3頁 神門練磨の書1 ――『恐怖の大王』――
「おかしいなぁ〜。不思議だなぁ〜」
朝飯を食べていないそうなので、仕方なく戸棚から食パンを二枚ほど取り出すと、調理せずに皿の上に載せて、もてなしてやった。生の食パンを崇華は文句も言わずに、そして何も塗らずに口に運んでいた。その速度は、限りなく遅い。はむはむと本当に咀嚼しているのか怪しいが、それでも唾液で融けていくだろうから、食べている事には違いないんだけど……
「不思議なのはおまえの頭だ、崇華。今時、そんなモン信じてる奴なんて、おまえみたいなモンだけだぞ?」
ノストラさんの予言は、今年の七月に恐怖の大王が降臨して、世界が滅びるというものだったが、実際に考えてみて、そんな事あり得るはずが無いのだ。そんな非現実、誰が信じるだろう。……まあ、目の前にそれを信じて、更に馬鹿な事を言ってる奴はいるんだけど……
間儀崇華。オレと同じ学校、同じクラス、そして小さい頃からの幼馴染である。今も昔も、ちょっと頭が足りない感じは同じで、成長したのは体だけ……と言っても女性的な成長はしてなくて、単に身長が少し伸びた位で、それでもオレよりも小柄なんだけど、昔よりは成長したんじゃないかと思う。
そして、奇異なのは頭だけでなく趣向もで、何故か食パン愛好家。食パンさえあれば世界が滅んでも生きていけると豪語しているその姿は、寧ろ怖いものを感じさせる。ちなみに、食パンが土台であれば何でもいいらしく、ジャムでもバターでも、カレーでもシチューでも、何でも美味しく食べてしまう。でも、やっぱり食パンそのものが好きなので、何も塗らず、調理もされていない、切っただけの食パンをよく食している。……オレから見てっつーか、きっと周りから見ても、ちょっと変わり者の少女である。
「でもでもっ、ノストラさんはいつも予言を当てていたんだよぅ……?」
「あれもきっと何かペテンでもやってんだって。あいつはただの嘘吐きなんだよ」
「そぉかなぁ〜……」
どこか納得いかない顔で、食パンをはみはみ食べ続ける崇華。
……見ていて、何故か草食動物を連想してしまうのは、オレだけだろうか。
崇華の性格が温厚なせいもあるが、いつも日向ぼっこをして夢見心地で生活しているような印象を受ける。そんな温厚な性格にも拘らず、驚く時は本当に錯乱するほど慌てる。子供らしいと言えばそうだし、何故か見ていて、からかいたくなる奴だと、オレは思っている。
それはいいとして。
何故に七月が過ぎてから、そんな話を持って来るのかと、オレはそっちの方が不思議なんだが……
「うん、それがね、夢で見たの。七月に恐怖の大王が現れて、世界が滅んじゃうぞ〜、って」
「……夢か。夢なのか。夢であんなに慌てたのか?」
「う、うん……だって、前に聴いた事在ったんだもん。ノストラさんが予言して経って、話……」
「…………」
きっと、いや絶対、こいつは詐欺に引っ掛かる。悪い人にカモられるに違いない。将来、そういう人達に逢わないように祈っておこう……
「ごちそうさまぁ〜でしたぁ〜」
ようやく食パン二枚を飲み込み、崇華が母さんに向かってお辞儀をする。礼儀正しいという点では、とてもいい娘だと思うんだが……
崇華が台所まで皿を持っていくと、母さんがニコニコと振り返って、
「ありがとう、崇華ちゃん。……あら、最近見ないと思ったら、こぉんなに大きくなってたのねぇ」
「えへへ♪ 変動期なんですぅ♪」
「それを言うなら成長期だろ……」
人間が変動してどうするよ、と突っ込みを入れて、二人が笑い合う。
「練磨〜。今日はどこに出掛けるのっ?」
ぴょこんっ、とオレに振り返って、そう尋ねる女の子。……そろそろ歳を考えた方がいいんじゃないかとも思うけど、まあ気分が悪い訳じゃないから、敢えてそこは注意しない。
「そうだな……てか崇華」
「うん? なになに?」
「おまえ、宿題やったか?」
崇華の動きが凍りつく。台所の流水の音だけが耳朶を打つ。
何の反応も返って来ない事から、オレにも察しが付いた。ため息を零してやる。
「え、えへへ♪」
「えへへ♪ じゃねえよ、ったく……その調子じゃ、一つもやってねえんだろ?」
「わあ、練磨すごい。わたし何も言ってないのに当てちゃった。予言できるの?」
「予言って……」
でもまあ、悪い気はしないから、敢えて突っ込まずに、
「まあ、な。それくらいはオレでもできるぜっ」
「ふあ……練磨すごーい。じゃあじゃあ、今日の天気を予言してみて! してみてしてみて!」
今日の天気だぁ〜? なんつー控えめな予言だ、おい。……そりゃまあ、本当に予言できる訳じゃねえから、そんな大それたものは予言できねえけど……今日の天気くらいなら、まあ……
……もしかして、崇華の奴、既に見破っている?
オレは考え込むような素振りを見せて、チラッと居間に在るテレビを覗き見る。タイミングが良くて、ちょうど今日の天気予報をしていた。今日のこの辺は……快晴! 今日も昨日に引き続き、雲ひとつ無い一日となるでしょう……。ふ……、楽勝だぜ!
「晴れっぽいな」
「テレビでやってるもんね〜」
ズバァッ、とオレの心を切断された気がした。
崇華の視線も、オレがさっき辿った所と同じ所に向けられている。テレビのお姉さんが、ではまた明日、お逢いしましょう、とか何とか言って、コマーシャルに変わってしまった。
じゃー、という水切り音以外何も聴こえない時間が過ぎた。
「……じゃあ今日は図書館だな」
「うんっ♪」
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。