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003-001
 おれたちはそれから、毎日のように森で密会を重ねた。
 ノエルタリアはよく喋った。
 こころもち、危なげな発音と、例の高慢ちきな言い回しとで。
 他の女がもしおれに、あんな態度をとったら絶対許せないが、彼女だけは特別だ。

 彼女はおれよりふたつ上の十六で、おれと三つ違いの長兄より、ひとつ下だった……いや、兄のことを考えるのはよそう、あいつなんか、お呼びではない。
 実際おれたちの会話の中で兄が話題にのぼったことなど、一度だってないのだ。

 おれが話すのはおもに、森の木々や、そこに棲む動物の種類など。
 彼女はそれに対する感想や、故国との比較について。
「南方には極端な二種の地しかない」
 ノエルタリアは語る。

「砂漠と密林だ。
 祖国ナハシャは砂漠のほうを統べる大国だ。
 大小およそ二十の部族を率いている。
 首都は最大のオアシスによって潤されているが……おまえは三六〇度の黄土の地平線を見たことがあるか? 砂、砂、砂。周囲には砂の他、なにもないのだ。都の外は、砂の支配下にある別世界だ。不毛の聖域だ……凄まじいぞ、あの風景は」

 淡々とした語り口調。
 あふれんばかりの水と緑の恩恵を蒙るレムノンの森の一角で、ノエルタリアの周りでだけ、乾ききった砂漠の風が吹きすさんでいるかのような、臨場感。

「我らの刑罰のうちで、もっとも恐ろしいのは死刑ではない。追放なのだ。砂漠への追放……水も食糧も、灼熱の陽射しを遮るためのマントも持たされず、両手を切断され、目も潰されて。この宣告を受けた者は、たいがいその場で自害するな」

 くくっ。
 彼女は喉をならして笑った。
 ああ、この赤い瞳、蒼白の頬には、獰猛この上ない嘲笑が、なんとよく似合うのだろう。
 彼女の残酷さは罰当たりで罪作りで……たとえようもなく、妖艶だ。

「まったく、神々も酔狂なことをなさる。あのような地獄に、およそありとあらゆる宝石、輝石をばらまかれるとは。そうは思わないか、イーダス」
 ノエルタリアの身を飾る、様々な色と形をなした宝石類が、誇らしげに輝きを放つ。
 そして彼女の侮蔑の対象は……極刑を宣告された哀れな罪人から、おれたちレムノンはじめ、ここ西方の国々の浅ましさへと、豹変した。

 西方の国々と南方の国々との関係は、当時、微妙なところだった。
 南方の、砂漠の地下には膨大な数の宝石の原石が横たわり、密林の奥には無尽蔵の黄金が眠っているという。
 おれたち西方の人間は、それらのものに憧れた。
 しち面倒臭い外交や公正を軸とした取引などを経なくてはならないのも、もどかしいくらいに。
 頭を下げて頼み込むのが、口惜しいほどに。

 西方民族の多勢には、単に地形や気候に恵まれているので、その分生活に余裕が持てるだけなのに、なにを勘違いしてか『我々は文明人』『他の民族は未開人』と、一片の疑いもなく信じ込んでいる節があった。
 他人を見下すことによって、自己の優位を保とうとする、その卑しい根性が、同胞ながら、情けなく思えることが時折あった。
 おれは蔑まれる側の痛みに、ことのほか敏感に反応してしまう。
 この境遇のせいで、とても他人事には思えなくて。

 野蛮人。
 金銀、宝石の産出国の住民を、西方人は陰でこう呼んだ。
 それを耳にするたび、おれは彼らと同属なのが恥ずかしくなった。南方人であるノエルタリアと出会う以前の頃からだ。
 こいつらの軽蔑は、やっかみの裏返しであるのを肌身で感じたからだ。

『何故、あのような素晴らしい宝の数々が、野蛮人どもの支配下にあるのだ?』
『あの純粋な鉱物たちは、我々の手にあってこそ、価値が生じるべきなのに』
『……自分たちのものにしたい』
『我々のほうが、あの輝かしい品々の持ち主にふさわしい』
『我々は、あらゆる点で彼らに勝っている……武力においても』

