゾッとした。小さく首を横に振る。妄想もいい加減にした方が良い、と胡桃は己をたしなめた。
兄が座布団の上に正座した。
テーブルの向こう側にも同じように正座している少年。
対峙する二人は互いに軽く会釈した。
初戦が始まった。
それぞれが代わる代わる自分のデッキ――山札――から、一枚ずつカードを手札に加え、必要なカードを場に出して使用していく。カードの効果で相手のライフポイント――持ち点――を減らしていき、先に相手のポイントをゼロにした方が勝ちになる。ゆるゆるとした日が差し込む室内に、カードをめくる音と、カードの効果を相手に対して読み上げるプレイヤーの声が静かに響いた。
弟の指示通り様子を見ようとゆっくりとプレイする兄に対して、小太郎は即断即決だった。繰り出す一手が驚くほど速い。兄がどういう戦略を持っているのかなど考えもしないような様子で大胆不敵なプレイである。初戦は向こうの勢いに押し切られる形で兄の敗北に終わった。
「あいにく、せこい戦い方は教えてないの」
早瀬がその愛らしい花唇から嘲るような言葉を放った。
両陣営はそれぞれ部屋の隅に別れた。
「ごめん、兄ちゃん。あいつの言う通りだ。様子見なんかせず、全力で行けば良かった。でも、そのおかげであっちの戦略は分かった。次は勝つよ」
そう言って、いくつか指示を与える照也。カードも何枚か入れ替えたようである。
胡桃は第二戦の行方よりも気になっていることがあった。小太郎の視線である。第一戦が繰り広げられているとき、兄が自分の手を熟考しているときに、何度か小太郎に見られたような気がする。無論、気がするだけで、自意識過剰なだけかもしれないが、
――そうじゃないとしたら……?
なぜ見られていたのか分からず胡桃は首を捻った。顔に何か変なものでもついているのかもと思って、手鏡を取り出して見ていたら、横から弟にうさんくさそうな目で覗き込まれた。
「いや、違うよ、テルくん。そういうんじゃないからね」
胡桃は慌てて弁解口調で言ったが、命の取り合いをする決闘の場で顔なぞを気にしている小娘に対して、師匠の視線は冷ややかだった。
「じゃあ、そろそろ――」
泉が第二戦の開始を告げた。
小太郎は相変わらずあまり考える様子を見せずにパッパッと手札を使った。兄はゆったりと考える時間をもったプレイである。初戦と同じ展開のようにも見えたが、今回は押し切られることはなかった。弟の助言が利いているようである。小太郎の攻撃を受け流しつつ反撃し、終わってみれば大差をつけて兄が勝っていた。
再びの作戦タイムである。部屋の隅でまた視線を感じた胡桃だったが、それは想像上のものだったらしい。小太郎は向こう側の隅で胡桃に背を向けて女王とひそやかに作戦を練っていた。
「よし。流れは取り戻したよ、兄ちゃん。今の感じでいい。でも、気をつけて。ハヤセがあっちについてるってことはこのままで済むはずないからね」
弟の言葉に、兄は神妙な面持ちでうなずいた。
兄が勝負のテーブルに戻り、その少し後ろで控えるようにすると、先にテーブルについていた小太郎とまともに目があった。
小太郎は明らかに胡桃を見ていた。
胡桃の胸が早鐘を打ち始めた。
――わたしを呼んでる。
誘っている。そんな気がした。どこへ、ということは考えるまでもない。先ほどからの視線の意味に、小太郎の気持ちに、ようやく胡桃は気がついた。あるいはそれは単に胡桃自身の気持ちだったのかもしれない。小太郎の気持ちを読みとったというよりは、彼を通して、胡桃はただ自分自身を見たのかもしれなかった。
第三戦の開始を宣言しようとした泉の声に胡桃の声がかぶった。
室内の視線が一斉に胡桃に集まった。
「え? 今何て、クルミちゃん?」
呆気に取られる泉の声を聞きながら、胡桃は自分のカードケースを掲げてみせた。
「選手交代。ここからはお兄ちゃんに代わって、わたしがやる」
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