「おい! なんで持ってちゅうの!?」
「え? なに?」
良夫は目がクエスチョンになっていた。たけしは頭からツノが生えている。
「なに、じゃねぇよ。勝手に持ってくなっていっつも言ってるだろぅ」
良夫には何が何やらさっぱりわからない。一体、俺が何を持っていった。
「いや、そんなこと言われても・・・なに?」
「あーもー! てめえ、いいけげんにしろよ!」
いいかげんにしてほしいのはこっちの方だぜ・・と、良夫は少し逆ギレしてきた。
なにやらようわからんが・・・俺が何かを持っていっちゃって、で、まぁ、たけしが困ってる、怒ってる・・・それはわかる。ヤツの顔を見れば解る。目がつり上がってる。これが、営業成績ならば・・・と思いつつも、それはどうでもいい。だって、カンケーない。
そうじゃなくて、たけしが怒るのはわかるのだけども、しかしやな、怒るなら怒るで、その理由をはっきりさせてほしいちゅうか・・ぶっちゃけ、何を持っていった、いや、持っていかれたっちゅーんや! お前は! 俺に!
腕を組みながらうなる良夫の前で、たけしのイライラはピークに達したようだ。
「てめえ! 返さねーっちゅうんなら、あのこと、てめえの妹にバラすぞ! いいのか、良夫ぉぉ」
良夫はますます目がクエスチョンになってきた。いや、クエスチョンというより、すでに、ほんまのクエスチョンになっていた。あの、マンガでよくあるクエスチョン、目の中にクエスチョンの二文字・・・これは小説である。文学である。そんなことはありえない。それは明らかに、自然主義リアリズムの伝統に違反する。下手したら罰金を払わねばならない。
考えてもみよ。実写の、実物の、リアルな男の目の玉の中に、マンガのクエスチョンの二文字、描き文字が描かれているなどと・・・そんなことありうるだろうか。いや、ダンボールで切り抜き形づくりムリヤリ目にはめこめばありうるかもしれない。ありうるかもしれないが、しかし、しかし・・・
気持ち悪いじゃないか!
そんなもん!
ちょっと想像してみたが、そんなのはダメだ。紫式部がもし読んだら何と言う。
「クエスチョン、て何ですか?」
うるせー黙れ。そういうことじゃねぇ。わかるだろう。お前も日本を代表する文学者ならば!
「・・・わかりました。平安時代のあたくしにクエスチョンを理解せよというのが乱暴な意見だ、ということは、確かにまぁそれはそうかもしれませんが、それはとりあえず、脇に置いときまして・・・クエスチョンですか。うーん。難しいですねぇ・・・」
だろう。
「でも、いいじゃないんですか。あたくし、好きですよ。そういう、ムチャクチャな感じ、正直、キライじゃないですよ」
そ、そんな・・・式部ちゃあん。あんた、そんなこと言われた日にゃ俺は・・・いいかい。冷静になってくれ。例えば・・・
「例えば?」
例えば、東浩紀が言ってるように、ゲーム的リアリズムの世界なら解るよ。ゲームをベースにした小説・・・とか、それなら、そういうことも可能かも・・・いや、そこまでいかんでも、大塚英志が論じてた「まんが・アニメ的リアリズム」の世界。これならば、ありうるよ。うん。大いにありうる。
「どういうこと?」
例えば、そうだな、ハルヒがね・・・
「ハルヒって誰?」
ハルヒも知らないの。今、めちゃ売れてんだぜ。文学者のくせに、ベストセラーくらいチェックしとけよ、バカ!
