未来時代のニート
彼はソファに横になって、古いSF映画を見ている。サングラスをかけ黒いコートを羽織った主人公が仮想現実で闘っている。
「――別に目覚めなくてもいいよな。仮想現実システムが幸福な世界の夢を見せてくれるなら、そこにいればいいじゃないか」
現在、彼がゴロゴロしているのは重力平衡点上にある宇宙船のようなワンルームだ。地球と月の引力が拮抗するこの地帯では、どちらの惑星にも落下することなく暮らしていける。
親から巨万の富を継いだ彼は地球の煩わしさから離れ、徹底的に引きこもることに決めたのだ。
太陽光その他により発電し、部屋に内蔵された人工知能を動かす。この人工知能は老朽化した外壁などをナノマシンで自動修復できる。
CPUにより完全に管理された水草と小魚と微生物で完全に循環する球形の水槽内から少しずつ栄養を蓄え、これまたCPUにより彼が寝ている間に自動的に直接体組織に微細な粒子として送りこまれるので食事は必要ない。脳だけは重要な器官なので常にバックアップがとれるように記憶チップに置き換えた。
宇宙放射線による被害や老化や運動不足により身体が不自由になれば、クローンを作って記憶チップを埋め込み新しい身体になることで解決した。古い身体は新たなクローンの素にする。
退屈しないように様々な娯楽製品――自由に夢を見ることができる装置や出発時点での最新Wikipediaの膨大なデータを積んだ。その他さまざまな世話を人工知能がやってくれる。
彼はその大半の技術の仕組みがよくわからなかったが特に問題はなかった。
気分転換のため窓の代わりに壁にかけてあるモニターには、朝な夕な青い地球が映し出されている。
万全の体制で、彼は死ぬまで引きこもるつもりだった。どう死んでも人工知能がオートマティックに生き返らせるのでその終わりは定かではなかったが。
実は既に地球は世界大戦で滅亡して存在しないが、CPUはいつまでも同じようにモニターに青い地球を表示し続けている。
彼は最後の人類だが、本人はそのことを知るよしもなくいつまでも幸せに暮らしていく。
彼の最近のお気に入りは、夢の中で死ぬことだ。
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