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その2
 胡桃(クルミ)は夢見心地のまま帰宅した。告白を受けてくれた小太郎(コタロウ)はそのまま別れ道まで胡桃をエスコートしてくれた。記念すべき「初お帰り」だったわけだが、何を話したのかは覚えていなかった。変なことを口走ってなければ良いが、嬉しすぎて頭がくらくらしていたので、もしかしたらポロポロと何かつまらないことを言ってしまったかもしれない。恋する乙女のいっぱいいっぱいの愛らしさとして評価してもらうほか無いところである。
「何かあったの、お姉ちゃん?」
 自分の部屋に入って、学校指定の肩かけカバンを下ろした胡桃は、ニヤケ面を見とがめられた。妹である。胡桃のマイホームは団地の一室であって、そこに住む家族は胡桃の他に母、父、兄、弟、妹の六人構成。当然、個室など望むべくもなく、妹とプライベート空間を共有しているのだった。 
 椅子に座って、うさんくさいものでも見るような目つきをする小学四年生の妹に、胡桃は姉の快挙を語ってやった。実のところ胡桃は話したくて仕方なかったのである。それで余計ににやついていたのだ。なにせ幸せはおすそわけすると倍になるという。今でも十分幸せなのに倍になったら死ぬかもしれない!
 話を聞き終わった妹の態度は、胡桃を死の恐怖から解放してくれたようである。彼女はその怜悧な瞳をぱちぱちとさせて、
「ふーん、良かったね」
 と言っただけで、勉強机に戻ると、学習プリントらしきものにペンを走らせ始めた。まことに張り合いのないことである。姉に初カレができたというのに何だろうこのつれない態度は。わけてあげようと思った幸せを突き返された形になった胡桃はムッとしたが、そこでピンときたものがある。
 胡桃は妹の背後から、
「大丈夫。咲子(サキコ)もそのうちカレシできるよ」
 女の子としてはるか先を行ってしまった姉をうらやむ妹をなぐさめてやった。
 妹はプリントに向かったままで、
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「今勉強してるから」
 落ち着いた声音のままたしなめてきた。
 部屋を追い出された胡桃は、消化不良気味の気持ちを解消すべく、兄と弟の共同スペースへと向かった。向かったと言っても、廊下を挟んで目の前である。引き戸を開けると、小六の弟の姿が見えた。兄はまだ帰っていないらしい。弟はなにやら難しげな顔をしながら、床一面に広げられたトレーディングカードを見ていた。彼の趣味である。確かモンスター・なんちゃーらとかいう名前で、どっぷりとはまっているらしく、小遣いを全てつぎ込み、そればかりか町が主催するトーナメントにも参加しているほどの入れ込み様であった。
「へえ、良かったじゃん。姉ちゃん」
 両手に持ったカードをためつすがめつしながら口先だけで答えるという、適当極まりない答え方をする弟に対して、胡桃は一言、
「このカードおたくめ!」
 罵声を浴びせ、部屋を後にした。「サモナーと呼べ!」という怒号を壁越しに聞きながら、胡桃は続いて、買い物から帰って来た母、仕事から帰って来た父、部活から帰って来た兄に、今日のセンセーショナルな出来事を話した。彼らは年少の弟妹よりは反応してくれたものの、一様に穏やかなリアクションだった。唯一、兄だけが多少興味ありげな顔をしてくれたが、とはいえ、胡桃の期待していたようなものではなかった。
「おめでとうございます、クルミさんっ!」
 うるさいほど鳴り響くファンファーレ、まぶしいほどたかれるフラッシュ、四方八方から突きつけられるマイクの前で胡桃はクールに言うのである。
「そんな大したことじゃないわ。落ち着いて、みんな」
 言われるまでもなく沈着な家族に、
「もう少し騒いでよ!」
 と言い出すことはさすがにできず、胡桃は、自分の気持ちを過不足なく読みとってほしいという思春期特有の願望を胸に抱きつつ、記念すべき日をやり過ごしたのだった。


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