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国境自衛隊
作:宮村 鴻



section:4


 不意に立夏はひやりとした殺気を感じて、周りを見回した。
「坊主? どうした」
「いえ、…何か」
 感覚でしかないが首筋が寒くなりさすっていると、今度は人の気配がした。
「お、閏紀じゃねーか」
「お疲れさまです」
 芒が声を掛けると、返事は返すものの彼らが座っている机には近寄らず、一直線に台所に向かうとコップ一杯の水を汲んで食堂を去った。
あめちゃんに、かな?」
「……雨水、に?」
「ま、それ以上は関わらない方がいいかも」
立夏はもっと詳しいことが聞きたかったが、清明はそれを良しとせず立夏にもそれは感じられたので大人しく黙るしかなかった。
「芒さん、ちょっといいですか?」
「ん? お、先生。終わったんですか?」
「はい、今しがた報告を済ませてきました。隊長が芒さんと相談したいことがあると言われたので、呼びに参りました」
「ありがとうございます。…立夏、もし気になるようであれば先生に聞くといい。じゃあな」
 芒はそう言うと、意外と素早い動作で食堂を出ていった。
 残されたのは清明と白露と立夏。去り際の芒の言葉が気になるのか、白露は時折立夏の顔を見ては目をそらしている。
 立夏はその様子を横目で見るが、決心が付かず口を開いては閉じるを繰り返していた。
「あの、立夏くん。気になることって、君の先生のことですか?」
 ついに沈黙を破った白露が尋ねると、立夏はしばらくうなった後頷いた。
「そうです。先生はどうなったんですか? 身体は大丈夫なんですか?」
「完全とは言い難いけど、割とすんなり喋ってくれましたから、殴打と自白剤で済んだんですよ」
 つまり、多少なりとも負傷はしているのだ。
「あの、見に行っても、いいですか?」
「じゃあ、私も付いて行きますよ。場所、分からないでしょう?」
「お願いします」
「二人とも行くなら、俺は部屋に戻ろうかなー」
 話が決まったのを聞き付けると清明も立ち上がって伸びをした。
「しばらくしたら、作戦会議開くと思うので、よろしくお願いしますね」
「了解です。誰かに言っておきます。じゃあ」
 そう言って、軽く手を上げると清明は食堂を去って行った。
 それを見届けてから、白露は立夏を促して地下への階段に向かった。

+++

 地下は湿気に満ちていて、息をするのも躊躇ためらわれるくらいだった。その中にも、こびりついた血の匂いが充満し、立夏は顔をしかめた。
「慣れませんよね、こんな所。私はもう、平気なんですけどね」
 自嘲じちょう気味に笑って見せる白露に立夏は何も言うことが出来なかった。人間は慣れがあるから生きていけるが、それが全ていいことだとは限らないのだ。
「奥の牢屋にいます。こちらですよ」
 一番暗く、一番酷い匂いのする牢屋の扉に白露は手をかけた。鍵を開く音が辺りに響き、扉がゆっくりと開かれる。部屋から物音は何一つしない。それが立夏の不安を煽り、息が上がった。
 恐る恐る中に入ると、腕を上に伸ばした状態で壁に手首を固定され、頭をだらりと下げた人がいた。

「先生っ!!」
 立夏の叫びに彼の指がぴくりと反応した。緩慢かんまんな動作で頭が上がり、所々青く内出血した顔が立夏を見た。
「わたしは、軍人失格だね。…大切な情報を漏らしてしまったんだからね」
「先生は裏切ったんですか? 俺たちの、国を」
「こうするのが、一番の近道だと思っているんだよ。この戦争を終わらせる、ね」
「先生は国がどうなってもいいんですか!」
「そうは言っていないよ。ただ江國こうこくの方が強い。ただそれだけの理由だよ」
 江國よりも、我が炯國けいこくの方が強い。と教えていた軍学校教師とは思えない台詞。それを信じていた立夏にとっては考えられない言葉だ。
「…そんな」
「あんたは、そう思っているんじゃないのか?」
 教師は医師に向かいそう尋ね、医師は首を傾げるばかりだった。
「どうでしょうね。貴方に色々と喋っていただければどうなるか分かりませんよ」
「これ以上は、……これからのはずだった。わたしはもう、どちらにも干渉することはできない」
「いいえ、貴方にはまだまだ利用価値があります。死ぬのは早いですよ」
 不意に立夏が聞いたこともない冷たい声音が響き、弾かれた様に白露を見た。白露はじっと見ていただけだった。ただその瞳の温度は泣きそうなくらい冷たいものだった。

