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9話:懐古的な永夜の風 ~Old side and Old gossip.

 暑すぎず寒すぎず。
 梅雨入り前な、水無月初旬の幻想郷。


 迷いの竹林。何処かしらに佇む藤原妹紅(ふじわらのもこう)の住処ほど、
幻想郷に於いて物静けさというものが似合う場所は無いだろう。

――物静けさ。
 それは、正常に流れる時と確かな生命の最中にあってこそ。
物静かな場所と言えるのではないだろうか。


 永遠亭は。永遠の魔法で時の変化から拒絶されている場所であった。
 ナマ物が腐り出す事もないし、風は流れず
葉は揺れず、落ちる器物も形を変えず。
覆水だって盆に返る。
 そして月のお姫様により永遠が解かれて以降、
その永遠亭は出来るだけ騒がしくあろうとしているのではないか。
 時間と生命のもつ騒がしさを良く知る高位なお宇佐さん。
因幡てゐは少なくとも永遠亭を物静かなどとは、もう思わない。

 白玉楼は。現世で言う所の『時間』という概念の無い場所。
 無いものが流れたり止まったりはしないもの。
 いくら庭の桜が狂い咲き、舞い落ち、静寂と幽玄の内に佇もうとも。
 白玉楼はやはり、死霊の為にのみ在るべき無音の常世。
 こんな場所に無明な生き物など踏み込んでくるべきではない。
私の半分があれば、もう充分ではないか。
 とどのつまり‥‥

 有無を言わさず主人と紫に置いてけぼりを命じられた白玉楼の半人半霊な庭師さんは、
一人庭掃き掃除をしながら、しみじみ思う。
 とどのつまり、平和が一番なのではないかと。

 博麗神社の境内は。
巫女さんが洩れなく嫌みと見做すだろう。
 少なくとも一人、普通の黒白い人間が退治されている。



 時の流れも、動植物達の必要最低限で聴き心地の良い営みの声も。
 
 この場所ばかりは、妖精や妖怪に乱される事も無く、本当に静かで。
そして微かな自然の音が絶えず流れる。
 広大な荘厳さとも幽玄さとも無縁な『竹林の慎ましい隠れ家』。

――私は。藤原妹紅が片膝座りにひっそりと眠る隠れ家を、
少しだけ慧音にいじらせた。

 届く陽光と通る風。
拓かれた竹林には、純真な生き物が惹かれ寄る。
そんな朝をローライフペースに目覚めて欲しい。

 藤原妹紅の隠れ家は幻想郷に於いて、
とても物静かな場所なのではないかと。
 私は、そう感じてならないのです。



  DEEP三昧。『東方もこけね勉学抄に見る、私の想い耽り』

―――――◆




 竹林のそよ風が笹の葉の揺れる音を鳴らし、
木枠の窓から屋内へと吹き込んでくる。
 笹の葉の聴き心地良い音色と共に、そよ風が耳元の髪を掻き撫でる感触を残す。

 そして熱くなっていた顔の熱を少しずつ冷ましながら、
そよ風は後ろの方へと流れていく。


 サラサラサラ・・・


ああ。なんて心地の良い風が吹き込むのだろう。

 不意に。外で一際大きく竹を揺らした風が、
高音と低音の入り混じった音をビュオォォッ!と上げて吹き込み。
 寝間着姿の妹紅の背中から新聞を攫い、舞い上げた。

「 ぁ」と小さく上がる妹紅の声。そして、

 妹紅を舞い上げた時にも落ちなかった私の帽子も落下させた。


―― カラーン。

 どれほどの時間、私は回想に耽っていたのであろうか。
 お陰で、だいぶ気の高ぶりは落ち着いてきたのだが。
すっかり飛び続けていた私の意識には、
足元で鳴り響いた音が余りにも刺激的で突然すぎた。

「ひぃっ!」
 掠れた低い悲鳴を上げて、体をビクンッと硬直させてしまった。
 しかも‥‥右手などは既に落下済みな物を押さえつけようと、
気付けば何も乗せていない頭を必死にペタペタやっていた。

