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その3
 家族の代わりはクラスがしてくれた。 
 胡桃(クルミ)小太郎(コタロウ)が付き合い始めたという噂は、翌朝にして、すでにクラス中の知るところとなった。いかなる情報網のしからしむるところによるのかさっぱり判然としないのだが、このような「カップル誕生」の報というのは、燎原の火の如く恐ろしいほどの速度で広がるのである。
 胡桃がもやもや推測するところによると、これは「裏生徒会」とでも呼ぶべき秘密諜報機関の仕業であった。表向き生徒の学校生活を牛耳るのは生徒会であるが、彼らには実際のところ大した権限など無い。コミックでよく見かけるのとは違い、ナンデモカンデモやりたい放題という訳にはいかないのが現実である。生徒の日常生活の為にしてくれることと言えば、せいぜいが、
「いついつにこれこれの行事がありますよ、がんばろうね」
 的に学校行事への参加を促したり、校門前の清掃活動をしたりと、もちろんそれらはそれらで大切なことであるが、あんまり目立った話でもないし、一般の生徒からしてみれば、活動しているのかしてないのかよく分からんというのが実情である。
 その代わりに存在するのが「裏生徒会」である。彼らは、生徒の学校生活、主に恋愛問題を解決するために、様々な情報を提供してくれる。誰が誰のことを好きらしいとか、付き合ったとか、別れそうとか、別れたとか。各クラスに配置された「耳」が情報を集め、「口」が情報を流す。その情報は適確無比であり、大いに生徒の学校生活を豊かなものにしてくれているのだった!
「中沢、お前、福田と付き合ってんの?」
 胡桃の妄想は、自分の名が不意に愛するカレシ――実にイイ響き!――の名と共に聞こえてきたときに、破れた。
 昼休みの喧騒がピタリとやむ。教室中の好奇の目が、胡桃から少し離れた席に座る男の子に集まっていた。なんだかもう見ているだけで幸せになれそうな男の子である。その傍に立つのが、今しがたツマラン質問をした男子だった。昨日校門前で小太郎を呼びとめた時に、彼と一緒にいたサッカー部の男子である。
――あ、もしかしたら……。
 胡桃の、少女コミックを読みすぎてすっかり(漫画的)恋愛モードになってしまった脳に、電光のように閃く考えがある。それは、今、小太郎に詰め寄っている彼は胡桃のことが密かに好きなのではないか、というものだった。
 胡桃は己の罪深さに打ち震えた。きっと彼は入学式の時に胡桃に一目惚れをして、以来一年想いを温めてきたのだ。何度も告白しようと思ったことだろう。その度に、もうちょっとタイミングを見た方が良いと、考えを改め、しかし後悔し、次こそはと拳に決意を握ってきたに違いない。そうして、今年、運命の女神の祝福によって胡桃と同じクラスになれ、これからいよいよちょっとずつ仲良くなって秋頃には告白までこぎつけようと思っていた矢先に、胡桃・小太郎カップル成立の悲報が届いたのだ。彼の無念はいかばかりか。
 胡桃は心中で彼に詫びたが、それとこれとは別問題である。純粋な男心が為したことであったとしても、事態は思わしくない。胡桃は固唾を飲んで成り行きを見守った。というのも、カップルが別れる原因として、
「クラス中からからかわれるのが嫌!」
 ということが挙げられるからである。現に一年生のときに、それが理由で自然消滅したカップルが同じクラスにあったのだ。
 胡桃は、付き合い始めた直後にして、既に別れへのルートの見える分岐点に自分がいることを意識した。
「付き合ってるけど、それがどうかしたのか?」
 小太郎は端然とした声を出した。新カップルにとって初の危機は、その一言で軽やかにクリアされた。どっと沸き起こる歓声の中、小太郎はサラサラとした黒髪を揺らして胡桃のほうを向くと、軽く手を振ってきた。ぼおっとして手を振り返す胡桃。更に高まる祝福の声。
「だからクルミちゃんには近づくなよな、ボクのカノジョだから」
 小太郎が恋のライバル(仮)に釘を刺した。胡桃は、あまりの嬉しさに、今なら空も飛べるだろうと思われたほどだった。下の名前で呼ばれたこともさることながら、公の前でカノジョと言ってもらえたのである。
――幸せすぎて怖い……。
 その甘やかな恐怖感に浸ってうっとりとしている時間は長くは続かなかった。


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