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短編集

王妃の伝言

作者:奏多悠香
「王妃様よりご伝言です」

 侍従が告げると、王はその眉根に深い皺を刻んだ。
 若くして亡くなった先代の王の後を継いですでに十年。
 齢三十を迎えたばかりの若き王は、おそろしいほど美しく整った顔立ちをしている。
 その治世は安定し、為政者としての未来には一点の曇りも見られない。
 ただひとつ悩みがあるとすれば、王妃のことであった。

「今度は何だ」

 その声色には、あきらめのようなものが混じる。

「読み上げます」

 侍従は胸ポケットから折りたたまれた紙を取り出し、丁寧にそれを広げてからゆっくりと読み始めた。

『陛下』

 そこで言葉を切った侍従に、王は急かすように手を振る。

「どうせ長いのだろう。もったいぶらずともよい、早うせい」
「はっ」

 侍従は恭しく礼をすると、また紙を掲げて読み始める。

『陛下が側室を娶られるとの噂を耳にいたしました』

 王はいましがた口につっこんだばかりの朝食を吐き出しそうな勢いでむせ込んだ。

「な……」
『わたくしに知れることはあるまいとでも思っておられたでしょうが、わたくしとてそれほど愚かではございません。お隠しになる必要などありませんのに。わたくしは反対するつもりなど全くないのですから。側妃を娶られ、御子をもうけられることもまた、王の大切なお仕事にございます』
「ほう」

 王は口元をナプキンで拭いながら目を細めた。

『しかしながら、申し上げておきたいことがひとつございます』

 そう言って侍従はわざとらしく一度、咳払いをした。

『心から愛する女性を側妃になど、お考えになりませぬよう』

 細められていた王の目が今度はカッと見開かれ、その目玉が侍従の前に転がり出そうな様相を見せたことを横目に確認してから、侍従はふたたび手元に視線を落とす。

『側妃を娶ることに口出しをする気はありませんが、側妃に対して愛情をもって接するなど到底無理なお話。嫉妬というものがいかに御しがたい感情であるか、陛下もよくご存じのはず。捨て置かれてすでに久しいとはいえ、終生陛下に仕えることを誓ったわたくしにとって、陛下の愛妾は憎き存在でございます』

 王も自分の目玉が転がり出そうだということに気付いたのだろう、数度強く瞬きをした。 

『わたくしの性格をよくご存じでございましょう? ほかならぬ陛下ご自身が、その気の強さゆえに遠ざけた女の性格を。愛する女性を側妃とすることは、その女性を魑魅魍魎の世界へと引きずり込むことと同義です』

 すでに王は言葉を失い、椅子に深く背を沈ませている。

『陛下はおっしゃるのでしょうね。陛下の愛する女性に手出しなどすれば、いかに正妃といえど許しはせぬと。しかし、よくお考えになればわかること。正妃のいびり一つにすら立ち向かえず、陛下に守られねばならぬような弱い女性に国母がつとまるとお思いですか。そのような女性の御子が強き王になれるとでも。それにわたくしには強力な後ろ盾があってこの国に嫁いだこと、よもやお忘れではありますまい』

 これ以上体を沈み込ませることなど不可能だというのに、王の体はなお重みを増したように、豪奢な椅子にもたれかかる。

『愛する女性を側妃になど、お考えになりませぬよう』

 結びの言葉を何とか聞き取って、王は額に手をあてた。
 その口からは、細い息がふーっと漏れる。

「あれは、いまどこに……?」

 そう尋ねた若き王は、10ほど老け込んで見えた。

「この時刻ですから、まだ寝台におられるのでは」
「そうか」
「向かわれますか」
「いや、かまわぬ。今夜執務が終わったら会いに行くと伝えてくれ」
「はい」

 侍従は腰から深々と体を折り曲げ、一歩下がった。

「で、今日の題名は何だ」

 侍従はまだその手に握られたままであった紙切れを裏返し、その文字を読み上げた。

「虐げられた王妃ごっこ、だそうでございます」
「なるほどな。そうきたか」

 王はあきれたようにつぶやくと、今度こそ手を振って侍従を下がらせた。

 若くして亡くなった先代の王の後を継いですでに十年。
 齢三十を迎えたばかりの若き王は、おそろしいほど美しく整った顔立ちをしている。
 その治世は安定し、為政者としての未来には一点の曇りも見られない。
 そして若き王は、男、女、男、男、男の順に生まれた五児の父でもある。
 大恋愛の末に結婚した妃との仲はすこぶるよく、悩みという悩みはほとんどない。
 唯一あるとすれば、乳飲み子を抱えた王妃の困った趣味であった。

「夜泣きは昨夜もずいぶんひどかったとみえる」

 子どもたちを自らの手で育てることにこだわる王妃は、夜泣きのせいでなかなか眠れぬ夜を楽しく過ごすべく、夜な夜な王への伝言をしたためる。

「昨日は『ご乱心の王を必死でなだめようとする賢妃ごっこ』だったし、その前はたしか『三年も夜の渡りなく忘れ去られた側妃ごっこ』だったか」

 ――ヴォルフガンクの夜泣きが早く収まるとよいのだがな。

 王はそうつぶやき、今夜は我が子をあやす役目を代わって、少し王妃を寝かせてやらねばとぼんやりと思った。

 為政者としての未来にも、夫としての未来にも、父としての未来にも、いまのところ一点の曇りも見られない若き王。側妃を娶る予定など、もちろん皆無である。



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