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001−004
 水飲み場は、おもに三箇所ある。「歌うせせらぎ」と「銀の泉」と「白蛇湖」だ。
 どれもこれも、おれがつけた呼称だが、それぞれに一応の由来がある。ここから一番近いのは「白蛇湖」だ。

 まあ単純な話なのだが、おれはその湖のほとりで、白蛇の脱皮を手伝ったことがあったのだ。

 おれは蛇を嫌いではない。
 最も、おれが嫌っている生物は唯一、人間だけだから、他の動物はたいがい嫌いではないのだが、蛇は特に、嫌いではない。

 もしも誰かがおれに「一番好きな動物は?」と訊ねたならば、他の人間が「犬」とか「猫」とか返答するのと同様に目を細め、少々はにかみながら、
「蛇」
 と答えるにちがいない。

 こんな立ち入った質問を、おれに投げかける物好きは存在しないので、機会がないのだが、もしも巡ってきた場合、こう返事をすることに決めている。
 大抵の輩はお気に召さないだろうが、それがどうした。今さらだ。

 媚びへつらっても決して好かれないものならば、本音を口にして嫌われたほうが、いっそ小気味よいと言うものだ。

 こんなおれだからこそ、なお一層、あの生き物に惹かれるのかもしれない。ほとんどの人間が忌み嫌う、あの爬虫類に。

 しかし、このような多分に屈折した、かなり他人への当てつけや皮肉の混在した、同病相憐れむ風情の贔屓目、欲目を抜きにして、客観視してみても。
 やはり蛇は愛すべき生き物だという結論に辿り着いてしまう。

 あの無駄のない姿。
 幾何学的な美しい模様。

 うるさく鳴かないし、こちらの顔色を窺って卑しく媚びたりもしない、あの潔さがいい。
 それに。
 彼らをよく思わない、よく知ろうとしない人々が神経質に喚くほどには、蛇は凶暴な生き物ではない。

 十三の時、当時は別の名称で呼んでいた、その湖で出会った白子の蛇も、例外ではなかった。

 当時。二百年前。
 白い動物は神の使いだという迷信が、この地方では大手をふって、まかり通っていた。

 十三のおれは、感動のあまり身の内が震えた。
 神聖なる霊が、おれの最も愛する形をなした器の中に宿っているのだ。

 いや。
 二百年を経て、少しは知恵がついた今のおれが、再びこのような白蛇に出くわしたとしても、言い知れぬ感動が全身を満たすのを止める事はできないにちがいない。

 おれは息をつめて白蛇を見守った。
 脅かさぬよう、木陰でこっそりと。

 脱皮は、上手く行っていなかった。
 蛇は、ひどく難儀をしていた。
 痛々しかった。

 かなり辛抱強く見つめていたのだが、ついに我慢できなくなって、木陰から姿を現すことにした。

 蛇は、おれを見た。
 瞬きを知らぬ、孤高の瞳で。

 赤い瞳。
 果て知らぬ虚無を孕んだ。

「こわがらないで。きみの手助けをしたいんだ」
 人間相手には決して使わぬ、いたわりのこもった声音で、慎重に、話しかけてみる。

「そっちへ行くよ。行くからね」
 蛇は怯える様子を見せなかった。
 警戒音も発しなかった。
 言葉を理解したかのように。

 蛇はおれの出現のために中断した行為を再開した。
 しばし、それを観察した後、もっとも適切と思える部分の旧皮を、そっと押さえつけてやる。
「これで少しは脱ぎやすくなったはずだよ、さあ、やってみて」

 蛇は身をよじった。するすると抜けた。
 これまでの経過から判断するに、ほとんど快挙だ。
 おれは次々と位置を変えておさえ、蛇は身をくねらせ、そしてついに、脱皮は完了した。

 新しいうろこの、きれいなこと。
 白蛇といっても、真っ白ではなかった。
 ところどころ黄金が染み出したような、微妙な光彩。
 純白と、琥珀の、配置がまた絶妙。

 おれは感嘆のため息を洩らし、蛇は高貴な鎌首をもたげ、湖水に姿を消した。

 それ以来、白蛇を見かけたことはないが、いつかまた再会できはしないものかと、他の二箇所よりも頻繁に、湖に足を運んでいるという事実は、否めない。


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