 妹紅に呆れた目で見られている。

「‥‥慧音ぇ」
「なんて声上げてんだ」

 妹紅は胡座で座っていた寝台(ねだい)から床に足を下ろす。

 肘や膝を覆った所で終わる袖や裾口の辺りを
薄朱い紐で軽く結わえられた寝間着からスラリと、白いふくらはぎと
足首、素足が伸びて床にペタリとしっかり着いて腰が浮く。

その、やや中腰な姿勢のままに私の足元へトトッと駆け寄って、
落下物を拾ってくれた。

「ほら。落下物、ここ。ここ」そう言って頭の上の右手の上に、
帽子をコツンと載せられてしまう。

「あ あぁ」
「すまない、妹紅」

 中々焦りの拭えないまま、私は何とか取り繕おうと努めている。


 ‥‥焦りだ。
そうだ。焦りなのだ。

 気が高ぶっているのではない。
私は焦っている。
何に対してだろうか?
 阿求が突然現れた時も記事や写真を見せられた時も、
寺小屋に里中の人が集結していた時も、
今ほどの焦りに囚われていたであろうか。

 いつの間にか、拭えない焦燥感が私の身に染み付き離れない。

「  ‥‥ね」

 この感じは。
 そうだ。八雲紫が現れた時にも‥‥
 神隠しを行うと宣告された時にも同じ状態になっていたと思う。

「おい、慧音」

 段々と治まってきていた筈の焦燥感が、
妹紅の家に向かっている合間にはまた、私を焦りで狂わせている。

 いったい何が、こんなにも私を焦らせて止まなくさせているのだ。

「慧音やっ!!」
 妹紅の叫び声が、耳元で爆発した!

「わあっ」次いで、方耳の中で軽い痛みとキィーンと言う高音以外聴こえなくなる。
 少しずつ回復してくる聴覚と共に、
視界の中で妹紅の憮然とした表情も、はっきりと像を結んでくる。

 その表情を今度は心配する様な表情へと変えていく妹紅。

「さっきから、調子悪いのか?」
「様子が変だ。慧音」

 そうだ。自分で言うのも何だが、どうも私の様子がおかしい。
 もっとしっかりしなければならない。
 いつまでも油売りな真似をしている場合ではない筈だ。

「すまない妹紅」
「少しばかり取り乱してしまったようだ」

 平静を取り戻す様に努めなければ。
 私にも妹紅にも、やらなければならない事があるのだから。

「まったく慧音の乱心振りにも困ったものだ」
「朝っぱらから、あんな起こされ方をされる覚えはないぞ?」

 私と違って、すっかり調子を取り戻している妹紅が、
ぐぐっと顔を寄せて詰め寄ってくる。
 まぁ、確かに勢い任せにやりすぎではあったかも知れない‥‥けど、
「まだ朝方ではあるだろうが、もうそろそろ昼前だぞ。妹紅」

 正直、まだ寝ているとは思っていなかった。
 そんな妹紅に突発的に喝の一つも入れたくなった気持ちが、
あんな行動となって出てしまったのだと思う。

「むむぅ‥‥」
「昨夜、あんなにガッツリ食べたんだから仕方ないじゃないか」

 妹紅は圧し負けた様に寝台の方へと後ずさって行く。
そっと寝台に腰を降ろすと、急に恥ずかしそうに顔を俯かせて。
そして、ぼそっと言い難そうに呟いた。

「そ‥‥それに、」
「慧音から貰った、このせり上がった寝床が‥‥な‥‥」

 少し間を開けて。

「少しだけ寝心地良いんだ。‥‥いや」

「‥‥凄く」と、更に小さい声で、すぐに言い直してしまう妹紅。


 そ そんな事言われると、嬉しいじゃないか。
 余計切り出し辛くなってしまうじゃないか。


 私は衝動を抑える。
 妹紅の横にスと座って寄り添っていたい衝動を抑えて‥‥
「あのな、妹紅‥‥」
「その‥‥新聞の‥‥事なんだが」

 ジワッ‥‥

 何かが胸の奥で重くなった気がした。

 あれ?続かない。
言葉が続かない。

 最初の意気のままなら、ガッと手を取って連れ出す積もりでいたのに。
 妹紅も先を促すこともなく、俯いたまま沈黙を続けている。
 妹紅は聞いてくれているのだろうか?
無言で俯くその表情は分からないが、耳が赤くなっている。

