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41頁 葛生鷹定の書2 ――『間儀崇華』――
「――……派手にやったみたいじゃない?」
 声が聴こえて振り返ると、――予想外の人物がそこに立っていた。
「……後始末でもしに来たのか?」
「ふふ……昔の私なら、そうしたかも知れないわね。……そもそも、《双刀(そうとう)》の相手しようなんて思わないわよ」
 鈴懸(すずかけ)麗子(れいこ)はそう言って、自嘲(じちょう)的な微笑を浮かべた。……そんな笑い方をするのは、初めて見る気がする。……その顔を二度と見る事が無いと思ってたからな。
「……何をしに来た?」
「何も言い争いに来た訳じゃないわよ。そうつっけんどんにならないで……お願い?」
 そう言って、しゃがみ込んで俺を見上げる鈴懸麗子は、確かに綺麗(キレイ)だったが、俺の心に揺さ振りを掛けるには、信用性が完全に欠如していた。
「……まあ、今の私を信じろという方が無理かも知れないわね」
練磨(れんま)から話は聴いた」
 練磨が鈴懸麗子と消えた翌日には、〈風の便り〉が返ってきたのだ。その中では、鈴懸麗子が敵ではないと言っていたが……練磨の事だ、深く追求もせずに信じているとしか思えない。
 ゆえに今、鈴懸麗子が俺の前に現れても、それは俺を葬り去るためだとしか思えないのだ。……人間、一度(だま)されたら二度目はそう簡単に信じられなくなるモノだ。
「……信じてもらえるとは思ってないわ。でも、私も練磨くんの期待に応えてあげたくなったの。だから、お願い。私に付いて来てくれない?」
 無理な相談だった。
 (いく)ら練磨から〈風の便り〉が来て、鈴懸麗子が仲間になった事や、鈴懸麗子が俺を練磨の許まで連れて行ってくれる事を知らされても、そう容易に信じられる訳が無かった。鈴懸麗子の命令を受けて、練磨がそう言ったという可能性だって捨てきれないし、何よりこの場から練磨を連れ去った事実が、この女の信憑性(しんぴょうせい)を限りなく薄めるのだ。
「……どうしたら、来てくれるかしら?」
 鈴懸麗子は心底困ったような顔をして、俺を見上げる。……どうもこうも無い。俺の信用を失わせた本人の言う事など、聴けるはずが無いのだ。
「……《津波の長城》を越えられる、と言ったら?」
「……」
 その話は、練磨から聴かされた。
 王都近辺と近隣諸国を分かつ巨大な長城……通称《津波の長城》を越えた先に今、練磨はいる。どうやったのか分からないが、鈴懸麗子がそこまで運んだのだ。魔法なのか、それとも縁故(えんこ)を使ったのか分からないが、どうにかして長城を越えたのは間違いない。……だが、それだって俺にしてみれば信用ならない。
 練磨はこの世界に来て間も無い。そんな奴に、長城を越えた事が分かるだろうか? 越えてもいないのに、鈴懸麗子に「長城を越えたわ」と言われただけなら、まだこっち側……土栗(つちくり)側にいたとしても何ら不思議ではない。そう考えると、鈴懸麗子の「長城を越える」という案もまた、信憑性が無に等しい。
「……何故、ここに練磨を連れて来なかった?」
「……」
 詰まるところ、ここに練磨を連れて来なかった事が、また彼女の信用度を格下げしている。
 どこかに練磨を放置して、この女は一人で俺の許へとやって来た。俺を練磨の許へと連れて行ってやると言っている。……どう考えても信じられるはずが無い。もう練磨はどこかの組織に捕まっていて、俺はその事を知る人物として、どこか辺境(へんきょう)で誰にも知られる事も無く葬られるのではないか、自然とそう考えてしまう。
 とにもかくにも、この女は信用ならない。それだけは確かだ。
「……どうしても私に付いて来てくれないの?」
「……あなたを信頼するだけの要素が足りない。このままじゃ、俺はあなたを信じる気にはなれない」
「困ったわね……できれば、練磨くんと一緒にいたいのに」
「……」
 揺さ振りだとは分かっている。……だけど、俺としても一刻も早く練磨に逢いたい。今も練磨は危険に(さら)されているかも知れないのだ。こうしている間にも、刻々(こくこく)と練磨の状況が変わりつつあるかも知れない。
 どこかで妥協(だきょう)せねばならないと、分かっていた。
「……信用はできない。――が、練磨に逢わせてもらえるんだろうな?」
「ええ。確約するわ」
「俺の銀野渡狼(やとろう)も連れて行けるか?」
「……ちょっと無理をする事になるけれど、可能だわ」
 俺は立ち上がり、タバチョコを一本口にくわえると、しゃがみ込んでいた鈴懸麗子を見下ろした。
「連れて行ってもらおう。……あと、それはわざとか?」
「ええ♪ この間のお礼よ♪」
「……」
 ……しゃがみ込んで下着を見せるのが、この女のお礼とは……よく分からないが、淑女(しゅくじょ)(たしな)みもへったくれも無いな、と思った。

 土栗を後にすると、街道を逸れて長城の近くに在る林に入った。月明かりに沈む林は、想像以上に神秘的に感じられたが、特にコレと言った感慨も浮かばなかった。(むし)ろ、鈴懸麗子がここで俺をどうするつもりなのか、そちらの方が気になった。
「――爾生(じしょう)、おいで!」
 鈴懸麗子が呼ぶと、林の奥から十歳程の少年が駆けて来た。頭に灰色の頭布を巻き、だぶだぶの服を着流し、履物は無い。