「なによ。バカって言わないで。あたくし、平安朝のギャル作家ですのよ・・・21世紀の文学なんてわかるわけないじゃないの。てゆうか、読めないの。死んでるんだから・・・」
あ、そうか。
「それなのに、それなのに・・・しくしくしく。ひどいわ。ひどいわ。良夫さんのバカ・・・」
わ、わ。ごめんよ、式部ちゃん・・・あわわわわわ。どうしよう。どうしよう。
「はやく、ハルヒの説明して!」
う、うん。でも、俺、ハルヒ読んだことないの。
「え? ないの? ズコー! てめえ、そんなんで、よくも、よくも・・・!」
わ、わ。ごめん。落ち着いて、落ち着いて。
「うるせー殺す」
ちょっと待って、カンベン。ごめん。わ、いかん。女の子が、グーはいかん。グーは。わ、わ、ぎゃああああああああああああ。
良夫は、紫式部にすっかりコテンパンに叩きのめされてしまった。
気分になっていた。
我に返っていた。
前を見れば、たけしがもう爆発寸前である。
「やい! コラ! 良夫! てめえは、困ったことがあるとすぐワールドに入る悪い癖がある! やい、コノヤロウ! この、すっとこどっこいの、お湯を入れたまま食う日清焼きそばUFO野郎!」
わけわからん。たけしは、テーブルの上に置いてあった灰皿をつかみ取り、良夫に向かって投げようとした。
「わ、やめろ。たけし。いかん、いかんよ。ここ、喫茶店だぜ。喫茶店でそんなことしちゃいかん!」
「むぅ・・・」
たけしは、ドカッとイスに腰を下ろした。
「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて。お前の悪い癖はそれだよ。キレると見境がない。すぐに、暴れて解決しようとする。そんなんで物事は解決しないよ・・・」
良夫は、レモンティーをチューと吸った。
「くそ。てめえに説教されるとは思わなかったぜ。で何だっけ。ああ、そうだ。思い出した。てめえ、なんで、すぐにアレ持ってっちゃうんだ!」
ひー。また、ふり出しに戻った。かんべんしてくれぇ、と心の中で絶叫する良夫。こいつは本当にしつこい奴だ。だいたい、アレって何だよ。わかんねぇよ。その、アレ、というのをゆってくれよ。ゆってくれたら、持ってくるよ。
「持ってこねぇと、てめえ、マジであのこと、妹にバラすからな!」
もうやだ。カンベンしてくれ。あのことって、いったい何だよ。わかんないよ。わかんないのにバラされても、なんのっちゃわけわかめだよ。カンベンしてくれ。
良夫はまた目がクエスチョンになってしまった。
今度は、自然主義リアリズムのクエスチョンではない。それは気持ち悪いのでやめた。今度は、まんが・アニメ的リアリズムのクエスチョンである。よく見れば、二人とも、いつのまにか、リアルな実写の二人から、アニメちゅうかマンガちゅうか、そんなカンジのコミカルな二人になってる。
ゆえに、口調も何かマンガっちゅーうか変になってきた。
「もーよっちゃん。ぼく、もーチミのこと、ゆるちまちぇんよー!」
「いやん、いやん。たけちゃん。そんな、いけずなこと言っちゃ、よしお、いやーん」
これがマンガなら・・・と、喫茶店のマスターは皿をふきながら、二人の様子をのぞき見ている。
まぁ、自然なセリフであろう。そして、ああいう、ちょっとおかしいな口調の方がおもしろくて、読者もついてくる・・・
そう、マンガなら・・・
マスターは、ため息をついた。
しかし、これはマンガじゃない。
マンガならば、二人が、あのように、奇妙なコミカルな言い争いをしていれば、まわりのお客さんだちも、
「おい、やめろよ、君」
「やれ、やれー」
「お母さーん、なーに、あのおじちゃんたち。泣き叫びながら殴り合ってるよー」
「これ、みつおちゃん! 見てはいけません!」
とまぁ、大ドタバタが展開されることも十分ありうるであろう。
しかし、これは、マンガではない。
いや、正確には、彼ら以外は、マンガではない。
彼らは確かに・・・がんばった。
がんばって、マンガのキャラクター化に成功した。こっから、こうして見ていても、十分、成功している。動作といい表情といいセリフまわしといい、十分にマンガのキャラクターだ。これが映画化された日にゃ、立派なアニメ作品として世間を圧巻するであろう。
しかし、残念ながら、まわりのお客さんは、まだマンガのキャラになりきれていねぇ。自然主義リアリズムのキャラのままだ。本物の人間だ。生身の人間だ。
だから・・・
イライラし始めている。
そりゃそうだ。
