林間学校積立金はどこへ?(3)
~解決~
保健室には独特のにおいがある。消毒液のにおいなのかわからないがこの匂いが俺は好きだ。同じように病院の匂いも好きだ。その理由はわからない。子供の時に誰かの見舞いに行ったことは覚えている。なんとなくしか覚えていない。それくらい子どものころだった。だが、そんないつの記憶かわからないあやふやな記憶よりも、俺は居場所がないときはよく保健室に逃げ込んでいた。教室は色んな目がある。それを考えると保健室は多くの目がない。だから居心地がいいのだ。
それになぜか保健室だと俺の赤い髪が目立たないようにも感じる。別に髪が黒くなるわけでもない。けれど『ここ』には俺を変な目で見るやつがいないように感じるからだ。
ただ、逃げるのは好きじゃない。だから教室で針のむしろでも俺は授業を聞いている。けれど、今日は違った。授業にすらならない。あんなキンキン声をずっと聞かされるくらいなら保健室で自習するほうがいい。
そのはずだった。ポケットに参考書だけをこっそり入れておいた。制服のうちポケットにはペンも入っている。完璧だったはずだ。けれど、保健室には先客がいた。背は低くく、黒い髪が長くキレイだった。背中まで有るまっすぐな髪は日本人らしくて俺はものすごく好きなんだ。自分自身が赤い髪をしているためかもしれない。ほっそりとした体はに着ている制服。そこについている名札の色が緑なので2年生ということはわかる。だが、一見すると同級生かそれこそ年下に見える。さらに右足にギブスをしており、歩くのも困難そうだ。そしてビクビクしながら机にしがみついている。いや、机を盾にして俺と対峙しているのだ。
まあ、身長も180センチ近くある俺だ。しかも威圧感を出さないようにしているつもりなのに、生まれつき目つきの悪いのとごつい体格がプレッシャーを与えているのもわかる。だからこそ、人とできるだけ距離を取っているんだ。
目の前のこの子は150センチくらいだろうか。これくらい身長差があると怖いのだろう。だが、「確実に一つわかったことがあります」のセリフの後に言った言葉は俺の耳を疑うものだった。
「もう一度言ってくれないかな?」
そう、聞き間違えをしたのだと思った。だが目の前の子はもう一度こう言った。
「確実に、わかった、こと、それは、あなたが、最低な人だと、いう、こと、です」
最低?俺が?言われても実感がわかない。これだけ空気になろうとしている俺がどうして最低なんだ。
「わからない、の?」
「わからない」
即答をしてみた。本当にわからないからだ。目の前の女の子は深いため息をつく。そんなに最低なことをしたのだろうか?俺は近藤の机も倒してないし、気になる上岡だってなめまわしたりしない。どちらかというと机を見ていることの方が多い。しかもうまく腕の隙間から周りを観察しているんだ。この観察が結構楽しい。みんなはなんであんな一つ一つのことで一喜一憂するのだろうとか、その動きを見ているのが面白いからだ。
ただ、この観察にも問題がある。観察できる場所が限られているからだ。うまく腕の隙間から見えるのは近藤たちとA男からD男たちなのだ。今日はたまたまこのグループが話し出したのでつい観察をしてしまった。
こうやって一歩引いてみているから楽しいんだ。あんな渦中の中に入ったらそれこそ言葉の渦に巻き込まれて何がなんだかわからなくなってしまう。そうでなくても大変なのだから。
「仕方がない、です、ね。まず、あなたが、最低な、ところから、説明、し、ます」
机を盾にしながら話している言葉は辛らつだ。なんだこのギャップは。普通はこういうギャップがあるとどこかに萌えがあるらしいのだが、どこにも萌えがない。
これが文化の違いなのだろうか。それとも1歳しか変わらないが年の違いなのだろうか。
「お願いします」
ま、ここで怒ったり怒鳴ったりすると俺は不良と思われてしまう。足を怪我しておどおどしている女の子に180センチの赤髪の男性が怒鳴っていたらいじめているとか事件かと思われてしまう。それは避けないといけない。俺のモットーは平穏なのだから。もしくは空気になることだ。ここで怒鳴ったりすると外見から偏見で見られているとおり不良と思われるというか不良になってしまう。すでにレッテルを貼られているが事実と違うことがわかれば周りも変わって来ると信じている。ま、何も一向に変化などないのだが。
