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第二十八話 ランクアップ(その1)
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 魔法使いたちの憂鬱

 第二十八話 ランクアップ

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/1.目が覚めて(神崎良)


「う……」
 瞼を開けた瞬間、強い光を感じて、俺は思わず呻き声を零した。


「目が覚めた?」
「え、はい」
 午後の日差しに細めた瞼の向こう側、そこには俺の顔をのぞき込む会長さんの顔があった。って、あれ? なんで、会長さんの背景に青空があるんだろうか、って、会長さんの顔がやけに近いというか、って背中に固い感覚があるのに、頭には柔らかい感触があるのは何でだろうって……あれ?
 
「って、え? あ、あれ?!」
「こら、動かないの」
 会長さんに膝枕してもらっている。その事実に気付いて、慌てて飛び起きようとした俺の頭を、会長さんが両手で押しとどめた。


「大人しくしてなさい」
「え? いや、でもですね」
「気を失うほど疲れてるんだから、無理しては駄目よ」
「気を失う……って、あ、そうか」
 そう言われて、ようやく俺は自分が意識を失ってしまっていたことに気がついた。そうだ、俺は会長さんと魔力交換をしようとして……そして倒れたのか。


「あの、会長は大丈夫なんですか?」
「ええ。今はね」
「今は?」
「私も少し気を失っていたみたい」
「え? じゃあ!」
「大丈夫よ。こうして神崎さんを看病できるぐらいにはね。だから心配しないで」
 そう言って微笑む会長さんの表情はとても穏やかで、どことなく血色も良さそうだった。その事に安心してほっと息をついたのも束の間、胸の中に失意の痛みがじわりと滲む。


「あの、会長」
「ん? どうしたの?」
「結局、魔力交換は……失敗なんでしょうか」
 俺も会長さんも二人とも意識を失って倒れてしまったのなら、やっぱり結果は失敗なんだろう。最早、慣れたこととは言え、残念に思わないわけじゃない。そんな失意の滲む俺の言葉に、しかし、会長さんは穏やかな表情のまま首を横に振った。


「大丈夫よ」
「大丈夫?」
「そう、失敗なんてしていないもの。わからない?」
 そう言いながら会長さんは掌を、そっと俺の胸に押し当てる。


「ほら、ここ」
「え? あの?」
「うん。大丈夫、ここにあるのは私の魔力。間違いないわ」
「私の魔力って……そんなこと、わかるんですか?!」
「ええ。勿論」
 俄には信じがたい発言を、ごく当たり前のことのように言ってのける会長さんだった。魔力交換の最中なら確かに他人の魔力の流れを感じるのは当たり前だけど、でも、交換が終わって自分の中に入ってしまった誰かの魔力を感知するなんて真似は普通は出来ない。会長さんと龍也に関しては人に出来ないことをやってのけると分かっているのだけれど、それでも、やっぱり驚いてしまった。
 そんな俺の驚愕の声に、会長さんは優しく微笑んでから、今度は彼女自身の胸に手を置いた。


「だから、あなたの魔力もわかるの。うん、きちんと私の中にあるわ」
「……そう、ですか」
 ……良かった。
 会長さんの言葉に、胸に広がりかけていた失望と驚きを押しのけて、安堵の思いが満ちていく。綾とレンさん。物心ついてからは、龍也と霧子と佐奈ちゃんの三人だけとしか成功しなかった行為が、ようやく、また別の誰かと成功することができた。それに……。


「嬉しそうね」
「はい。正直、凄く嬉しいです」
 そう、魔力交換ができたのは勿論嬉しいけれど、今目の前で微笑む会長さんの顔からは、あの思い詰めたような表情が消えてくれているのが、嬉しくて。だから、俺は一度目を閉じて、深々と安堵の息をつく。その刹那、瞼の裏に浮かぶ空を覆う大樹の影。


「あ」
「どうかした?」
「あ、いえ。どうかした、というか、なんというか」
 大事なことをすっかりと忘れてしまっていた。そもそも、俺も会長さんも気を失ってしまっていたのに、どうして魔力交換が成功したんだろうか。それに気を失っている間に、おかしな夢を見た。今、見上げる空にある朧気な影を滲ませる世界樹ではなく、もっとはっきりとそびえ立つ大樹のあった風景。アレは本当に夢だったんだろうか。いや、あんな光景は世界のどこを探してもあるわけがないから、夢に決まっているんだけど……でも、なんだろう。なにか、妙に引っかかるものがある。安堵した途端、次々と、そんな疑問が頭の中に浮かぶ。


「あの、会長」
「何かしら」
「俺、気を失っている間なんですけど、夢を見ていました」
「……ふふ」
 俺の問いかけに、会長さんは何故だか、嬉しそうに目を細めて小さく笑った。


