バスは長い時間をかけて山道を抜けると、建物がだんだんと多くなってきた。この辺までくると、もうすぐ市内に入る。この辺からはもう人が多い
神乃崎の数倍の人数はいそうだ。もっともこれはあくまで健斗の大凡の予測だから、実際にはもっといるだろう
健斗と早川はバス内で話が弾んでいた。時間を忘れて、お喋りに夢中になっていた
山道を抜けて、広い交差点に達したとき、早川が気がついた
「そろそろ市内に入るみたいだね」
「そうみたいだな」
「やっぱり人多いよね〜。建物もいっぱ〜い」
間延びした感じでそういう早川を見て、健斗は可笑しくなって吹き出してしまった
「どうしたの?」
「いや、なんか俺らホントに田舎者だなぁって思ってさ」
「アハハ♪そう?」
「人がいるのを珍しがるのが、何か可笑しい」
健斗と早川はそう言い合いながら、可笑しそうに笑った
本当にそう思った。神乃崎は山に囲まれた、人の少ないど田舎である
七夕祭で麗奈に話したように、近年過疎化が進んでいる神乃崎には確かに人は少ない
高校なんか一個しかないし、その全校生徒も二百人にも及ばない
極めて少ないのだ
そういうような環境に囲まれて育ってきた中、やはり市内に入ると早川が感じたような思いになる
人がこんなに行き交いしているのが珍しいし、何よりも建物がこんなに建っている
神乃崎には比べものにならないほどの品揃えのいい店が多々ある
市内に来ると、いつもこう……興奮にも似た高ぶった気持ちを感じるのだ
バスは市内のバスターミナルに到着した。アナウンスが入り、出口の扉が開く
長い旅が終わりを告げた
健斗と早川はバスを降りると、二人揃ってため息を吐いた。長いバスの旅がようやく終わったためであった
揃ってため息を吐いたことに、お互い同じことを考えていたのだと思うと、何だか可笑しく感じて健斗と早川は笑い合った
市内はやはり賑やかだった。人が行き交い、車も多く、栄えていた。神乃崎みたいに自然には囲まれていない。だが、その代わり多くの建物に囲まれていた
「すぐ映画見に行く?」
健斗が歩きながらそう聞いてみると、早川は少し考えるような仕草を見せた
「ん〜……ちょっとお腹空いたなぁ。先に何か食べに行かない?」
確かに時間帯的にはそうした方がいいのかもしれない。健斗は小さく頷いた
「そだな。何か食べたいもんある?」
「う〜ん……じゃあね〜……」
歩きながら考えていると、少し遠目にクレープ店があるのを見つけた。早川はとっさにクレープ店を指差した
「クレープが食べたい」
健斗は早川にそう言われると、遠目のクレープ店を見た。それから可笑しそうに笑った
「早川は本当に甘党だな」
「えへへ♪じゃあ決まりっ!早く行こうー」
そう言いながら、早川はクレープ店に向かって真っ直ぐ走っていった。突然のことだったので、健斗は慌てて早川の後を追いかけた
健斗と早川はクレープ店で目の前に出されたクレープを食べていた
フルーツとチョコレートの甘い匂いが食欲を濯いだ。クレープなんて食べるのは久しぶりだった。健斗は昔、クレープは甘過ぎるので苦手だった記憶があった
だが、こうして久しぶりに食べてみると意外にもかなりおいしかった
たまに食べるのも悪くはない
「それにしても、本当に市内は人が多いなぁ」
健斗は周りで健斗たちと同じようにクレープを食べている客たちを見回してそう言った
「神乃崎じゃこんな光景見れないもんなぁ……七夕祭は特別だけど」
「そうだね。家もこれくらい人が入ってくれれば大繁盛なのに」
「まぁ神乃崎には元々人が少ないからな」
健斗はクレープを口にしながら、早川に笑って言った
「チヨバァ、やっぱ結構苦労してんだろ?」
「う〜ん……私はあまり店の事情とか知らないからなぁ……でも、ほらおばあちゃんのお店が全部じゃないから」
「そっか。早川のお父さんとお母さんの収入もあんだもんな」
「うん。おばあちゃん、店の利益なんて考えてないのかも。来てくれた人に楽しんでもらえればいいって思ってるんじゃないかな?」
確かにそういう考えは素晴らしいことだ
店の経済状況よりも来てくれたお客さんに、どれだけ居心地のいい空間を与えられるか
もちろんRYUもそれを営業方針にしているはずだ
だが、ああいうところで働いているから分かるが、店の利益というのはやはり大切に決まっている
何らかの店を営業している人にとっては、今日の売り上げで明日が決まるようなものなのだ
少なくとも、店長もそうである。あの店を営んで十五年経つというのは実はすごいのかもしれない
店長が今まで築き上げてきた信頼性、それがRYUを営み続けて来れた最大の理由だと健斗は思っていた
当然、店長の煎れるコーヒーが美味しいのもあるが……
「そういえば、麗奈ちゃん風邪治ってよかったね」
不意に早川がそんな話をしてきて、健斗は小さく笑った
早川は麗奈が風邪を引いている間、わざわざお見舞いに来てくれたことを思い出した
あのとき麗奈は寝ていたから、二人は会話をすることはなかったが……麗奈は早川にとても感謝をしていた
「そうだな。すぐ治ってくれて助かったわ」
健斗はそう言ってから小さくため息を吐き出した
