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第四話 生徒会に入ろう?(その1)
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 魔法使いたちの憂鬱

 第四話 生徒会に入ろう?

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1.生徒会室(紅坂セリア)

「お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様。気をつけて帰るのよ?」
「はい、お先に失礼します」
 やや緊張に強ばった声で、それでも満面の笑顔で頷きながら後輩がドアから姿を消す。流石にパタパタと廊下をかけるような粗相はしないが、それでも足早に遠ざかっていく足音が、彼女の緊張を物語っているようで、私は口元を緩めた。
 彼女はこの春から生徒会に参加した新入生の一人。中等部では生徒会長を務めていたとのことだが、今はまだその才気より初々しさが先に立つ辺り、微笑ましい物を感じてしまうから。

「……ふう」
 傾いた日はもうすぐ地平線に姿を消してしまいそうで、人影のない生徒会室は夕闇に沈んでいる。遠ざかる足音から意識を外し、代わりに校庭から僅かに聞こえる生徒達の声を耳にして、私は軽く伸びをして息をついた。

「会長?」
 タイミング良く……あるいは悪く。私の吐息に合わせるように、会議室のドアが空いた。そこから姿を見せたのは一人の女生徒。
 眼鏡越しに怪訝な視線を私に向けるその女生徒は、生徒会副会長の篠宮鈴しのみや・りん。何処か厳しい表情をしている事が多く、黒の短髪に眼鏡という風貌も相まって、社長秘書みたいだと評される彼女は、私が一番、信頼を置いている生徒会役員であり、なにより幼いときからの友人だ。
 会議室から私の鞄を持ってきてくれた鈴は、それを私に渡しながら、やや気遣わしげな表情を浮かべて私の顔を覗き込む。

「お疲れですか? 紅茶でよろしければお淹れしますけど」
「ううん。いいわ、ありがとう。それより……ねえ、鈴」
「はい」
「わたしって、人望無いのかしら?」
「……?」
 問い掛けに、きょとん、と目を開いて鈴は小首をかしげる。そして考えること数瞬。目を動かして、まわりに他の生徒会役員たちが居ないことを確認してから、彼女は「セリア」と怪訝に私の名前を呼んだ。

「なんの冗談ですか? あなたに人望がないとしたら、この魔法院の誰もが人望を持たないことになりますよ」
「そう……そうよね」
 あるいは過分とも受け取れる鈴の返事を、私は頷いて受け入れる。我ながら自惚れている―――とは、正直、思っていない。この魔法院において人望を勝ち取るべく努力してきたし、それにともなう結果も残してきたという自負があるから。その思いは鈴も共有してくれているのか、彼女は揺るぎない表情のまま、先程、後輩が出て行ったドアを指さした。

「先程の声は、卯月さんでしょう? セリアの人望なら、あの娘の反応でも瞭然でしょう」
「そうね」
 確かに彼女は私に「心酔」しているといってもいい。人望というのが、他人から寄せられる尊敬の念であるのなら、確かに彼女のような存在は私の人望を示す証拠の一つになる。……そのハズなんだけど。
 今ひとつ歯切れの良くない私の返事に、鈴の表情に僅かな陰が差す。

「らしくありませんね、セリア。やっぱり疲れてるのでは?」
「そうね……うん。そうかも」
 生徒会の会議自体は常と変わる物ではなかったけれど、それが始まる前に、一悶着あった所為で疲れていると言えば疲れているのかもしれない。……らしくない醜態をさらしてしまったことだし。

「鈴」
「はい」
 疲れていると自覚したのなら、気分を変えるためにもすることは一つだ。そう決めて、私は不安げに眉根を寄せる親友に、微笑みを投げて手を差し出した。

「お願いできる?」
「勿論。喜んで」
 短い言葉に、しかし私の意図を正しく了解して、鈴は恭しく頷く。そして私が差し出した手を押し頂くように両手で受け止めた。
 掌に触れる、鈴の手の温もり。その温もりを機転に、互いの魔力が波打つように揺れ、混じり始める。

