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004-003
 図書館で、おれは貪るように歴史書を読んだ。
 二百年の間には、文字も多少は変わる。読めない字が、いくつかあったが、知りたかったことは、大体、把握した。

 ……どうやら夢でも、化かされているのでも、ないらしい。
 本にはレムノン王家の家計図も載っており、おれのことも、数行だが、ちゃんと書かれていた。

『イーダス・レムノスク』
 最後の王ビアズレー九世の第二王子。
 兄弟の内、唯一、赤毛で生まれたため、周囲から冷遇される。
 一昔前、金髪以外の子が処刑されていた事実に較べれば、はるかに幸福であろうが、彼もやはり、迷信と偏見の犠牲者と言わねばなるまい……。

 迷信と偏見の犠牲者。
 ノエルタリア。
『わたしの受けた仕打ちは、おまえなどの比ではないわ!』
 血を吐くような、あの叫び!

 二百年も経ってしまったなんて。
 おれはまだいい。おれなんかずっとましだ。
 おれには少なくとも森があった。
 のけ者にはされても、最低限の自由は保障されていた。
 ところが彼女は……ああ、かわいそうなおれの姫君!

 あなたの望みは、叶えられたよ。
 おれの兄弟は原因不明の出火で全員死に絶えたとある。
 この本によると、兄弟たちは皆、それぞれの寝室でほぼ同時に火だるまと化したそうだ。
 長兄の遺体に、焦げかけたナハシャ国紋章入りの短剣が刺さっているのを認めた王は怒り狂い、隣国に呼びかけて南方へ攻め入った。

 あなたのしたことは、西方民族の物欲の火にも油を注いだ結果になったね、思惑どおりだろう?
 ナハシャは滅び、レムノン王も帰国途中に病死した。
 ……レムノン王も。

 どうして泣いている、イーダス。
 ひとはいつか死ぬものだ。王でさえ、二百年も生きながらえはできぬのだ。おれのような例外中の例外でない限り。

 なぜ泣くんだ。
 そうか、わかったぞ、おまえはただ、淋しいのだ。一人ぼっちで二百年も飛ばされてしまったから、不安なのだ。
 別に王が恋しいとか、兄弟たちが哀れだとか……そんな筈はない!
 召使いも教師も従者も、おれにはいてもいなくても同じ、どうでもいい存在ではなかったのか?

 還らぬ人々。時に呑まれていった人々。
 おれをひとり、置き去りにして。
 涙の一滴が、ホンの上に落ちた。おれは慌てて、袖口で拭いた。そして、ぎょっとなった。
 涙は、王の挿絵の上に落ちたのだ。

 おれは過去の、ある出来事を不意に思い出した。
 些細なことだ。初めて閲兵式を見学させてもらった日。
 その日は風が強かった。兵士たちが見事な行進を繰り広げている最中、おれの帽子が飛ばされて宙に舞い上がり、ちょうど上座に陣取っていた王の足元へ落下した。
 王はおれを招いたがおれは動かず、すると王のほうが玉座を離れ、おれに近づいてきたのだ。

 兵士たちは行進をやめた。

 王はおれの頭に帽子を乗せ、今度こそ飛ばされぬよう、あごの下できちんと紐を結んでくれた。
 その時おれのあごに触れた、大きくあたたかい手の感触を、こんな時になぜか、おれは……馬鹿らしい。たったこれだけのことを、今さら、思い起こして、ありがたがって……おれは。

「……父上」
 手のひらにすっぽりおさまってしまう絵に向かい、おれは一言、つぶやいてみた。
 二百年も、経ってから。
 おれは、やっと、あなたをこう呼ぶことができたのです。


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