ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第十一話 思惑錯綜、遊園地2(その3)
5.再会。あるいはエンカウント(神崎良)


「ん?」
 気がつけば、廊下の先、ほのかに揺れる青白い照明に人影があった。朧気な光の下、その表情ははっきりとは分からない。だけど、その輪郭は……綾のものによく似ていて。


「……綾?」
 俺が思わずそう呼びかけそうになった瞬間、そのタイミングを待っていたかのように、人影は廊下の奥へと消えていく。


「霧子、今の見えたか?」
「う、うん。綾ちゃんじゃなかった?」
「……」
「……」
 互いの見たものが見間違いじゃないと確認して、俺と霧子は顔を見合わせてしばし黙り込んだ。
 如何にも……あからさまに罠っぽい。だけど、ここで立ち止まっていても仕方ない。基本的に仕掛けのある方向に進んでいけば、出口に近づくのがお化け屋敷ってものだと思う。


「……行くしかないか」
「そ、そうだよね」
 二人揃って、そう覚悟を決めて。そして消えた人影を追うために一歩を踏み出そうとした瞬間。異変は、背後から生じた。


 ドン、と。
 まるで大きな鉄のかたまりを地面に叩きつけたかのような重く響く音が、鈍く空気を震わせる。


「な、なんだっ?!」
「な、なんなの……っ?!」
 突然の物音に心臓が引きつるのを感じながら、俺と霧子は慌てて背後に視線を向けた。そして、そこにあった光景に俺は思わず声を上げて、霧子は声を引きつらせる。


「うおっ?!」
「きゃっ……?!」
 さっきの鈍い音は、壁に穴を開けた音だったのか。廊下の壁には俺たちが通り過ぎたときには無かった等身大の風穴が穿たれていて、そして、その穴の向こう側には、うっすらとした微笑みを浮かべる―――綾の姿があった。
 そう、目の前にいる女の子は間違いなく俺の妹の姿をしている。しかし、何故か、声をかけるのもためらわせるだけの迫力というか、威圧感みたいなものを全身に湛えていた。


「あ、綾……?」
 本物の綾なのか、それとも……お化け屋敷の演出が作り出した「幽霊」なのか。
 一瞬、そんな疑問が頭をよぎるが、俺は直ぐに「後者だろう」と見当をつけた。確かに見た目は本物の綾と区別できないぐらいにそっくりだけど……いくらなんでも本物の綾が壁に穴をあけて登場するなんて理由は考えにくい。


「やっと……見つけたよ? 兄さん」
 果たして、そんな俺の判断は正しかったのか。
 小さな呟きを零しながら、穴の向こうからこちら側に歩を進めてくる綾の姿は、うっすらとした青白い光を背後にして、本当に「幽霊」と形容するのにふさわしかった。


「兄さん。何、してるの?」
 偽物、と分かっていても判別が付かないほど、綾そっくりな姿をしたその「幽霊」は、その声までも綾そっくりで。
 思わず「本物か」との思いが脳裏をかすめたが、俺はその考えを直ちに捨てた。だって、本物の綾が、せっかく再会した俺たちに、こんな重々しい空気をぶつけてくる理由が思いつかないから。


 それに―――と、俺はついさっき俺と霧子を誘うように姿を見せた綾の幽霊のことを思い浮かべる。
 ある方向に注意を向けさしておきながら、それと逆方向から驚かせる、というのは、典型的な手法ではないのだろうか。そう考えるとますます目の前の「綾」はお化け屋敷の演出と考えた方が自然に思えた。


「……兄さん?」
 言葉を返さない俺と霧子に、気分を害したのか。綾の姿をしたお化けが、床を踏んで一歩こちらに進み出る。
 その声と視線に負の感情を感じ取って、俺は「そろそろ逃げ出すべきか」と身構えた……の瞬間。


『魔を操るモノは去れ! 魔を畏れぬモノは消エろ―――っ』


「うおう?!」
「きやあああ?!」
 まるで綾に付き従うように、穴の奥から無数にわき出てきた青白い幽霊の「群れ」に、俺と霧子はまともに悲鳴を上げた。


『戒律を乱すモノに災いヲっ!』
 恨めしげな、というか恨みそのものの言葉をはき散らしながら、幽霊たちは綾の周りを飛び交う。その光景はさながら、亡霊達が館の主に付き従うようにも見えて、いい知れない雰囲気をまとう綾の幽霊の迫力を否応なしに増していく。
 そんな綾の幽霊の迫力に、完全に気圧されてしまったのか、俺の腕にしがみつく霧子の感触が一段と重みを増した。……って、ひょっとして。