 波が引くように、奪われて。波が押すように、満たされる。
 大きな感覚の渦に飲まれるような錯覚にたゆたいながら、私と彼女は互いの中身を入れ替えていく。

「……っ」
「……」
 喪失感と充実感。押し寄せる感覚に、声にならない息が零れて落ちた。行き交う魔力の波が麻薬のように精神を侵すのを知覚しながら、それでも私は細心の注意を払って、交換される魔力の流れを制御する。下手な魔力交換はどちらかに―――あるいは両方に疲労を残すが、上手く魔力の流れを操作しさえすれば、疲労を残すなんて言う無様は晒さなくて済むのだ。勿論、誰にでもできるような簡単な技術ではないけれど。これでも伊達に魔法院の生徒会長なんかを張っては居ない。

 そして、手を繋いでから、おそらくは1分。

「……うん。もう良いわ」
 疲労感が体から抜け落ちたのを自覚して、私は鈴の掌から手を引いた。気怠い感覚は消え、朝の静謐に似た清涼感が自分の中に満ちているのを確認して、私は鈴に笑みを向ける。

「ありがとう、鈴。おかげですっきりしたわ」
「こちらこそ」
 私の言葉にか、それとも疲労の抜けた表情にか。鈴は安堵の笑みを口元に浮かべて会釈を返す。その穏やかな表情に、私も口元を綻ばせようとして、ふと心をよぎった思いに別の言葉を口にしていた。

「ねえ、鈴」
「はい」
「今の、疲れなかった?」
「はい。まったく」
 返されるのは躊躇いのない肯定。その声に、嘘なんか無いって理解しながら私は更に問いを重ねる。

「……身体に異常はない?」
「ありません」
「本当に?」
「本当にです」
「そう。ならいいわ」
 問い掛ける度に返される歯切れの良い返事に、私は安堵の息をつく。自分でもらしくない気遣いの言葉。そんな感想は、目の前の親友も当然抱いたようで、彼女は訝しむ視線を私に注いだ。

「セリア。何かあったのですか?」
「あら、どうして?」
「セリアが私のことを心配するなんて珍しいですから」
「……実は喧嘩を売ってるのかしら」
「そんなことは、決して。単なる事実の指摘です」
「あなたねえ……」
 鈴の慇懃無礼な物言いに、しかし、彼女の気遣いを感じて、私は今度こそ表情を綻ばせることができた。

「大したことじゃないんだけどね」
「何かあったのですね?」
「ちょっと、勧誘を失敗してしまったのよ」
「……ああ、また彼にちょっかいを出したのですか?」
 納得しました、と私の返事に鈴は大きく頷いた。しかし、らしくない彼女の早合点に私は苦笑しながら間違いを正す。

「違うわよ。「彼」じゃなくて「彼女」、よ。今日、声をかけたのは速水君じゃなくて、桐島さんだもの」
「ええ。ですから、また「彼」にちょっかいを出したのでしょう?」
「……鈴? 話が見えないのだけど」
「ですから、また彼が絡んでいたんでしょう? 神崎蓮香先生の息子さん……神崎良君、でしたね」
「む」
 なんでそんなことまで見透かしているのか。一瞬、私が言葉に詰まると、小さく微笑んで鈴は私の髪に触れた。昔から、私をなだめるときに彼女がとる行為で、私も彼女以外には決して許さない行為。

「セリアは負けず嫌いですから。あの二人の勧誘に拘っているのは「彼」に対する意地もあるからだと思います。違いますか?」
「そうね。自覚はしているわ」
 親友に図星を指されて、私は降参、と軽く肩をすくめた。
 速水龍也に桐島霧子。一度、断られた相手になおも固執している理由は、おそらくは彼ら自身の魅力だけではないのだろう。彼ら二人が二人とも、あっさりと私ではなく、「彼」の意見を選び取ったことが気に入らないのだ。私は。

