section:5
偵察隊の清明と小雪が陣を出たのは意外にも夕方のことだった。森の中は野生の動物も棲息している。これが真夜中であったら 動物たちも就寝してしまい、物音が返って目立ってしまうからだ。
夕方であれば動物たちの活動時間内であるし、万が一敵と遭遇したときも夕日を背にしていれば、顔を見られずに済むことが出来る。
偵察隊は後の攻撃に影響させないために極力戦闘を控える傾向にある。出来るだけ敵との接触を避け、知りたい情報を得るのが彼らの仕事だった。
「案外、立夏くんに向いてるのかもしれない」
「ん?」
「立夏くんはあまり戦いたくないようだったから、」
「そうだね。幹部候補だからいいんだろうけど、前線には居にくいだろうな」
暗い色の迷彩服を着た二人は植物の影を縫うように移動し、村全体が見渡せる場所に着いた。
慌ただしく兵士たちが活動をしている。村の中の偵察を始めるのは真夜中になってから、それまでは遠くから見た全体を後方で待つ冬至に連絡しなければならない。
清明は双眼鏡を覗き込んでメモをすると共に、小雪に後方確認を頼む。
「目立つ建物は教会だけかな。後は民家。一般人の家の倉庫が爆薬庫ってどう思う?」
「さぁ、夜になれば見張りも付くと思いますけど、今はいないんですか?」
「分からないな。入口が影になっているんだよ」
じゃあ、分かりませんね、と相槌を打つと小雪はサブマシンガンを抱え直した。
村は国境を背に教会が建ち、その周りに民家が立ち並んでいた。つまり、国境側から攻める彼らにとって、教会は一番待ち伏せをかけられやすい建物だった。窓の数も少ないし、建物自体の耐久性も高くはないが、鐘突台のおかげで上方からの視界は開けている。敵の攻撃活動の拠点は教会にあると思って間違いはないだろう。
そうなると、爆薬は拠点の近くに置いた方がいいに決まっている。清明は教会の近くにめぼしい建物を二三見つけると、双眼鏡をしまった。
報告を済ませる頃になると辺りが闇色に染まっていた。これから兵士たちは食事を取り、近くに控えている作戦の為に身体を休めるのだろう。清明たちが活動を始めるのはもう少し後だ。
「これで食料庫の位置、分かりますね」
「だといいけど」
手書きの地図の上に兵士の出入りが多かった建物に印を付ける。詳しい確認は近くで見るしかない。
村の様子を見ながら固形食料を頬張る。水分を含まないパサパサとした食べごたえだが、文句は言っていられない。
背負っていた荷物の中から暗視スコープと近距離用の無線を出す。敵に見つかる恐れのあるため、極力無線は使いたくないが、見つかってしまった後なら話は別だ。相方に緊急連絡を入れるには仕方のないことだった。
「じゃあ、俺は教会から西側を探索するから、小雪は東側をよろしく。目標は爆薬庫と食料庫の位置確認。それから宿舎の場所もだね」
「場所だけでいいんですか?」
「兵士の人数とかは中に入らなきゃ分からないでしょう? だから、無理はしないでね」
「分かりました」
首にスコープ、耳には無線のイヤホンを付けた二人はお互いに、額をくっつけあった。これは彼らが子どもの頃からの習慣で別行動をとる前には必ず行なっていた。一種の願掛けだ。
「お互いの無事を祈って。…本当に無理しないでね」
「分かってますって、清明さんこそ無茶しないでくださいね」
小雪の言葉を最後に二人はスコープごしの、緑の闇の中に駆けて行った。
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一方、後発隊の面々は二人一組で順番に陣の周りの見回りをすることになっていた。今は雨水と立夏の二人だ。
「清明さんたち、大丈夫かな?」
「それは、清明さんたちへの侮辱だぞ。あの人たちはお前みたいに新人じゃないんだ。心配するなんて、あの二人を信じていない証拠だ」
「そこまで言ってないだろ」
「言ってるも同じだ」
そこで言葉を切ると、会話が途切れ辺りは闇に沈み、二人の息遣いが響くのみとなった。
「……なんでここに来たんだよ」
「え?」
突然響いたのは雨水の声。それはいつもより随分か細く、立夏は聞き取ることが出来なかった。
「ごめん、今なんて言った」
「立夏だけにはこんな俺、見てもらいたくなかったよ」
「なに……?」
「お前が来たから俺は、また、」
「交代だ。二人共」
俯いた雨水と今にも食って掛かりそうな立夏の間に閏紀が立ちはだかった。
「その前に、立夏はちょっとこっちに来いよ」
交代を宣言され、閏紀と霜降がいるにも関わらず、立夏は閏紀に腕を引かれて雨水から離れた暗闇に連れていかれた。
「雨水、先に行って休んでおけ。また暫くしたら交代だろう?」
「そうですね」
