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005-001
「ちっくしょおっ、なんてことしてくれやがったんだ、このアマ!」
 港町の喧騒のなかに、ひときわ大きな濁声が響いた。

 おれは旅の途中だった。
 レムノンへ、もとい、レンツールへ還るのだ。
 理由は単純、時空をゆがめるあの怪現象を待つためだ。

 どういう原理であんなことが起きたのか、いまだに理解に苦しむ点が多々あるのだが、とりあえず『あの場所』に近いところに居た方がよいのではと、ふと思ったからだ。

 確たる証拠もない、思い込みの結論なので、旅路も別段急いではいなかった。
 また、四年に渡る無計画無鉄砲無節操な生活が、すっかり板についてもいたので、旅費も旅程も、実に、ずさんであった。

 路銀が尽きればその土地で日雇い仕事などをして稼ぐ。
 おれは賭け事にけっこう強いので(なにをかくそう、師匠のビアズレーより上手かった)スズメの涙の賃金を、何倍にも膨らませるのが得意の裏技だ。

 今日も今日とて、カードでちょっとばかりダーティな手を使って儲け、宿屋兼酒場に引き上げようとしているところだ。
 夏の日にさらされ、汗みずくになって肉体労働に従事した後、デリケートな頭脳プレイをやってのけたのだ。
 おれはささやかな勝利間に酔いしれながら、ようやく涼しさをはらんできた夕風を心地よく受け止めつつ、したたかで活気に満ちた群集の流れに身を投じた、まさにそのときのことだった。

 前述のわめき声に続いて、鞭のうなる音。
「あ、兄貴、鞭はヤバイよ、傷がついちまう」
「ばかやろう、こいつはもう売り物にゃならねえんだよ! 見てみろ、この顔、腕、胸、肩! 滅多にいねえ上玉だから、手もつけねえで個室まであてがってやったのに、どこで手に入れやがったか、ガラスの切っ先でてめえの身体、切り刻みやがってよ……こうなりゃもう、遠慮なんかしてやる事はねえ!」
「だ、だけどよぉ、兄貴……」
「うるせえんだよ、てめえは! ……あっ、待ちやがれ!」

 おれは別に、こんな会話を聞きたかったわけではない。
 いやでも背後から耳に飛び込んでくるのだ。
 奴隷船の着くところ、奴隷商人は必ずおり、酷い扱いを受ける奴隷もまた、どこにでもいるので、おれは気にとめなかった。
 おれには関係のないことだ。

「奴隷が逃げた! だれかその女をつかまえてくれ!」
 声とほぼ同時に、おれに身体にぶつかるものがあった。
 反射的に、おれはそいつを、つい捕らえてしまった。

 チョコレート色の肌。なめらかな肩に垂れかかる黒葡萄の房。アーモンド型の黒い瞳。
 驚きと怖れ、怯えと絶望。
 手負いの獣の、いかがわしいまでに妖美な面差し、その魅力。
 ボロ雑巾とみまごうばまりの、粗末な麻の単衣だけを、豊満かつ、しなやかな肉体にまとい、いたるところから熱い血潮をしたたらせ。

 われとわが身を、切り刻んだか。
 痛々しいほどのこの矜持は、おれに、かの人を思い起こさせた。
 そういえば年恰好も、あの頃のノエルタリアと同じくらいだ。
 王女と奴隷。
 まったく対照的であるのに、身分も、外見も。

「ありがてえ! あんた、離さないでくれよ! 頼むぜ!」
 人買いが追いすがってきた。娘はもがいた。が、おれは力を緩めなかった。
 娘は最後の手段とばかり、おれの手首に噛みついた。

 おれはフェミニストではない。
 自由なもう一方の手で、娘の横っ面を、腹立ちにまかせて、張り飛ばした。
 娘は炉用に倒れこみ、動かなくなった。
 気絶したらしい。

 品のない愛想笑いをおれに向けた後、さっそく娘に手をかけようとする人買いに、おれは金貨を二、三枚放ってやった。
「傷物の奴隷女には、多すぎる位だろう」
 人さらいはなにか言い返そうとしたが、おれの顔を見ると、言葉を飲み下した。


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