 それが、ひどく子供じみた感情だとは分かっている。
 それでも……今までにないことだったから、自尊心が傷つかないわけじゃない。

「でも、あの二人を気に入っているから生徒会に欲しい、というのは本当よ」
「それは分かっています。二人とも人望の点では申し分ありませんし、速水君の方は才能の方も突出しています」
 言い訳する言葉に、鈴は優しく私の髪を撫でながら頷いた。そして心持ち表情を改めて、私の心をのぞく様に鈴はその瞳に私を映す。

「セリア」
「何?」
「彼の指摘、まだ気になっているのですね」
「……多少ね」
 私の心を巡る思考。それを見透かした鈴の言葉に、私はやっぱり溜息混じりに首を縦に振る。本当にこの親友にだけは隠し事ができないようだった。

「敗因といえば敗因になったわけだし。鈴はどう思う?」
「……そうですね。悪癖といえば、悪癖でしょうね。改めるつもりですか?」
「んー。どうしよっか」
 軽く考え込む振りをして見せたが、鈴には見え見えの仕草だったのだろう。軽い苦笑で彼女は応じただけで何も言わなかった。
 言うまでもなく、私が改めるつもりが無いことを彼女は熟知しているのだから。

 そもそも「彼」が指摘し、そして鈴までも悪癖と評した私の性質とは、言ってみれば「気に入った人がいるとその魔力が欲しくなる」という衝動のこと。それは魔法使いなら誰しもが多少なりとも持っている衝動なのだから、改めるなんて言う考えがそもそも私にはなじまない。

 ……まあ、問題は、その衝動の度合いが、どうやら私は大きいらしい、ということにあるようだけど。

  『会長さん、こいつらが生徒会に入ったら独占しちゃうつもりでしょう?』

 彼はそんな言葉で指摘していたけど、確かに私の独占欲は人より強い。気に入った人がいるとその魔力が欲しくなる。それだけでなく、その人が、その魔力を「私以外の誰か」に渡すことが、酷く気に入らないくらいに。
 でも重ねて言うが、そんな「独占欲」みたいなものは魔法使いなら誰もが持っている感情で、別に恥じ入るようなモノじゃない。世の中に綺麗な建前がはびこっているけれど、誰かを求めるのは魔法使い云々以前に、人間としての本能だし。

 そもそもそんな性質を曲げている様じゃ、紅坂の人間として胸を張って生きてはいけないじゃない―――。

「セリアはセリアのままでいいと私は思っていますよ」
「ふふ。そうね、ありがとう。鈴に言ってもらえると自信が付くわ」
 親友の言葉と態度に、心に僅かに巣くっていた陰りが消えていくのを自覚する。そう、私は私。例え傲慢と指さされても、それを受け止めて歩いていけない程に弱くはないし、弱くてはいけないのだから。

「それに今、このタイミングで性格を改めたら彼に完全に負けたみたいで嫌だしね」
 軽く茶化すように舌を出すと、鈴は困った物です、と応じて、次の瞬間、私が思っても見なかった提案を口にした。

「セリア」
「何?」
「いっそのこと彼を、勧誘してしまえばいかがですか?」
「彼を?」
 何を言い出すのか、と視線で告げる私に、鈴は至極真面目な表情で答えを返す。

「そちらの方が建設的ではないですか? 彼と直接、白黒とつけられます。結果として速水君や桐島さんも生徒会に入るでしょう」
「……そうね。考えてみてもいいかもしれない」
 と呟いては想像を巡らせる。確かに間に速水龍也や桐島霧子を間に挟むよりも、あるいは単純ですっきりとしたやり方かもしれない。なら悪くないのかも知れない―――、との思いが一瞬、脳裏をよぎったのが、それと同時に浮かんだ別の疑問を私は鈴に問い掛けた。