「あの、会長?」
「ごめんなさい。そうね、やっぱり夢だって思うわよね」
「じゃあ、アレは夢じゃないんですか?」
 というか、会長さんは俺が見た夢がどんなものなのかわかっているのだろうか。口ぶりから察するに、わかっているみたいだけど……。


「そうね。ちなみにあなたが見たのはどんな夢だったの?」
「えーとですね」
 思い出そうとして、寝起きの頭の真ん中が、ずきり、と鈍い痛みを放つ。それに気付いたのか、会長さんがそっと俺の額に手を置いてくれた。優しく置かれた手の温もりに、差し込むような痛みが、解けるように消えていく。


「無理しないで良いわ。ゆっくりでいいから」
「あ、はい」
 いつになく優しい会長さんの声に、なんとなくむず痒いものを覚えながら、俺はお言葉に甘えてゆっくりと記憶を手繰った。夢で見た光景、朧気だけど確かに記憶として脳裏に残っているものがある。


「大きな樹がありました。多分、世界樹だったんだと思います。あと無茶苦茶な数の葉っぱが空を覆っていて……あ、その葉っぱが光ってたんです。そんな場所の夢だったんですけど」
「そう。見たのは、それだけ?」
「ええと、いや、違います。そこに会長も居ました」
 気の遠くなるぐらいに大きな大きな樹の下で。一人、世界に向かって問いかけ続けていた女の子が、居た。そんな俺の答えに、会長さんは満足そうな笑みを口元に浮かべて、その手を今度は俺の額に置いた。


「じゃあ、それは夢じゃないわ。だって、ちゃんと会ったでしょう? 私たち」
「……はい」
 そう。あの場所で、確かに俺は会長さんと出会って……その手をとった。そして会長さんの言動からすると、彼女も同じようにあの風景の中で、俺と出会ったんだろう。つまり、アレは夢じゃなくて……いや、夢なのかもしれないけれど、そうだとしても少なくとも俺と会長さんはあの光景を共有していたということになる。


「会長が教えるって言っていた感覚って……あの夢のことなんですか?」
「そう。あれが私が教えたかったもの」
 頷いて、会長さんは少し目を細める。嬉しそうに、でも、少し寂しそうにも見える眼差しで、彼女はその手を俺の額に置いた。


「ずっと……誰かに見て貰いたかったものよ」
 呟くような声が、少しだけ揺れた気がした。その声の響きに、思い出す言葉があった。あの夢の最後、朧気に揺れる光景の中で、彼女は確かに「やっと見つけた」って囁いていた。


「会長」
「何?」
「もう少し質問、いいですか?」
「勿論。いいわよ」
「アレは結局の所、夢じゃないんですよね」
「夢と言えば夢だし、違うと言えば違うわね。心の中にある風景と考えるなら同じだけど」
「はあ」
「よく分かってないって顔ね。いいわよ、難しい話は今度にしましょう」
 呆れたような、でもなんだか嬉しそうな表情のまま会長さんはそう言ってくれた。


「疲れてるんだし、今はあまり考えすぎない方がいいわよ」
「あ、でも、もう一つだけ質問していいですか」
「ふふ。どうぞ」
「あの夢の中で会長が子供だったのはどうしてなんでしょう」
「子供? 私が?」
「はい。確か、そうでした」
「……どういう事かしら」
 こくり、と小首を傾げて暫し考え込む。しかし、何故か次第に今まで類を見ないほどに穏やかだった会長さんの表情に、徐々に怒りのようなものが混じっていく……ような気がした。ああ、なんだかとっても見慣れた会長さんの表情だ。うん、凄く嫌な予感がしたりする。


「えーと。あの……会長?」
「ねえ、神崎さん?」
「はい?」
「ひょっとして、あなた、私をもの凄く子供っぽいと思っているんじゃない?」
「なんでそういう結論になるんですか?」
「あそこは、多分、私たちの心の一番深い場所だもの。相手に対する認識がそのまま形に現れたっておかしくはないわ」
 そう言うなり会長さんは、いきなり俺の鼻をつまみ上げ、そして軽く捻った。


「痛い、痛いですって!」
「何よ、このっ、人を勝手に子供扱いして」
「完全に言いがかりですよ、ってか、鼻をつまむな、鼻をっ!」
 ぶんぶんと顔を振って、会長さんの手から鼻を脱出させた俺に、会長さんは拗ねたように口を軽く尖らせながら息をついた。


