ああ、何故だろうか、今日の寝起きはいつもと違う気がする。確かに鳥は透き通るような声で美しさをアピールしているし、カーテンという壁を透過して温かな陽光も入ってきている……そう、それはいつもと変わらない日常。
だけれど今日は何かがおかしかった。周りの全てのものに薄い膜が張られているかのようなそんな拒絶感。まるでここが自分の今までいた世界ではないかのような孤独感。とにかく私には今見て、聞いて、感じてある全てのものが私という存在を拒んでいるかのような気がしていた。
未だはっきりとしない意識の中なんとか眠気を訴える身体に難儀な命令を下し、【私】はベットに横たわせていた身体を嫌々に持ち上げ、なんのけなしに伸びをしていた。
「ふうぅぅん」
自分の溜息さえも私を拒んでいる気がした、その刹那、優しい囀りを繰り返し空に放っていた鳥たちがそれを突然として止めた。その不自然さに陽光さえもその動きを止めてしまった気さえする。
「…………」
だが私が一瞬面食らい、意識に関係せず硬直した刹那にはもう鳥たちは陽気な歌声を取り戻していた。
それはほんの瞬き一回分の間のことではあったが、私はその一瞬の間だけ違う世界に飛ばされたかのような不気味さを覚え、強い恐怖感に包まれていた。そうして、唐突に理解した。これが夢だということを……。
唐突に起きる出来事もそうだが、なにしろ私は今、【私】を観ているのだから。そうそれは言葉通りの意味に違いなく、正に他人を見ているような光景に相違ない。しかし感じる感覚自体はシンクロしているようで、妙な感じがする。実際には自分が触れていないものでさえ今眼に映る【私】が触れば手に取るように感触が分かってしまう。
私はそこで、ふと思う。恐らくは夢の中にいる【自分】は深層心理に忠実なのではないかと。そして願わくば本当の自分を知りたいと。
多く、私は自分を偽り周囲の状況において最も最良であるといえる行動を取ってきた。嬉しくもないのに人に合わせ笑顔の仮面を被ったり、泣きたくもないのに人に合わせ感情のない、偽りの涙を流したり……生きる上で私は本来の自分の姿を見失っていった。故に私は知りたくなったのだ、自分自身を。
しかし何故だろう。一人ベットに横たわる【私】の表情が窺えない。いや、そう言ってしまえば語弊が生じるだろう。そう、顔に霧がかかっているとでも言えばいいのか、とにかく私には【私】本来の世界への窓口となる顔が見えなかった。決して偽ってなどいないであろうその表情が……
「見たいの? ……私の顔?」
その言葉には驚かざるをえなかった。まさか夢の中の【私】に問いをかけられるとは……しかしよくよく考えれば今の私自身もただ単に、そこに意識があるというだけで夢の中の存在だけでしかないのかもしれない。
「見たいんでしょ? ……私の顔?」
そうは言われても返事を返すことができなかった。そう、話すという動作、行動が分からなかったのだ。しかし私は夢の中であるのだからそういうこともあるだろうと短絡的に決め付けた。
「なにも言わないんだったら、見たいって判断するよ」
そもそも何故この【私】はそこまで顔を見せたがるのだろう。私が本来の自分を見たいと思っているからであろうか。どちらにせよ、そう分別つけてもらった方が私にとっては好都合。そのまま【私】を眺めることにした。
「まあ、貴方が見たいっていうのは分かってるんだけどね。だって貴方は【私】だもの。だけれど見せたくなかったな……だって貴方が苦しめば【私】も苦しいもの」
なにを言っているのかよくは分からないが、その言葉は私に対して言っているというよりは、むしろ独り言の愚痴のように感じられた。
「深層の【私】よりも表面の貴方の方が絶対なんて、それでも不公平よねえ」
【私】の言っていることはいまいちピンとこない。あっちには私の思うことが分かるっていうのに……それこそ不公平ではないのか。
「まあ、【私】と貴方で変わるものなんてないんだけどね。うーん、例えるなら二重人格かな……やっぱりちょっと違うかも。人格は同じなんだけれど人が違う、うん、その表現が妥当だね」
私と【私】は他人? なんだそれは。
「うん、まあいいや。貴方が壊れちゃえば私が出ざるを得ないものね。その瞬間だけ私は苦しみに耐えればいいんだから」
私が壊れる? なにを言っているんだか。
「さあ、それじゃ、貴方の、望む、【私】の、顔を、見てよ」
瞬間、【私】のぼやけた顔の霧が晴れた。そこに注目の視線を置いていた私はしっかりとそれを観てしまった。始めそれを理解できなかったが。
【私】の顔は無かった。
顔がない、【私】の顔がない、とすれば……
「そうだね、貴方の顔もないよ。……深層である私はそんなものすぐ作れるけど、表面、つまりは他人でできた貴方には無理よね」
顔がない、顔がない、そもそも私はいるのか? 顔を作ることができずに他人によって嵌められる偽りの仮面でしかない私は。
―――――
―――
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身体全身に広がる冷え切った汗に私は目を覚ました。なんだか頭がボーとして非常に気分が悪い。嫌な夢でも見ていたのであろうか。
とりあえず、脂っぽい汗が塗りたくられたような顔を気分と共に洗い流すため私は、洗面所の前まで眠気でフラフラとした歩を進めながらなんとか移動した。ふいにそこで記憶からのものだろうか、声が頭の中に流れてきた。
「見たいの? 私の顔?」
その声を歩きながら聞いていた私は、そこで洗面台に掛けられてある鏡を見てしまった……刹那に夢の中での出来事が全て一瞬にして思い出され、私の意識は徐々に消えていった。
「やっぱり壊れたね」
薄れゆく意識の中、その声は、確かに私の身体から、口から発せられたものであった。
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