「や、やだ……やだやだ」
「お、落ち着け、作り物だからっ!」
 まさか、と俺が懸念したとおり、怯える言葉を零す霧子は、すっかり腰が抜けてしまっているようで俺の腕にしがみついて辛うじて立っているような状態だった。
 が、そんな霧子の態度が、綾の幽霊の何かを刺激したらしく、うっすらとした笑みを浮かべていた綾の表情が見る間に怒りに変わっていく。


「っ、ちょっと、霧子さん! いくら何でもくっつきすぎじゃないですか……っ!」
「だ、だって……っ」
「だって、じゃありません! 兄さんも、ニヤニヤして」
「いや、ニヤニヤなんてしてないぞ?!」
「してます!」
 いや、してない……って、再び反論しかけて、俺は我に返った。いくら綾とそっくりだとはいえ、アトラクション相手にまじめに口げんかしても不毛なだけだ。
 しかし、流石は今人気の遊園地。お化け屋敷の幽霊に、元となった人間の性格まで反映するとは、恐るべし。そういえば、さっきから佐奈ちゃんの幽霊っぽい人影もちらちら見えている辺り、演出に手抜かりはないということだろうか。


「人が心配して探し回っていたのに、兄さんは、霧子さんといちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃして……っ!」
「いや、だから、いちゃいちゃなんか」
 と、また幽霊相手に言い訳しようとしている自分に気づいて、俺は慌てて言葉を止めた。どのみち、このままじゃ埒があかない。


「霧子」
「な、なに……?」
「逃げるぞ」
「う、うん。でも……」
「逃げる? ふふ、そうやってまた二人っきりになろうって言うのね、兄さん」
「いや、そうじゃなくてだな」
 なんなんだろうか、このお化け屋敷は。あまりに妹の性格を再現しすぎているような気がして、別の意味で恐怖がわいてくる。
 ふつふつとした怒りの笑みを湛える綾の幽霊に反応したのか、周囲の幽霊たちもまたざわめきを増した。


『魔を操るモノは去れ! 魔を畏れぬモノは消エろ―――っ』
 が、そんな取り巻きの態度が気に障ったのかだろうか、当の綾(の幽霊)は、いらだたしげに亡霊達を睨んで、告げる。


「今取り込み中なの!」
 そう吐き捨てると、あろうことか綾の幽霊は瞬く間に呪文を唱えて、あっという間に飛び交う亡霊の何体かを……消してしまった。 そのあまりの事態の俺は、一瞬言葉を失い、息をのむ。いくら、演出とはいえ―――


「な、仲間を消すなんて、なんて真似を……っ」
「仲間じゃありません! なんでこんなお化けが私の仲間なのよ!」
「部下なんか仲間じゃないってことか。流石はボスキャラ……容赦の欠片もないってことだな」
「誰がボスキャラなんですか、誰がっ! あと、そんな怯えた目は止めなさい!」
 どうやら俺の感想が気に障ったのか、綾の幽霊は顔を赤くして怒りの声を上げる。その怒りの度合いに連動するようにしているのか、綾の周りを飛び交う幽霊たちのざわめきもますます大きさを増していった。
 その光景は本人がどう言おうと屋敷のボスキャラ以外の何物にも見えない。


『最早、生かして返サヌっ!』
「もう、邪魔しないでっ!」
 が、当のボスキャラは部下の亡霊達がお気に召さないのか、またいらだたしげに叫ぶと、粛正のための魔法を口にし始める。
 なら……今が逃げるチャンスか。


「霧子! 走るぞ!」
「ご、ごめん、私、立てない……」
「あ、そうか」
 どうやら霧子はまだ腰を抜かしたままらしい。


 なら―――、仕方ない。
 このまま、この場に霧子を放置したら、それこそ一生もののトラウマになりかねない。


「ちゃんと掴まってろよ?!」
「え? ええ?」
 言って、俺は霧子の足に手を伸ばして、そのまま一気に体ごと抱え上げた。
 俗に言うお姫様だっこって格好だけど……この際、恥ずかしがっている暇はない。


「ちょ、りょ、良?!」
「走るから、ちゃんとつかまってろよ?」
「あ、う、うん」
 俺の突然の行動に戸惑っているのか、俺の声に霧子は素直に頷くとそのまま俺の服にしがみついた。


「ちょっ……兄さん! それって、どういうことよ! こら、待ちなさい!」
 と、そこでようやく逃げだそうとしている俺たちに気づいたのか、綾の幽霊が怒りもあらわに声を張り上げる。
 だがしかし、どうやら仲間割れが進展してしまっているらしい。


