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この小説内での魔理沙に対するイメージは、恐らく皆さんとは違ったものだとおもいますが、詳しい説明は後書きにでも。
幻想に惹かれた者達
貫きたいオモイ
恐怖。それが今の私の全てを支配している感情。

紅魔館の地下深くに存在する図書館で、私は一人の男と対峙している。男の傍にはこの館の主の妹である、フランドール・スカーレットが彼の生存を喜んでいる姿がある。
遠巻きにそれを眺めているのは、その主であり姉であるレミリア・スカーレット、この図書館に住んでいる妖怪の魔法使いパチュリー・ノーレッジ、この紅魔館のメイド長を勤めている従者の十六夜咲夜、パチュリーに召喚されこの図書館の管理及び守護を任されている双子の小悪魔、姉のこあ、妹のリトル。
彼女達もまた、私と同様の驚きを露にしている。

私の全身全霊を込めた一撃が、男に対してまったく意味を為さなかった。
自惚れかもしれないが、私の魔法は妖怪に対しても絶大な威力を誇る、パワー型のものだ。その効果の程は色んな場面で実証されており、それで異変だって解決してきた。
私だってそれを自負しているからこそ、人間であるというハンディキャップがあってもこの幻想郷内でも縦横無尽に駆けることが出来た。

それでも、私には勝てなかった奴がいた。妖怪と人間、ひとりずつに。
妖怪は、皆が知るであろう妖怪の賢者と謳われている、八雲紫。
人間は、この幻想郷で最も強いとされている人間であり巫女、博麗霊夢。

八雲紫に会ったのは、幻想郷から春を奪われ、それを解決しようと意気込んだ時だった。私は紅魔異変を霊夢と解決したことで浮かれていたのかもしれない。

その事件を解決したすぐに起こった、幽明の境とやらが薄くなるという奇怪な事件を解決すべく向かった。
私は一人異変を起こした紫と対峙し、戦った。

結果は、無残なものだった。
魔力は枯れ、衣服も最早その用途を果たしていない程にボロボロ、その裂け目からは大量の傷が余すことなく侵食している。
それとは対照的に、多少の乱れはあるも空を悠然と漂い見下している紫。
その表情があまりにも無機質で―――恐ろしかった。

初めて、戦いの中に恐怖を見出した。
絶対的な力の差。自分とは何段階も先を行っている未知の存在。
人間としての限界と矮小さを、厭というほど刷り込まれた。
結局それは霊夢が解決したが、彼女もまた満身創痍だったと記憶している。―――気のせいか、紫は依然として余裕そうだった気もする。

普段は飄々として掴み所の無い奴だが、あの時の彼女はまるで闘うことだけを目的とした人形の様だった。勝利をしても何も思わず、敗者に対して興味も持たず。何もかもが無機質。

そして霊夢。彼女は人間でありながら妖怪なんかを遥かに超越した異端者だ。主に幻想郷を覆う結界の管理をしている巫女だが、妖怪退治のほうが最早彼女を語るに必要な武勇伝となっている。
私は、彼女には殆ど勝てない。勝ててもその時は大抵が腑に落ちない結果だったりと、大手を振って勝ったと思えたものは一度と巡り合えていない。

この男は、この二人と一緒だ。
対峙してるだけで感じる絶対的な力の差。息が詰まる一秒一秒の感覚。常に恐怖で僅かに震える体。勝てないと理解(わか)っていても、逃げるなんて考えすら起こらない。背中を見せた瞬間に殺されてしまうのではないかという考えが常に頭を巡る。

目の前にいる男は何をするでもなく、ただ無表情に私の姿だけを捉えている。攻撃してくる気配もなければ、逃がしてくれる気配もない。

こいつは、何者だ。
私のマスタースパークをあの無防備な体勢から盾で防いだと本人は言っていた。
でも、どう見たってあの2メートル近い巨躯を覆いつくすほどの代物を持っている風には見えない。
だが、男は服や鎧にすら傷ひとつついていないと言う視覚的事実が、その矛盾を膨らませる。