 私の顔も何だかまた熱をもってきた気がした。
 もしかしたら、少し赤くもなっているのかも知れないが多分、
私達の間では違う空気が流れているのではないだろうか。

 こう、少しでも時間を置いていると、
少なからず落ち着きを取り戻せてくる気がした。

「‥‥新聞?」
 ようやく妹紅が俯いたまま一言。
 すると途端に。
 耳の赤くしたままの顔をばっと上げた。

「そ そうだ新聞!」
「お…お…大事になってしまったな慧音ぇ」
「大変だ。どうしよう」

 寝台に座って足をばたばた遊ばせる様に動かす妹紅は、
ちっとも大変に感じている様には見えない。

「そうなんだ妹紅」
「その新聞が今や幻想郷中の知るところとなっている事だろう」

 ああ‥‥
本当にそうなんだろう。
なんと気の重い事か。

「う〜ん」
「でもまぁ、今回も何とかなるんじゃないか?」

 妹紅は足を遊ばせるのを止めて、少しだけ腰を浮かせると。
本当に気持ち分だけのほんの少し、座り位置を横にずらした。
 そして、少し開けた寝台の(ヘリ)をぽんと手で軽く叩く。

 妹紅の正面でいつまでも立っている事が
見下ろす様で何となく気にっていた私も、
誘われる様に自然な気持ちで妹紅の傍らに座ることが出来た。

「私はどうせ、あまり竹林を抜けたりしないし」
「業を煮やした天狗が、(ケシカ)けにきたら‥‥」

 妹紅の口許が弓の様に細く広がり、
何とも人の悪そうな笑みを私に向けてきた。

「また焼き鳥食べたいとか言って、追っ払ってやればいいんだ」
「あの時みたいにね」

 あの時 ――
 妹紅の言っているのは、竹林で火事を起こした時の事だろう。

 そう凄く昔の事と言うわけでもないが、1年強程も前の事だ。
 迷いの竹林の奥深く。
 永遠亭ともさほど離れていない辺りの竹林一帯が焼失した。

 幸いにも野生動物達の住処とも程遠く、
事前に危険を察知した野鳥や野兎達にも目立った被害はなかった。
 とは、永遠亭に住む妖怪兎達の長、因幡てゐの見解であるが。
『蟲達の存在をお忘れなく!!』とその省られた被害認識に
鎮火直後の現場にて大いに抗議していたのが、蟲を操る蛍の妖怪。
 闇に蠢く光の蟲こと、リグル・ナイトバグであった。

 私を含め消火活動に当たった銘々、鬱陶しい蟲っ娘からすいすいと
視線をそらすよう努めていた時の事。

 そう。あの、蟲より鬱陶しい鴉天狗がやってきたのだった。
 唯でさえ穏便に。いや何も起こらなかったと言う方向で双方
合点していた所であっただけに、私は内心気が気ではなかった。

 その場は何とか、妹紅と永遠亭の姫が上手く取り繕い(脅し)、
退散した鴉が有る事無い事書き立てやしないかという心配もあったが。
 火事騒ぎを記事とした新聞は一切撒かれることは無かった。

 そうして幾月も経過し、私も妹紅も鴉への危惧など忘れ去っていた頃。

 あの号外と称したオールド・ゴシップの数々が所々で配られたのだ。
 その中に‥‥とうに解決の形で片が着いていた竹林火事を
大々的に蒸し返す様な一面記事が含まれていたのであった。

 しかもだ。
 配布後の鴉天狗は火元の真相を究明しようと、私の知らない内に
妹紅の所へ根掘り葉掘りついばみに来ていたと言うではないか。

 その肝心の火元の方はと言うと如何にも愉快そうな調子で。

『目一杯脅しをかけて、指先の炎をぐーるぐる回してみせたら』
『あの鴉血相変えて‥‥どうしたの慧音?そんな目ん玉まん丸くして』

 なんて言っていた妹紅に‥‥私がこの時どんな気持ちでいたのか、
どのくらい伝わっていたのだろう?

 あの鴉天狗の新聞。
『文々。新聞』は、当人曰わく基本的には妖怪向けに発行されている。
 だが、何かの拍子に人里へも流れ、広まってしまう事がある。

 つまり今回の様に。

 そして、この時の号外新聞もやはり。
その一部が里の人達の目に触れてしまっていた。
 その殆どが妖怪の他愛もない諸事である為、
この時は別段騒ぎになる事も無かったのだが。

