ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
その4
 小太郎(コタロウ)の凛とした鮮やかな立ち居に胡桃(クルミ)がうっとりとしていると、唐突にがしっと両脇をつかまれて、あっという間もあればこそ、恋話(こいばな)の余韻冷めやらぬ教室から引きずり出され、連行された先は女子トイレであった。
「聞かせてもらうわよ、クルミ。なんで、コタロウくんとあんたが付き合うなんて話になってんのか」
 取り巻きの二人を両横に控えさえ、仁王立ちでこちらをねめつけるその姿は非常に女の子らしいと言わねばならない。男子の前でもやってみればいいのにと胡桃が皮肉げに思っていると、じりじりと間合いが詰められる。胡桃は壁際に追い込まれた。
 他人の幸福を素直に祝うことができる、そういう人間だけでクラスが構成されているとしたら、どんなにか美しい学生生活を送れることだろう。だが、現実はそう甘くはない。他人の幸せをねたみそねみ、あまつさえ、「そんなものはぶっ壊してやるわ」などと考える不届きな輩もいるのである。
「さあ、正直に言いなさい。どんな卑怯な手を使ったのか。包み隠さず、全部ね」
 そういう輩の一人が今目の前にいる彼女である。
「コタロウくんがあんたと付き合うなんて信じられない。何か事情があるんでしょ」
 堂々と立ち向かったのに、陰湿な策謀を用いたようなことを言われて、ムッとした胡桃だったが、彼女一人だけならまだしもその左右に一人ずつ付き人がおり、状況は三対一。この数的不利を覆すことができるほどの実力がない胡桃としては、正直に答える他なかった。
「え、なんで? 何でクルミの告白、普通に受けちゃうの? わたしだって一年の時告白したんだけど断られてるんだよ。何でクルミなのよっ。おかしいでしょ」
 髪を振り乱し恐慌状態に陥る少女を目前にしながら、彼女を選ばなかった小太郎の慧眼(けいがん)に、胡桃は感服した。
 女子が一人入ってきて、「な、なに? イジメ? イジメなの?」的な好奇と同情が混ぜられた目で一瞥して、個室へと消えた。まさか、ロマンティックな話をしているとは夢にも思うまい。せめて校舎の屋上にでも呼び出してくれれば格好もつくのに、とロケーションの変更を求めたいクルミだったが、そもそも屋上は進入禁止であった。
「でもさ、クルミで良かったかもよ。すぐに別れることになるかもしれないし」
 ボスの横で下っ端Aが失礼なことを言った。少女コミックに登場するガラスのハートを持つヒロインだったら、打ちひしがれている所である。しかし、あいにく胡桃はそんな繊細なものは持ち合わせていなかった。こんなことでいちいち傷ついていたら、とても彼女らと付き合えたものではない。もっとも果たして付き合う必要があるのかどうか、再考の余地はあるが。
 胡桃は発育途上の胸をぐっと張った。いくら不利な立場とはいえ、攻められっぱなしは彼女の流儀ではない。
「とにかく、付き合ってもらえるようになったから、応援してよね」
「応援? 誰が!」
 バカも休み休み言えと言わんばかりの顔でふんと鼻を鳴らすクラスメート。
 胡桃は独り言のようにぼそっと言った。
「サッカー部ってカッコイイ男の子多いよね。コタロウくんって部内でも友だち多そうだなあ」
 効果はテキメンだった。
 突如として、醜い気面が穏やかな菩薩の顔へと変わった。
「クルミちゃん、わたしたち、親友よね」
 がしっと熱く、暑苦しく手を握りしめてくる友人。親友のカレシからカッコイイ男の子を紹介されて、親友同様幸せになるというバラ色の未来を夢想したのだろう。瞳に星を煌かせる友人たちに、もちろんよ、と言って鷹揚にうなずいてやると、そこで胡桃はようやく解放された。彼女たちは、早速サッカー部の男子の品定めを始めた。
 やれやれと思って、ついでに個室に入り、そうしてトイレを出る時に手を洗いながら鏡を見た胡桃の脳裏を、ふと疑問がよぎった。エセ親友の言葉ではないが、どうして小太郎はOKをくれたのだろうか。
 水を止めてから、鏡に映った自分の顔をしげしげと胡桃は見た。肩までの天然パーマ気味の黒髪に、まっすぐに引かれた眉、大きめの瞳に大きめの唇。喜怒哀楽をはっきり表せそうなメリハリのある顔立ちである。自分が女の子らしい可憐さとはかけ離れていることを再確認した胡桃は、小太郎がOKをくれた理由から、「告白してきた女の子のルックスに魅かれた」という項目をまず削除した。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。