閑話その5 とある女騎士の心情。
こんな時間ですが、なんとか形になったので投下しておきます。
閑話ですがストーリは少しだけすすみます。
私、マリアローズ・ファネーゼは、アステリアの領主ロドリーゴ・ファルネーゼの娘である。ファルネーゼ家は、代々アステリアの街の領主を務めている。
私は、幼いころから活発な子供で、宮廷作法や行儀などを学ぶより、剣術や魔術を学ぶことに熱心だった。行儀作法だけを学んで、好きでもない相手と結婚するようなただの貴族の娘なんかに成りたくはなかった。私は、努力をした。
今では、部隊の中でも、剣術では、1番隊隊長に、魔術では、2番隊隊長にそれぞれ及びはしないものの、剣術、魔術の両方を併用することによって、実際の戦闘では二人にも引けをとらないとの自負がある。
16歳の時に、部隊へと入った頃は、領主の娘の私を、最初は誰しもがはれ物に触るように接してくるだけだった。それから3年、私は、訓練や演習を通じて少しずつみんなの信頼を勝ち取っていった。今では、実力も認められ、今では3番隊の隊長も務めている。
私は、私の力で生きていくことが出来る確かな手ごたえを感じていた。
このままいけば、父も私のこと認めてくれる。そう思っていた。
そんな私を待っていたのは、父からの縁談の話だった。
母が病弱なため、私の家には後継ぎが女の私しかいない。女子が家督を継ぐことも事例がないわけではなく、家督は遅かれ早かれ私が継ぐと思って自分をこれまで磨いてきた。今では、一つの部隊をまとめることも出来、苦手だった学問についてもしっかりと修めてきた。
でも、父には、私が兵隊ごっこをしているとしか認識していなかったのだ。
縁談に対して反対をする私に父は条件をだした、それに見合う成果をだせと。
その時、飛び込んできたニュースが先の大爆発だった、アステリアの街からでもその様子は見ることができるほどだった。
これしかないと、私は確信した。この未曽有の事件を解決すれば父も私を認めてくれるだろう。
私は、その日のうちに、現地への探索任務を志願すると、3番隊に一晩で用意をさせて、アステリア山脈の龍ケ峰へと急いだ。探索隊に参加したのは、3番隊から50名、その他に選りすぐりの冒険者が20名、また輜重兵の役割を果たしている4番隊から数台の馬車を出してもらうこととなった。
竜の存在には十分に注意しつつも、私は逸る気持ちを抑えられないでいた。
しかし、その結果は……何もなかった。
そこには、竜はおろか、草も木も、生きとし生けるものは何もいなかった。
山は無残に削られており、まさに神か悪魔のなし得る所業だった。そんなところから、何かの手がかりを見つけることはできるはずがなかった。
ただ、どうやら危険は何もないと考えられること、それだけが1日街道を駆けてきた私たちの得た成果だった。自分の無力さを感じる。だけどここで、あきらめることはできなかった。
会ったこともない男となんか……私も、いつか母から聞いたお話のように、白馬の王子様と出会い、守られるのではなく、彼と助けて一緒に生きていきたい、そんなことを思っていた。
さらに1日、辺りの探索を行った後、副隊長に帰還作業を任せると、私は、騎兵を数人つれてギルド、そして、領主である父への報告をするため一足早く街への帰路へ着いた。
このまま、手ぶらで父に会うわけにはいかなかった。何とかしなければ、その考えだけがぐるぐると頭の中を回る、考えもまとまらないまま、冒険者ギルドへと向かう。
冒険者ギルドのギルドマスターに相談する前に一度エミリーに相談をしてみようか、エミリーとは子供のころからの付き合いで、少し年上のエミリーは私のお姉さんのようなものだった。聡明な彼女なら何か良い知恵をくれるかもしれない。
「エミリーは、いる!?」
そんなことを考えながら冒険者ギルドのドアを開けた時、前を確認を怠ってしまいドアを人にぶつけてしまった。
……何をやっているのよ、私は……気持ちばかりが焦ってしまう。貴族として、弱気に出るわけはいかない。
「何よあなた? そんなとこに座っていたら邪魔よ!」
勢いよくぶつけてしまったので、相手は床に転んで鼻を押さえている。この辺りでは、ほとんど見ることのない黒髪が特徴的な男だった。鼻を押さえているので、顔ははっきりと見えないが、不思議な印象の男だった。冒険者ギルドには、ギルドマスターとの連絡や、子供のころから付き合いのあるエミリーに会うためにそれなりに顔を出しているのだけど……新入りだろうか?
