28頁 葛生鷹定の書1 ――『鈴懸麗子』――
彼女を見た瞬間、俺の直感は危険な臭いを感じ取っていた。
鈴懸麗子と名乗る女は、明らかに一般人とは違う臭いが漂っている。それは……恐らく感知できるようなモノではなく、本当に感覚だけで嗅ぎ取った、その程度の疑惑に過ぎなかった。
練磨を見た時だって、普通じゃないと感じていた。一般人のそれとは一線を画している、何か異質な空気を纏っているのだ。生きてる内にそう多くは見ないだろう人種だと言える。
「それで、私にどんな用事が在るのかしら? 鷹定さん?」
「…………」
練磨には大浴場へ行ってもらい、その間に鈴懸麗子の身分を探ろうと考えたのだが――その必要は無いらしい。この女は、あくまで練磨の前でのみ猫を被る事にしているらしい。鈴懸麗子は長い金髪を掻き上げると、俺を妖艶な眼差しで見つめてくる。
「……訊くが、俺達に何をするつもりだ?」
「あら。それを私が正直に答えるとでも? それは都合が好過ぎないかしら?」
「練磨に、あなたがどこかの間者だと伝えてもいいと言うのなら、無理に話す必要は無いが」
「やっぱり、分かってるみたいね。《侍》さんには、何でもお見通しなのかしら?」
「――――」
……やはり、只者ではなかった。随分と深みを知っているお嬢さんだ。内心、俺は冷や汗を掻いた。
「……《侍》とは、……何の事だ? 俺は流れの剣――」
「刀の紋が〈刀風車〉だと知れれば、すぐに分かるわよ、葛生鷹定。――いえ、元《侍》と言うべきかしら?」
……どこの間者だろう。ここまで知られているとは、流石の俺も想像が付かなかった。
何の目的でここにいるのか知れないが、……元《侍》を探し当ててしまう人物だ、もしかしたら……
「……希塚の手の者か?」
「お生憎様、あなたには興味ないの♪ ……いいえ、こんな事態じゃなかったら、あなたにも興味を懐けたと思うわ。元《侍》なんて、王国軍に突き出せば、それだけでどれだけの利益になるか。考えただけでも鳥肌が立っちゃう♪」
「……では?」
「それを教える訳には、いかないのよねぇ。……答を期待しないで訊くけど、あの子はいったい何なのかしら? どこかの貧民街で拾ってきたの?」
「…………」
彼女の狙いは、大体掴めた。
故に、俺はその問い掛けには応えてはならない。
「……だとしたら、あなたはどうするつもりだ?」
「うふふ、どうしようかしらねぇ♪ ……横から掻っ攫っちゃうかも♪」
「…………」
恐らく本気だろう。だからこそ、沈黙しか返せない。
「練磨には、正直に言わせてもらおう。――あなたは、ここにいるべきじゃない」
「それは鷹定くんにも言える事よね? 《贄巫女》の儀式を忘れた訳じゃないでしょう? 私が王国軍に口添えすれば、即座にあなたは連れ戻される。それは……あなたの望むべくじゃない。そうでしょ、《双刀の蒼刃》さんっ♪」
……練磨、ここまで危険な人物を招き入れるとは……心の奥底では俺の事を憎んでいるのだろうか? ……あり得ない話ではない。俺は練磨に何一つとして事情を話していないし、話そうともしていない。
今は知るべき時期じゃない。と思っているのではなく、単純にまだ練磨の力を信用しきっていないだけだと、自分では思ってる。確かに《西の魔女》……夜霧暦は練磨を《滅びの王》だと言ったが、それを信じない訳ではなく、そういう存在だと俺も理解しているつもりだ。……だが、どうしてもどこかで信用しきれていない自分がいる。何故か。……練磨から、どうしても《滅びの王》だという確証が掴めない。それが、魔女の話が信用に足らない理由だ。
俺の頭の中での《滅びの王》の認識は、もっと禍々(まがまが)しいモノだ。世界を憎んでいる、世界を滅ぼす事を厭わない人物を連想していたのだ。そういう人物でなければ、世界を終わらせる事などできないだろう。そう思っている俺には、どうしても練磨がそういう人物だと思えないために、魔女の話の信憑性が薄れてしまった。