 国交を始めた当初は、なんの不満もなかったのだが、さすがに長年、かれこれ八十年近くも続けていると、互いの国民性や国内事情にも、おのずと詳しくなってくる。
 エゴもボロも、出てこようというもの。

 ましてや、どんなに上辺の社交術をこらしても、南方の人々には通用しない。
 南方人たちは会話による応対を、かなり厳しく制限されていたため、おのずと感応力が超人的なまでの発達を遂げていた。
 取引相手のただならぬ雰囲気を察知するのに、長い時間はかからなかった。

『……力づくで来られたら、勝ち目はないかもしれない』
『自分たちのように、自然の猛威と戦う必要のない西方民族は、その余裕でもって、軍備にも力を注いでいるに相違ない』

 南方人は当惑した。
 一応、なけなしの理性と良心を振りしぽって邪な考えを抑えようと努力はしている西方民族以上に、困惑した。
 そして、苦肉の策として、ノエルタリアの例の如く、人身御供を……差し出した。
 すでに密林の帝国アシュバが、隣国ラストアデに大貴族の姫を二人送り込んだという情報も流れていている。

 ノエルタリアには、しかし、人質のしおらしさというものは、見受けられなかった。
 おれといるときばかりではない。
 城で、大勢の異邦人に囲まれていても、王の面前でさえも、彼女はその沈黙の威厳だけで他を圧し、その場に居合わすすべての者の視線を制し、しかも心のうちには、何びとたりとも一歩も踏み込ませはしないのだ。

「そんな不景気な顔をするな。また余計な気をまわしているな。わたしはただ、神々の気まぐれに対して同意を求めただけではないか! わたしの今の境遇は、おまえのせいではないだろう? そうとも、おまえのあずかり知らぬことだ」

 今度は、おれの無知無力無関心をなじられているような気分になってしまった。
「なあ、頼むよ。どうしてわたしの言うことを、そういちいち曲げて取るんだ?」
 ノエルタリアは自分の言い方が、いかに聞く者にシニカルな印象を与えるか、本当に気づいていないらしい。

 断言するが、おれが特別ひがみっぽいわけではない。
 全然ひねていないと言えば嘘だが……まあ、あんたも彼女の言い草を彼女の声音、口調で聞いてみればわかることだ。
 無理だろうけれど。

「よし、わかった。じゃあもうこの話はやめだ。真剣にキツネの巣穴を捜そう。今日中に、実物に会わせてくれるのだろう?」
 ノエルタリアは自由自在だ。
 険悪なムードを作り出すのも、ひらりとそれをかわすのも。

 先程のように、残酷な話を平気で、どちらかと言うと嬉しそうに語るようなとんでもない悪女かと思えば、子供をなだめる母親のようにおれの機嫌をとる。
 ふたつどころか、十も二十も年上の大人でも言うまいと思われる、冷めた意見を口に出すわりに、めずらしい動物などに向ける、恐れ知らずで好奇心旺盛な様子は、ひとり遊びに熱中する仔猫よりまだ可愛らしい。

 おれはもうすぐ成人ということで、何人かの姫君と引き合わされたりもしていたが、ノエルタリアのようにおれを退屈させない姫はいなかった。
 退屈どころか、このおれを振り回し、かき乱し、ときめかせ……人間に対して無感動をとおしてきた、このおれを!

 ノエルタリアにも同じことが言えたに違いなかった。
 彼女が人間らしい喜怒哀楽をみせるのは、おれに対してだけなのだ。

 おれはこの世の最初の『男』の喜びを味わっていた。
 森という、自然の恵みの結晶ともいうべき楽園の中にあってさえ、埋めることの叶わなかった孤独を『女』によって、癒されたのだ。
 おれは、おれたちは、互いの魂の半身を見いだした!

 ……けれども、それも、永く続く幸福ではなかった。
 この点も、おれたちは最初の男と女に似ていた。
 楽園追放の辛酸を、舐めるのも。


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