相槌を打ちながらもなかなか動こうとしない雨水のその視線の先を見つけると、霜降は納得したように深く頷いた。
「なんだ、心配か?」
「えぇ、閏紀が手酷くしてないか」
「あいつはな、意外と手厳しいからな。いつも。でもそれがあいつなりの正義なんだろうな」
「そうですね。……先、行ってます」
サブマシンガンを肩にかけ直すと、雨水はそういって踵を返した。
霜降は、雨水が去った方向と閏紀が行った方向に目を向け、帰ってくるまで一人なんですけど、と暗闇に向かって力なく呟いた。
閏紀に腕を掴まれ、立夏が連れて行かれたのは暗闇の中、互いの顔なんか見分けも着かない状態で二人は向かい合った。
「余り余計なことをするなよ」
「どういう意味っすか、」
「そのまんまだよ。甘ったれてんのはお前だけだ。お前の所為で雨水たちが危ない目に合うなら俺は容赦しない」
「閏紀さん、俺のことどう思ってるんすか?」
「お前『正義の味方』だろ?」
「……え?」
「後で痛い目見るぜ」
そのまま、閏紀は振り返り、霜降の元に向かった。
雨水は呆然としていたが、交代になった事を思い出すとサブマシンガンをかけ直して、歩き出した。
道々考えるのは先程の閏紀の言葉だ。
立夏自身、今まで正義の味方を気取ったつもりは毛頭ない。ただ、軍学校にいたときも今の部隊に入ってからも、周りの軍人たちとの考えに差を感じることはいくらでもあった。
それが正義の味方と言われてしまう由縁になるのか。
「俺は、ただ人を殺したくないだけなのに」
呟いたのは正論過ぎる正論。戦場で貫き通すのは、荒野からダイヤモンドを探すほどに難しいだろう。
いくら考え事をしていてゆっくり歩いていたとしても、足が動いていればテントには着く。中に入ると雨水はすでに眠っていて、立夏も習って横になった。
仮眠でしかないのだが、休めるときに休まないと負けるというのが冬至の言い分だ。立夏は横になってみるものの、目が冴えてしまい、眠ることは出来なかった。
例え気にかかることがあろうとも、眠らなくては体力が回復する訳がない。
頭では分かっていても立夏の脳は眠りを拒否する。お前には他に考えなければならないことがあるだろう、とばかりに立夏の内部ではシナプスが盛んに活動を行なっていた。
眠りと覚醒の狭間を迷い続ければ、いつの間にか交代の時間だ。一晩中そんなことをしていれば、寝不足になるのは致し方がないだろう。
「立夏! 起きろ!」
「っはい!!」
怒声と顔に掛けられた冷水に驚き、立夏はいつもよりも大きな返事をした。
「こらー、お前だけが疲れてる訳じゃないんだぞ」
目を開ければ、戦闘服を身に纏った冬至がプラスチック製のコップを持って笑っていた。だが、目が笑っていない。立夏はいそいそと掛布を片付け、身なりを整えた。
「集合だ。…侵入を開始する」
冬至は立夏の背を見つめて言い放った。立夏は弾かれたように振り向く。彼の視線に含まれる悲しみと絶望を冬至は全て受け止め、もう決まったことだ、といった意味を込めて頷いた。
後発組が揃う。それぞれの顔を見回して、冬至は口を開いた。
「先程、清明から報告がきた。地図を見てほしい。爆薬庫は村にある教会のすぐ傍にある民家の一階部分、それが二軒。教会が敵の作戦拠点になることは明白だな。そこから制圧を開始する」
そこまで話すと冬至はふと口を閉ざして腕を組んだ。
「それにしても、早くねぇか? 昨日の今日だろ? 調査は万全なのか?」
「俺も思っている。というか、清明たちもそう思っている。上手くいき過ぎている、と不安そうに言っていたよ」
「とにかく行ってみるしかないですよね」
嬉々と笑う閏紀に他の面々は苦笑するしかない。
「閏紀、それ、お前が戦いたいだけだろ」
「その通り。楽しみなんすよ、隊長」
言って意味深に立夏の方を振り返った閏紀はその目に険を含ませていた。条件反射で立夏が無言で視線に力を込めると、閏紀は彼を嘲笑うように目を細めた。気まずくなって顔を背けるとその一部始終を見ていた冬至が漸く口を開いた。
「立夏、覚悟を決めろよ。いつまでも守ってやるわけにはいかないんだからな」
「覚悟なんて、ここに来たときから決めてます」
「では、人を殺せるか?」
容赦のない冬至の物言いに立夏は言い返せずに黙った。
「何にせよ、早い方がいい。後悔しないように」
そう呟いたのは経験則からか。冬至は遠い過去をみるように空に目を向けた。
「話はこれで終わりでいいか?」
「芒さん、」
「もう行くぞ。日の入りまでには向こうに着いていたいからな」
その言葉に全員が腰を上げた。
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