「白露、坊主。ちょっといいか?」
 背後からの声に振り向くと、扉から身体半分を出した霜降がいた。
「作戦会議ですか?」
「あぁ、食堂に。大丈夫か?」
「えぇ、すぐに終わります」
 白露の声音は普段の穏やかなものに戻っていて、立夏はほっと胸を撫で下ろした。
「立夏くん、君はこのまま霜降さんの後についていってください」
「え、…でも」
「私もしばらくしたら追いつきますから」
 有無を言わせない瞳に頷かざるを得なかった立夏は渋々と霜降の後について牢屋を出た。

+++

 霜降と立夏が食堂に行くと、三人がまだ来ていなかった。一人は白露、もう二人は閏紀と雨水だった。
「概要はこの書類を見てほしい。あの講師が捕まらなかったら相当ヤバい状況におちいっていたはずだ」
 多少崩れてはいるが、角ばった几帳面な字の並ぶ紙面には、近い内に立夏の所属する国境自衛隊が奇襲される予定のあること、その為の奇襲部隊がもうすでに配備済みであること、更には配備された軍隊は奇襲部隊を含めて五十人程の小隊であることが記されていた。
「五十人って、それ、うちは九人ですよ。…江國は何考えてんすか?」
「たとえ使い捨てだとしても俺たちの部隊は守りの要だ。確実に潰しておきたいと思えばそれくらいするかもしれないな。それにしても、奇襲される前で助かった。襲われてからじゃ遅いからな」
「増やすか? 夜の見回り」
 芒の提案に冬至は首を振ると、言葉通り不敵な笑みをその顔に浮かべた。
「いや、いい。その前に潰す」
「え、そういうことなんですか?」
「その為の作戦会議だよ」

「すみません。遅くなりました」
「…雨水、大丈夫か?」
 閏紀と雨水が来たが、雨水は閏紀に支えられるようにして立っていて、顔色も悪い。
 何があったのか気になる所ではあったが、閏紀に睨み付けられ言外に何も話す気はないと訴えられると、立夏は口を閉ざすしかなかった。
 ぐったりとしたまま、椅子に座った雨水だったが、書類を渡されると僅かに身を起こして食い入るように紙面を見つめた。

 やがて白露も食堂に姿を現し、作戦会議が開かれる事になった。

「書類を見てもらえれば分かるが、軍隊は国境付近のかすみと言う村にいる。いくつかの宿舎に分かれて駐屯しているらしいな。その他に指令室と爆薬、食料庫があるはずだ。さて、立夏、何処から攻撃したら得策かな?」
「…え、っと、爆薬庫、です」
「うん、正解。それと同時に食料庫も潰せるとうちとしては好都合なんだがね。ということで、役割分担してもらう」
 そういうと冬至は立ち上がって設置されていた黒板にそれぞれの名前を書いた。
「まず先行して清明と、小雪で敵陣調査をしてもらいたい。その間に俺たちは国境ぎりぎりに陣を敷く。爆薬庫と食料庫の場所の確認と敵軍の正確な人数が分かり次第清明は俺に連絡をくれ、その連絡で俺たち後発隊の出番だ。霜降さんと立夏は清明たちと合流後、主要箇所の爆破を頼む。俺と雨水、閏紀、芒は、敵陣へ突っ込む。一人でも多くの殲滅せんめつを要する。現地住民は、なるべく傷つけないようにな」

「あの、すみません」
「なんだ? 立夏」
「本当に殺すんですか?」
 質問かと思い、指名した立夏の口から出た言葉に冬至は言葉を失うことになった。
「…出来ないとは言わせないよ。やらなければいけないんだからな」
 ため息を吐くも強い物言いに立夏は不満気であったが口をつぐんだ。腰を下ろした立夏に向けられる視線は負の感情しか含まれていない。哀れみ、苛立ち、呆れ。感じる程に立夏は自身の苛立ちが増すのが分かった。
 どうしてこんなに簡単に人を殺す話が出来るのか、立夏にはそれが嫌でならなかった。


次回次の任務が始まります。
彼らの活躍をご期待ください。











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