……コレは俺の勝手な思い込み観念に過ぎない。幾ら心の中が清らかな人物でも、人を殺す事を全く厭わない人物だって、世の中には確かにいる。……歪んだ心象は、どれだけ正常な人間でも、その行動のどこかに綻びが出てくるモノだ。それが、あの少年からは見つけられない。どこかで人を憎み、恨み、時に殺意さえ懐くであろう、その時の練磨が、分からない。彼はいつだって、この世界を受け入れようとしている。滅ぼそうなんて、恐らく全く考えていない。……それとも、俺にそう思わせるべく、人間の皮を被っているのか……。
「そこで物は相談なんだけどね、鷹定くん。……私を仲間に入れてほしいの」
「……無理を承知で頼むのか? 俺が練磨にあなたの正体を明かせば――」
「だから、それはお相子でしょ? それとも、もう練磨くんには明かしてしまったのかしら? ――王国軍を抜け出して、今は追われている身である事を」
……全ての情報は筒抜けか。
尤も、今ここで練磨に全ての情報を与えた所で、結局は伝えなければならない事だ。今知られても、然して問題にはならない。……が、それが王国にでも知られたら……恐らく、今している事が全て無駄になってしまう。それは、できる事なら避けたい。
この女の素性は知れない。その上、明らかに一般人のそれとは違う空気を持っている。……間者には違いないが、どこの手の者か、俺には見当が付かなかった。
王国軍だろうが共和国軍だろうが、変わりは無いのだろうけど。……どう足掻こうと、昔の自分からは逃げられない……という事だろうか。
「……何が望みだ?」
「教えてほしい?」
身を寄せて、俺の顎に指を這わせる鈴懸。甘い声で俺にしな垂れかかってくるが、俺は思わず鈴懸を睨み据える。
「……でも、そんな顔する人には、教えてあげられなーい♪」
身を翻し、立ち上がって部屋を後にしようとする鈴懸麗子。
俺は眼でその後を追い、部屋の前で立ち止まる鈴懸麗子に視線を定める。
「不可侵条約を結ばない? 私はあなたが《双刀の蒼刃》って事を誰にも喋らない。代わりに、あなたは私の事を練磨くんに喋らない。いい話だと思わない?」
「…………」
悪い話、という話じゃない。……だが、この得体の知れない女を引き入れたのは、明らかに間違いだ。練磨のせいにするには、俺の注意力不足が否めない。あの時練磨も店に入れていれば……と悔やまずにいられなかった。
だが、過ぎた話は戻しようが無い。今できる事をすべきだ。俺はその話を飲む事にした。今ここで、自分の存在を明るみに出してしまえば、臣叡でなくても《滅びの王》と同等の価値を持って部隊が編制されるだろう。……最悪、俺を殺しに大部隊が編制されかねない。
「それじゃ、私は体を流してくるわっ♪ ……襲われる時も、女って綺麗で在りたいモノなのよ?」
「…………」
何の事を話してるのかよく分からなかったが、俺は無視する事にした。
あの女……練磨が助けようとしている時に、背中で笑っていた。震える程に。……何を企んでいるのか、未だに俺には分からなかったが、碌な事じゃないのは確かだ。
俺が練磨を守らなければ、そう思いつつ、練磨が戻ってくるまで黙想する事にした。
ここまでお読み頂き誠にありがとうございます_(._.)_
今回は練磨くんではない視点で描かれていますが、次頁で終わりの短い章です。
上巻も佳境に入ってきました、この速度を緩めずに更新していきたいです...頑張ります。
今しばらくお付き合い頂けると幸いです_(._.)_
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