目の前の女の子を見るとおびえたようにしている。そんなに威圧的だったのだろうか。とりあえず、お辞儀をしてもう一度「お願いだから説明してください」と言った。
目の前の女の子が大きく息を吸うのがわかる。深呼吸だろうか。その後ゆっくりと話してきた。
「まず、傍観者を、きどってい、ます、が、あなたはかまわれ、たくて仕方が、ない。寂しがり屋、なん、だと思い、ます」
そう言われてグサりと胸に刺さった。ああ、その通りだ。誰かと話しはしたい。でも、自分からはいけないそういう事を感づかれないように一人でいる。そう、会話をしたいのに不安が先にくるんだ。そう、いつも矛盾だらけだ。だが、どうしてそれがわかったのだ。更に女の子は続ける。
「そして、今回、あなたは、見ていたから真相に気がつけた、はず、です。なのに何も言わず自分だけ、逃げるように保健室に来た、最低」
ん?真相に気がつけたはず?もし気がついていたなら話しをした。一体俺は何を見落としていたんだろう。きょとんとする俺に向かって女の子はこう言ってきた。
「まさか、あんなに見て、いた、のに、真相に気が、つけて、いないん、です、か?」
「ええ、まったくもって」
というか、どうしてあれだけの情報で真相に気がつけるのだろう。俺のあんなまとまりのない話しで。疑わしいのはやっぱりB男なのか、それとも次に机を触った上野なのだろうか。でも、どっちも否定している。やっぱり荷物検査をするべきなのだろうか。俺は困るものは学校に持ってきていない。教科書とノート、和英辞典、国語辞典。この辺りだ。まあ、勉強のために参考書類もあるが基本勉強につかうものばかりだ。カバンに全て入れて持ち歩くと下手に筋肉がついてしまいそうだから全て学校においている。机の中とロッカーにキレイに全部入れているのだ。誰が見ても取り出せるように整理整頓をしている。カバンも軽量化を目指すためそこにあった変な板みたいなやつをとっぱらった。おかげでカバンは見事にぺちゃんこだ。どこからどう見ても俺は不良じゃない。筋肉をつけないように気をつけている普通の人のはずだ。荷物検査を怖がる必要もない。なんたってカバンの中には何も入っていないのだから。だが、カバンを持たないで通学すると不良と思われる。だからパフォーマンスで持ってきているのだ。本当に普通でいることは難しいことだ。
女の子が言う。
「本当に、気が、つけて、ないん、です、か?まあ、いい、です。とりあえず、最低なのはその、姿勢、です。傍観者を気取っているのを、かっこいいと思いつつ、逃げることしか、してこない、ことが最低、です」
「じゃあ、なんで君は保健室にいるの?」
つい、言ってしまった。言ってから後悔をしたが目の前の女の子はビクビクしている。ビクビクしているわりには毒舌なんだよな。これまた不思議なことだ。だが、泣きそうな顔を見ると弱い。
「ごめん、言い過ぎた」
しばらく沈黙が続く。女の子が言う。
「私には、私の事情がある、ん、です。確かに私も最低、です。逃げて、います、から。でも、身の安全のために、逃げている、ん、です」
そう言って女の子は右足を見つめている。そこには膝からつま先までがっちりギブスで固められている。
「その怪我ってどうしたの?」
「言いたくない、です」
ビクビクしているわりにはっきり言い切る女の子だな。なんだか感触がつかめない。一見するとお嬢様って感じだし、びくびくして何かにおびえているのに口を開くと毒舌を吐く。
「それより、最低さん。まだわからないの、です、か?」
「誰が最低さんだ。俺には羽島という名前がある」
「羽島最低さん、です、ね、わかり、ました」
「違う、俺は羽島光太郎だ」
俺はこの名前が嫌いだ。キラキラネームというものがあるが、俺はこの風貌ならそういう奇抜な名前だとよかったのにと思う時がある。普通とは逆だ。そういう名前だと俺が日本以外の血が流れていると思ってくれそうだからだ。羽島光太郎でこの赤髪だと染めていると思われるからだ。本当に染めているのなら生え際が黒くなるはずなのにそれは誰も指摘しない。学校にも茶髪に染めてプリンのようになっているやつもいる。それで地毛だと言い切るのだからすごいものだ。やっぱり髪は黒髪がいいに決まっている。目の前の女の子のように黒髪でまっすぐなのがいい。だが、黒に染めることはしたくない。いびつな黒ほど気持ち悪いものはないからだ。そう思うと目の前の子の髪はつややかで最高だと思う。