私だって怠けていた訳ではない。寧ろ敗北を糧に、毎日魔法の研究を続けた。今度こそ、誰にも負けない力を身につける為に。
しかし、今こうやって嘲笑うかの如く簡単にその努力をへし折られている。
本当は泣きたい。でも、それは今するべきことじゃない。今心も折れれば何もかもが無駄だったと認めてしまいそうだから。生きることすら厭になってしまいそうだから。

『盾が壊れたんなら、もう防ぐ手立ては無い筈だぜ?』

口だけは必死に虚勢を張る。精一杯の抵抗だが、取り繕うにはこれが最も都合がいい。
私は震える両手で力強く相棒であるミニ八卦炉を構える。先程のマスタースパークで身体の節々は悲鳴を上げ続けているせいもあるが、やはり一番は目の前の存在のせいだ。あんな本気の放射は久しぶりで、身体が追いつかなかった。予想通りの結果とはいえ、予想外が連鎖して結果的に無駄な行いとなっている。それがどうにも腹立たしく、悲しかった。

次第に魔力が一点へと集中していく。その反動に更なる悲鳴が身体中から聞こえる。
痺れる手の平から、八卦炉を落としそうになるのをどうにかして持ちこたえるも、限界だった。

『これで、終いだ!』

まともに声は出せない筈だったが、憤りの果てには常人を超えた体力すら持ててしまうとでも言わんばかりの大声が空間全体に響き渡る。
目下では、相変わらず私を見上げている男の姿。反撃する雰囲気はなさそうだが、私を掌握するこのねっとりとした雰囲気だけは拭えない。

超高熱が一斉に放射される。妖怪すらも白旗を上げる一撃が、二度目の咆哮を上げる。
再び図書館が私の魔法で埋め尽くされる。

私の全てを搾り取るまで動かないと思っていた思考は、目の前に現れた異物によって阻害された。僅かながらに見える、男の手にある赤い槍。いつの間に、とは思ったがこの状況ならばこちらが圧倒的有利。

『そんな細っこい槍で私の魔砲は止められないぜ!』

間も無く当たるであろう瞬間、槍を逆手に持ち、担ぐように構えた。まさか、投げるというのか。
無謀な、この状況下でその選択は流石に私でも勝利を確信してしまいそうになる。
思わず頬が緩み、油断が生じる。あの槍がどんな強力なものでも、この魔力の壁を破れるはずがないと、そう信じて疑わなかった。

そんな僅かながらの望みすら、打ち砕かれた。
それは投げられ、マスタースパークに衝突したかと思うとまるでバターを裂くかのように、まるでこの壁なんてなかったのでは無いかという位に加速し、ついには目の前にまで現れた。

―――あぁ、死ぬのかな私。
死ぬ直前って物事がゆっくりに感じるって言うけど、まさしく今の様子がそれだ。そうじゃなきゃ今頃私の身体には不釣合いな角が胴から生えている頃だろう。
悔し涙すら流せず、満足しないまま一生を終える。
私が生きた証がそこには無い、まるで虚空の様な人生。
やはり私は"普通の"魔法使いでしか無かったのか。
普通は異端になれない。普通である限り、異端とは渡り合えない。

一番近しいと思っていた相手との距離は、誰よりも遠くて。
誰よりも同等でありたいと思った相手との距離はイタチごっこの如く変わらない。
こんなにも努力しても、"才能"と言うありきたりな文字に一蹴される。そんな、私の人生。

永遠の闇が僅かにまで迫ったとおぼろ気に理解した瞬間、その闇そのものが炸裂する。
比喩なんかではなく、言葉通り音を立てて爆発した。爆薬が装着されてもいない槍が。

私はその爆発の衝撃で箒から吹き飛ばされ、手にしていた八卦炉を離してしまう。体は自由落下をし、主を失った箒と八卦炉もまた、同じ運命を辿る。
背中を思い切り強打して一瞬息が止まるも、その直後の激痛により無理矢理に声が漏れる。

