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005-005
「ついてくるな! おまえを拾ったのはただのなりゆきだ、もののはずみだ、ほんの気まぐれだったんだ!」
 ほとんどまる一日、おれの後ろをすたすたついてくる娘を、おれは意地になって無視し続けていたのだが、ついに耐え切れなくなって、くるりと背後に向き直り、怒鳴った。

 怒鳴ってから気がついた。
 おれはかつて、そっくり同じセリフを同じように怒鳴られた覚えがある。
 ビアズレーに。

「……くそったれが」
 誰にともなく、吐き捨てる。
 娘は平然とおれを見返している。

『好キニシロト言ッタ。ダカラ好キニシテイル。ツイテユク』
 目が、そう語っていた。
 豊かな表情……言葉よりも雄弁な瞳。

 この娘は癇に障る。気に食わない。
 たった一人の姫君のために捧げた、おれの心の最も大事な部分さえ、無遠慮にさらってゆかれそうな、おそるべき予感が、胸の内に吹きすさぶ。
 足取りも荒く、再びおれは歩き出した。

 おれは聖人君子ではない。
 男の生理的欲求の赴くまま、商売女を相手にしたことも、正直言って、何度か、ある。
 しかし、おれが彼女たちに求めるものは、単に一時の快楽のみで、決してそれ以上でも以下でもなかった。
 楽しませてくれた礼はたっぷりはずんでやったし、変な趣味もないので無理も要求しない。
 おれはマナーも金離れも申し分ない上客として、彼女たちの間では評判がよかった。

 おれはそのことに対して、ノエルタリアに後ろめたさを感じたりしたことは、あまりなかった。
 仮にノエルタリアが男で、おれが女であったなら、もっと深い罪の意識に苛まれたかもしれないが……例外はもちろんあるだろうけれど、これが男女の構造の違いではないかと、おれは考えている。

 ずるい男の、言い訳だろうか。
 とにかくおれは、他人に誇れるほどには、身持ちのよいほうではないのである。
 今さら気取るガラでもないのに、それが……この娘に対してだけは。

 畏れに近い、尊重の念。
 これまでノエルタリアにしか抱くことのなかった慄きを、どうして、ゆきずりの奴隷女ふぜいに感じなければならないのだ。
 なんとか理性で片付けようとしたが、理性では明らかに、役不足だった。

 ……もういい!
 おれは論理に頼るのをやめた。この娘と別れよう。物理的に距離を置くのだ。
 そうすればこんな気持を、もてあまさなくて済む。

 ところがいくら無視しても、こうしてあからさまに追い払っても、娘はおれから離れようとしない。
 何故だ。
 おれは彼女に好かれるようなことをしてやった記憶はない。
 それどころか嫌がることばかり、わざとのようにやらかしてきたのに。

 頼むから、どこかへ消えてしまってくれ。
 おれはおまえに、心を奪われてやるわけにはいかないのだ。

 いつしかおれは、迷路のような路地裏を、足早に駈けずりまわっていた。
 娘は懸命についてこようとする。
 が、おれを見失うまいと必死になるあまり、周囲への注意力が損なわれていたのだろう、彼女はそこらにたむろしていた男たちの一人に、ぶつかってしまった。

 巌のような大男が五、六人、わらわらと娘に群がった。
 えげつない言葉で獲物を値踏みする下衆どもの間から、潤んだ大きな瞳がおれにすがりつく。
 咄嗟にそちらに目を走らせたおれは、彼女以上に困惑した表情を浮かべていたに違いない。

 あきれ返ってものが言えない。
 こんな時でさえ、沈黙の掟を守るのか、この女は!

 おれは彼女のまなざしを振り切った。振り切って、歩き出した。
 好都合じゃないか。
 あの娘は、もう追ってこられない。

 だが。
 せいぜい頑張ってみても、五十八歩が前進の限界だった。
 それ以上、足が前に動かないのだ。
「……畜生、なんだっておれが!」
 おれは絶叫し、きびすを返してダッシュした。


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