 この妹紅の記事に関してだけは、ある影響を人里にもたらしていた。
 得体の知れない事象に対する無意識の恐怖感、疑念の様な畏れ。

 言い知れぬ不安感は人から人へ伝染して広がり
人里の誰もが何処かピリピリした雰囲気を肌で感じる様になっていた。


 人里にとって。
人里の人間の生活にとって、そういう事なのだ。


  『 火 事 』


 とは、
大切な家財を。
大切な生活を。
そして大切な人を。

焼いて奪い尽くす『畏ろしい大災害』なのだ。

 誰にもどうにも出来ず、ただ燃え尽き。
奪われて『尽きる』のを待つだけ。

 自然発火なのか放火なのか不明確な『怪火』が、次は自分達の身にも
降りかかるのではないだろうかと。

 もちろん、妖怪や魔法使いの跋扈する幻想郷。

 炎を扱える妖怪も魔法もある事など、人里の人だって認識している。

 妹紅に永遠亭まで護衛してもらったり、
竹林で妖怪や妖精から助けて貰った人なら、
妹紅が炎を纏い扱える事を見知っている人すら居るのかも知れない。

 しかし、それが人でも妖怪でも何でも。
『炎を扱える者』と『火事を起こした者』とでは違うのだ。

 妹紅だって‥‥
ゆっくりにだって、里の人達に受け入れられてきているんだ。
 時には、子供達に妹紅の事を聞かれる事だってあったんだ。

 竹林の火事がどのようにして起こったか、人里の人に知れてしまう。

 私にはそれが耐えられなかった!!

 それなのに。妹紅はいつも飄々(ヒョウヒョウ)としていて。
楽観的で。そして‥‥

 世俗を捨て、この幻想郷で輝夜(カグヤ)と再会するまでの永劫を、
不老で不死の蓬莱人として独りで生きてきた為か
――どこかで無関心だ。


 なぁ、妹紅。
私がどんなに人里の人達、里の子供達を大切に思っているか。
知っているんだろう?

   ジワッ‥‥

 でも、ちゃんと知ってくれているのか?
 私には妹紅も人里の人間達も大切で、大好きなんだ。

   ジワッ‥‥

 どっちも私から離れないでくれ。
どっちかなんて嫌だ。

   ジワッ‥‥
 ああ、そうか。

 私を堪らなく焦らせ狂わせているもの。
 それなのに私は子供達の事を。
それなのに私は妹紅の事を。

 ジワッ‥‥


「うん。そうだな」
「じゃあ行くか妹紅」

 気付いたら俯いていた顔を、もう上げる事が出来ない。

「えー!」
「やっぱり!?」

 妹紅が少し距離を開けたのを感じた。

「そんなんで来たんだろうとは思ってたけど‥‥さ」
「山だっけ? 妖怪の」
「面倒臭いなー」
「でも、慧音が鴉を焼きたい気持ちも分かるし」

 知らないでくれ。
こんな私を。
「‥‥妹紅」
「行くのは博麗神社だ」


「あ、そうか」
「なるほど。確かに」

 何か、紙を拾う様な音が聞こえた。

「でも‥‥」
「今日神社に近付くのは、やばくないか?」
「妖怪の山で待ち伏せにした方が良くない?」

 あぁ‥‥駄目‥‥
私は妹紅を利用して。

 また一層、胸の奥で何かが重くなった。
胸の奥から俯く顔まで、何もかも冷えてくる。
 ‥‥なにこれ。

「行くのは神社」


「・・・・」
「慧音、まさか」


「行くのは博麗神社だ」

 妹紅が驚いた様に大きな物音を立てて、私の真正面へと飛び出した。

「慧音がこんな事に関わりに行くなんて!」
「信じられないっっ」

 仕方ないじゃないか。
だって。だって。

 危ないんだ。
来てしまっていたら、どうするんだ。
 約束なんか‥‥していたって‥‥
だけど約束だって‥‥
したんだ。でも来てしまうかも。
どんなに危ない奴が来ているか‥‥

 ジワッ‥‥

 どっちも大切だなんて言って。
心配だなんて言って。

 約束も子供達も信じきれていない私は、
 妹紅を利用して。

「昨日があって‥‥」
「‥‥今日」
「何もおかしな事じゃないよ」

 私は顔を上げて。
妹紅の顔をちゃんと。
「ふ 普通に自然な流れじゃないか?」


「いや!いや!慧音!」
「そう思うなら、ちゃんと私の方見てくれよ」
「どこ見てんの!?」

 う‥‥ う‥‥
妹紅‥‥「来て‥‥くれないの?」


「えと、それは」

 妹紅はとても複雑な表情をしていた。
 きっと、行きたくなくて仕方がないって言っている。
「‥‥げない」


「え?」


「今年の盆は!もう」
「塩茹で枝豆も、ずんだ餅も作ってあげないっ」


「なっ!!!」

 藤原妹紅は、退路を絶たれた。







 何か。
何か聞こえる。
 声が、聞こえる。

 ―― ねぇ!」

 妹紅の声が聞こえる。

 ―― けーねぇ!」

 誰かを、呼んでる?

