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38頁 神門練磨の書10 ――『矛槍玲穏』――
「……今、〈風の便り〉を聴いてみたけれど……やっぱり土栗(つちくり)は出られないんだって、鷹定たかさだ
 オレは布団の上で胡坐(あぐら)()き、二人の新たな仲間を見定めて告げた。
 時刻は八時を少し回った頃。オレはミャリと麗子れいこさん、そして自分を含めた三人で、今後に就いて話し合ってた。当然、その前に服を用意してもらって着替え終えていた。裸だったのは、傷口を診ていたからだそうだけれど、……それでも恥ずかしいモノは恥ずかしい。
 オレとしては鷹定と一旦合流したいという旨を二人に告げた。事情はオレにもよく分かってないんだけれど、鷹定はオレの……《滅びの王》としての力を必要としていて、必要とする出来事に時間制限があるみたいだったから、すぐにでも鷹定と合流したかった。
「やっぱり、《滅びの王》の事で、王国も危険を感じてるんでしょうね。……実際は、《滅びの王》は既に王都入りしちゃってるんだけれど」
 麗子さんはそう言ってどこか陰のある笑みを浮かべる。……何か、黒いモノを背後に感じるのですが。
「そう言えば、ここって王都なんだなっ?」
「ん〜。まあ、そうかもな」
「……ミャリ。おまえ、オレで遊んでないか?」
「楽しそうではあるよな」
「……せめて否定しろよ……」
 アイスを食べきったミャリは、次にビニール袋から水筒を取り出して、何度か冷たい水を口に含んでいた。オレも一口もらったが、味は炭酸飲料……サイダーに似ている、甘くて美味しい水だった。
「ここは正確には王都じゃないわ。王都の西側地区の安宿。……来た事、無いわよね?」
「……あーっと、鷹定から聴かなかった? オレ、この世界の住人じゃないんだよ。ついこの間、この世界に来たんだ」
「……そこだけで考えると、やっぱり《滅びの王》だって言ってるようなモノよね……じゃあ、この都は初めてなのね?」
「うん、まあ、そうなる」
「そう……」
 麗子さんが妙に沈んだ声を漏らして、少しの間、黙考した後、
「……鷹定くんが、王都を目指してた理由も、やっぱり?」
「……うん、聴いてない」
 聴かされてない、と言うとまるで信用されてない感じだけど……実質そうなのかも知れない。オレが《滅びの王》と呼ばれてるだけで、実際は違うのかも知れないって疑うだろうし、まだ逢ったばかりの小僧に、大切な事をおいそれと話せる訳も無いだろうし……。でも、言ってくれなくても、オレを(そば)に置いてくれたって事は、どこかでオレに期待してたんだと思う。オレが本当に《滅びの王》で、その名に相応(ふさわ)しい力を持っている、って。
 実際は、何の力も無いみたいだけど……仕方無いじゃん。オレにだって分からねえんだから。
「だがまあ、《滅びの王》の力を借りてまでして、ヤサイが何かしたかったのは事実なんだろ?」
葛生(かさい)な。おまえ、わざと間違えてねえか?」
「《滅びの王》の力を借りてまでする事を考えるとなると……」
 そう言って、麗子さんが口ごもる。……何と無く、分かる。《滅びの王》なんて強大な存在に力を借りるとすれば、それはもう大きな出来事しか考えられない。例えば……
「……でも、それをする理由が、あいつには在ったのかな?」
 仮に世界を滅ぼそうと画策していたのだとしても、オレには鷹定がそんな事を考える奴だとは思えないし、何よりそんな事のためにオレを利用しようとしていたのだとしても、《不迷まよわずの森》の魔女――(こよみ)さんに話を伺いに行くだろうか? ……(もっと)も、突き詰めて考えていけば、決してあり得ない事じゃないんだ、という事実には行き着く。
 鷹定を疑いたくなんか無い。でも、それを立証させるだけの事実が少な過ぎる。
「《双刀(そうとう)蒼刃(そうじん)》とまで(うた)われた人物が、王国を裏切ってまでしたかった何かが、王都に在る……そう考えてもいいんじゃないかしら?」
 麗子さんがそんな事を口にした。
 鷹定は確かに王都を目指していた。そこに何が在るのか知らないオレは、ただ漠然(ばくぜん)とそこへ向かう事だけが目的だったけれど、考えてみれば、鷹定が抱えていた問題は、その王都にこそ在ると考えていいのかも知れない。
 何か手掛かりが(つか)めるかも知れない、と思うと同時に、何故か鷹定に罪悪感を覚えた。……鷹定に内緒(ないしょ)で、鷹定が抱えている問題……鷹定がオレに話そうとしなかった何かに入り込もうという行為が、オレに躊躇(ちゅうちょ)を与えた。本人が話そうとしない問題を勝手に探るのは、気持ち好くないのは当然だ。
 だけど、現状を考えるとそれしか手が無いとも思う。きっと今、オレが土栗に向かっても、鷹定とは合流できるだろうが、また王都へ入れなくなるだろう。そうなれば本末転倒だ。今はむしろ、王都へ向かう事を優先すべきだと思う。《滅びの王》が王都内……土栗の関門を越えたと知れれば、自然と関門も開くだろうし、それに賭けるしかないだろうと思った。
「そう……だな。今は、王都へ向かうしか、ない……か」
「メンマはヤサイと合流してーみてーだけど、土栗は今、完全に関門封鎖されてるしな」
「ああ、《滅びの王》が入ってくるかも知れないからだろ?」
「昨日まではな。今日は、何かゴタゴタが遭ったらしいぜ? 何でも、旅籠はたごが火災に遭って、大騒ぎだとか」
「旅籠で……火事?」
 オレは不意に思い当たる事があって麗子さんに視線を向けると、彼女は神妙にうなずいた。
「私を狙ってた連中が、火を放ったみたいなの」
「え……? じゃ、じゃあ鷹定はっ……?」
「無事なんじゃねーのかよ? おまえ、さっきも連絡取り合ってたろ?」
「あ……」
 そうか。さっき〈風の便り〉で連絡を取り合ってたんだ。無事じゃない訳が無いんだ。
 でも……それじゃあ、益々(ますます)王都入りは難しくなったんじゃ……?