「麗奈もすごく早川に感謝してたよ。お見舞いに来てくれてありがとうだってさ」
早川はそれを聞くと、嬉しそうに笑みを浮かべた
「この前電話したとき、すっかり元気そうだったから安心したよ」
「元気過ぎて困るんだけどな……」
健斗は苦笑いを浮かべながらそう呟いた
すると早川はクレープを口に運びながら言ってきた
「今日麗奈ちゃんって何の用事だったの?」
早川にそんなことを聞かれて、健斗はクレープを食べる手を止めた
「あ……あぁ。あいつ、今日東京に帰るんだって」
「えっ?」
早川もクレープを食べる手を止めて、健斗を見た。驚きの声を上げて不安染みた目で健斗を見つめる
健斗は小さく笑った
「あ、帰るって言っても少しの間だけ。用が済んだらすぐに帰ってくるってさ」
「あ……そうなんだ」
「今頃電車の中で寝てんだろーな、あいつ」
早川は安心を取り戻すように小さくため息をついた。健斗と同じような反応だった。そんな早川の仕草が可愛くって、健斗はクスッと笑った
「東京に何しに帰ったの?」
「ん〜……」
健斗はしばらく考えるような素振りを見せた。麗奈が東京に帰ることになったのは、親戚の方の葬式に出るためなのだが……それを安易に他人に話していいのか……
だが、早川は麗奈ととても仲が良いわけだし……別に構わないか……
「親戚の葬式だって」
「あ……」
案の定、早川の表情が少し曇った。葬式と聞けば、当然の反応だった
「間が悪いことしちゃったなぁ……」
「え?」
「大変なときに……映画なんか誘っちゃった……」
「あ〜……」
早川は結構神経質なんだと思った。そういうことをちゃんと気にする早川は、妙に大人びている
「大丈夫だよ。何か、親戚と言っても遠い親戚の人で一度も会ったことないんだってさ」
「あ……そう……」
「何か、あいつもピンと来てないみたい。特に何とも思ってないんじゃない?」
今朝の麗奈の様子を見れば、別に何とも思ってないんだということが伺えた
「でもやっぱり身内が亡くなるのってショックだよね〜……」
「かもな。まっ、あいつのことだし……東京でお土産買ってきてさっさと帰ってくるよ、きっと」
健斗はそう言いながら再びクレープを食べる手を進めた
あの麗奈のことだ
会ったこともない遠い親戚のことなんか、別に何とも思ってないのだろう
誰だってそうだ。もし健斗が同じ立場であったら、正直面倒でとてつもなく嫌である
昨夜、健斗はそんな風に愚痴を零す麗奈に説教じみてあんなことを言ったが、結局人のことはいえないのである
つまり何も心配することはないはずだ……
早くさっさと帰ってくればいい……
「麗奈ちゃんがいなくって、健斗くん寂しいんじゃない?」
「えっ?」
早川がそんなことを言ってきた。父さんと同じようなことを言ってくる
何だかそう言われると、照れくさくなってしまうのだ。健斗は顔を赤らめた。早川から目をそらし、突っ張って見せた
「別にっ……あ、あいつがいなくなって逆にせーせーするっていうか……」
「フフ♪」
早川は健斗を見ながら、可笑しそうに笑っていた。そんな悪戯気な笑顔をに健斗は胸を高鳴らせていた
早川はクレープを平らげ、いっしょに買っていた飲み物を飲んだ。ストローを加えながらガラス越しに外の景色を眺める
「ん〜……でも麗奈ちゃんは寂しいんじゃない?」
「ぅえ?」
健斗も同じようにストローを加えて、飲み物を飲んでいると早川がそう言ってきた
「だって、少しの間好きな人と離れ離れになっちゃうんだよ?早く帰りたいって思ってるんだろうなぁ」
「れ、麗奈はそんなこと考えないと思うけど……」
「もう、健斗くんは乙女心が分かってないなァ」
健斗はそう言われて、口を閉ざした。確かにそのとおり、健斗は乙女心なんか分からない
分かるはずがない
ふと店長が言っていた言葉を思い出した
女というのは、男が思っているよりも深い生き物だって
確かにそのとおりだ
だが、女こそ……複雑なこの気持ちに気づいてはくれない
クレープを食べ終わり、健斗たちはクレープ店を出た。この季節なだけに、やはり室内と外とでの気温の変動は激しかった
それから健斗と早川は2人並んで、映画館へと向かっていた
実際のところ、健斗はこのようにして女の子と街中を歩くことに新鮮な気持ちになっていた
女の子とこうして並んで歩くことなら、麗奈としょっちゅう一緒に歩いていることで慣れてはいるのだが……違う子、それが好きな子だと尚更感覚が違った
けど……
「……あっ!」
早川がケータイを開いて時間を確認すると、思わず声をあげた
「大変っ!急がないと映画始まっちゃう」
「マジ?じゃあ急ごうぜっ!」
と、徐に健斗は走り出した。早川も急いで健斗の後を追いかける
足が速い健斗に早川は当然着いて行けない
「速いよ〜っ。待って〜」
早川は笑いながら先に行く健斗にそう呼びかける。健斗も立ち止まって、早川を待つ
それから再びいっしょに走り出した
そう……緊張したりドキドキしたりはするんだ
けどそれ以上に……早川といると心地よかった
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