「慧音ぇ!」


 もこ‥‥あれ?

 寝台に腰掛ける自分の膝が‥‥凄く濡れてる。

 何だ?

 ぼやけた頭の中が、ゆっくり、ゆっくり、私の中に戻ってくる。

 頬から、熱いくらいの涙が伝い流れていて。
 自分の膝も、頬に添えてくれている妹紅の手も濡らし続けていた。

 泣いて?
 泣いていたのか?

 あぁ、そうだ。
だって‥‥だって、こんなに声だって

「あ゛あ゛ぁ゛ーーーーーーー 」

 私の頬の妹紅の両手を掴んだ手が離せない。
 手離せない。
 離したくない。

「作るぅ‥‥ぅ 」
「作るからぁ 」

 もう、何一つ自分では止められない。
 零れ落ちる様に言葉が出てしまっていた。


 後戻り出来ない程の騒ぎになってしまった。
 麓の神社は、妖怪や知らない妖怪で一杯。

 里の子供達と約束したんだ。 約束して、
子供達も神社には行かないと私と約束したんだ。

 でも、もしかしたら見に来てしまう?
 それが恐い。
 もしも大切な人が。
 約束をした子供達を信じていないなんて。
 大切な友達を利用しようとするなんて。
 昨日も今日のも私が悪いのに。

 私が楽しみにしていた事で、妹紅を強請っているなんて。

「えう゛う゛ 」
「う゛ ‥‥なさい」
「ごめんなさい」
「 ごめ  なさい」


 妹紅の声が何も聞こえない‥‥
「 ―――― 」
 静かに聴いてくれているのか。
それとも、私自身の声で聞こえないのか。

 ただ確かなのは。

 ずっとずっと、
私の頬を流れる止まらない熱いのと。
 ずっとずっと、
私の手の中にいてくれる妹紅の手だけが。

 私が泣き止めないでいる間中、ずっと。
 私が感じていられた、私の全てだった。


「ふぇ‥‥ひっく 」
「   ひっ‥‥」




 やっと。‥‥少し。

「落ち着いたか?」
「慧音」


「  うん‥‥」
「少し」

 落ち着いてきた。

 そっと、妹紅の額が私の額に近付く。

「本当に、慧音は真面目なんだから」
「真面目すぎるんだ」

 ‥‥こつん。
不思議と少し痛かった。「・・・・」
「すまない」

 妹紅は「何も謝る事なんかないさ」そう言いながら、転がっていた
私の帽子を拾って頭に乗せてくれる。

「さて、」
「準備は出来たかな?」
「慧音先生?」

 膝の上に乗せていた手を妹紅にすぃとすくい上げられる。
 片腕が上へ、先の方へ、軽く伸びて軽い力で引かれていく。
 バツが悪くて顔を上げられなかった私も、腕に釣られて寝台から立ち、
驚いた顔を妹紅に向けてしまっていた。

「わ わ 」
「待ってっ、待ってくれ妹紅」

 立ち上がると、もう腕は引かれなくなっていたけど手は繋いだまま。

 泣き崩れてしまった事からまだ完全には回復出来ず、やや涙目のまま
慌てている私の前に。
 妹紅のとても優しく‥‥母親が愛しい子供に向ける様な美しい笑顔が
向けられていた。

