section:8-1
国境自衛隊に於ける通常任務は隊舍付近の見回りと、来客の管理である。見回りは三時間毎に交代となり、通常二人一組でバディを組む。
交代の際には次の二人に引き継ぎ事項を確認し、冬至に報告をして任務の終了となる。
***
静かなものだ。見回りの為に銃を肩に掛け、立夏はそう呟いた。
小雪が任務に出て行って二週間が経った。冬至には報告が来るようだが、立夏たちにはどのような情報が送られてくるのかは秘密にされている。
小雪の報告を元に國の内陸でぬくぬくと机上の空論をかわしている奴らと冬至の間で、今後の行動方針が決められてくる。立夏には命令に逆らう意志はないが、何も知らされないままこうして通常任務に就いているのが歯がゆくもある。
「何暗い顔してんだよ。しっかり見回りしろよー」
「……閏紀さん。あんたこそ、ちゃんと見ててくださいよ」
銃弾の入っている銃で背中を小突かれて不快係数が一気に上昇する。憎まれ口を叩きながら、閏紀を睨みつけるが、彼は一向に気にしていない様子だった。ただでさえ、気分が沈んでいるというのに立夏にとって一番苦手な閏紀とバディを組まされて、眉間に皺が寄っているのが触らなくても分かった。
「俺はあんたが嫌いだ」
「何故?」
「なぜって、……」
咄嗟に出た言葉だった。閏紀は急な宣言にも眉一つ動かさず至極冷静に切り返した。それに狼狽えたのは声をかけた立夏の方だった。
「答えられないのかよ? つまんねぇな。てか、俺だってお前の事が嫌いだよ。大嫌いだ」
思わず、だ。思わず振り返って閏紀と正面切って立ってしまった。それがいけなかった。立夏は閏紀の純粋な敵意を込めた視線に真っ向から対立せねばならなくなった。
「お前はどこの坊ちゃんだよ? 戦場で敵を見逃すなんて。自分の首を絞めているようなものだ。口では偉そうなこと言っておきながら、いよいよ戦闘になれば『本当に殺さなければいけないのか』だって? 頭湧いてんじゃねぇのか? 殺さなきゃ殺されるんだよ。甘いこと言ってる暇はないんだ。躊躇すればそれこそ恰好の的になる。…なんなら今ここで俺が殺してやろうか? お前は黙って殺されるのかな?」
銃口が立夏を狙う。閏紀の瞳は一切のからかいを含んでいない。まっさらな殺意だけを乗せて立夏を狙っている。
格が違う。立夏は喘ぐように息をした。指を動かせないのだ。身体が思うように動いてくれない。気を抜けば閏紀に背を向けて走り出したいと思う。しかし、そうすれば確実に背中に弾丸をくらって死んでしまう。その光景がまるで目に浮かぶようだ。
動けない。きっと生き残る道は一つしかない。閏紀を殺す事でしか、自分が生き残る術はないのだろう。でもそれが無駄な行為に思えて仕方がない。本能が告げる。勝てないのだ。
「じゃあ、な」
その言葉と共に閏紀の指が引き金を引く。
激痛を覚悟して目をぎゅっと瞑る。
しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開けると、すぐ眼前に閏紀の顔があった。焦って身を引こうとしたが、立夏は閏紀に肩をつかまれてたたらを踏んだ。と思えば頬に激痛と衝撃が走った。
勢い余って尻餅をついて閏紀を見上げると、拳を握りしめたままの閏紀がうっすらと笑っていた。
「本当に撃つとでも思ったのかよ。馬鹿が。てめぇに使う無駄弾はねぇよ」
「……閏紀さん、」
「いきがってんじゃねぇよ」
もう一度強い視線を立夏に向け、閏紀は背を向けた。
立夏はその後ろ姿を見て、ほっと息を吐いた。そうしてふと我に返る。拳が握られていた。それほどに緊張していたのだろう。紛らわせるように手を握ったり開いたりを繰り返していると、振り返った閏紀が立夏を見ていた。
「雨水を救えるのは俺だ。当然ような顔してあいつの傍にいるんじゃねぇよ」
その一瞬、立夏は何も言えずに閏紀の後ろ姿を見つめた。