『か、っは――――。っ痛ぅ~』

痛みに唸りを上げる中、小気味良い音と不愉快な音がほぼ同時に聞こえてくる。
ガラン、という箒の木製の柄が奏でる音と―――カシャン、という八卦炉の砕ける音だった。

『あっ―――』

その光景に呆然としてしまうも、身体だけはしっかりと八卦炉の方へと動いていた。

辿り着いた刹那、私は闇雲に砕けた八卦炉を拾い上げる。それはまだ持てない位の熱を内包していたが、そんなのお構い無しに拾い続ける。
手は火傷と切り傷で一杯。これが料理の練習で起きた結果ならば可愛らしいだろうが、これはただ情けないだけの傷だ。
失くしてしまった、私の宝物。
私の相棒でもあり、私そのものでもある。そんな片割れを。
私は自然と涙を流していた。当たり前と思えるだろうが、私は決して誰かにこんな姿を晒した事は無かった。
弱みを見せれば、付け込まれる。強い奴が蔓延るこの世界では、弱い私はそんな事があってはいけないから。

でも今、片割れを破壊された事で私の心も壊されたらしい。
半身を失ったのだ。その悲しみは想像を遥かに凌駕する。

正面から靴音が聞こえる。間違いなくアイツのものだ。
私は服の袖で乱暴に涙を拭き取ると、うつ向いていた顔を上げてそいつの姿をキッと見据える。

その姿は先程と何一つ変わらず、整然とした姿を保っている。
ただ違う所があるとすれば、そこから敵意は一切感じられないのと、―――その表情が言葉では言い表せ無い程の悲しみに包まれていた事だけだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


勝敗は決した。しかし私は自身に対して憤りしか感じられなかった。
勝利の余韻など欠片も無い。自身を制御無しに殴れるならば今すぐにしてしまいたい位に、私の心は荒んでいた。

レミリア達の数の暴力を抑える為の単独戦闘。それはつまり、選択の自由が有り余る程に私には存在していると言うこと。
あった筈だ。目の前の少女が泣くことも傷つくこともない最善の結果が。
なのにこのザマだ。彼女が大切にしていたであろう炉は原型を留めておらず、それを拾い上げた彼女の手には火傷と破片による切り傷が無数に出来ている。
私が変わって拾ってやりたかったが、それは彼女の心に追い討ちをかける事と同義。私はただこうやって彼女の泣き腫れた目から鮮明に感じる明確な敵意を一身に受けることしか出来ない。

滑稽だな。誰かを救いたいが為に全てを棄てた者がいざ何かを得ようとすれば、その対価と言わんばかりに何かを溢してしまう。
やはり私みたいな不器用な者には、二兎を得る事は叶わないのか。

凛―――、君は私に幸せになって欲しいと願ったな。私には分からんよ。誰かの幸せを踏み台にしてまで得た幸せが、ホンモノの幸せなのか。

私が傷つかなければ幸せか?
私が平穏無事に生きていれば幸せか?
―――俺がこうしている事が幸せか?

―――違うだろ、遠坂。
幸せなんてものは多種多様だ。笑っているだけで幸せな奴、誰かをコケにしていれば幸せな奴、誰かを殺していれば幸せな奴。人にはそれぞれの悦楽の方程式があり、俺がどうこう出来るものでは無い。
人間なんてのは、自身の幸せの為なら何でも犠牲にする。他人を犠牲にするってのは、それが一番簡単な選択肢だからだ。何せ自分に関するものでは無いからな。
俺が壊れてるってのは、それとは真逆だからなんだと思う。
自分が幸せになるべき定義に当てはまらないんじゃない、他人が幸せになる事が俺にとっての一番の幸せなんだ。だから俺は喜んで誰かを助けているんだ。

確かに最初は罪の意識からだったかもしれない。でも、根底では少しずつだけどそれが生き甲斐になっていた、自身でも知らない内に。
少なくとも、こんな結果は私の幸せの定義には当てはまらん。狂っていると言われても、これが自身にとっての"普通"なのだ。これを覆すと言うならばそれは私という存在をゼロにしなければ不可能と言うもの。

『シロウ!』

背後からよく聞こえるレミリアの声が響く。それに振り返ると、遠目に見ていた面々が一斉に近づいてくる。いや、小悪魔姉妹とパチュリーがその輪には入っていなかった。

『勝った、の?』

フランドールが魔理沙の様子から状況を汲み取る。私はそれにあぁ、と弱く呟いた。

『レミリア』

私は意を決して話しかける。彼女もまた、その雰囲気に気が付いた様で変わらぬ表情で私を見上げる。

『私を殴ってくれ。出来れば手加減無しで頼む』

その言葉に、周りがざわつく。
当然だ。第三者からすればそんな事をする理由が思い当たらない。あるとすれば図書館の無惨な姿のせいぐらいだが、それはパチュリーに言うべき問題だ。