男が起き上がってきた、瞳も髪の毛と同じ黒い目をしている。こちらの言い方にやはり気分を悪くしているようだ……
「あんた、ドアを人にぶつけておいて、謝罪もないのか?」
「なに、冒険者ごときが私になにか文句があるの?」
売り言葉に買い言葉で、どんどん空気が悪くなってしまう……今更謝るわけにはいかないし、貴族の私が頭を下げるのも世間的に問題がある。うまくいかないことばかりで、唇を噛みしめる。
「……お」
男がさらに続けようとしたときに、エミリーが遮ってくれた。
「ファルネーゼ様、どうされたのですか? 探索終了の予定はまだ先では?」
私も引っ込みがつかなくなってきていたところだったので、助かった。
「様はやめてといったでしょう。 エミリー」
冗談めかして、エミリーへと向き直る。きっと私が内心困っていたのを助けてくれたのだろう。エミリー姉には、いつも助けられている。エミリーと話しながらギルドマスターの執務室へと向かう間に、入り口の方にいるさっきの男が目に入った。やはり新入りのようだ……!?でも、それは、私が探索隊として街を離れていたのはわずか3日間ほどだったが、あの大爆発以降に冒険者になったということを示していた。私の中の感覚が、何かを伝えている。ひょっとして、大爆発について何かを知っているのではないだろうか?
「そういえば、エミリー。 大爆発以降に登録をした冒険者っているかしら?」
「それだったら、そこのツカサさんが……あれ?」
振り向くと、そこにさっきの男はすでにいなくなっていた……怪しい……予感がどことなく確信へと変わる。
ギルドマスターには、当面危険はなさそうなこと、原因については引き続き調査中であることを簡単に報告して早々に引き揚げる。領主である父には、同様の内容を執事に伝言をして伝えておいた。何も判明していない中で、対面して報告するわけにはいかない。
……
その翌日、私は部隊の宿泊所を朝早く抜け出した。私のメイド兼護衛であるエマも、適当に理由を付けてうまくおいてきた。エマは私とほとんど年も変わらないが、幼いころからの英才教育でメイドの仕事の傍ら護衛までを完璧にこなしてしまう。実際の実力については私も完全に把握してはいないが、私の従軍に従って、部隊に入り、今では3番隊の3席に位置している。エマがいうには、次席になり副隊長になると、業務が増えるのでメイドの仕事がおろそかになるとのこと。
!
目的のヤマトツカサが竜の息吹亭から出てきたのを見つけた。昨日冒険者ギルドでは見なかった子供を連れている。あんな子を連れて冒険にいくのか?魔法使いの類なんだろうか?種族によっては、子供のころからでも強力な魔法を扱うような者やずっと子供の姿を魔法で保っているようなものもいると聞く。
私は気取られないように慎重に、彼らの後をつけだした。
ヤマトツカサと二人の従者は、森へと入り、途中でしばらく立ち止まったりしたものの、順調にオオカミモドキを狩りだした。外套の従者が弩だったろうか?を使って先制をした上で、ヤマトツカサが剣で倒すという流れで、特筆すべきことはないが、危なげもなく淡々とオオカミモドキを退治している。もう一人の子供は、あたりで遊んでいるだけのようで、本当にどうしてあんな子供を連れてきたのだろうか?
狩りは、本当になんの波風もなく、終了した。確かに、新人冒険者としては破格の強さかもしれないが、その動きにはムラも大きく、その強さはよく見積もってもCランク、実際にはDランクというところか。こんなものでは、私一人にも及ばないだろう。私は冒険者ではないが、敢えて比較を行うのであれば、Bランク相当の力は確実に持っている。
「勘が外れたのかな……」
落胆の気持ちに思わず声が漏れる。思わず我に返ったが、距離も十分にとっているため、気づかれた気配はないようだ。その時、ヤマトツカサ達が何かを見つけたのか、慌てているのに気が付く。その視線の先を見ると……オオカミモドキクイーン!?まさかこんなところで……思わず息をのむ。
ヤマトツカサが剣を抜く姿が見える、もしかして迎え撃つ気!??マズい、オオカミモドキクイーンはBランク相当の強さを持っているはず、ヤマトツカサ達では太刀打ちできないだろう。
「くっ」
……もう考えている場合ではなかった、気が付くと私は、街道へ飛び出していた。
「ヤマトツカサ! お前たちでは敵わない、下がっていろ!!」
私の力では、オオカミモドキクイーンと戦うことはできても、とても守っている余裕はない。
「キャスト プロテクション、キャスト ストレングス」
手早く最低限の強化をすましておく。私は、生命の神イシュアへの信仰をベースとする神聖魔法による強化と剣術との組み合わせで3番隊の隊長に上り詰めた。討伐にBランクパーティを要するオオカミモドキクイーンだが決して負けはしないはずだ!!