生身の人間が、喫茶店で、あんなにもコミカルにダイナミックに絶叫しながらケンカしてる二人を許すわけがねえ。
彼らは、何も、良夫とたけしのドタバタに参加するために店に来てるわけではないのだ。
お茶を楽しんだり、おしゃべりを楽しんだりするために店に来てるだけなのだ。
良夫とたけしの隣の席に座っていた女の人がブルブル小刻みに震えていた。
たけしと良夫は気づかない。
あまりにも微妙な震えだったからだ。
ドタバタに微妙は似合わない。
たけしと良夫の動きはますますヒートアップし、そこだけピックアップすれば、今にも、週刊少年ジャンプで通用しそうな勢いであった。
しかし、そこ以外の空間はますます重くなっていった。
たけしたちの勢いに反比例して、ますますリアルに、
「なんだこいつらは」
「なぜマスターは、こいつらを注意しないんだ」
という、そういう空気につつまれていた。
マスターも困っていた。
「まいったな・・・」
そう。こっから、ドタバタになるか、それともリアルな自然主義リアリズムにのとった文学にしてくか・・・すべて、彼が主導権を握っていたのである。
しかし・・・
考えてもみれば、これは少し酷なことではなかろうか。
なんとなれば、マスターは、喫茶店のプロではあるが、文学のプロではない。そんなこと任されたって、どうすることもできない。
マジで困った。
よく見ると、女の人の持っているティーカップがカタカタ揺れている。
まずい。
マスターはあせった。
これは確実にドタバタになる。
女の人は、カップを二人の顔にぶちまける。そんな予感がする。
なにがまずいか、といえば、お客さんにそんなことをさせてはいけない・・・というのももちろんあるが、マスターが一番恐れていたのは、果たして、まんが・アニメ的リアリズムの二人と、自然主義リアリズムの女性がぶつかり合った時に、一体、どんな、アクションが展開されるというのか。
まったく未知数である。
恐ろしいことになることだけは間違いない。
昔、「ロジャーラビット」というハリウッド映画があった。これは実写とアニメを組み合わせた実験作である。
主人公のウサギ、ロジャーが、まあ、こいつは、アニメなんだが、こいつが、本物の水を口からピューと噴き出すシーンがある。
これはどうやって撮ったかというと、ホースでピューって水を出してるシーンをまず撮り、そのホースの上に、アニメのロジャーをかぶせる・・・という、あれはうまいねぇ。うん。ホント。手塚治虫がうなってたのも、うなづける。だって、ホント、リアルだったもん。ロジャー、水噴き出してたもん。すごかった。あれはすごかった。
マスターは我に返った。
い、いかん。逃避してる・・・あれは、映画の話じゃないか。映画なら、すごいで済ませることはできる。しかし、これは、現実なんだぞ。トリックも何もありゃしねぇんだ。
マスターは、これはもう耐えられん、と思って、注意にいく態勢に入った。
良夫とたけしの声はますますヒートアップしてる。
女性は静かに静かに、しかし、それでも、確実に怒りを表現し始めている。
女性だけじゃない。まわりの客もみなそうだ。
もし、
.
ここに、筒井康隆先生が、来店した日にゃ・・・恐ろしくって、想像できねー!
しかし・・・
マスターはこんなことも思う。
あの女性・・・名前、何ていうんだろう。
毎日、来てるよな。近所でホステスしてるってことは知ってるけど・・・キレイな人だな。夜来る時は、ケバい格好で、なんだか、典型的なお水の人って感じがするけど、まだ、若いんだろう、染まってないんだろう。休日になりゃ、TシャツにGパンに薄化粧って・・・なんだかいまどきの女の子になって来るんだな・・・
ん?
とマスターは思った。
おい、これいいじゃん! 何か、自然主義リアリズムの感じになってきたじゃん!
ちょっと、マスターはうきうきしてきた。
ここで、俺が、あのトリッキーな二人を、
「すみません・・・ほかのお客さんに迷惑ですので・・・」
とやれば
「お嬢さん、ごめんなさいねぇ。たまにああいう変なお客さんもいますからね」
とやれば
いや、やったらどうなるってもんでもない。やって、
「あら、お兄さん、気になさらないでくださいな。あたし、お店でああいうのには慣れてますから」
「はぁそうですか・・・」
「今度、お店に来ません?」
「はぁ、しかし・・・ぼく、行ったことないんで・・・」
「うふふふ。大丈夫ですよ。あたしが、うまいことしてあげる。ふふふふ」
「ほえー」
なんちゃって、それも、なにがなにやら、マンガやなー!