これは純粋な罰だ。いや、ただの自己満足かもしれない。
こう言った不器用な形でしか己を律せないのは未熟な証拠かもしれない。別に一生熟練に至れるとは思ってもいないが。

『下手すれば死ぬわよ』

『死ぬ気なら頼まんよ。これは生きる為の枷だ』

その言葉にレミリアが押し黙るも、すぐに頷いてくれた。

『理由は聞かないけど………アンタは莫迦ね』

『私もそう思うよ』

二人して薄く笑い、そのまま私は強烈な衝撃と共に紅魔館の壁を突き破った。
空を浮いた私は何度も地面を弾き、身体はそれに従って不規則に捻れる。

これは痛い。強化は一切かけてなかった故か、まるで痛みを感じない。強すぎる一撃でどうも脳の一部が麻痺したのかもしれん。
それでも何とか立ち上がる事が出来るのも、サーヴァントの恩恵故か。

外傷を魔術で確認する。胴に対する一撃だった様で、肋骨が何本か逝ってしまっている様だ。更には臓器に刺さるというオマケつき。
理解した瞬間に、猛烈な痛みが全身を支配する。口から僅かながらに漏れる血を拭き取り、立ち上がる。
意外にまともに歩ける。レミリアが手加減したのか、私が無駄に丈夫なだけか―――どちらにしろこれ以上は流石に危険だ。
身体はボロボロでも、心は晴々としている。決してマゾな訳では無い。

壊れた紅魔館の壁から再び中へと入る。すると近くまで皆が近づいて来ており、私を迎え入れてくれた。

『全く、アンタはどこまで私を驚かせれば気が済む訳?』

呆れながらもその表情には笑みを忍ばせているレミリア。
あれは手加減だったのか、と聞く前に腹に再び衝撃が訪れる。

やばい、あたまがくらくらする。
これ以上は駄目だと警告していた脳が、なにもいってくれない。
流石に、死んだかもしれんな―――朦朧とする思考の中、そんな事を悠長に考えていた。

私の身体は慣性の赴くまま、背中から倒れていく。
最後に見えたのは、私に止めの一撃を放った張本人である、フランドールの姿だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『――――――ウ』

声がする。それは必死に叫んでる様に聞こえる。
何をそんなに必死になっているんだい?
その言葉は誰に届くことも無く、私の中で霧散する。

『――て――ロウ』

同じ言葉が反芻される。曖昧にしか聞き取れないのに、何故かそれが同じものだと理解ってしまう。
揺さぶられる身体。この声の主が起こそうとしているのだろうか。
―――ならば期待に答えないとな。

『起きてよシロウ!』

完全に覚醒した意識の中、フランドールが私の顔を覗き込む様に身を乗り出して体重を預けている。

『シロウ!よかった………!』

フランドールの目から大量の涙が溢れ出す。それを見たことで先程までの経緯を思い出す。
私は魔理沙に勝ち、その決し方に納得がいかずレミリアに頼み込んで全力で殴ってもらい、そこに追い討ちでフランドールの突進をもらい、今に至ると。

彼女は恐らく私に対する罪の意識で一杯だったのだろう。何せ全面的に私のせいとは言え彼女がトドメを刺したのは誰の目から見ても明らか。
ワザとでは無いから、こんなにも涙してくれるのだ。この子が罪悪感に囚われるべき所は何ひとつ存在しない。

私はフランドールの頭を片手で抱きよせ、その手の平でそのまま撫でる。

『心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから、泣き止んでくれないか?』

未だ腹部は痛むが、こんな時くらい他人を優先したって誰も咎めたりはせんだろう。ランサー辺りなら、男が廃るだのとか言いかねん状況だ。

『ごめんなさい………!ごめんなさい!』

鼻水混じりの潜った声で精一杯謝罪をするフランドール。
痛々しい程に純粋な少女。その儚げな姿を消してしまわない様、もうひとつの腕でも少女の身体を抱き締める。

『君が泣いていては身体が治っても心は苦しいままだ。
―――それに、君は元気に笑ってる方が似合っている』

心配させまいと、精一杯笑みを浮かべる。
彼女はそれを見て、涙ながらに笑みを返してくれた。

『うん………っ。ありがとうシロウ』

フランドールは私の抱擁から逃れ、今まで座っていたであろう椅子に再び腰を下ろす。
その際に私の片手は少女に握られたまま。優しい、暖かみのある握り方が心の癒しとなり、浸透していく。