「何見て、いるん、です、か?」
女の子にそういわれた。確かに髪を見ていた。いや、見とれていた。けれど、本当のことを言うわけにもいかないから俺はつい「名前はなんていうの?」と言ってみた。
「なんで、言わないと、いけない、ん、です、か?言いたくない、です」
まさかの拒否できたか。仕方なく胸にある名札を見る。こういう時名札っていいよな。覗き込もうとしたら「変態」とまで言われてしまった。
しかたない、あきらめるか。
「いいよ、名前は教えたくなかった。でも、どう呼べばいいんだよ」
「保健室の君とか、どう?」
「なんだそりゃ」
「古典とかで、よく出て、くる、でしょう。そういう、呼び方」
知りません。というか保健室の君ってなんだ。保健室の主か何かなのか。まったく持ってわからない。だが、何と言っても教えてくれなかったので「保健室の君」で落ち着いた。
女子ってわからないと思ったが、そもそも男子だってわからない。そういう意味では日とそのものがわからないと言ってもいいのかもしれない。俺は多分何もわかってないのだろう。そう、思うことで落ち着いた。そう、どこかに着地点を決めないとすっきりしないからだ。そういうもんだろう。
「んで、保健室の君、教えてくれないかな。誰がお金を取ったんだ?B男?それとも上野?」
俺がそう言ったら保健室の君は首を横に振るだけだった。どうやらこの二人ではないらしい。では一体誰が犯人なんだろう。一人ずつ名前を挙げていってもいいのだけれど、それだと理由がわからない。何かの小説で犯人は誰かわかるけれど証拠も何もないので証拠探しを逆算でするという本を読んだことがある。ある種のカンニングみたいな推理だけれどそういう事なのかもしれない。
A男、C男、D男、それに何とか川の4人が候補だろう。でも、誰も机によっていない。
ダメだ。人から考えてもまったく進まない。では行動から考えてみるか。机から教科書がいっぱい落ちてきて、その中から封筒があって、お金があることがわかって取るという行動原理を考えてみた。封筒の中身がお金であるなんてことは見ただけではわからないだろう。ま、触れば硬貨があるのでお金かと思うかもしれない。
けれど、一瞬でその封筒を触って、判断して隠す。そんな早業が可能なのだろうか。もしくはもっと前に封筒がなくなっていたと考えたらどうだろう。昼休みよりも前になくなっていることが真実なのではないだろうか。そうなると犯人が誰かは絞り込めない。
「ちなみに、保健室の君は今回の犯人が誰かわかっているの?」
「今回の事件に犯人がいると、するならば誰かはわかり、ます」
「それはさっきの俺の話しでわかったのか」
「もちろん、そう、です、よ。だから早くわかったら保健室から出て行って、くだ、さい」
弱々しく話すのに文字にするときつく感じるのだから不思議だ。話し方で伝わり方って変わるんだなって思う。こうもおびえながら言われると酷いことを言われた気にはならない。なるほど、俺もそういうのマネしてみようか。
「わから、ない、です」
「マネ、しないで、くだ、さい」
怒られた。う~ん、わからん。さっきの話には昼休みの話しかない。昼休みより前に誰かが取ったのなら話しが早いのだが、そうではないみたいだ。もう一度考えてみる。まず、近藤となんとか川と上野が食事を食べようとする。近藤は買い物に出かける。だが、このときは誰も近藤の机には触っていない。
次に近藤が席に戻ってきて食事を3人で食べる。この時もまだ誰も近藤の机には近藤以外近づいていない。
次にD男がなんとか川に声をかける。そして、A男、B男、C男がそれに乗っかってくる。
まだ誰も近藤の席には近づいていない。Facebookの話題になり近藤が挙動不審になる。
B男が近藤の携帯を覗き込み近藤が暴れる。机が横倒しになり中身がぶちまけられる。