 ああ‥‥普段なら何でもないのに。
 いま、そんな顔でいられたら‥‥この手を離せなくなってしまう。

「今日の慧音は、」


「今日の私は‥‥」
「な‥‥なに?」


「まだ、調子が変だ」

 ぼっ、と顔が熱くなっていく思いがした。

「だから今日は私が慧音を引っ張って、連れてってやる」


「えっ」 それって。


「慧音‥‥」
「慧音にも、覚えておいて欲しい事がある」


「・・・・」
 とても優しいままの妹紅の笑顔に、私は知らず握る手をぎゅっと
強めてしまう。

「慧音の大切な人達は、私にも大切な人達だ」


「うん」


「護衛中に、生活や慧音の話を聞く度に、いつの間にか嬉しくなってた」


「‥‥うん」


「だから、私は人里の人間も慧音も両方大切に思っているよ」
「今度からはさ。遠慮なんかしないで『お願い』しに来てね?」


「‥‥う 」
 間違っ‥‥てた。
私が間違ってた。


「おぃおぃ」
「また潤んでるぞ?」

 妹紅は手を繋いだまま、急にさっと背中を向けて私を引っ張っていく。

「やっぱり、今日は私が博麗神社に引っ張ってやらなきゃ駄目だな♪」
「だから、今度はさ」

 私はいつの間にか、妹紅を両方の手で掴んでいた。

「慧音がいつもの調子を取り戻してる時にさ」
「わ‥‥」
「私の方をさっ、引っ張って行ってよねっ」

 私はぐんぐんと妹紅に引かれ、玄関先に向かってついて行く。

「うん、今日は」
「‥‥頼む」



 こんな風に妹紅に手を引かれて行くのは、初めてだった。
 なのに不思議と。こんな風に手を引かれる感触は、体が覚えている。
 それは遠い過去の記憶の様な、奇妙だけど先の未来への予感の様な。
 不安で壊れそうな私を妹紅に引っ張ってもらうような既視感。

 不意にそんな事を考えていると、妹紅のペースも少し緩くなっていた。

 大袈裟ではなく、美しく白い雪景色の様な髪が、目の前で揺れる。
 足元に届く程まで長いというのに、緩やかなそよ風にも舞い流れる。
 幻想的な雪色の羽衣が私の前に広がっていた。

 リボンを全て解いて降ろしている妹紅の後ろ姿がこんなに綺麗なら、
また手を引かれて出かけたい。
 その時は纏めた髪を解いてもらって、二人で人里を歩きたい。
 こんど、遠慮なく『お願い』してみよう。

 私は両手で握っていた妹紅の手を改めて強く掴むと、どん!と床を
強く踏み込んで妹紅の手を思い切り引っ張った。

 びんっといきなり腕を引かれた妹紅の肩が急停止する。
足先だけが前方の上空へと投げ出されていた。

 妹紅は、
「早いぃぃっ!?」
繋いでない方の腕を硬直させたまま、
だーーん!と音を立てて仰向けに倒れると、
まん丸に大きく見開いた目で私を見ていた。

 私は片手だけ離した手を腰に当てて、
すっかり取り戻せた意気を妹紅に向けていた。

「妹紅!」
「寝間着姿のままで、外に出て行く気か?」
「女の子は身だしなみに気を向けていないと、いけないぞ!」

 妹紅は最初驚いた顔をしていたが、
その表情がとても不敵な笑みへと変わっていく。

「やっぱり慧音は、真面目過ぎだな」


「なっ‥‥」


 真面目だぁー、生真面目女だぁー。そんな事はなぁーい。

 そんな応酬を続けながら、髪が乱れてるだの目が真っ赤だの
互いに指摘し合いながら身支度を整えて行く。


 もし子供達を見かけても悲観する事はない。
子供達の冒険心と、慧音を応援したい気持ちとが強すぎたんだ。
 優しく叱って、もう一度約束すれば大丈夫だ。
 それに大切に思う人になら、誰だって過分に心配するものさ。

 そんな事を言ってくれた妹紅に、私はただ
「‥‥うん」
そう答える事しか出来なかったが。

 今の私には、その言葉がとても嬉しかった。



 永らく、お待たせしてしまいました。

 ただ、その一言しか申せません。
半年以上を空けた、東方もこけね勉学抄の最新第9話です。
如何でしたでしょうか?

 久しぶりの東方二次創作でしたが、
今回は有らん限りに私の好みを周到させてしまいました。

 なんだこれ?
やや恥ずかしい。

 でも、まぁ
私はある意味露出狂だからいいか。


参照要項です。
本文中にて語られております、『竹林の火事』について。

これは、ゲーム中やおまけtext等では、語られておりません。

一迅社 様にて出版されております公式ファンブック。
『東方文花帖 Bohemian Archive in Japanese Red.』
にて綴られておりますエピソードより引用させて戴きました。

所謂、書籍版 東方文花帖ってやつです♪

なのにさ、
なずぇです? ZUN様。
ダブルスポイラー。

 まだまだ信じて疑わない2合瓶と栞の天狗廚。

 DEEP三昧 ――

◆追記です◆
この話のちょっとした、おまけ書き。
『EXTRA.txt』なる物を活動報告に綴っております。
興味がありましたら、
是非、第9話の更新を報告しました活動報告も併せてご覧下さいませ。
◆◆――◆◆


東方ファンサイトランク「ブワル魔法図書館」

東方探見旅記
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