マスターは我に返った。
そういう問題じゃない。
こんなの喫茶店じゃない。
喫茶店はドタバタを許すわけにはいかないのだ。ほんわか楽しい雰囲気にしなくては店がつぶれるのだ。
マスターは、二人の方に向かった。
「よしーお。ドゥユーアンダーステーンド? おまーえ、ほんまーに、わかってけつかるねーん?」
「OH YOU! おまーえこそー、なんでカタコトゆってけつかるねーん!」
相変わらず、ハイテンション。
実はギャグマンガ好きのマスターにとって、この状況はぜひとも維持したいところであった。
しかし、ダメだ。
これは、現実なのだ。
いや、ちがう。
お客さんのことを考えろ。
俺は、喫茶店の主だ。ギャグマンガ家じゃない。二人のドタバタ行為を止めぬことには、店の経営が成り立たねぇ。この小説の読者を楽しませる。そんなことは作者に任せておけ。俺の仕事じゃねえ。俺は、とにかく、お客さんに、ゆっくり落ち着いた雰囲気で食事をしたりおしゃべりをしたりさせてあげなくちゃいけないんだ。
竜彦。しっかりしろ。お前が、二人のドタバタを止めれば、この小説の読者が悲しむだろう。しかし、お前が、二人のファンキーなやりとりを止めなければ、この店にいるお客さん、とりわけ、あの、美人の女の子を悲しませることになるのだぞ。いいのか。それでいいのか、竜彦!
マスター、いや、竜彦は、たけしに声をかけようとした。
女の人の方をちらちらと横目でみながら。
「あのゥ、お客さん・・・」
たけしが目から何か光線みたいなものを出した。
「ビーム」
竜彦の顔面を直撃した。
「わちちちちちちち」
すかさず、よしおが、ひるむマスターのお尻めがけて、目から光線。
「ビーム」
竜彦は床をのたうち回った。
「あつい、あつい、あつぅぅぅうううういいいいいいいい」
女の人が立ち上がった。
「マスター」
「は、はひぃぃ」
竜彦は、床で足をばたばたさせながら、女の人を見上げた。
「おかんじょう」
「は、はひぃぃ」
もう終わりだ。もうダメだ。怒ってる。かなり怒ってる。もう店に来てくれない・・・!!
レジ台でお金を渡してるときも、女性は、マスターと目を合わせてくれなかった。
足早に去ってしまった。
うぉぉぉぉーーーー! さらばー俺の恋ぃぃぃぃ!
マスターは、腰を押さえながら心の中で叫んだ。
しかし、それは、マスターの勘違いであった。
彼女は実はめっちゃコメディファンで、ずっとずっと笑いをこらえていたのだった。
マスターがたけしたちにビームをやられた時、やばいこれは吹き出す、と思って、店を出ることにしたのだ。
床にのたうち回るマスターを前に、そんなことは・・・いけない。
晴れ渡る空。
どこまでも続く空。
女の人は、見上げた。そして、笑い出した。
「あっはっはっは。サイコー!」
女の人は最近いやなことが続いていた。お店で知り合ったヘンテコなハゲオヤジにストーキングされるわ、親にお水やってるのがバレてケンカするわ、カレシの会社が不渡りを出して倒産して、ずっとヒモしてるわ、してるわってゆうか、家事もしないし、すでにニートになりかかっとるわ・・・
「ふふふふ。でもあのマスター、本当に・・・」
女の人はマスターの竜彦の顔を思い浮かべながら思った。
すごいギャグセンス持ってるわ・・・
その時、なぜか、きゅんとなってしまった。
「ま、まさかね・・・」
女の人は、あわてて、ハイヒールをカツカツと立てながら、ニート野郎の待つアパートに向かった。
その頃、喫茶店では、よしおとたけしがマスターに首をしめ上げられていた。
「おれのぉぉぉーーーおれの恋がぁぁーうぉぉぉぉぉぉ」
「ぐふ・・・く、苦し。マ、マスタ、かんべ・・・」
「マスター! やめて! たけちゃん、死んじゃうよ! お願い!」
「うぉぉぉぉぉーーーー俺の恋、恋、こぉぉぉぉ。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
まわりのお客さんたちがそれを見てげらげら笑ってる。
なんか知らんが、キャップをかぶったひげヅラのオヤジが、ドリンクバーの陰から、メガホン振り回しながら怒っているぞ。
「マスター抑えて! 抑えて! もっと自然に! もっと自然に!」(了)
|