「もう、夢の中でも私には意地悪なのね。あなた」
「言いがかりを付けられたあげくに鼻をもぎ取られかけた俺の方が、意地悪されていると思うんですが」
 軽く鼻をさすりながら抗議の声をあげるが、会長さんは俺が悪いと言わんばかりの態度のままだった。というか、耳の次は鼻を引っ張られるとは思わなかった。次辺り、目でもつつかれるんじゃないだろうか、


「いーえ、意地悪しているのはあなたです。人を勝手に子供扱いしないで」
「だから、してませんって。そもそも会長さんの夢では、会長さんは子供じゃないんですか?」
「当たり前でしょう。なんだって、子供になんて……」
 憤然と俺の言葉を否定しようとする会長さん。しかし、その言葉は不意に止まり、思考に沈むように会長さんの視線が宙に向いた。


「……会長?」
「ねえ」
「はい」
「私と貴方の身長でそんなに変わらないわよね?」
「ええ、まあ」
 正確に数値を比べた訳じゃないけれど、並んで歩いている時には目線は同じぐらいの高さにあった。いや、俺の方がぎりぎり高いような気はするんだけど、それは俺がそう思い込みたいだけなのかもしれない。閑話休題。


「それがどうかしたんですか?」
「……あの場所で、あなた、私に向かって身をかがめたのよ」
「身をかがめたって……ああ、そうですね」
 子供の会長さんと視線を合わせようとしていたんだから、そりゃあ必然的にそうなる。言われてみれば、あの夢の中で、確かにそんな行為をしたような気もする。そう頷いてから、会長さんの考えていることに気付いた。あの夢の中で、会長さんは俺が身を屈めるのをみたのなら、それは俺と会長さんの間にそのぐらいの身長差があったということで、つまりは会長さんの夢の中でも、やっぱり会長さんは子供の姿をしていたんじゃないかっていうことで。


「……」
 その事に気付いて、そして更に別のことに気付いて、俺はしばし無言のまま会長さんの顔を見つめた。
 あの夢の中で、あの樹の下で、会長さんがいつも幼い子供の格好をしていたのかどうかはわからない。でも、重要なのは会長さんがいつも子供なのかどうか、なのではなくて、それが会長さん自身がわかっていないことだった。あの場所で、自分自身の姿が子供なのか、今の姿なのか、会長さんは知らない。
 つまり、少なくとも、今まで他の誰かとあの光景の中で出会って、そして自分の姿のことを指摘されたことがないということになる。「ずっと誰かに見て貰いたかった」って、彼女が呟いたその場所で、今まで会長さんは誰にもあったことがなかったという事になる。その事に気付いて、自然、胸がズキリ、と痛んだ。


 何度も何度も魔力交換しては失敗してきた俺だけど、ひょっとしたら会長さんも同じ気持ちを味わっていたのかも知れないって、そう思ったから。それは確かに俺と会長さんでは悩みのレベルは違うのだろうけれど、でも、誰かと何かを共有しようとして失敗するっていう行為そのものは同じの筈で、そして、それを失敗してきたのも同じ。いや……会長さんの痛みの方がより深刻なのかも知れない。失敗ばかりしていたといっても、俺は綾達とは魔力交換に成功していた。でも、会長さんは違う。
 自分自身の姿がどうなっているのか知ることさえ出来きずに、ずっとあの場所に一人で居たというのなら、それはどのぐらい寂しいことだったんだろう。


「どうして分かったの?」
「え?」
 そんな想いにしばし言葉を失っていた俺に、不意に会長さんがそう問いかけた。


「だから、あなたが見たのは小さな女の子だったのよね?」
「ええ、はい」
「じゃあ、どうしてその女の子が私だってわかったの?」
「どうしてって……」
 どうしてだっただろう。少しだけ首を傾げて、そして直ぐに思い出した。目の前にある瞳。毅然としたその目が、あの夢の女の子と同じものだったから。だが、そんな台詞を口に乗せるのは、気恥ずかしくて俺はふと彼女から視線をそらした。


「……なんででしょうね。何となくだと思います」
「嘘ね」
 俺の言葉をにべなく切り捨てて、彼女は軽く俺の額を指で弾く。


「痛、痛いですって」
「嘘をつくからよ。ほら、さっさと白状なさい」
「嘘なんてついてないですよ」
「それこそ嘘ね。良さんって、顔に出るんだもの」
「ぐ」
「言っておくけど、抵抗は無駄よ? なんたって放課後まで時間はたっぷりあるんだから」
「それは拷問するという宣告ですか」
「ふふ、どうかしら」
「あー、非常に良い雰囲気の所、誠に申し訳ないが」
「え?」
「あ」
 不意にかけれた声。それに振り向けば、そこには。


「午後の授業中に、優雅に膝枕をしている理由を教えて貰えるかな? 二人とも」
 腕組みして俺たちを見下ろしているレンさんの姿があったのだった。
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