「ねえ、鈴」
「はい」
「彼って成績は良かったかしら?」
「魔法使いの才能は乏しいようですね。試験の上位者に名前を連ねていた、という事はありません」
「容姿はどう思う?」
「評価の基準には個人差があるでしょうが悪くはないでしょう。統計を取れば、きっと速水龍也の方が美形と答える割合が多いでしょうけれど。おそらくは圧倒的に」
「……鈴」
「はい」
「単刀直入に言って、彼に長所って在るの?」
「目立った短所がないことでしょうか」
「……問題外ね」
 成績は並み。容姿は悪くはないが、速水や桐島ほど目を引く物でも無し。妹の方は才色兼備で、文句なしに合格点なのだけど。やや憮然と肩をすくめた私に、鈴は愉しそうに目をほそめた。そこにもの言いたげな意図を感じて、私は言葉を促した。

「なによ。言いたいことがあるのなら、おっしゃい」
「そうですね。他に長所をあげるとすればまず、セリアが目を付けた人間を奪った、という所でしょうか」
「……嫌なこと、いうのね」
 悪戯な鈴の指摘に私は唇をとがらせて、そして彼女の不意を突いてその手を取って引き寄せる。

「あ」
「いじわるなこという子は嫌いよ」
 お仕置きだ、とばかりに強くその頭を抱きしめながら、その耳元で囁いた。

「それは困ります。私には貴方しか居ないのですから」
「ふふ、よろしい」
 おとなしく私の胸元で反省の弁を述べる鈴の頭をなでてから、私は話題を件の彼に差し戻す。

「でも、あなたは神崎良のこと、評価しているの?」
「そうですね。おもしろい人物だとは思っています」
「ふーん。どういうところが?」
「彼と居るとあなたが子供に戻るところが、でしょうか」
「あのね」
 ……こいつめ。全然反省なんてしていないじゃない。苦笑混じりに嘆息しながら、今日、生徒会で演じた子供じみた喧嘩を思い起こして、少し、頬が熱くなった。子供に戻る―――とは、確かに今日の醜態を表すのに相応しい言葉だろう。

 本当にもう。鈴の台詞は私を見透かしてしまうから困る。つきあいが長いというのも案外考え物なのかもしれない。

「セリア。少し苦しいです」
「お黙りなさい。私をからかう罰です」
「罰ですか。それなら仕方ありませんね。甘んじて受けましょう」
 言って、彼女は私の背に手を回す。反省とはほど遠い彼女の行為を、私は小さく笑って受け止めながらその頭を優しく抱いてやる。

「でも、そうね。私が彼を従わせられたら、少しは子供から抜けられるのかしら」
「どうでしょう。朱に交われば赤くなる、と言いますから」
「私が彼に混ざってしまうなんてあり得ないと思うけど」
「そうですね。私もそう思います……けど」
 不意に頷きを途中で止めて、鈴は私に抱かれたまま顔を上げて、真剣な眼差しを向けてきた。

「……鈴?」
「でも、セリア。彼を勧誘するのなら気をつけてくださいね」
「何を?」
「そこに恋愛感情を持ち込まれては困ります」
 真顔で告げられた鈴の意外な台詞に、私は一瞬硬直し、そして次の瞬間、思わず吹き出していた。

「……セリア? 私は真面目に話をしているのですけれど」
 だからこそ吹き出したのだが、それは言わずに私は彼女の頭をなでつけた。

「ごめん、ごめん。あまりに予想外の言葉だったから……そうなったら焼き餅やいてしまう?」
「はい」
 素直に頷く鈴に、私は「大丈夫よ」と苦笑で応じながら、今度はあやすようにその頭をなでつけていた。鈴は確かに心配性な面もあるが、こればっかりは流石に杞憂と言うべきだろう。

「私が彼に恋愛感情ね」
 想像の埒外すぎることだけど、少なくとも鈴をからかうネタくらいには使えるかもしれない。

 その思いに私は軽く肩をすくめて―――、でも意外とおもしろいかもしれない、と少しだけ心の隅っこで呟いていた。
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