「ここに」と言って片膝を突く少年――爾生。
「また飛んでもらうわ。……乗せられるわよね?」
「お任せを」
 爾生は応えると、すぐに獣化(じゅうか)を始め、――とても大きな(スズメ)……そう何度も見た事は無いが、巨雀(きょじゃく)と呼ばれる獣に変身した。その姿は名の通り巨大で、俺の隣で大人しくしている銀野渡狼の雪花(せっか)さえ乗せられる程の大きさを有していた。人を五・六人は乗せられると思う。
 爾生と呼ばれた巨雀の(クチバシ)()でつつ、鈴懸麗子は背中に(またが)った。爾生の背中には、まだ充分な余裕が残っていた。
「乗って」
「……ナルホド、長城を飛んで越えるのか。……察知されないのか?」
 俺は雪花に擬人化(ぎじんか)するように合図すると、隣で白い一張羅(いっちょうら)に身を包んだ小さな少女の擬人化した雪花が、自発的に爾生の背中に乗り込んでいく。
「ええ。夜だから警備の眼が付き難いけど、それでも見つかったら困るから、結構飛ばすわよ? 振り落とされないでね♪」
「……善処する」
 空を羽ばたく爾生の背中で、俺はふと疑問に思った。
「今、練磨は一人じゃないんだろう?」
「ええ、そうよ。……練磨くん、その事は言わなかったの?」
「いや……誰かといる事は聴いていたが、誰とまでは」
「《救いの勇者》と一緒にいるわよ」
 それはまた……よくよく有名な奴に眼を付けられる奴だ、と思った。無論、俺を含めてだ。
「……大丈夫なのか?」
「私見を言わせてもらえば、彼は練磨くんを殺そうなんて考えていないわ。……私と同じで、『今のところ』だけれど」
「……」
 それは、俺にも当てまると思う。
 俺は未だに練磨が《滅びの王》だと信じきれていない。寧ろ、そうでなければいいとさえ考えている始末だ。……練磨はただの《出人でひと》で、《滅びの王》なんかではない、普通の人間だと信じたい。
 だから『今のところ』俺も、練磨に俺の計画に乗ってもらおうとは、考えていない。……《不迷(まよわず)の森》で力を貸してほしいとは言ったが、練磨に《滅びの王》たる力が無いと思う今現在、戦力と考えるべきじゃない。できる事なら、安全な場所……そんな場所が在るかどうか(はなは)だ疑問だが、そこまで連れて行って、それで初めて俺は自分の計画を始めようと考えている。練磨には、この件にはもう関わらせるべきじゃない。そう、判断した。
 練磨には、この世界で普通に暮らしてもらいたいと思っている。《滅びの王》として狙われ続ける、そんな殺伐とした生活から離れた、もっと平和で安穏(あんのん)な暮らしを送ってもらいたい。そのために、今は彼の安全を確保する事が先決だと思う。
 ……俺の計画には《滅びの王》の力は必要かも知れないが、俺はもう一人でこの件を終わらせようと考え始めていた。元はと言えば俺が抱えた問題だ、誰かにそれを手伝わせようとする精神が間違っている。あんな気のいい少年を、俺の問題に関わらせるのは、抵抗を(いだ)かずにいられない。彼が《滅びの王》と呼ばれていたからこそ、利用しても構わないと思ったのに、実際の彼は気の優しい、そしていつも最善を尽くそうとしている、寧ろ世界を平和に導くような人物だった。その落差のせいだろう、俺は彼を《滅びの王》だとは思えなくなっていた。
「《救いの勇者》一人に守らせているのか? ……まあ、安全には違いないだろうが」
「あ、あと間儀(まぎ)崇華(すうか)って女の子がいるわね。可愛い娘よ♪」
「……何だって?」
「可愛い娘よ?」
「違う、そこじゃない。……間儀、と言ったか?」
 俺の神妙(しんみょう)な問い方に勘付(かんづ)いたのだろう、鈴懸麗子も釣られて深刻そうな顔になる。
「彼女を知ってるの?」
「知ってる……と言っても極秘事項だから王室関係者以外は知らないと思うが……間儀家と言えば《悪滅罪罰(あくめつざいばつ)》の一族だ。王国貴族の中の討伐機関……簡単に言えば咎人(とがびと)を抹殺する一族だったはずだ。……そうか、今思えば、『崇華』とは、間儀家の跡取り娘の名前ではないか……! ……恐らく調べる必要も無いだろうが、あくまで仮に、彼女がその一族の末裔(まつえい)だとすれば……」
 俺の話を聴いていた鈴懸麗子の顔も、徐々じょじょに深刻そうに緊張していくのが見て取れた。
「……《滅びの王》だって知ってるからには、抹消(まっしょう)される……?」
「恐らく。……急いでくれ。(ひど)い胸騒ぎがする」
 あの一族は、僧侶(そうりょ)としても高度な技術を持っていたはずだ、何らかの方法を(もっ)てして、練磨を殺害に掛かるかも知れない。
 最早、一刻の猶予(ゆうよ)も無い。
「……つくづくあいつは、面倒事に首を突っ込むのが好きみたいだな……」
 突っ込まずにはいられなかった。
 空は、徐々に空け始めていた。

――――【下巻へ続く】
ここまでお読み頂き、誠にありがとうございます。
上巻はこれにて完結と相成りました。
物語的には全く終わりを迎えていませんが、残りの半分近くは下巻にて、となります。
何分長い物語ですので、今暫らくお待ち頂けたらと思います。
本当にありがとうございました_(._.)_
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