いなかのこわいはなし
やあ、よく来たね。
こんなところにわざわざ来るなんて、君はよっぽど暇なのかな?
だけど、僕も丁度暇だったんだ。だから、少しだけ話を聞いていかないかい?
ああ、そんな変な顔をしないでくれ。
別に現在の社会に対する愚痴なんて言うつもりはないし、そんなことを憂えているわけでもないんだ。
まあ、ちょっとした小話とでも受け取ってくれれば良いよ。
生憎と、ここにはお客人をもてなす物がなくてね。せめて話すことぐらいしか、僕にはできないんだ。
時間が許すのならば、僕の話にでも耳を傾けてくれないかな?
うん、ありがとう。聞いてくれるんだね。
そうだなぁ……何を話そうか。あ、君は何か話すことはあるかい? え、ない?
ははは、そうだね。僕が話すって言ったのに、君に尋ねるのは可笑しいね。
それで、結局何の話をするのかって?
うーん……あ、そうだ。君はホラーとか怪談は平気かな?
あ、大丈夫なんだね。よし、それじゃあ一つ、怪談でもしようじゃないか。
何、大した話じゃないよ。僕は想像力が乏しくてね。だから、実際にあった話を語ることにするよ。
心の準備はいいかい?
いや、そんなに固くならなくてもいいよ。
そこまで期待されても困るし、なんなら聞き流してくれてもいい。
ほら、足も崩していいよ。正座じゃ辛いでしょ?
お茶でもあれば良かったんだけど、今日のところは我慢してほしいな。今度会うことがあったら、僕の特製のお茶をご馳走するからさ。
おや、少し話が逸れちゃったね。
それじゃ、また話が逸れない内に語らせてもらうとするよ。
いなかのこわいはなし
あれはそうだな……もう十一年も前になるのか。
話の舞台になったのは、K県のとある町さ。
そこまで目立った観光名所もない田舎でね。
温泉は気持ち良かったけど、遊ぶところもあまりない。地元の学生はどうやって休日を過ごしているんだろう? なんて思うぐらいの田舎だったね。
いや、実に平和な町だったよ。
道行く人に挨拶すれば、みんな笑顔で返事をくれるんだ。
君も機会があったら行ってみるといい。
きっと穏やかな気持ちになれるから。
おっと、また話が逸れてしまったね。
すまない、久しぶりのお客人だから、つい余計なことまで喋ってしまうみたいだ。
君が聞き上手なのがいけないんだよ? なんてね。
話は戻るけど、この話は十一年前にさかのぼるんだ。
場所は……そうだね、K県だけじゃ寂しいから、N町と名付けよう。なにはともあれ、N町で起こったある事件について話すよ。
そこは少しばかり山を登った場所にある町でね、人口はあまり多くない。まあ、そもそもその地域の人口自体があまり多くなかったんだけどね。
あるのは点在する住宅と、町の公民館。それと、運動ができる広場があるぐらいだったんだ。
さて、この話の舞台をさらに詳しく教えるよ。
話の舞台になったのは、運動ができる広場でね。正確に言うと、広場の傍にある森なんだけど、そこに一体のお地蔵さんがあったんだ。
森の中にひっそりと、ただ一体だけ置かれた地蔵。何故そこに置かれているのか、僕はよく知らなかったよ。いや、そもそも、そんなところにそんなものがあるってことすら知らなかった。
僕はその町の人間じゃなかったからね。知らないのは無理がなかったんだ。
だから、僕がその地蔵の存在を知ったのはただの偶然。知り合いがその広場の近くに住んでいてね、よく遊びに行っていたんだ。
そしてそれは、僕がその知り合いの家に泊まりに行ったときに聞いた話でね。
知り合いが、突然僕に言ったんだ。
君は、そこの広場の森に何があるか知っているか? ってね。
僕は首を横に振ったよ。そんなことを聞くのは初めてだったし、そもそも広場自体あまり行かなかったんだから。
知り合いは言ったんだ。
君だから言っておくけど、森の奥に近づいちゃ駄目だからね、と。
だから、僕は尋ねた。
それは構わないけど、何かあるのかい? と。
その問いに、友人は曖昧に笑ったよ。そして、僅かに目を逸らしてこう答えたんだ。
僕も見たことはない。だけど、お地蔵さんがあるらしいよ。
知り合いの言葉に、僕は首をかしげたさ。
何故お地蔵さんがあったら近づいちゃいけないのか、とね。
そんな僕に、知り合いは笑っていたよ。
『ごめん、やっぱり忘れてくれ』
そう言って、知り合いは話を打ち切ったんだ。
特に気になることじゃなかった。だから、僕達はもっと他のことを話したよ。
だけどさ、それから四日後。僕はその言葉を思い出すことになったんだ。
何故かって?
N町の隣、H町って言うんだけど、そこである事件が起きたんだ。
え? その事件が何かって?