『それはこちらの台詞だよ。大方私にずっと付き添っていたのだろう?
すまない、君を縛るつもりは毛頭無かったのに』

『いいの。私はシロウの怪我を治せる訳でも無いから、せめてこうしていたかったの。
―――何もしないでなんていられないもん』

怪我―――そういえば、と。

『私の怪我なのだが………何だか殆ど治っている気がするのだが』

痛みは残っているものの、あの折れた肋骨は見る影もなくなっていた。
傷の回復ならば、基本は魔力さえあれば事足りる。しかし、その魔力の減りが軽い戦闘程度にしか消費されてない事に違和感を感じる。

『私が倒れてから、どのくらい経った?』

『んっと………一日も経過してないよ。今は午後二時くらいかな』

それならば、長く眠っていた最中に魔力の回復を図っていたという結論には至らない。だがしかし、それでは辻褄が合わない。

ベッドの毛布を捲ると、ギプスと包帯をつけられた私の身体が露になる。無駄のない包帯の巻かれ方から、手掛けたのはそれなりに医学の心得がある者だと予想する。

『手当ては一体誰が?』

『永遠亭って所の医者を咲夜が呼んだの。
私はその場に立ち会えなかったけど、外からその医者の何だか驚いた様な声は聞こえた』

驚いた、か。その驚愕の理由は関与する事では無いだろう。

『医者か………。何だか迷惑かけっぱなしだな』

私自身、ここまで丁寧な扱いをされるとは予想していなかった。良いとこ包帯を無理矢理きつく縛る、悪いと放置なんて結果の方が強いと睨んでたのだが。

『あ、そのことなんだけど………、お姉様がね、治療費分はタダ働きさせるつもりだから大丈夫みたいなこと言ってた気が………』

『………なるほどな』

いい感じに縛るこじつけを与えられた、と言うことか。
私に対する治療費がいくらかは分からないし、聞いた所で口止めが利いてるだろうから知る術は無いと考えてもいいだろう。
これは、早苗の頃合いを見て辞めるつもりが、そうもいかなくなった様だな。

『でも………嬉しい。そしたらシロウがずっと居てくれるから』

握られた手に力が籠る。フランドールの表情は、とても晴々としたもので、それを拝めただけでこの予定外の計画も満更ではなくなっていた。

『シロウは、嫌?』

涙目ながらに訴える。
―――全く、敵わないな。

『そんな事はないさ。誠心誠意、仕えさせてもらうよ』

『うん、ありがとう!』

この屈託の無い笑みはイリヤを連想させる。無邪気に、本心から物事を楽しむ純粋な心。中身はしっかりとした大人なのに、見た目は心に比例して成長していない。そんな所も似ている。この子は吸血鬼なのだから、私よりも歳上なのは想像がつく。

しかし何だろう、この違和感は。
イリヤを連想させたのは、本当にそれらの記号だけが当てはまったからか?
軽く自己問答するも、余計に引っ掛かりがもどかしく感じるだけに終わる。

『そうだ、お姉様達に報告しないと。私行くね』

唐突に立ち上がると、小走りで部屋の出口まで移動する。そしてノブに手をかけた所で、彼女は再び私の方を少し恥ずかしい気に見た。

『あの、ね?もしシロウの都合がいい時でいいから、一緒に遊んでくれる?』

何だか申し訳なさそうな雰囲気を醸し出してたから、深刻な話かと思えば。

『そんなことか。仕事に支障しない程度ならば幾らでも構わないさ』

頼ってくる者を拒める程、私は人間出来てない。それに、私自身も頼られて嬉しいのだから、別に悪い事でも無いしな。

『じゃあ、行くね』

その言葉と共にドアか開かれ、彼女もまたその奥へと消えていった。
私は、静かになった部屋から漏れる自然の音を聞きながら、時が経つのを待った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『パチュリー、あれは一体なんだったんだ?』

