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魔王になりました

 ここから浮かび上がりたい……。

 光が当たらない深海の中、彼はずっと苦しんでいました。


『――そんなに苦しいのか?』

 苦悩のさなか聴こえてきたのは、とあるラスボスのささやき声。

『不正に手を染めるならば、お前にランキングトップの名誉を与えてやろう』

 甘い誘惑の言葉に困惑しながら……彼は周囲を見渡します。


「……」

 河岸に打ち上げられたマンボウのように――。

 口をパクパクさせながら、あなたが海底で横たわっています。


「……㌦㌣」

 まるで大気圏外のUFOと交信しているかのように――。

 独り言を呟く私が、シーラカンスのように逆立ちしています。


「いやだ、俺はこんな救いのない場所にいたくない……」

 嘆くかのように両手で顔を覆った彼は、己の意思を声にし、

「光があたる場所に、俺を連れて行ってくれッ!」

 つまらない道徳やプライドを捨て去り、暗黒面へと堕ちていきました。


 ――数日後。


「やった……ついにやったぞ」

 IPを偽装するツールを使って、複数アカウントを量産し……。

 彼――“魔王”は、日刊総合ランキング一位となりました。


「ああ……これが王さまのイスの座り心地か」

 まるで桃源郷をさまようような心地良さの中で、魔王はつぶやきます。


「みたか……これが俺の力、俺の『想い』の力だ」

 なろうで有名になりたい――。

 そして、やがてはプロになりたい……。

 その強い想いがなければ、このイスに座ることはできなかったでしょう。

 無論、総合ランキングに載ったからといって、成功への道が保障される訳ではありません。

 ですが確実に――創作に必要な『原動力』を得ることができるのです。

 

「おもちろーい!」

 読者たちが口の中に放り込んでくる、溢れんばかりの餌、餌、餌……。

 魔王が書いた作品の評価は、どんどんと上がっていきます。


 ――あの冷たい海の中では決して味わえなかった、夢のような世界……。


「そうだ……俺は何も間違っていない」

 パタパタと死んでいく深海魚たちを見詰めながら……。

 魔王は自分自身に強く言い聞かせます。


 宣伝活動も一切せず、ただ自己満足の世界に浸っていた魚ども。

 俺と同じようにやれば――少なくともそんな姿にはならなかったのに。


「間違っていたのは……つまらん意地を張ったお前らだ」

 心の中に残っている“罪悪感”を消そうとするかのように――。

 彼の承認欲求は、日を追うごとに肥大化していきました。


 ×   ×


 玉座について数ヶ月――。


『魔王さんの作品、おもしろかったです』

『主人公がいい性格をしています』


 魔王の作品の感想欄に書きこまれた、簡潔な感想――。


『平凡な作品でした』

「アンチうぜぇ。底辺が俺さまに意見してんじゃねぇよ」

 その日、コンテストの一次選考に落ちてしまった魔王は、イラつきながら水底を――かつて自分が住んでいた深海を覗いていました。


 そこでは、純文学系恋愛小説を書いていたあなたが――。

「なろうでのし上がるには、テンプレを書くしかないッ!」

 異世界チートハーレムマンボウに転生し、

「へけけ……」

 ハードSF小説を書いていた古代魚の私が、ちょうちんアンコウと一緒にUFOにさらわれていました。


「フン、あわれな奴らだ」 

 深海の水圧に、本来の作風を変えられ……UFOに拉致されながら大気圏外へと連れ去られていくかつての仲間たちの姿を、魔王は笑い飛ばしていましたが……。


 評価ポイント:0Pt ブックマーク:0Pt 感想:なし


「ん? なんだこいつは?」

 ふと目を逸らした先に、一匹の稚魚がいました。

 水面では餌が撒かれているというのに、まったく反応することなく……。

 稚魚はただ黙々と、岩陰で執筆を続けていました。


「新人か……どれ、せっかくだから見てやるか」

 黙々と書き続ける、小さなお魚さんが登録しているブックマークは……。

 どれもこれも小説を書くための講座ばかり。

 やれやれと溜息をつきながら、魔王は稚魚の作品を開きますが、

「……」

 荒削りではあるものの……意外に面白いかもしれない。

 そう思った瞬間――魔王はブラウザを閉じていました。


「底辺の丸裸の作品が……面白いはずはない」

 魔王は、自分よりポイントが低いものなど認めませんでした。

 否、もはや自分の作品以外、認められなくなっていました。


「こいつが潰れていく様でも……暇つぶしにチェックしてやるか」

 魔王はそうつぶやき、稚魚の作品にブックマークをつけ、

『まだまだ発展途上だとは思いますが、期待しますがんばってください』

 コメントにはそう書き残しました。


 それは肥大化した心が生み出した、一種の残虐性なのか――。

 一途な稚魚の姿に、かつての自分を重ねてしまったからなのか――。

 しばらくすると、感想の返信メッセージが魔王の元へと送られてきました。


『ありがとうございます。はじめてブックマークと感想を貰いました。

 すごく……嬉しかったです。頑張りますのでまた見にきてください!』

 メッセージには――

 稚魚の、偽りのない声が書かれていました。


「……」

 自分が住んでいる世界の辛さをまだ知らない稚魚は……。

 本当に、本当に嬉しそうでした。


 ――馬鹿な奴……。


 魔王が心の中で構築し、口にしようとした言葉は――

 唇がほんの少し動いただけで、声にはなりませんでした。

 そして舌打ちした魔王は、自分のくだらない行為を忘れることにしました。


 そして数日後――。

 ブックマークをつけた稚魚のことも――自分のブックマークの中に、稚魚と同じく小説の書き方を記した作品がたくさんあったことすらも……。

 己の世界しか見えなくなった魔王は、ついに思い出すことはできませんでした。


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