君は中々せっかちな人間だね。そんなに慌てなくても、ちゃんと話すさ。
まあ、その事件は地元の人間を驚かせたよ。
何せ田舎っていうのは平和だからね。大きな事件が起きることはほとんどないんだ。
だけど、今回ばかりは別だった。なにせ―――
『首から上がない』死体が見つかったんだから、ね。
ああ、これは例えでも何でもないよ。
実際に、首から上がなかったんだ、その死体には。
しかもね、その首は刃物で切断したような跡はないんだ。
ならどうやったのかって?
はは、簡単さ。
―――力任せに捻じ切ったんだよ。
おや? 首を触ってどうしたんだい?
大丈夫、君の首はきちんとついているさ。そんなに心配しなくてもいいよ。
それでね、地元の人達は本当にとても驚いたさ。
さっきも言ったけれど、そんな事件が起きたんだからね。
死因は不明。というか、決められなかった。
被害者を絞殺して、その後に首と胴体を切り離したのかもしれないし、捻じ切ったことが死因になったのかもしれない。もしかしたら、じわじわと捻って、出血多量、もしくは痛みによるショック死の可能性だってあった。
だから、死因なんてものは決めることができなかったんだ。
すごいよね。力任せに捻じ切るなんて、僕には無理だよ。君はできるかい?
うん、そうだよね。普通の人間には無理なことさ。機械でも使えば話は別なんだろうけど、 そんな物はまだ発見されていない。
ん? どうしたんだい、そんな不思議そうな顔をして。
あ、首から上はどこに行ったのかって?
そうなんだよ。この事件の一番の謎は、そこだったんだ。
被害者の自宅はもちろん、近隣付近は全て捜索したさ。
だけど、首はおろか血痕の一つも見つけることができなかったよ。
しかしね、それは意外なところで発見されることになるんだ。
事件発生の翌日、警察に一本の電話がかかってくるんだけど、電話の相手はN町の人間でね。高齢の男性だったんだ。
そして、その男性は告げた。
『人の頭が、置いてある』
ってね。
最初、警察は何のことかわからなかったよ。
悪戯電話かと思ったけれど、それにしては性質が悪い。だから、男性の話を聞いてみることにしたんだ。
そうしてひとまず男性の話している内に、それが本当なら被害者のものかもしれないということで、現場に巡査を二人ほど向かわせることにしたんだ。
なんですぐに向かわせなかったのかって?
いや、いくら田舎って言っても、野次馬やデマ情報を流す人間はいくらでもいるんだよね。
実際、似たような電話が今まででも何本かあったから、警察としてはしょうがなかったんだよ。
おっと、話がずれたね。
何はともあれ、巡査は電話で聞いた場所にたどり着くんだけど……すぐに無線で連絡を取ったよ。
だってそこには、電話で言われた通りのモノがあったんだからね。
だけど、それは予想していた形とは違ったんだ。
たしかに人の頭が置いてあったよ。いや、置いてあったっていう表現は正しくないな。
正確には、
『首から上がない地蔵に、首から下がない人の頭が置かれていたんだ』
え? 想像できないって?
簡単だよ。お地蔵さんの顔の部分が、そのまま人の首と交換されただけなんだから。
うん、そうだね。これは猟奇的だと言っていい。
しかもね、警察の検察はあることに気づいてしまったんだ。
『首の繋ぎ目が、綺麗に一致する』ってことにね。
この事件に関わる人物が三人いるんだけど、それぞれを仮にA、B、Cと名付けよう。
被害者はA君。B君とC君はその友人。
元々B君とC君は、事件の参考人……というか、一応容疑者として事情聴取を受けていたんだけどね。
あ、ちなみに結果は白だったよ?
二人ともアリバイがあったし、A君を殺す動機もなかったからね。
いやはや、日頃一緒に行動していたからって、いきなり警察がきたら驚くと思うよ。
でも、その驚きを上回る驚きが二人にはあったんだ。
それは、A君の首が見つかった場所を聞いたときのことだったよ。
B君とC君が、急に挙動不審になったんだ。
警察の人は、それを不思議がった。
アリバイもあって、犯人じゃない証拠もある。それだというのに、突然二人が慌てだしたんだからね。
いや、慌てたっていうのはいささか不適切かな。
あれはそうだね、慌てるというより怯えるという表現のほうが合っていたよ。
その様子を見た警察の人達は、やはり二人が犯人だったのかと思うんだ。
だけど、二人はそれを否定する。けれど、怯えるのに変わりはない。
そんな二人の様子に、業を煮やした警察の人は尋ねるんだ。
『いったい何に怯えているのか』
とね。
二人はその質問に顔を見合わせ、何事かを呟き合う。そして、ポツリポツリと話し始めたよ。
それは、三日前のことだった。
広場の近くには居酒屋があってね、A君達三人が、そこの店に飲みに行った帰りのときのことさ。
B君とC君はそこまで酒を飲まなくてあまり酔っていなかったんだけど、A君だけは別だった。
浴びるように酒を飲んでいた彼は、へべれけに酔っ払っていたんだ。
B君とC君は、そんなA君をそのまま帰すのは危険だと思い、酔い覚ましを兼ねて散歩をすることにした。
それで、近くの広場に足を向けたんだ。
そのときはもう夜、深夜と言っても差し支えない時間だった。だから、三人以外に人影はなかったよ。
まずA君をベンチに座らせ、B君は酔い覚まし用の水を買いに自販機へ。C君はトイレへと向かった。
それが、B君とC君にとっての失敗と言えるだろうね。
まあ、A君は酔って眠っていると思った二人を責めるのは可哀相かな。問題は、目を覚ましたA君の取った行動だったんだから。
A君はすぐ傍から友人の声がしなくなったのを感じ取ったのか、ゆっくりと目を開けた。そして辺りを見回すけど、二人の姿はない。
『なんだ、置き去りかよ……』
回らない呂律でそう呟き、億劫そうに立ち上がる。そうして周りを見回して、A君はとりあえず水を飲もうと歩き出すんだ。
そこで目指す場所は、設置されている水道さ。
よく公園にあるだろう? 上と下に蛇口がついているやつだよ。
とにかくA君は水道まで辿りつき、そのまま思うままに水を飲むんだ。だけど、それだけで醒めるほど浅い酔いじゃなかった。
A君はそのままフラフラと歩き、傍の茂みへと向かいだした。多分、用を足すためだろうね。
ならトイレに行けって?