この時誰が近藤の席の近くにいたのか。そりゃB男だ。だからB男が近藤の机の中にあった教科書やノートを無造作に机の中に入れようとしたのだ。そもそも近藤も机の中にいれるんじゃなくてロッカーにしまえばいいのに。俺はそう思った。俺なんか机の中はその日の授業分だけ。それ以外はロッカーにしまってある。この優等生ぶりを見て誰が不良と思う。だが、俺の見た目はどうやらこういう緻密なことをやるようには見えていないらしい。近藤はそういう意味では無造作だ。多分ちょっとアウトローな所がかっこいいとでも思っているのだろう。ま、だからfacebookでハムスターにあこがれたことができたのだろう。そうそう、ハム藤だった。そういう名前をその時心の中でつけて呼んでいたんだ。巣穴がどこにあるのかわからないが多分どこかに溜め込んでいるのだろう。不思議なヤツだ。俺にこんなことを言われているなんて思わないだろうけれど。
まず疑わしいのはB男だ。だが、B男は近藤にいい所を見せたいから行動しただけだ。では誰がこの時疑わしいか。A男とC男はどちらかというと混ざりながら教室の隅にいる上岡さんを見ている。そういう意味ではこの輪から少し離れたところにいる。離れているからこそふらっと落ちてきた封筒に気がつけたのかも知れない。D男はなんとが川と仲良くなりたいためなのか必死に話していた。あれだけ必死なのだからふらっと落ちた封筒に気がつけたとは思えない。そう思うとA男かC男が怪しいのかもしれない。だが、どっちが寄り近くにいたのだろう。俺すら覚えていないことを目の前の保健室の君は犯人を言い当てている。ということは何かを見落としているのだろうか。それとも、この時ではないのかも知れない。
例えば、1回目で封筒は見たけれど何かわからなかった。2回目で再度封筒をみてなんだろうと思って手にとったがあまりに近藤がヒスっているから取ったことが言い出せなかったということはないだろうか。
お、なかなか真相に近いのではと思った。結構俺も推理力があるのではと思った。でも、そうなるとA男とC男のどちらの可能性があるのだろう。
とりあえず、2回目の近藤の机横倒しについて考えようと思った。
Facebookのサイトは消したけれど晒しスレに移行した近藤の記事を見て、B男とD男が盛り上がっていた。悪びれるんじゃなく勇者だと言われて照れている近藤を見かね何とか川が近藤の机を蹴り倒す。そして近くにいた上野が教科書とノートを拾おうとする。その上野を近藤が押しのける。そういえば、あの時上野は何か言っていたはずだ。そう「ごめんって、近藤っち」と言っていたんだ。なんで上野が謝るんだ。机を蹴り倒したのは何とか川なのに。不思議なこともあるものだ。もしかしたら1回目の机倒しの時に封筒が目に入ったので、その封筒を奪ってしまおうと考えたのだろうか。でも、この保健室の君は上野でもないと言う。ならば何とか川なのか?でも、何とか川は椅子から立ち上がっていない。座ったままだった。良く考えたら近藤の机が一番受難だったのではないだろうか、右に左に倒されるのだから。
でも、わからない。誰が犯人だというのだ。この後は加藤先生がやってきて、近藤がぴったり、ぴったりとずっと言っていたのだ。まったく持って意味不明だった。だが、これでどうして犯人がわかるというのだ。だが、確かに何か引っかかる。何が引っかかるのかわからないがしっくり来ないのだ。何だ。俺がそう考えていたら目の前の保健室の君がこういってきた。
「まだ、わから、ない?」
「うん、わからない、ヒントが欲しい」
「じゃあ、お金出、し、て」
って、いきなりかつあげですか。しかもこんなにビクビクされながら俺はかつあげをされるのか。確かに俺は女の子にはできるだけやさしくあろうと思っていた。うん、ただやさしくする相手がいないのとやさしくするということがいまいちわからないのだ。
だが、これは受けるべきではない。
「だが、断る」
とりあえず、断ってみた。保健室の君がこう言う。
「勘違いし、ない、で。返す、から。お札と硬貨を少し、封筒に、入れて」
保健室の君がどこから取り出したのかわからないが封筒を出してきた。いや、これはルーズリーフで作られた封筒もどきだ。のりでそれっぽくつくってあるけれど、やはりルーズリーフだ。
とりあえずその中に千円札1枚と100円と20円を入れた。保健室の君が言う。
「教科書にはさんでぴったり、する?」
まだ、真新しい教科書に紙幣だけでなく硬貨も含まれるとどちらかというとスペースが空いている。そう、ぴったりなんて、「しないな」
「それが答え、よ」
「はい?」
言われたことはわかったがそれが答えなのだろうか。保健室の君が言う。
「多分明日には解決、する、わ。今すぐ解決したい、のなら、先生と一緒に近藤さんの家に、行くと、いい、わ」
