表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ほのぼの・コメディ

おしゃべりなガイコツさんは死を見届けない

作者: 花しみこ




 生まれ変わったのだ、と気付いて流した涙は、けして喜びが理由ではなかった。

 生まれ変わるべき、前世の続きを生きるべき人はもっと他に居るはずで、わたしじゃない。わたしみたいに性格が悪くてひねくれてて暗くて、とろくて鈍くさくて何もできないできそこないで、こんなふうに上手い言葉も見つけられないくらい頭がわるくて、ただ足手まといのわたしなんかが、どうして生まれ変わってしまったの。

 今生は貧乏だけど、両親も二人の兄もやさしい。だからこそ申し訳ない。わたしなんかが前世の数十倍貴重な食料を浪費して、貴重な布を磨耗させ、優しい家族に気を使わせて時間を使わせて、それでわたしがやってることといったら失敗ばかり。

 世界で最も死ぬべき100人、みたいなリストがあったとして、その100人はきっとひどい悪人なのだろうけど、100人の誰もがわたしより世界のためになっている。

 前世との記憶の混濁は、絶望によってねじ伏せられた。生まれ変わって、しまったのだ。

 もともと快活でないわたしが、おとなしく頼まれたことをこなしながら希死念慮を募らせていたなんて、きっと家族は気付かなかっただろう。話しかけられたら笑って、食事をして、朝起きて夜に寝た。ただずっと考えていた、どう死んだら、いちばん迷惑かからないかな?

 幸運にしてこの世界はゲーム的じゃないファンタジーな世界で、教会は農村だらけのこんな田舎にはないし、人を蘇らせる奇跡もない。一度死んでしまえば終わり、そして死はすぐそばにある。前世では簡単に治った風邪どころじゃなく、知らない病気、異世界にしか居ない虫や毒、対策の不十分な土砂災害や洪水、いろいろ。子どもは弱いから、6歳のわたしと同じ時期に生まれた子はもう3人他界している。家族が死ぬのは悲しいけれど、毎日忙しいし、前世ほど意外な出来事でもないから躊躇う理由がいくらか軽い。

 で。

 将来のこととか、今のこととかいろいろ考えて、なにをどうやっても今までの恩を返せないどころか迷惑のかけ通しだと結論づけたわたしは、損切りのために死ぬことにした。

 刃物は簡単だけど高級なものだから、わたしが死んだ原因をきっと使い続けることになる。優しい家族は心を痛めてしまうかもしれない。森に毒のある植物は多いけど、致死量がわからないでヘンに生き残っちゃったらもっと大変。

 だからわたし、迷子になることにした。

 森の奥には獣がいる。おとなしくて臆病なわたしはそこまで行くことはないだろうと思われていて、見守る保護者も居ないから、好きなだけ自由に動ける。

 森で行方不明になった子どもは、昼間2日間浅いところを探して、それ以上は山の精霊に気に入られたのだと諦めることになってる。

 2日間も大きな迷惑をかけることと、これから10年20年細々と迷惑をかけることを天秤にかけて、前者に決めてしまった。ごめんなさい、と思うけど、前世で同じことをするよりはぜったいに迷惑がかからない。この短い今世でも何度か家族が駆り出されてるもの。わたしだけじゃないって、どれだけ影響があるものなのかって、知ってることが気を楽にした。


 決行はよく晴れた日にする。雨の翌日とか、降りそうなときの山狩りなんて大変だもの。

 晴れた日にちいさい編み籠、これはわたしが作ったいびつなやつだからなくなっても平気、を持って、今の時期ならマツヨイダケが採れるからなんて親には言って。

 そのキノコが生えるところに背を向けて、まっすぐ森の奥に進んでいった。

 しばらく歩くと植物の雰囲気が変わってくる。人の歩く道は早々に外れて、大型の獣が通ってそうな道とか、足跡を探しては辿り、川の側に出たら人が通りそうだからってまた別の方向へ。飛び込んで死ぬにはこの川は浅すぎる。

 6歳の足はとっても遅いけど、歩き通せば奥には行ける。服の隙間を葉が撫でる。踏み固められてない地面は不安定で、重なった落ち葉が何度もわたしを地面に倒した。人の入らない奥の森は、手前と違って枯れ木や苔が多い。鬱蒼としてる。何度か鳥が羽ばたいて、見えない頭頂に目を凝らした。