『魔を操るモノは去れ! 魔を畏れぬモノは消エろ―――っ』
「だから、邪魔しないでって言ってるのに! この―――っ!」
 部下の亡霊達は、今度は綾の進路を塞ぐようにうごめき、そして、俺たちはその隙に綾から大急ぎで逃げ出したのだった。
 



 どのぐらい、走っただろうか。
 いい加減息も切れてきた頃、辺りを照らす照明の色が変わった。


 薄暗い青の照明から、煌々とした白の照明へ。
 恐怖心をぬぐうような暖かな色の照明は、どうやら出口か、あるいはそれに近いエリアを示すような気がして、俺は安堵の息を零した。


「……なんてお化け屋敷だ」
 知り合いの姿を幽霊かつボスキャラに設定してしまうなんて。一歩間違ったら、トラウマになりかねない。
 ……しかし、綾がお化けのボスか。意外とはまり役だったな。なんか、こう、押し殺した口調の中に、鬼気迫る迫力があって、演出としてはお見事というしかないけれど、流石にやり過ぎじゃないだろうか。


 ともあれ、ここまで雰囲気が落ち着いてくればもう逃げる必要もないだろう。そう判断して、俺は抱えた霧子に声をかける。


「霧子、もう終わったみたいだぞ」
「……」
「霧子? 大丈夫か?」
「あ、うん……平気」
 俺にしがみついていた霧子は驚きと恐怖のためか、その表情にしばし惚けたような色を浮かべていた。
 だけど、次第に落ち着いてきたのか、青い瞳は徐々に目の焦点を取り戻していく。そして、その目が生気を取り戻すと同時、霧子はむんずと俺のネクタイをつかんで引き寄せた。


「き、霧子……?」
「良」
「な、なんだ?」
 いきなり何をするのか、と戸惑う俺に、霧子はずい、と顔を近づけて固い口調の言葉を口に乗せる。


「誰にも言ったら駄目だからね」
「え?」
「だから、絶対、誰にも言ったら駄目だからね!」
「いや、言うなって何を」
 霧子が腰を抜かしたことをか? と確認しようとした瞬間、「ぐい」と首を絞められた。


「もう、だから、全部よ! 全部! お化け屋敷での出来事、ぜーんぶ、ほかの誰かに言ったら承知しないからね?!」
「わ、わかった! 言わない、言わないから!」
「ほんとに言わない?」
「言わないって! だから首を絞めるな!」
 口封じをしようとすた霧子は、俺の必死の言葉に納得したのか、「そう」と安堵の息を零すと同時、また恥じ入るように顔を伏せた。
 
「うう……なさけないよう」
「……」
 霧子がここまでお化け屋敷が嫌いだって言うのは知らなかったとは言え、落ち込む霧子の姿に、流石にお化け屋敷に連れ込んだ事への罪悪感がひしひしと胸を締め付けてきて、俺は慌てて言葉を探す。


「まあ、誰にでも苦手はあるって」
「……気休めは止めて」
「いや、気休めでも何でもないんだけどな。ほら、俺も黒板ひっかく音とか駄目だし」
「それ、好きな人なんていないでしょ」
「平気な奴ならいるって」
「なによ、それ」
 俺の慰めの言葉に呆れたような視線を向けていた霧子は、諦めたように「ま、いいや」と呟くと、不意に微笑んだ。


「霧子?」
「ま、みられた相手は良だしね。あんまり気にしないでもいいかな」
「どういう意味だ、それは」
「別にー」
 どうやら毒づけるだけの元気は出てきたらしい。その事実に、俺は安堵しながら言葉を続けた。


「とにかく、脱出しないとな。雰囲気も変わったし、そろそろ出口だろ」
「そうね」
「あ、ところで……」
「え?」
「いや、なんでもない」
『もう自分で立てるか?』と言いかけた言葉。それを濁して、俺はそのまま歩くことにした。こういう事、女の子にしてあげるのなんて、柄じゃないけど。なんとなく、今の空気を終わらせてしまうのを惜しいって思ってしまったから。


 だから、俺の腕が完全にしびれてしまうまでの数分間、俺たちはそのままの格好で屋敷の出口を目指して歩いたのだった。




6.合流(神崎良)


「……兄さん!」
「良先輩」
「きゃあ?!
「で、出たっ」
 霧子と並んでどのくらい歩いていただろうか。もうアトラクションは終わったものだとばかりに油断していた俺たちは、突然の物音に文字通り飛び上がり、慌てて背後に振り向いた。


