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18頁 神門練磨の書4 ――『《不迷の森》』――
 走り通しだと疲れるので、今は人の歩く速度で前進していた。
 目指すは丘を越えた先に在る町―――土栗つちくりだ。
 土栗って町は、王国の領土内の西端に位置した所に在り、そう大きくないらしい。旧帝国領土との国境付近という事もあり、貿易こそ盛んだが、他の町に比べて内部に危険が在るという話だ。近くに鉱山が在って、昔は〈器石うつわいし〉が多く発掘されて栄えていたが、採り尽くされたらしく廃鉱になり、今は国境を越える人のための宿場町として運営されているらしい。
 ……全部鷹定たかさだの受け売りなんだけど。
 土栗に着いたら、今度は少し南下して、王都に近い都市まで行くらしい。取り敢えずはそこまでという事で、今は当初の目的である土栗へと向かっているのだが……
「……暇だぁ……」
 かれこれ三時間くらい歩き続けたんじゃないかと思う。運動のためと思って、何度か雪花せっかから降りて隣を歩いたけれど、疲れては雪花の背中に乗って休み、また歩くを繰り返していると、流石(さすが)に飽きてきた。それ以上に何もする事が無いってのが、辛い。
 とは言うもの……時折、行商人や旅人と挨拶(アイサツ)を交わす程度で、街道には他に何も目新しいモノが無いのだ。変わらぬ景色を見ていると、段々と眠たくなってくる。いっそ寝ようかとも考えたが、流石にここで寝るのはイケナイ気がして、何とか睡魔と応戦中。
「なぁ、鷹定〜。町はまだか〜?」
「……この調子なら、今日は野宿だと思ってるんだが」
「あ〜そう〜…………ってマジかよ!? 野宿? 何で? ずっと歩いてんじゃん!? 何故なぜに野宿?」
 オレが雪花の背中から、隣を歩く鷹定の視線を向けると、鷹定はチラリとオレを見上げて、
「歩いてるから、だ。走れば何とか一日で辿たどり着ける距離なんだが、この調子で進むとなれば、到着は明日の昼頃になるだろう」
「マジかよ〜。歩き通しで二日か……てか、オレ歩いてさえいないしな」
 だって雪花の背中はフワフワで温かいんだもん! ……って、どこのガキの言い訳だよ……カッコ悪過ぎ、オレ……
 でも、走るとなると、それはそれですげー体力が削られるのを、オレはついさっき知った。
 実は、今でこそ、こうやって歩くのと変わらない速度で雪花が歩いてくれているが、谷里たにさとの村を出る時は走っていたのだ。雪花は元気好く駆けていたんだけれど、途中、オレは振り落とされそうになる程酔って、そこからこうして歩きになったという、ちょっと恥ずかしい経緯が在るのだ。……恥ずかしい限りで、今すぐにでもまだ駆け出してほしいと思う一方、あんな気持ち悪い状態には二度となりたくないと思っている自分もいて、ちょっと何とも言えない気分です……。
 それに、酔った時は、雪花も心配してくれたみたいで、鼻を鳴らしながらオレの顔を何度もペロペロとめていた。……雪花なりにオレを気遣ってくれてたみたいで、オレは本当に申し訳ない気分な訳で……。ちょっと立ち直るには難しいかな、って状態。
「……やっぱ走ろうぜ、雪花!」
 オレは背中に乗ったまま雪花の首に手を回して、抱き着く形で雪花にそう告げた。オレのせいで急ぎの用を遅らせる訳にはいかない、と思ったのだ。
 鷹定は、オレの力を貸してほしいって言っていたけど、どうも急ぎの用らしかったから、オレに構って遅れてほしくなかった。それこそ、遅れて取り返しが付かなくなったら、オレはどんな謝罪をしても自分で自分を許せなくなると思う。そんな事態だけは避けたかった。
 だが、鷹定はオレを気遣うように、
練磨れんま。焦っても仕方ない。今はおまえの体が心配だ」
「……でもっ」
「俺の問題は、何も今すぐ解決しなければいけないという訳じゃない。……俺に気遣ってくれてるのなら、その気持ちだけいただこう。おまえは、おまえの調子で進めばいい」