 木に、深い爪痕が残ってる。なにかのナワバリにはいったんだ、たぶん。このあたりで毒のある草でも食べて倒れれば、通りがかった獣が食べてくれるかな? 死肉を食べる動物はそんなに多くないんだっけ? でも、誰にも見つからないなら、いずれ虫が巣くって腐って、森の栄養になれるかな。

 体力を使い切って疲労困憊のわたしは、そうやって終わりを求めてきょろきょろ周囲を見回していた。真上に毒のあるシーキムが実ってるけど、ちょっと背が高すぎる。葉っぱにも届かない。この葉っぱは毒草だっけ? お兄ちゃんがナントカはおいしいけどコレは、って言ってたやつかな、でもおいしいやつとどう違うんだっけ。ああ、こんなとこでもお兄ちゃんに頼ってる……。先立つ不幸をおゆるしください、なんて思うとちょっと胸が痛くなってきた。草で切れたりかぶれてる腕で、顔をぐしっと拭って振り払う。


 と、なにかにつまづいて体勢を崩した。

 どうにか転ぶ前に持ち直して、なんとなく原因を探る。木? けれどよく見るとそれは白くてざらざらしてる。骨! だ!

 ってことは、ここには肉食の動物が通るってことね! 思ってたより疲れてたわたしは、気力を復活させる発見に嬉しくなって、しゃがんで骨を拾おうと手を伸ばした。土で汚れている。そっと指先が触れる。


「っ熱!」


 じゅっ!

 途端に焼けるような音がして、一瞬で手を離した。咄嗟に熱いと思ったけれど、掴んだ指先はむしろ冷え切っている。押された骨は軽そうに地面に倒れ伏す──はずが、重力に逆らってむくりと起きあがった。


「!?」


 浮き上がったその骨のまわりに、どこからかわらわら別の骨がやってくる。

 わけのわからない光景にあっけにとられて、わたしは骨たちが空中で生前の姿をなぞるのを黙って見ていた。

 ふともも、腕、肋骨、とたまに足りないまま整列してく。それはどうやら人間、回らない頭で考えたと同時にわかりやすく正解が位置に着いた。どくろが、すわりを確認するように動いて落ち着く。骨だけだからわかりにくいけど、たぶん男のひとの骨。

 じっと見つめてると目があった。イヤ目はないんだけど、気配がまっすぐこっちをとらえた。ひっ。死ぬつもりで森に入ったのに恐怖で喉がひきつる。骨が手を上げる、指の骨は足りなかったのか長さがおかしい、なにする気なの、体が動かない。つよく目を瞑る。

 ぎゅうぎゅう全身に力をこめて何かが起きるのを待つ。

 待つ。

 ……待つ。

 「しかしなにもおきない!」とナレーションがあって、目を開けた。


 骨。


「ぅひゃあっ!」


 真正面に薄汚れたガイコツが迫っていた。のけぞってたたらを踏む。

 後ろに転びそうになったら、腕を掴んで助けてくれた。骨が。


「あ、ありがとう……?」


 しかし服越しになんかしゅわしゅわする。さっきの『じゅっ』がマイルドになったみたいな、炭酸飲料みたいなしゅわしゅわ。

 トリハダが立ってるのとは違う、と思うんだけど……。

 振り払ってガラガラ壊れるのも怖くて、離してくれるのを待ってみる。さわさわ風が木を揺らしたけれど、風の通りが悪い森の中は止まったままだった。鳥の羽ばたく音がする。

 たっぷり30秒くらいして、言葉が通じてるかもわからないまま声をかけた。


「あの、はなして……」

「……おっとこれは失礼お嬢さん、女性に許可なく長々と触れていてはマナーに反するねえ、イヤァついつい久しぶりだったものでここまで回復するのに時間がかかってしまい」


「ひぅっ!?」


 しゃ、喋ったぁああ!?

 せっかく支えてもらったのに、手が離れたと同時に腰を抜かしてしまう。

 異世界だってのはわかってたんだけど、だけどだけど、だって! こんなモンスター! みたいなのは! いなかったんだもの!