柄にもなく、閏紀が泣きそうだと、感じてしまったからだった。
そんな小さないざこざはあったものの、比較的平和に過ごしていたある日、宿舎に残っていた隊員たちはミーティングの為に食堂に集められた。
「急な収集で悪かった。けど、みんなに知っておいてもらいたいことがある」
隊員たちを前にして、冬至は話しにくそうにその口を開いた。皆各々に嫌な空気は感じていた。腹を据えて、冬至の言葉の先を待った。
「三日前から小雪と連絡が取れない。ただ連絡が出来ないだけかもしれない。それはまだ分からない。なんにせよ、今の状態じゃ動きようがないんだ。すまないが、状況が分かるまで待機だ。各自、戦闘の準備は怠るな」
その言葉を聞いて、任務のある隊員は何も言わずに準備を始めたが、清明だけはその場を動けなかった。
理由は冬至も分かっていた。だからこそ、何も言う事が出来ずにそっと痛ましそうに眉を顰めた。
こんな事になって、宿舎を尋ねてくる人間なんてそうそういない。見張り部屋の窓から立夏はぼぅっと外を眺めていた。今日は来客の予定も知らされていない。来るとしたら招かれざる客、つまり敵しかいないのだ。
(…といっても見回りいってる霜降さんと閏紀さんをかいくぐってくるなんてそうそう出来ないんだろうけど)
二人とも相当な経験を積んでいるのだ。どちらにも気付かれないでここまで来るなんて事は出来ないはずだ。
自分の考えに納得して固まった間接を伸ばすように伸びをした立夏だが、視界の端に人影を認識した。
「…誰だ?」
よく見てみようと窓に張り付いて目を凝らす。人影はよろよろと頼りなく歩き今にも倒れそうだ。気配も希薄で、見回りにいっている二人が気付かないのも頷けた。まるで死人だ。
それでもこちらに向かって歩を進める人物に、立夏は背筋がすっと冷えるのを感じた。
ここにいるだけでは駄目だ。確かめないと。
それだけを自分に言い聞かせて、立夏は準備だけをしておいたサブマシンガンを肩に掛けた。
警戒態勢を取り、そっと人影に近付いて行く。人影はどうも手ぶらなようだ。あっちにふらふら、こっちにふらふら、中々こちらに近付いては来ない。服装は薄汚れた手術着のような一つなぎの服。所々が破れていて血でそこを汚していた。立夏は照準を合わせて小走りに近付く。次第に影になっていた顔が分かるようになる。
「っ小雪さん!!」
血の気を失った顔に立夏は悲鳴に近い声を上げた。
駆け寄っても小雪は立夏に気付いた様子はない。虚ろに濁った目で、ただひたすらに前を見つめるだけだ。
「小雪さん! 小雪さん。俺です。立夏です! どうしたんですか? その傷は……、てか聞こえてますか? 小雪さん!」
構えていた銃から手を離して小雪の肩を揺さぶる。その剣幕にやっと小雪の視線が合い、二三度瞬きをした後に掠れて聞き取りにくい声で、立夏くん、と囁いた。
「背中、乗ってください。おぶって行った方が早いです」
サブマシンガンを片方の肩に掛け、小雪に背を向けてしゃがむ。小雪は聞き取りにくい声で、ごめん、と言った後、脱力したように立夏の背中にもたれかかった。
立夏は小雪の膝裏に手を入れて両足を抱えた。よっ、と声をかけて立ち上がるが、小雪の身体は驚くほど軽く、抱えた両足に巻かれた布に染みている赤黒い血液に立夏は唇を噛んだ。
宿舎に帰った立夏は小雪を背負ったまま、白露の部屋の扉を拳で叩いた。
「白露さん! 立夏です。小雪さん帰って来ました! でも、すごく衰弱してます。お願いします!」
何回も叩いた所為で拳が痛んだが、立夏は気にならなかった。慌てて扉を開けた白露は立夏に背負われたままぴくりとも動かない小雪を見て、血相を変えた。
「立夏くんは隊長に連絡を。それから、清明くんも呼んできてください! 早く!」
「はい!」
返事を返すと立夏は部屋を飛び出した。
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