パチュリー・ノーレッジと的を得ない質問をした友人、レミリア・スカーレットは今テラスで咲夜が淹れてくれた紅茶をたしなみながら、緩やかな午後の一時を過ごしていた。
陽射しに弱いレミリアの為に、日時によって影になる場所で基本こう言った行為が行われる。保険の為パラソルをテーブルに刺せる式のを使って充分な対策は施してあるが、パチュリー自身は徒労にしか思っていない。

本来この様な時間帯には、パチュリーは図書館で相も変わらず本を読んでいる筈だが、昨日の深夜近くに起こった騒動がその予定を見事に破壊してくれた。
本棚は倒壊、当然書物の殆どは雪崩れる様に床に山を作っており、彼女にとっては正に惨劇の光景が出来上がっていた。
それをやった原因の一人はレミリアに殴られてダウン。もう一人は強制労働中、勿論修繕の為のだ。
とは言っても、ソイツは目を離すと逃げるか盗むかするから見張りが必要になり、実質いない方がいいのではないかと言う疑問すら覚える。こちらは罰と言う名目でやってる筈なのに、どうにも腑に落ちない。

『あれって?』

『シロウが出した槍だよ。あれを何処に隠し持っていたのかはどうでもいい。似たような奴がいるしな。
だがあれは別だ。あの槍に秘められた膨大なまでの魔力の量。その威力はマスタースパークを凌駕した。あんな槍、見たことも聞いた事も無いけど、パチェなら本の知識からあれを確認しているかもしれないでしょ?』

『確かに、あの槍には心辺りがあるけれどそれと該当するかはまた別の話よ。
―――だいたい、その憶測が当たっていたら、逆におかしな事が誘発するのよ』

もしあれが彼女にとっての"正解"ならば、何故そんな過去の―――いや、神話時代の遺物が存在してるのかが疑問視される。
明確な年数が捉えられない程の過去の話。逸話さえも正しいと判断出来ないこのご時世、物質そのものが風化すらしていない、それ以前に存在しているなんて莫迦げた話があるとは考えにくい。

『それでもいいさ。真実云々には元々しちゃいない。ただ、あれほどの魔力を帯びた槍を所持しているアイツが何者なのか―――少し気になっただけ』

『そう………。でも恐らくあの槍の持ち主イコール本人では無いわよ。
あれは破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)。神話の英雄、ディルムッド・オディナが所持していた槍のひとつで、魔力の流れを完全に断ち切る力を秘めていると言われてるわ』

『へぇ………だから魔理沙にマスタースパークを撃たれても無傷だったの?』

『もしあれが本物なら、ね。とは言っても、その結果は前に見たでしょ?』

感心しながら頷いているレミリア。彼女も槍を戦いに使う故か、話に深く聞き入っているのだろう。

『でも、彼はディルムッド・オディナでは無いわ。彼の英雄は、頬に異性を魅了する呪いを帯びた黒子があったとされてるわ。でも、そんなものは彼からは確認していない。それほどまでのものを隠し通せる筈も無いし、間違いなく別人よ』

『フランはまるでそれに魅了されたかの様にアイツにべったりだけどな』

愉快そうに笑うレミリア。何処の馬の骨とも分からない男にいきなり妹を取られたに等しい状況になって複雑な心境かと思えば、意外に落ち着いている。

『それは彼自身の魅力か何かなんじゃないかしら。
つまり、彼は何かしらの方法を用いてあの槍を手に入れたと言うことになるわね』

『シロウ自身は英雄でも何でもない、そう言いたいの?』

『………分からない。彼自身からも相当な魔力を感知出来るのよね。しかも下手な魔法使いなんか上回る程の、ね』

パチュリーは少し思案し、伏し目がちに答える。

『パチェよりも?』

『………悔しいけどね。でも初めて会った時にはそこまで魔力を持っていた様には感じなかったのよね。魔理沙のマスタースパークに包まれた後からかしら、そう感じたのは』

レミリアは魔法使いとしての自分を卑下するパチュリーを珍しいと思いながらも、会話を続ける。

『ふぅん。つまりアイツは魔力を隠してたってこと?』

パチュリーは静かに首を横に振る。

『自身の身体から漏洩する魔力と言うのは隠せるものでは無いのよ。魔力の程度にもよるでしょうけれど、あれほどの魔力を有しているのなら、素人だろうが簡単に分かっちゃうわ。
可能性としては、何かしらの魔法を使って隠蔽していたってのが挙げられるわね。
最も、理由に関しては関与する所では無いけれど』