 みんな、父さんも母さんもトムおじさんもレナードじいちゃんもアビーおばあちゃんもベティおばちゃんも「人は死んだら終わりだ」って言ってたし!

 いぢめる? いぢめる? とぴるぴるしてたら、いぢめないよォとばかりに手を差し伸べてくれる骨。腰が抜けたままだからって以上に、体重なんてかけたら壊れそうでこわい。だってなんで自立してるかわかんないくらいスカスカしてるんだもの……! ところどころ抜けた隙間が詰まらないで立ってるんだもの……!

 こわごわ見つめてれば、手を取る気がないことは察してくれたらしく元に戻った。そしてどこから出てるかわからない声で快活に「ハッハッハ」と笑う。


「ハッハッハ、お嬢さんはこういう骨を見るのは初めてかな? イヤァ僕もね、生前にこういう生き物……生き物かな? が居るとは知ってたんだけれども見たことはなかったから自分がなるとは思えなくて驚いたよ、僕みたいなのはスケルトンと言うんだ。いわゆるアンデッド系モンスターになるのかな? アンデッド系にはゾンビやゴーストもいるけど意外とスケルトンは少ないね、ゾンビが腐りきってスケルトンにならないのは何故かって議論もあったけどきっと脳みそがあるかどうかが問題なんじゃないかと僕は思うんだよ。生前に自分の意識がどこにあったかっていう、つまり僕はあんまり考えてなかったわけだけど。脳みそにあるのか精神体があるのかってことだね」

「……はあ」


 水が流れるみたいに話すものだから、あっけにとられて内容よりも呼吸しないから一言が長いのかななんてことを考えてしまう。

 わたしの反応がふるわないのも気にならないのか、骨──スケルトン? は喋り続ける。


「にしてもお嬢さんはなんで1人でここに? おばあちゃんのお家に行くのかい? 狼には会った? イヤァ、ハッハッハ、狼じゃなくてスケルトンに出会うとは意外な展開じゃないかい、でもねえ道を外れちゃあ戻れなくなっちゃうよ。道は、ええとどっちかな? 僕が来たときには確かここももっとちゃんと獣道があったんだけどどれくらい経ったんだろうか、知ってる?」

「いえ、」

「でもまあ僕にとっては幸運と言っていいねありがとう! スケルトンの生態もよくわからないまま出歩くものじゃないねえ! まさか魔力源の近くじゃないと回復できないとは思わなかったよ、通りでスケルトンやゴーストやゾンビがエリア外に出歩かないわけだ、つまり出歩いたら動けなくなるんだからね! ああそれで君の魔力を少し貰ってしまったんだ、少しって君の総量にとってっていう話だから一般的にはけっこうな量になるのかもしれないけど、君は魔力が多いね。もしかして魔法使い見習いとかかい? 幼いのにしっかりしてるようだしきっと良い魔法使いになれるよ! アァよかったら僕が少し先んじて教えてあげようか、もちろんモンスターではあるけど生前は少し知られた魔法使いだったからね、これはお礼だから遠慮はいらないよ」

「えーと」


 ……ええと? 

 わたしの頭の回転が遅いせいで、打てば響きすぎるようなスケルトンさんの言葉を噛み砕くにも時間がかかる。でもあんまり時間をかけるとまた言葉が増えてしまう。

 大事そうなのは、スケルトンはマリョク源がないと動けなくなること……マリョク?

 生まれてから聞いたことがない言葉だ。わたしに多いもの? で、受け渡しができるの?

 魔法使いはわかる、お母さんが寝物語を読んでくれたから。空飛ぶじゅうたん、一歩で千里をかける靴、かぶると誰からも姿が見えなくなる帽子、そんなのをくれるのはいつも妖精か魔法使いだった。実際に居る魔法使いは、特別な薬を作る人なんだってお兄ちゃんが教えてくれた。

 スケルトンさんの言い分からすると、マリョクは魔法使いになるために大切なもの……あっ、魔力!?