「つまり近藤が家に忘れたということか」
「ええ、そう、よ」
「どこで気がついた、まさか」
「ぴったり」
なるほど。それに本当にお金が入っているのなら落としたら『ちゃりん』という音もなるだろう。そんな音はならなかった。別にお金に卑しいわけじゃない。ただ、寝たふりをしていると音に敏感になるんだ。保健室の君が言う。
「理由がわかったなら、出て、行って、くだ、さい」
まあ、そういう約束だったのを思い出した。時計を見る。授業はもうすぐ終わる。
とりあえず、加藤先生に話してみるか。うまく伝わるか不安だが。
「大丈夫、加藤先生なら、伝わるよ」
保健室の君が言う。何でもお見通しかよ。まあ、約束は守るものだ。約束を守らなかったら不良になってしまうからな。俺は保健室を出て教室に向かった。教室ではまだ荒れていた。1時間もあんな不毛なやり取りをしていたのだろうか。俺は扉を開けて加藤先生を呼んだ。加藤先生は人がいいからこっちに来てくれた。
「という推測です。いかがですか?加藤先生」
俺はさっき保健室の君に言われたことをかいつまんで話した。加藤先生が言う。
「ま、どちらにせよ近藤と一緒に家に行くのが一番だと思っていたよ。ありがとうな。羽島」
びっくりした。前は鹿島と呼んでいたのに今回は間違えずに言って来た。教室はいつもの日常を取り戻した。唯一違うのは近藤が席にいないということだ。早退という扱いで加藤先生が引率の元家に帰るらしい。休み時間の間に何とか川と上野が「ありないよね」とか「ヒスんじゃないよ」とか言っていたが、この程度なら予定調和と言えなくもない。とりあえず俺はまた寝たふりをして横になった。
ん?俺は何かを忘れている。保健室の君に言っていない言葉がある。
俺はおもむろに起きて保健室に向かった。
「失礼します」
保健室を開ける。やはりこの匂いは懐かしい匂いがする。いつ俺の中に刻み込まれたのかわからないが、だが、保健室にいたのは養護教諭の西里先生だけだった。
「どうしたの?体調わるい?」
「いえ、ここにいた足を怪我した女の子に」
「ああ、赤土さんね。もう帰ったわよ」
とりあえず保健室の君は赤土さんということだけはわかった。
「また、明日きます。もしくは伝えておいてください」
「何を」
「ありがとうって言っていたということを」
「ま、そういうセリフは直接言ったほうがいいわね」
そうだろうな。俺もそう思う。とりあえず俺は教室に戻った。授業が始まっている。なんか気まずいが俺は普通に扉を開けて席に座った。注目を浴びている。いや、むしろ誰も俺を見ないようにしている。やっぱりこの風貌がいけないのか。でも、変にビクビクするのはいけない。遅れたのは事実なのだから堂々と教室に入っていった。席に座る。何か教師に言われたら謝ろうと思ったが目の前にいるのは英語の榊先生だ。そう「L」と「R」の発音がわかりにくい先生だ。歳は結構いっているように見える。40代の先生だ。一度「L」と「R」の発音について聞かれたから、「どっちか区別つきにくいです」と素直に伝えたらそれ以降口を聞いてもらえなくなった。不思議なものだ。素直に言ったことがわるかったのだろうか。榊先生は俺を一瞥して何事もなかったかのように授業を続けた。
遅れたとはいえ10分くらいだ。黒板を急いで写していく。とりあえず今日も平和だ。何事もなく平穏が一番だと思っていた。
次の日の朝にまさか近藤から「サンキュー」なんて言われるとは思っていなかっただ。それ以降俺は近藤と上野、そして何とか川と話すようになり、A男からD男にうらやましがられるようになったのだ。ま、俺がそっちを向くと目線をそらすのだが。
そうそう、次の日に保健室に行ったことも話しておくとする。
「失礼します」
そう言って保健室に入ると養護教諭の西里先生しかいなかった。
「あ、授業がはじまらないと赤土さんは保健室に来ないわよ」
そう言われた。一体どこにいるのだろうと探したら中庭のベンチに座っているの発見した。
「よう」
声をかけると松葉杖を盾にして俺に向かう。
「何です、か?また、居場所がなく、なった、のです、か?」
黒髪を振り乱しながらそう言ってくる。
「いや、そのありがとうっていいたくてな。また保健室に行ってもいいかな」
「来ないで、くだ、さい」
そう言われたが俺はまた懲りずに保健室に相談事を持っていったんだ。それもその日のうちに。