あはは、酔っ払った人間に正常な行動を求められても困るよ。
だってよくいるでしょ? そういう人って。
なにはともあれ、A君もその人達と同じような行動に出たんだ。
茂みを掻き分け、先へと進む。
しかし、酔っ払っていても羞恥心ってあるのかな?
まあ、人目につかない場所まで行くんだからあったんだろうけどね。
A君はそのまま茂みの奥に向かうんだけど、そこである出来事が起こってしまうんだ。
何が起きたって?
突然転んだんだよ、A君が。
正確には転んだというよりも、何かに躓いてしまったと言ったほうが正しいね。
夜だから暗いし、茂みのほうに外灯の光は届かない。だから、仕方がないと言えば仕方がなかったのかもしれない。
A君は躓いたことに不機嫌になりつつ、足元にあったものへと目を向ける。
―――それは、地蔵だった。
腰よりも僅かに低い位置に安置されていた地蔵に、A君はぶつかっていたんだ。
ところで君は、酒に酔ったことはあるかい? あれは性質が悪くてね、泣き上戸や笑い上戸なんてものは君も知っていると思う。そして、中には気が大きくなる人がいるんだ。
気が大きくなると言っても、根拠がないのに自分が偉くなったと思う……みたいな感じかな? とにかく、強気になるんだ。
ちなみに、A君はそのタイプだった。
地蔵にぶつかったとき、痛かったんだろうね。普段のA君なら愚痴の一つで済ますはずのところを、怒って叫びながら地蔵に蹴りを入れたんだ。
丁度そのとき、A君がベンチにいないことに気づいたB君とC君が叫び声に気づいてA君のところへと向かった。
そして二人は見てしまったよ。地蔵の首から上が折れてしまうところを。
その光景を見た二人は慌てたよ。
器物損壊で逮捕……ということもだけど、それ以前に、その地蔵に心当たりがあったからさ。
そう、その地蔵こそが、僕の知り合いの言っていた地蔵だったんだ。
このお地蔵さんには曰くがあってね。一応、山の守り神と地元の人は考えているんだけど、それと同時にもう一つ、ある禁則があるんだ。
その禁則は単純明快。それは、地蔵の機嫌を損ねることをしてはいけないということ。
あ、今おかしな顔をしたね。
まあ、気持ちはわかるよ。僕だってそう思ったからね。
しかしこのお地蔵さんがまた厄介なもので、何をしたら機嫌を損ねるのかいまいちわからなかったんだ。
機嫌を損ねた人がほとんどいなかった、というのが本当のところだけどね。だけど、流石に首から上を壊されたら誰だって不機嫌になると僕は思うよ。
この町に住む人間なら大抵の人は知っていることでね。B君もC君も、子供の頃からよく聞いていたんだ。
A君は違う町の人間だったから、しょうがないと言えばしょうがないのかもしれないけどね。
B君とC君は、慌ててA君を地蔵から引き離した。そして、逃げるようにしてその場を立ち去ったのさ。
A君はずっと不思議そうな顔をしていたけど、特に抵抗はしなかった。いや、お酒に酔うっていうのは怖いことだね。
―――そして、翌日A君は殺されてしまったんだ。
それから一ヶ月ほど過ぎたけど、結局、A君を殺した犯人は見つけることができなかった。
警察のほうは、性質の悪い猟奇殺人として必死に捜査していたみたいだけどね。
そうやって、十一年前の事件は幕を閉じたよ。
いや、つまらない話で悪いね。
想像した話を話すのは苦手だから、実話を話すしかなかったんだ。
え? 実話のわけないって?
ははは。いや、君がそう思うならそれでもいいよ。
信じる信じないは個人の自由だし、信じろって強要するわけにもいかないしね。
ああ、最後に一つ。
A君の住んでいたアパートだけどね。
―――廊下に、大きな石を引きずったような跡があったんだってさ。
おわり
この度は拙作を読んでいただき、ありがとうございます。この話は以前書いたもので、今の時期には相応しくないですが投稿させていただきました。少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。