「出たって何よ! 出たって!」
「その反応はあんまりです。先輩」
 振り向いた先にあったのは……さっきほどと同じ光景。ただ違うのは、綾は壁に穴を開けて登場したわけでもないし、幽霊を引き連れている訳でもない。


「綾、佐奈ちゃん……本物か?」
「当たり前でしょ! 本物じゃなかったら何だって言うのよ!」
「そうです」
 俺と霧子の反応に綾は眉を逆立てて、佐奈ちゃんはほんの僅かに頬をふくらませた。
 確かに、この反応は綾っぽいし、佐奈ちゃんっぽい。だから今度こそは本物だろうと判断して、俺は二人に頭を下げた。


「ごめん、ごめん。悪気はないんだって。実はさ、さっき綾の恰好をしたお化けに襲われそうになったんだよ」
「私の……?」
「お化け?」
 軽く頭を下げる俺の台詞に、綾と佐奈ちゃんは目を見合わせる。その反応を見る限り、二人の方に俺や霧子の幽霊が現れて暴れた、ということはなさそうだった。


「綾たちの方には出なかったのか? いきなり背後から壁をぶち抜いて現れてさ。あれは流石にびっくりした」
「……え?」
「……壁?」
「うん。ドン、と壁に大穴を開けて出てきたんだ。しかも、後ろには無数の幽霊をこう背後に付き従えててさ。あれはかなり怖かったぞ。うん」
「無数の……」
「幽霊……」
 さっきの件を説明する内に、顔を見合わせる綾と佐奈ちゃんは心持ち青ざめていくようだった。やっぱり、綾たちの方でもそれなりに怖い演出はあった、という事なんだろうか。


「でも、凄かったぞ、あの幽霊。姿形は綾そっくりだったし、声も性格も似てたし、危うく本物と間違える所だったんだけどな。でも、いくら似せてもちょっと行動が、やり過ぎだったんだよな」
「やり過ぎって……ど、どんな風に?」
「いや、だって、いくらお前だって、遊園地の壁をぶち抜いたりしないだろ?」
「……そ、それは」
「そうですね」
 問いかける俺に、何故か綾は狼狽えるように口をつぐんで、代わりに佐奈ちゃんが一歩進み出て頷きを返してくれた。


「表現技術は凄いんですけれど、まだ改善の余地がある、という事なんでしょうね」
「うん。そんな感じかな」
「ちょ、ちょっと佐奈?」
 佐奈ちゃんの論評に俺が頷くと、綾は何故か慌てた様子で佐奈ちゃんの顔をのぞき込む。そんな綾に、佐奈ちゃんはいつものように表情を変えずに、ぽつり、と呟くように答えを返した。


「……ここは演出、ってことにしておいた方が良いと思う」
「そ、そうかな」
「多分」
「……しておいた方がいい?」
「なんでもありません。綾との内緒の言葉ですから、詮索しちゃ駄目です」
 そういつものように澄まして答える佐奈ちゃんに、綾も慌てて首を縦に振っていた。


「そ、そうそう。内緒だから兄さんは気にしちゃ駄目」
「そうなのか」
「そうなの」
 なら仕方ない。まあ、佐奈ちゃんと綾ならそういう暗号めいた言葉で会話していても不思議じゃない……というのは言い過ぎだろうか。


「ううっ……でも、幽霊なんてあんまりじゃない」
「ちょっとやりすぎちゃったかも」
 ……ま、いいか。
 相変わらずよく分らない言葉を交わす二人だったけれど、なんだか綾がうっすらと涙ぐんでいるような気がするのであまり追求するのは止めておこう。
 ……しかし、綾がお化け屋敷で涙ぐむとは思わなかった。今度、一緒にはいるときにはもう少し気を配るようにしないといけないかも知れない。


「まあ、お互い大変だったみたいだけど……ところで」
「な、なに?」
「いや、龍也の姿が全く以て見えないんだけど」
「あ」
「え?」
「あれ?」
 俺の指摘に、みんなは一斉に顔を見合わせて、そして。


「はぐれた?」
「のかな」
 あろうことか龍也と一緒だったはずの後輩二人組は、このときまで彼の存在を本当に失念していたことが判明したのだった。





 その後、「結局、ほとんど僕が穴を塞いだんだけど……」となんだか憔悴しきった表情で呟く龍也とは合流できたのは、
 俺たちがお化け屋敷を出てから数分後のことだった。
cont_access.php?citi_cont_id=199005993&size=135


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。