プロペラが生み出す風が、水面を揺らして吹き抜ける。
「搭乗員搭乗確認」
「爆弾懸吊ヨーシ」
「尾翼動作確認ヨーシ」
「一番機離水せよ!」
俺は敬礼をすると、機体の速度をゆっくりと上げていった。両翼に取り付けられた浮舟が、水面を滑る様に進んでゆく。基地の仲間が帽子を振る姿を、目の端に捉えていた。
そして、機首を上げ大空へと飛び立った。地上からは、日の丸の朱がとても鮮やかに写っていることだろう。そして大陸からの風を受けて、沖縄へと進路を取った。
淡水基地からの出撃はこれが最後になる。次は内地へと移り、特攻隊に編成されてしまう。
「チッ」
(くだらない、最高の練度を誇る俺達が特攻任務とは。)
「おい後部座席、旋回機銃の試射しろ」
「はい!」
(両翼の弐拾ミリ機関砲は)
ガガガガガ
どうやら問題無い。前方には、水平線には太陽が沈もうとしている所だった。
(願わくば……。)
戦局のためか、その夕日が日の丸の朱に見えて仕方がなかった。任務は夜間爆撃、この夕日だと今夜の天気は綺麗な星空になりそうだ。
「沖縄までは後半分だ、低空を一気に抜ける。気を抜くなよ」
機体の調子が良い、上手く風を凪いでくれる。嫌な振動も、操縦桿の重さも無い。
(今日も生き残りたいものだ。)
――幼い頃から空が好きだった。風を受けて、どこまでも速く高く遠く。ずっと空に魅せられていた、戦場の空でもそれは変わらない。
「敵飛行場視認!」
一気に高度二千まで上昇する、急降下爆撃で二百五十キロ爆弾をかまして一気に逃げる。
(クソ、迎撃機が相当あがってやがる。)
「後ろから二機来るぞ、撃て!」
空戦フラップの釦を押しながら叫んだ、急降下爆撃の姿勢に入る。目標、敵燃料補給車。
空気抵抗に機体が揺れる、しかも地上からの対空砲火も盛んだ。多分何発かくらっている、弾が機体に当たる嫌な音は意外と耳に響く。
「投下!」
弐拾ミリ機関砲の機銃掃射をかけながら、爆弾を投下した。戦果確認をする余裕は無い。閃光があちこちに見え、一瞬照らされる景色が後方へ流れてゆく。
(最高速度四百、振り切れるか?)
幸い基地防衛のために、未投下の爆撃機が目標らしく離脱する俺たちの追撃は殆ど無かった。
「古仁屋に向かう、損害は?」
「左翼側浮舟に被弾していますが、おおむね問題ありません」
「よし、どうだお前は敵を落としたか?」
「わかりません!」
本土から来てまだ飛行経験の浅いためか、興奮冷めやらぬ口調で少年は答えた。
「そうかあ」
古仁屋で補給を済ませたら、基地に帰る前にもう一度沖縄を爆撃しなければならない。気が付けば、半欠けの月が空と海面に浮かんでいた。真っ暗な海の上、星を見ながら飛んでいると天の川の中を飛んでいる気がする。
「おい」
「はい!」
「歌え」
「はっ!しかし自分は音痴であります」
「こんな海の上、俺以外に誰も聞きやせん」
「はい!」
確かに上手いとは言えない歌声が、やかましいプロペラの音の合間に響いてくる。
(海行かば……だな。)
到底自由とは言えない空、けれど俺は自分の意思で飛んでいる。
(何のために?)
ただ空が好きだった。
そして、俺達は九州へと移り八月十五日を迎えていた。
「これからどうされますか?」
結局、本土での特攻準備中に終戦。俺達は生き残っていた。
「お前はどうするんだ?」
小さな風呂敷包みをもった相棒に質問を返す。
「はっ!故郷へ戻りたいと思います」
「それがいいだろう、元気でな」
「あの」
「俺には空しかない、一緒に来るか?」
「申し訳ありません、自分は……」
「気にすんな!言っただけだ」
カラカラと笑って俺は歩き出した。
「空が広いな」
蝉の大合唱を受けて、空を仰いだ。照りつける日差しが眩しくて、かざした手の隙間から大空へと飛び立つ鳥の背が見えた気がした。 |