 特別な薬を作るのに魔力が要るものなのかわかんないけど、前世の知識では魔法使いといえば魔力だ。

 でもわたしにそんなのがあるとは思えない。よしんばあったとしても、大した量があるわけなくて、きっと誰でも持ってるくらいだろう。多いとか言ってくれたけど、わたしが魔法使い見習いだと思ってるからこそのお世辞に違いない。多くてもせいぜいちょっぴりで、優しさから褒めてもらえるだけだ。良い魔法使いになれるね、なんて、目指していたらきっと嬉しい言葉だもの。

 いつもの根暗な調子が戻ったら、足に力が入るようになった。立ち上がって手とスカートの土を払う。

 それからスケルトンさんに向き合った。ちょっと黄ばんで薄汚れた彼はこわいけど、どうやら問答無用で殺しにきたりしない優しい相手なので、怯えたら失礼である。


「わたしは魔法使いじゃないので、魔法は結構です。ありがたいですけど、魔力というのもよくわからないので、お気になさらず」


 言うと、スケルトンさんは大げさに腕を広げて驚きを露わにした。


「エエッ、魔法使いでない? それはなんとも勿体無い、君のお父さんとお母さんはなにをしている人なんだい? 僕の両親もそれはそれは魔法に理解がない人たちでね、僕が魔法使いになるなどと言ったらまぁ驚いて反対して、お前はこの家具屋を潰すつもりかって、アァそう僕の家は家具屋でね、毎日毎日椅子と机を作っては直して直しては作ってしていたんだよ、そんな生活では魔法使いになる機会なんてなさそうだろうけども偶然の、イヤァ運命の出会いというのがあってどうも僕は魔法使いに向いていた! そうもしも君が魔法使いでも魔法使い見習いでもないとすればきっと今が運命、僕に出会うことで魔法使いになる機会が訪れたということだよ!」

「えっ、いえ、魔法使いには、ええと、向いていないと思うので」


 興味がない、と言おうとして、それは嘘だなと止めてしまう。出て来るときはしれっと嘘を吐いてきたのに、なんて浅ましいこと。

 そんなわたしの言葉にスケルトンさんはガクンと首を傾げた。


「おやおや、君は魔法使いじゃないんだろう? 向いていないとはいったいどうして? これでも僕は若い頃、イヤァ若い頃に死んで歳をとっていないわけだから生前と言うべきだね、生前は見極めのジェロボームと呼ばれていたんだよ。ああソウ、名乗っていなかったね、僕はジェロボームと言うんだよろしく! 気軽にジェロさんとか読んでおくれ、でもくれぐれもおじさんとは呼ばないでおくれよ! 己の歳はわかっているつもりだけどもね、やはりいつまでも老いたとは思いたくないものだよ、老いて骨粗鬆症こつそしょうしょうのスケルトンなんて嫌だと思わないかい? 幸いにして僕の骨は健康だったと死してからわかったけれど、君もこれから長い人生でできるだけ健康に気をつけなくては、死んだときのためにもね! ハッハッハ、エエトそれで何の話をしていたっけ? 」

「……見極めのジェロボームと呼ばれていたって、」

「ソウソウ! あれから何年経ったかわからないけど生前当時は随分チヤホヤされたものだよ、相手の保有魔力を見抜くというのでね! 多い少ないしかわからないとはいえ多いとわかれば今まで魔法使いを進路に考えていなかった君のような子たちも魔法使いを目指すだろう? それで多くの有能な魔法使いを世に出したってね、残念ながら僕の魔力はそんなに多くなかったんだけど、もしかしたらスケルトンなんてモンスター化してからの方が保有量も出力量も上がったくらいだよ! 魔力を作れないからなにもできないけれど!」


 ハッハッハ、とからから骨を打ち鳴らしながら笑うスケルトン、もといジェロボームさん。

 前世に山ほどあった魔力解釈のうち、この世界のそれがどういうのに近いのかわからない。でも「見極めの」が重要視されるなら、教会で魔力を測る石が〜とかはないのかな。

 ちなみにわたしの生まれはド田舎もド田舎、集落の名前さえ決まっていなくて、市が立つような町は行商さんの馬車で3日かかる。近い集落にも、結婚相手を探すのと秋祭り以外で接することはほとんどない。だから、ジェロボームさんのすごさは「わたしの知らない世界を生きたひと」以上に理解することはできなかった。日が傾き出している。山に入ってから、前世の感覚でいえば5、6時間くらい経ったと思う。午後2時くらい。まだ暗闇も遠い。