「……まあ、《双刀の蒼刃》程の力が在れば、強行突破も難しくないとは思うけどな。やるかどうかはヤサイが決めるんだろうけど」
「…………」
 ……もし、強攻策に出たら、それだけの価値が、王都に、そして《滅びの王(オレ)》に在るという事だ。
「……今更信じられないかも知れないけど、私なら鷹定くんをここに連れて来る事ができるわ」
「麗子さん……?」
「練磨くんは、まだ私を信じられるかしら? ……改めて、仲間にしてくれるかしら?」
 懇願(こんがん)する、という表情とは違う。どこか自嘲(じちょう)……諦念(ていねん)に似た感情が(にじ)み出ていた。
 ……疑えば、きっと(きり)が無い。もしかしたら鷹定を裏切って、火を放ったのは麗子さんだって可能性もあるんだ。オレを……《滅びの王》を手中に納めるために火を放ち、鷹定と離別させたと考えたって、不思議でも何でも無いんだ。……だからこそ、そんな事態だからこそ、オレは麗子さんを信じたい。
 疑い始めれば、きっとオレはこの世界そのものを信じられなくなる。そう思えたから。
「……さっきも言ったけど、オレは麗子さんを仲間だって信じてる。……鷹定を、連れて来てほしい」
「そう……分かったわ。それと、……ありがとう」
 まるで月光のような柔らかな微笑で、麗子さんは笑いかけ、それから表情を引き締めた。
「ここから土栗まで一日も掛からないはずだから……明日には戻って来られると思うけど……練磨くん達には、先に王都へ向かってほしいわ。練磨くん、鷹定くんにそう連絡できない? できれば、時間を無駄にしたくないの」
「分かった。……頼めるか、ミャリ?」
「あいよ〜。まー、実際んトコ、あいつが起きてくるまで何とも言えねえんだけどな」
 そう言って冷たい炭酸水を飲み干すと、ミャリは寝返りを打ってオレに背を向けた。
「出発は明日でもいいんだろー? オレ、もう少し寝させてもらうぜー? 最近あんまし寝てねーから、疲れてんだよ〜」
 そう言えば、崇華すうかの話じゃ、夜通しで土栗に向かってるとか言ってたが、それがミャリだったのだろうか。
 ……だとしたら、凄い体力の持ち主かも知れない。さっきから緩い感じを受けるけど、彼の日常を見ていれば、もしかしたら凄い……のかも。欠伸あくびを浮かべて(だる)そうに寝転がってるミャリから、そんな感じは全くしないんだけど……うぅん、人は見た目に寄らないって事か? 
 そんな事を話している内に、時刻は九時に差し掛かろうとしていた。オレは眠気を感じてきて、同時に麗子さんが、
「それじゃ、私はもう行くわね」
「あ、鷹定迎えに行ってくれるのか?」
「ええ。……私を信じてくれるかどうか分からないけれど、私もできる限りの事を、してみたくなったの。……きみを見て、ね♪」
「へ?」
「きみが《滅びの王》じゃない事を祈ってるわ。――じゃっ」
 言い残し、麗子さんは部屋を後にした。
 オレは布団の上で寝転んでいるミャリを見て、……しばらく経ってから声を掛けてみた。
「なぁ……起きてるか?」
「……」
「……寝てる、か」
 オレは寝返りを打って、ミャリに背中を向けようとして、
「……寝てた方が、好かったか?」
「……起きてるなら、そう言えよ」
 オレに背を向けて寝転がっているミャリに視線を戻して、それから視線を中空に彷徨(さまよ)わせる。
「……《滅びの王》って奴は、やっぱりこの世界から消えた方がいいって、思わねえか?」
「……」
「世界を滅びに導く存在って言われてるんだろ? そんな奴、生かしておいても世界が危機に見舞われるだけだと思わねえか? ……そいつがたとえ自覚してなくても、世界は滅びちまうんだぜ? ……殺そう、とは思わねえのかよ?」
 それが、今のミャリに(いだ)いている疑心だった。
 オレは《滅びの王》だと言われ、同時に色んな奴から狙われるようになった。……実際には、オレが《滅びの王》だと知って狙ってきたのは、あの虚無僧こむそう軍団くらいだろうけど、それでも虚無僧軍団だって世界の平和のために動いていると思えば、やっぱり悪い奴らじゃないんだろう。そんな奴らに狙われる程、オレの命ってのは重要なんだと思う。何せ、世界の命運を左右しかねない存在なのだから。
 ……そんなオレを、どうして生かそうと思うのか、オレには疑問でしかない。《滅びの王》を生かしておくメリットが、オレには考えられなかった。世界を滅ぼしてしまうような存在を、どうして生かそうとする? 世界が滅んでほしいのか、こいつ?