 ……そんなオレを気遣うような事を言われても、オレは鷹定が内心焦っているんじゃないかと思ってしまう。
 それに、まだオレにはどんな力が在るのか分かっていないんだ、不安にもなるだろう。魔女に言われても、オレにどんな力が宿っているのか分からないし、どんな効果を持って鷹定の問題を解決させるのかも、全く(もっ)て分からない。
 そんな事を言うと、鷹定に斬り殺されかねないけど、本当に自分が《滅びの王》なのか、オレには自信が無い。そんな大それた人物には、なれる訳が無いと思っていたし、そう思い込んでいる部分も在ると思う。実際にオレが《滅びの王》だとしても、どうやって世界を滅ぼすのか分からないし、第一オレにそんな気が無いのに、どうしたらそんな結末を迎えるのか、オレにはさっぱり分からない。
 ……まだこの世界に来て二日目だというのは分かるけれど、それ以外は分からない事だらけだ。鷹定の問題もまだ聴かされていないし……これからどうなるんだろう、オレ……
「こんな奴の都合で動いてたら、絶対に間に合わないわよ」
 ふわっ、と綿埃が舞うように飛んで現れたのは咲希さきだった。
「あ、おまえ! さっきまでどこ行ってたんだよ? 村長の婆さんの家から全然姿を現さねえで……」
うるさいわね、あたしがどこでどーしてよーと、あたしの勝手でしょ? それともなに? あんたにわざわざ行く場所言わなきゃならない訳? バッカじゃないの?」
「〜〜〜っ!」
 く〜っ、ムカつく妖精だ! ナニサマだテメエ!!
 怒りたいけれど、怒る理由が明らかに子供っぽいから、辛うじて死滅を(まぬが)れた理性で言動を抑えると、大人らしい対応、大人らしい対応と自己暗示を掛けつつ、オレは努めて冷静な声で応対した。
「それで、どこに行ってたんだ?」
「あんたに言う必要は無いでしょ」
「てんめぇェェェェエエエエ!」
 仏の顔も三度まで行かずに二度目で爆発!
 この生意気小人はオレの手で、オレの手で……!
 思って咲希を握り潰さんと手を伸ばしたら、小さな妖精はフイッと浮かび上がって回避した。
「何すんのよ!!」
「テメエはいつかシメねえといけねえって思ってたんだ!! ここで握り潰してくれる!!」
「やぁねぇ、頭が軽い人はすぐにキレちゃって。血管、足りなくなっちゃうんじゃない?」
「くっそがァァァァアアアア!!!」
 色々的を射ているから尚更(なおさら)性質(タチ)が悪い。
 くそ……このチビ妖精、いつか絶対握り潰したる!!
「……咲希は、練磨にどんな力が在るのか、分からないのか?」
 それはきっと、魔女の許に仕えていたから、もしかしたら知ってるんじゃないかという期待が含まれている。オレだって、自分にどんな力が在るのか分からないから、気持ちとしては同じだけれど……やっぱり、鷹定は不安なんだろうな、と思う。《滅びの王》と呼ばれる存在に疑心を(いだ)いても、無理は無い。何しろ得体が知れないんだから。
 オレだって、いきなり目の前に「恐怖の大王です」とか言われてオッサンが現れても、まず始めに疑うだろう。信じられるはずが無い。だってそれは、()る意味「あり得ない」事態なんだから。その存在すら確証が無いのに、その存在を名乗って現れたオッサンなんて、どこかの電波系と勘違いするに違いない。仮にオッサンが本当に恐怖の大王だったとしても、すぐには信じられないと思う。多分、それはオレに限った事じゃないと思う。
「知らないよ、そんな事。あたし、こいつには興味無いし」
「てんめぇ……!」
 言いたい放題言いやがって……!
 攻撃できない分、オレが不利なのは分かるけど……メチャクチャ殴りたいな、あれ。
 寝込みでも襲ってやろうか? ……って、妖精って寝るのかな?
「そうか……」
 と、鷹定までブルーな気持ちになってんじゃねえかァァァァ!
 あんの豚妖精! いつか―――以下略!!