 情けないことに、そこでようやく自分が死にに来たことを思い出した。魔法使いに向いてるなんて言われても、わたしにそんな想像をする気はない。

 死ぬ前にこの理性的なスケルトンの役に立てたのなら、こんな出来損ないにもわずかなりと社会貢献ができたってことだろう。ジェロボームさんはモンスターではあるけど、間違いなくわたしよりずっと、何倍も有能な存在だ。

 差し出がましいことだけど、わたしに必要ないものが役に立つならばと唾を飲み込んだ。


「あの、わたし、魔法使いにならないと思うので、よかったら……必要なだけ、全部の魔力、どうぞ」


 ジェロボームさんがもう一度ガクンと首を傾げたのに肩を揺らしてしまう。見慣れてはきたものの、薄汚れた骨格標本みたいな姿は怪談でしかない。


「イヤァでも、魔法は使えたほうが便利だからねえ、というか僕は一応モンスターだから幼気な少女から魔力を奪ったりしたらまずいんじゃないかなあと思うわけだよ。もう遅いっちゃ遅いけど、というかそうだよね僕モンスターだったよ、君があんまり平然としてるものだから僕もすっかりうっかりすっとぼけ! いいかいお嬢さん、スケルトンとかモンスターというのは普通こういうふうに会話が成り立ったりしなくて襲ってくるものなんだよ! 森の奥に1人で来て道を外れたり、スケルトンから逃げなかったりなんていうのはとっても無用心なことだよ、魔力もホラ僕の魔力が増したらどうなるかわからないし暴走したりしたら危ないだろう? これはやっぱり魔法を覚えるべきだよ君は、そんなにたっぷり魔力があったら勿体無いからね! それはそうと本当は魔力を分けてくれるのは助かるんだ、魔力源から離れてここまで来たけど魔力源のとこまで戻るまで保つかわからないものだからさ」


 もう道も変わってわからないしね! ハッハッハ、と陽気に笑う。話し始めは注意するみたいにちょっと落ち着いた声だったのに。

 それにわたしはモンスターや獣に襲ってもらうために森に来たのだ。こんなこと言ったらフツウ止めるんだろうから、もちろん黙っておく。


「どうせ、持ってても魔法を覚える機会も教わる場所もないですし……。回復? するものでしょうし、ええと、だから、どうやったらいいですか」


 回復しなくたって困らないし、魔力とやらを全部奪われて衰弱するとしても構わない。

 彼を助けたって自己満足に耽り、そこから帰り道がわかるふりしてまた山奥に向かって死ぬ。役立たずで無価値なわたしが迎える死に方としてはとっても幸せなんじゃない?

 ギゼンにも満たない自己満足を胸に抱き、なにもない眼窩を見つめる。ジェロボームさんは顎に手を当てて、「ウーン」と悩むように声を出した。


「それだとやっぱり僕が貰いすぎっていうか一方的に貰ってるだけっていうか、こぉんなちっちゃな女の子に助けてもらってハイありがとーって男としてスケルトンとして情けないんじゃないかなって思うわけですよ。だからといって僕になにができるかって、アァそうだ魔力はもちろん空っぽになっても回復するから安心して、で何ができるかって知り合いの魔法使いに紹介状を書いても生きてるかわかんないし、そういえばお嬢さんはどこの生まれ? 山奥だからね、道の近くまでは送るつもりだから安心しておくれ! モンスター付き添いならクマも野犬も寄り付かないしね! その道中で少し魔法を教えてあげよう、他に僕にできることはあるかな?」


 それは困る。着いてこなくていいです、というのをどう言い訳すれば納得してもらえるかすぐには浮かばなくて、きょろきょろ目を彷徨わせたあと、とりあえず魔力を受け取ってもらおうと方法を聞いた。

 方法は簡単、触れていればいいだけらしい。確かに、さっき渡したってときに特別なことはしなかった。だから手を伸ばして、転んだときに頼れなかった不揃いな骨に触れる。

 ジェロボームさんはひんやりしていた。アンデッドモンスターだからなのか、骨だからなのか。今度はすぐにしゅわしゅわした感覚が来なくて、首を傾げて見上げる。


「ほんとにいいのかい? モンスターに協力するというのはやっぱりあまり褒められたことではないからね、もちろん僕がなにか非道な、モンスターらしいおこないをするはずはないんだけど! 女性を大事に子どもに優しくというのは僕が幼い頃から何回何十回とおばあちゃんにも母にも師匠や兄弟子にまで言われてきたことだし、多くの人に言われたからって僕が生前もそうしていたなんて事実はないし、それにモンスターになってから理性を失っていた時間もないよ、安心しておくれ!」