パチュリーは話が終わったと言わんばかりに手元にあった本を広げて目を通し始めた。

レミリアもそれを引き金に、冷め切ってしまった紅茶に口を付ける。
再び静かな一時が訪れると疑わなかった世界が、一瞬の内に破壊された。

『お姉様!』

テラスに続くガラスの扉をを乱暴に開けるフランドールの姿を迷惑そうに二人は見詰める。

『騒々しいわよフラン。もう少し慎みを持ちなさい』

『シロウが起きたの』

その言葉に二人とも耳を深く傾ける。面白いくらいに連続するシロウに対しての出来事。まるで運命の巡り合わせと言わんばかりに上手く物事が動いている。

『それは丁度いいわ。彼には聞きたい事が幾らか出来たから、見舞いも兼ねて会いに行ってくるわ』

開いて間もない本を再び閉じて、ゆったりとした物腰で立ち上がる。

『フラン、貴女はここに残りなさい。
他愛も無い質問をちょっとするから』

パチュリーの後をついて行こうとしたフランドールを制し、先程までパチュリーが座していた椅子に座る様促す。
その指示に少し疑問符を頭に浮かべつつも、素直に従う。

『一体どうしたの?』

フランドールが切り出すと、レミリアはテーブルに両肘を立たせ、そのまま指を絡ませる体勢で妹の眼を覗き込む。

『いやなに、何でアンタがあんなにもシロウに固執するのかなって。会って間もない筈なのにあの有り様は少し異常じゃないか?』

異常、という言葉に厭に反応すると予想していたが、それとは真逆に砕けた様に頬が弛み切った光景が広がっていた。

『私も最初は特に意識はしてなかったんだけど、頭を撫でられた時にね、こう、身体の奥がポカポカしてきて、優しい気持ちになれたの。
もっと撫でてもらいたい、そんな気持ちにもなったの』

身振り手振りでその時の心境を表現する。漠然と理解出来る程度のそれは、必死に伝えようとしてるが故か、物事を端的に伝えられないが故か。

『暖かみ、ねぇ』

出会って間もない奴から与えられるものなんて程度が知れてる。
私達は彼のことを何も知らない。ただ雇って、魔理沙と勝負して勝って、私に殴って欲しいと懇願してきて………。

―――今にして思えば、その一連の行動に脈絡が無い。
まるで本能のまま赴く獣そのものだ。想像もつかない行動を起こすという部分では飽きさせないから楽しめるが、逆に言えば捉えどころが無い。
運命を操ることの出来る私にさえも掴めないと思わせるなんて、余程のことだ。

―――何だか面白くない。
久しぶりに感じる奥底から沸き上がるモヤモヤが、不愉快と言う感情に昇華していく。

『それでね、撫でられたり抱き締められた時に、シロウがまるで―――お父様みたいに思えたんだ』

恥ずかしげに俯くフランドールの姿を意識半分に眺める。
彼女はシロウに対して父性を感じたという。
よりによって、父として認識されてしまっているのだ。人間である男が五百歳近くの吸血鬼に対して。これはいい笑い話だ。

『父親?アイツはどちらかと言えば兄寄りじゃないか?』

『う~ん、お兄様だとちょっと違う気がするんだよね。自分でもよく分からないけど』

つまりは、アイツはなんとなくで父親として認識されていると言うことだ。見た目はいいとこ20代後半辺りだろうに。滑稽過ぎて救いようが無い。

『父親、か』

その言葉には、私に対して強い何かを与えてくる。

吸血鬼と言うものは、眷属―――人間が吸血鬼の血を飲んで吸血鬼化した場合もそれに該当する。
私達姉妹が純血なのか眷属なのか、そんなものは知る由も無い。
何せ五百年だ。古い記憶なぞ憶えていられる筈もない。特にそれが、自身にとっての些末事だったのなら尚更だ。私が憶えている最古の記憶。それは私達だけがこの紅魔館に住んでいるというもの。
父親や母親が居たかなんてものは記憶の彼方だ。思い出そうとしても恐らくは二度と叶うまい。
それはフランドール自身もそうだったに違いない。そうじゃなければ、見知らぬ男に父性なぞ感じる―――いや、求める訳が無い。