「キャスト アイスアロー」
空気中の水分が固まり、矢となって真っ直ぐにオオカミモドキクイーンに飛んでいく。その矢はオオカミモドキクイーンの毛皮に弾かれるが、意識はこちらを向いたようだ。
こちらに矛先を向けて飛び込んでくるオオカミモドキクイーンの前足をかがんでかわす。轟音を立てて頭の上を抜けていく足、その先から一際大きく伸びた爪が街道沿いの木に当たり、その木を二つに切り裂いた。その威力に冷や汗が流れる。魔法で強化しているとはいえ、一撃でももらうとただでは済まないだろう。だが、私は、心を抑え込むと、オオカミモドキクイーンの懐に潜り込み一撃を入れる。タイミングとしては完璧なタイミングだったが、その一撃は毛皮の上からわずかに肉を切っただけだった。手ごたえは鈍く、切り付けたこちらの手がしびれている。これは厳しい戦いになりそうだ。
……
「はぁはぁ、キャスト マイナーヒール」
もう何度目かわからない、チェインメイルごと切り裂かれた傷を癒す。オオカミモドキクイーンの身体もいくつも切り傷ができて血に染まっているが、その体力が衰える兆しは全くない。こちらは体力的にも限界が近づいてきているし、また魔力の使い過ぎで軽い頭痛も覚えている。
ヒュッ
ギィィン
オオカミモドキクイーンの攻撃を剣で弾く。ミスリル銀製のロングソードだが、その固い毛皮に切り付け、爪の攻撃を塞いでいるので、かなり痛みが目立ってきている。マズい……これではオオカミモドキクイーンを倒すまで持たないかもしれない……せめてヤマトツカサ達を逃がすことができれば、助けを呼んでもらうことも可能だろう。しかし、逃げる方を追いかけられてしまうと追いつくことはできないだろう。
私は領主の娘だ、領主は領民を守る必要がある、いくら冒険者が旅をするといっても、いまこの街にいる限り私が守るべき領民だ!!
「ヤマトツカサ! 私が今から少しずつ、こいつを引き離す! 十分距離が取れたら街に走って援軍を要請してくれ!!」
言うが早いか、私は、オオカミモドキクイーンの注意を引いて森の奥の方へと誘導していく。もう森の終わりまで来ている。ヤマトツカサ達も冒険者だ、外壁までたどり着けば門番が控えていて、連絡手段も備わっている。あと1時間ほど、私がここにこいつを足止めしておけばいい。それがどれだけ厳しくても、今残された選択肢では一番可能性があるだろう。
意識を他に向けすぎたせいだろうか、あたりに対して注意が散漫になっていたのかもしれない。長く続いた緊張状態だが、その緊張は極めて危ういバランスで成り立っており、ほんの少しのきっかけでその均衡は崩れてしまう。
その時、これまでの戦いの影響を受けていたのか、街道沿いの木の一つがとうとう耐え切れずに地面に倒れてきた。私は、なんとかその場を飛びのき、下敷きになることは避けることができたのだが、それは決定的、致命的な隙を意味していた。
これはかわせない、私はせめて一太刀そう思い剣に残りの持てる力、持てる魔力をすべて込めて突き出した。その剣は確かにオオカミモドキクイーンの身体を捉えたが、その振り下ろされた前足の動きは止まらなかった。
私が目を閉じようとしたとき、目の前に何か黒い影がよぎったような気がした。私の記憶はそこで終わっている。
相変わらずのペースです( = =)
12時に書き終わるつもりでいつの間にか2時という……
引き続き気長にお付き合い頂ければ幸いですっ!
6/13
ご指摘のあった誤記を修正しました
ファルネーゼさん改め、マリアローズのセリフを前話と同様に修正しました。
数日~>大爆発以降~