「大丈夫なので」


 きゅっと骨を握る。6歳の指より太い骨をしてる。ジェロボームさんはもう一度だけ確認して、あっさり魔力を受け取ってくれることになった。

 体のなかから、何かが引き出されてゆく。2度目のそれはしゅわしゅわしないで、体が冷えきることもなく、強張った肩の力が少しずつ抜けていくような、心地よい感覚がする。目を瞑って、ぼんやりぼんやり続きを待った。

 前世の記憶を得てから、もしかしたらずっと混乱しっぱなしだったのかもしれない。ヘンな人間になっちゃった恐怖が、ずっと付きまとってた。誰にも話せないし、落ち着く暇もなかったものが、出てったような。

 流れが止まって目を開けた。


 目を閉じる。開ける。

 もう一回。


「……!?」


 じぇ、ジェロボームさんが新品に!?

 ぱちぱち目を瞬かせ、目を擦り、あっという間の変化を受け入れざるを得ない。ジェロボームさんの薄汚れた骨がぴかぴかに、ところどころ欠けてた骨も復活してる。「死者の骨が動いてる」だったのが、今や「ぴかぴか新品骨格模型」に!

 わたしの驚きと同じように、ジェロボームさんも自分の骨をいろいろ確認していた。


「ワオ、こりゃあすごい! もー正直ほんとに根こそぎ貰っちゃおうかなってこのスケルトンの容量ぎちぎちまで入れてみたんだけど、魔力が満ちるとモンスターって身体の修復もするんだね! イヤァそれよりすごいのがお嬢さんだよ! 多いな多いなとは思ってたけど、お嬢さんの魔力ってばまだ半分以上残ってるからつまり生前の僕の倍はゆうに越えるってことだよ、これはもう魔法使いになるしかないね!? 僕の弟子になってほしいくらいだけどスケルトンの弟子なんて問題が多そうだ、ああ僕が生きてたらなあ! 世界は広いなあ、アァ生きててよかった! 死んでた!」


 ばっと腕を広げて空を仰ぎ、最後には頭を抱えるジェロボームさん。

 わたしはまた理解できない話をされて立ち尽くしていた。……すごい? わたしが? 満足したから大げさに言ってるだけじゃなくて? 

 魔法使いは、わたしに、できる(・・・)こと? 

 思った途端、心臓がどくり嫌な音をたてる。スカートを強く握りしめた。下がった足が葉を巻き込んで潰す。

 楽しそうな彼を壁越しにしか見ることができない。強張った顔で、なんとか笑顔を作ってみせた。だいじょうぶ、だいじょうぶ、何に言ってるのかもわからないまま繰り返す。


「よ、かったです。それならちゃんと帰れますね、じゃあわたしは大丈夫なので、それでは、」


 頭蓋が上がる。

 まあるく空いた二つの穴がわたしをちゃんと見る前に、急いで踵を返し走った。たくさん歩いた疲れは忘れた。背中にかかる声は、はじめて焦った色をしていたけれど、わたしの名前を呼ぶことはない。

 獣道さえない山奥は、6歳の身体を隠すにじゅうぶんな葉が茂っていた。




 夜になった。

 走り疲れて落ち着いてから、そういえば籠はどうしただろうと思い出す。いつ落としたのかもわからない。川に流してて、運良くマツヨイダケの採れるあたりで見つかってくれれば良いのに。お父さんもお母さんもお兄ちゃんたちもすぐに諦められるようになるから。

 代謝の良い子どもの身体で朝から飲まず食わずだと、もう動く気力が湧かない。大きな爪痕のついた木の根は苔と草と枯葉で汚れていた。

 こわかった。

 なにもできない、出来損ない、なんて無力を嘆くふりで、申し訳ないなんて言ったって、わたしがこわいのは「やっぱりできなかった」と思うことなんだって、ほんとに魔法使いになれそうになって痛感した。なれなかったら努力が足りないだけ、可能がないなんて嘆くのに可能性の失敗がこわくてしかたない。