 雪花が鼻を鳴らして、オレをなだめようと体をすくめてる。……うう、こいつだけだよ、オレの気持ちを分かってくれるのは……オレはお返しにと雪花の頭を何度も優しくでてやった。雪花も気持ち好さそうに頭を振る。
「……葛生かさい鷹定。あんた、何か手は考えてる訳?」
「……何の話だ」怪訝けげんそうな声を発する鷹定。
とぼけないでよ。《儀式ぎしき》の件に決まってるじゃない」当然じゃない、と言った風に咲希。
「…………」
 歩きながら、鷹定は前を見据えたまま振り返ろうとはしなかった。
 咲希はそれを見定めると、鷹定の前方へと飛んで行き、腰に手を当てて片方の手で指を突き出す。
「あんたまさか、何の策も無くこいつを突っ込ませる気!?」
「…………」何も応えない鷹定。
「……ふぅん、応えないんだ?」
 ここからじゃ見えないけれど、きっと鷹定は険しい顔をしている。そうに違いないと思える空気が今、ここまでピリピリと伝わってくる……!
「おい、止めろよ咲希!」
 オレは勝手に口が開いて、そんな言葉を吐いていた。まるで、誰かに急かされるように、自分でも思っていない事を口走ってしまい、咲希が振り返る前に「しまった」と我に返った。
「何を止めるってゆーの、あんたは?」
「その……だな、鷹定が応えたくないってんなら、無理に聴き出す必要は無いだろ? 鷹定には、鷹定なりの考えが在る。それを無理に聴き出すのは、好くねえんじゃねえか?」
「…………」
 鷹定がオレを見て眼を見開いていた。そんな言葉、おまえの口から聴けるとは思ってもみなかった、って顔に書いてある。……どうせオレはそんな風に見られてたんだろうけど、まあその辺はいいとして。
 咲希は明らかに苛立たしげな顔をして、オレに向かって飛んで来ると、眼前でオレの鼻先を指差す。
「あんた! よくもまあそんな事が言えるわね!? これはあんたの問題なのよ? あんた、いきなり敵陣に突っ込まされて本気で無事に済むとでも思ってんの? バカも大概にしなさいよ!!」
「誰もンな事言ってねえだろ! 鷹定が言わない以上、それはおまえの妄想だろ!? 違うか?」
「それは……」
 咲希は黙り込み、オレは妙に勝った気持ちを感じたけれど、それ以上に罪悪感を覚えた。
「……何よ、じゃあ勝手にしなさいよ、バカっ!」
 すいーっと咲希が飛んで行き、雪花の鼻面に乗っかると、ねたように前方に視線を定めた。
 ……いくにぶいオレにも、何と無く分かっていた。
 咲希は、オレの事を心配してくれているんだ。それがオレの勝手な妄念だったとしても、咲希が心配してくれた事に対してあんなキツい言葉を……と考えると、凄く申し訳ない気分になった。論争で勝っても、結果がこんなんだったら……そんなの、負けた方がいいに決まってる。
 オレは、咲希と喧嘩(ケンカ)したくて言い合った訳じゃないのに……
 咲希とぶつかり合うのは嫌だったけれど、それさえできないのはもっと嫌だった。
「……済まない、練磨」
 隣を歩いていた鷹定が、視線を伏せて、妙に物悲しい表情でつぶやいた。
 オレはそっちの方に振り返って、微笑む。
「気にすんなって、鷹定」
「だが……」
「すぐに仲直りできるさっ。……あいつだって、きっと許してくれるよ」
「仲直りなんてしないもんっ! 許すはずが無いでしょっ!!」
 言った途端に前方から怒声が飛んできて、オレは映画の俳優のように肩を竦めて苦笑してみせる。
「だからさ、鷹定はゆっくりと作戦を練っててくれよ。……あ、ゆっくりじゃダメなのか。急ぎの用だもんな。えっと、じゃあ……」
「……ありがとう」
「―――へ? 何か言った?」
「いや……」
 鷹定は首を振って、また前方を向いて歩き出した。
 ……何か大事な事を聴き漏らした感が在るけど……ま、いっか。
 オレは、しばらく雪花の背中に寝そべって、そのフワフワの毛を楽しんだ。


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