彼女が彼を父親として認識しようとしてるのは、兄妹としての愛情よりも、父親としての愛情に飢えているからなのかもしれない。

『なら、さ。いっそのことそう呼んじゃえば?』

悪戯を思いついた子供の表情をさせながら、そう答える。フランドールも唐突なことで要点を掴めていない。

『全く、何を呆けてるの。貴女がシロウを父親として敬愛するんなら、それに相応しい呼び名で呼ぶのが自分にとって最良の選択だと私は思うわ。
貴女がシロウをどれだけ好きなのか、呼び方ひとつで伝わる筈よ』

『――――――!!』

その瞬間、飛び跳ねる様にその場から発つ。
その消え際に、待ちきれ無いと疼いている少女は敬愛する姉の方を振り向く。

『ありがとうお姉様!私、シロウに言ってみる!』

それを彼女は何も言わず、ただ軽くその消え行く姿に手を振った。
その余韻に僅かながらに浸った彼女はその容姿には似合わないぐらいの悪人顔を浮かべた。

『さぁて………。これでアイツを弄るネタは決まったわね』

そんな彼女の思考は、これからの館の生活をどう面白く彩るかを考えるのかで一杯だった。

では、私がこの小説内で書いている魔理沙のイメージおば。

彼女は人間です。それは妖怪という人外が存在するなかでの、生まれながらにしてハンディキャップを背負っているということです。
彼女は、魔法使いでありながら人間として生きることを望んでいます。それは彼女が幻想郷で誰とも対等でありたいと望んで弛まぬ努力をし続けた証を―――意味を残したいからです。それは彼女のプライドでもあり、信念でもあります。

博麗霊夢とは親友でありながら、劣等感を抱える相手でもあります。
彼女は、生まれながらにして退魔の力を持ち、才能もありました。
関係で言えば凛とシロウですね。何代も魔術師としての血と魔力を受け継いできた遠坂と、まるで才能も無ければ魔術師としての素養も無い衛宮では、スタートラインが地上と富士山ほどの高低差があると言っても大袈裟ではありません。
誰にも努力している姿を見せず、ただ只管に゛最初からそうであった゛と見せかけています。

紅魔館の本盗みとかもそれです。彼女自身も何をやっているかは理解しています。無論、それが悪いことだとも。
泥棒という不名誉な呼び方をされてでも、彼女は強くなることを渇望しました。そうでもしなければ、本物の魔法使いと対等ではいられないし、ましてや霊夢には届く訳がない。
つまりは、泥棒してるのは霊夢のせいだと(ぉ

恐らく皆さんがイメージする魔理沙は、常に笑っていてそれが絶えることもなく、人間でありながら妖怪を薙ぎ倒せる"特別な"人間ってところだと思います。
しかしこの中ではそれとは真逆で、特別な存在に対する激しい劣等感を奥底に抱え、常に平等でありたいが為に口調も強気なものを使い、弱いところを決して他人には見せない"普通の"人間として書いています。

魔理沙のイメージが崩れた方、申し訳ありません。


こっからは違う話を~

フランのシロウへの愛はやりすぎた感があります。でもいいや、そんなもんだ。
予想以上に紅魔館の話長くなりますね~。せめてあと1~2話は連続しますね。

ペルソナの話ですが、誰にも期待されてないようなので、投稿は控えて保存したままのをちまちま書いていく方式でいこうと思います。作品が投稿されるかすら怪しいものですな。

どうでもいいことですが、ゲイ・ジャルグを詳しく調べる為に検索をかけたら、ログのそれなりに上の所にこの小説の直リンクがあってびっくりしました。なんかそれだけで嬉しく感じます。
これからも頑張っていきますぜ。


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