 自分で言ってるこれをほんとに実感したくなくて逃げて、逃げて逃げて死のうとしてる。かんぺきになりたい。かんぺきじゃないわたしは生きてる価値がない。かんぺきじゃなくてもみんなには価値があるのに、わたしだけ特別みたいに、これは思い上がりなんだろうけどそうとしか思えない。

 前のときもおんなじことを考えて、死にたくなって、こんなのばかみたいな考えだとわかりながら直せなかった。今もこのまま、簡単に直る気はしない。むしろ年季が入って拗れてる。こんな考え方しかできないとこがほんとグズだしメンヘラぶってかわいそぶってるだけじゃないの、わたしは!

 変わったことがあるとすれば、身体が幼くなったせいか、涙がぼろぼろ落ちるようになったことだ。魔力が減ってなんだかスッキリしたのも、もうずっと過去のことに思える。

 ごめんなさい、ごめんなさい。誰に向けてかもわかんないまま頭の中でだけ繰り返して、嗚咽をこらえきれない。涙を拭くと、増えた切り傷がぴりぴり痛んだ。

 がさり、落ち葉が割れる。

 顔を上げるとふたつの小さな月がこちらを見ている。わたしの倍はありそうな体躯、黒い影は光ない森で姿を捉えられない。熱い息。

 鋭い爪を、間違いなく持った存在。

 天気も動物も、思い通りにならない神様みたいなものだ。任せたかった。許されたかった。目を瞑ってわかりきった天命を待った。痛みがやってくる、


「ギャオゥッ」


 獣の叫び。

 来るはずの痛みがやってこないで目を開ける。がざがざと素早く草木が掻き分けられて、熱量が下がった。生きていた。死ねなかった。……死ななかった。

 ほっとするような、どうしようもない気持ちで、縮こまった身体から力が抜けていく。なんで、というのは、薄ぼんやりと浮かぶ白骨に聞くべきなのだろう。


「また、魔力なくなっちゃいますよ」


 ほとんど吐息に近い声。森の夜は静寂。返ってくるのも、昼間より落ち着いて聞こえてくる。


「イヤァ、今魔法使ってみたらもうだいぶ消費してしまったね。容量が増えたとか喜んでいたけど消費も早い早い! にしてもお嬢さんまだ帰ってなかったのかい? マァ僕もまだ帰ってなかったのか聞かれる側かもしれないけど、僕の方はね、ホラ行ったっけ、ついさっきまであったはずの目印がなくなってるわけだよ、木も岩も川も記憶と違うからこれはもう帰れないんじゃないかなってさあ。知ってるかなお嬢さんは、アーウ村ってとこの方向から来たんだけど?」


 アーウ村なんてあったっけ。思い出しながら、ジェロボームさんとの会話が楽な理由に気づいた。ジェロボームさんとは会話というより話し手と聞き手で、彼の話を聞いてるだけならわたしは自分のことを考えなくていいのだ。わたしなら、わたしは、と何かを言う必要がない。

 人によっては、たぶん、すごくうっとうしい自分語り。わたしがそう思わないでいられるのは、彼がけして強引なわけじゃないからだろう。

 暗闇にぼんやり浮かぶ骸骨はぶきみだ。

 でも、身勝手に決まってほしい、流されたい、と思うわたしの流れを決めてくれた。お礼代わりに、たいしたものでもないけれど手を伸ばす。


「魔力、また、もらってください。アーウ村も、ほかの目印も、わたしにできる限り、お手伝いします」


 できる限り、とか、またできない言い訳を先に用意して、とりあえず死なないことに決まったらしいから、次の機会を待とうと思う。私を生かした白の持ち主は、伸ばした手ににっこり笑ったように見えた。




 そして残念ながら、やっぱり、わたしに魔力はあっても魔法は使えなかった。

 代わりに元の場所でもう魔力を得られないようだとわかったジェロボームさんの魔力源となって、長い付き合いになるのは、また別の話になる。






小話まとめ http://ncode.syosetu.com/n3417cl/ におまけがあります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったし、この二人のこの先が読んでみたいと思いました…いやまあちょっと介護っぽいよねとか思わなくもないですが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