「……ひとーつ、聴きてー事があんだけど……いいか?」
 背中を向けたままミャリが応えた。オレは「ああ、いいぜ」と返した。
「……オレとメンマを丁度逆の立場にして考えてみろ……そん時のメンマの感想を聴きてぇ」
「逆の立場? ……っつーと、オレが正義の味方で、おまえが《滅びの王》だって事か? ……そしたら、オレは……」
 オレは……すぐにミャリを殺せるだろうか?
 ミャリは、どう考えても悪い奴だとは思えない。寧ろ、そういう事には無頓着に思える。そんな奴が、世界を滅ぼしてしまうだろうか? オレには、考えられない。
「そりゃ……ちょっと様子見、かな?」
「オレもそんなトコだ。……見た感じ、メンマが《滅びの王》だとは思えねーんだよ、オレは。……まっ、《滅びの王》ってのがどんなんか、オレには結局分かんねーんだけどな」
「……」
《滅びの王》は、いったいどんな奴か、か……
 客観的に考えれば、そいつは悪い奴なんだと思う。世界を滅ぼしてしまうような奴なんだ、きっと世界に生きる全ての存在が気に入らない、もしくは憎んでるんだろう。だから、滅ぼそうと考えたり、本当に滅ぼそうとしたりする。……オレの私見を入れるなら、きっと悪そうな奴に見えると思う。何て言うか……こう言うと失礼だけど、あの虚無僧軍団を率いていた男の方が、《滅びの王》だと言われても、まだ頷けると思う。あいつは、何か悪いっつーか……怖い、って感じがした。
 よくよく考えてみて、どれも想像論でしかないと気づいた。誰かが《滅びの王》を見たって事は無いんだ。顔も、姿も、格好も知らない相手をどうやって《滅びの王》って決めつけられる? そんなの、特徴の無いウォーリーを探すようなモノだ。絶対に見つかりっこない。
 ……だけど、現実にはオレは見つかってる。至って問題も起こしていないはずなのに、何故かバレてしまってる。……そりゃ、オレが注意してなかった事にも問題があるんだけれど、それにしたって、こうも簡単に《滅びの王》なんて見つけられるモンだろうか? ……答は否だ。普通に考えて、見つかるはずが無いんだ。特徴を知らされていない相手を見つけるなんて、不可能に違いない。それでも見つかってしまったのは、あちこちでオレが凡ミスを犯したからに違いないんだ。
「……じゃあ、ミャリはオレが本当に《滅びの王》かって、疑ってるんだな?」
「まーなー。証拠もへったくれもねえんだ、決めつける事すら無理なんじゃねー?」
 それもそうだ。オレが《滅びの王》である証拠が、今この場に無い。
《不迷の森》の魔女がオレを《滅びの王》だと言っただけで、他には何の確証も無いんだ。それを考えれば、実に不確定な存在だな、と我ながら呆れてしまう。考えてみれば、暦さんの言葉さえなければ、オレは普通の《出人(でひと)》だった。……暦さんは間違った事は嫌いって言ってたけど、嫌いなだけで本当は間違えてるんじゃないだろうか? オレは少し、不安になってきた。
 寝返りを打って天井を見上げる。……オレが、《滅びの王》である証拠。確証付ける要素が、オレには足りない。オレ自身、疑ってるんだもんな、《滅びの王》なのか、違うのか……
 答に詰まって、オレは深く息を吸い込み、――大きく吐き散らした。……結局、今の段階じゃ何とも言えないよな。どうやって証拠を見つけ出そうとかも、今考えたって出てくるはず無いし。
 オレは起き上がって、ミャリの姿をまた視界に納めた。
「何か、食い物ってねえのか?」
「腹減ったのかよ? ……オレも減ってるし。何か食べに行くか?」
「連れてってくれよ。オレ、ここに来たの初めてだし」
 ミャリはご老体ヨロシクな掛け声で起き上がると、昔の骨をコキコキ鳴らして扉の方へ向かった。


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