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第7話 事情
第7話 事情 P.38

「ねーねー、それってどんな人なの〜?」

その話について、女の子が執拗に訊いてくる

麗奈はそう訊かれてもすぐに答えることは出来なかった

別に恥ずかしい訳じゃない。今更恥ずかしがるようなことではないから

けど、答えることが出来なかった

それは何故か……

さっきも言ったとおり、もう随分長いこと会っていないのだ

この数年間で、以前会った人とは別人のように変わっているのかもしれないし……

逆にまったく変わらない、まんまの人なのかもしれない

子供らしさが抜けてるかもしれない

顔立ちは変わってないのかもしれない

そう……麗奈はよく分からなかった

名前も顔も、知っているはずなのに……その人について何も知らなかった

まるで会ったこともない人に恋しているような、幻想的なものなのだ

「……よく分かんないや」

麗奈は考えた末にそう答えることにした。だって仕方がない

本当に分からないのだから……







時間が経ち、日が暮れ始めていた。今の季節、日が暮れるのが早い

お友達の家の事情もあるし、麗奈たちはそろそろお暇することにした

「お邪魔しましたぁ〜」

麗奈は二人の友達と共に外に出て、家路につくはずだった

彼女たちは途中まで方向がいっしょなので、いっしょに帰るはずだった

が、麗奈は彼女たちとは正反対の方向へと歩き出した。それを見て一人の女の子が言ってきた

「あれ?家そっちだっけ?」

麗奈はそう言われて、ゆっくりと振り向き微笑んで言った

「ううん。今日ちょっと寄るとこがあるから……また明日ね」

「そっかぁ。じゃあまたねぇ〜」

麗奈はにっこりと微笑んだまま、手を振ると再びその道を歩き始めた

そんな麗奈の後ろ姿を見ながら、1人の女の子がため息混じりに言ってきた

「麗奈ちゃんって本当に可愛いよねぇ〜……クラスの男子からもすっごいモテモテなのに」

「もったいないよね?遠距離恋愛だなんてさぁ……」

「どんな人なんだろうね?」







麗奈は人通りの多い交差点を歩いていた。車の数も多い。排気ガスを大量に放出しているのが目に見える

それにしても本当に人が多いこの交差点。駅から近いから、この時間帯から見れば主に仕事帰りの人が多いのだろう

信号が青になったと同時に、聞き慣れたメロディーが流れる

車の進行は止まり、その代わり多くの人が川のように流れ始めた。麗奈はその流れに乗りながら、忙しそうに歩き始めた

近年、バリアフリー化が進んでいるのが分かる。このメロディーもそのうちの一つなのだろうか


そんな町中を気にかける自分は変だと、麗奈は歩いている途中に自覚をした

今のように、交差点を横断する際に流れる視覚障害者のためのメロディーなど誰が気にかけるのだろうか

しかし麗奈の気分は心地よいものだった。理由は分かっている

これから会いたいと思っていた人に会いに行くときの喜びを感じることに、麗奈は生きがいすら感じるほどだった

そんな自分の子供らしい部分がある心に触れているようで麗奈は嬉しかったのだ




しばらく歩くと目的地に着いた。目の前には大きな白い建物。麗奈は殆ど躊躇わずに自動ドアを通り抜けた

もうこの自動ドアを開く時間を惜しむほどであった

中には結構な数の人たちが行き交っている。ここはロビーなのだ

包帯を巻かれて松葉杖を使い懸命に歩いている、顔立ちから四十後半くらいの男性がいて

車椅子に身を任せ、白い服を着た女性に車椅子を押してもらいながら、しわくちゃのおばあさんは話しかけていた

点滴だろうか。その人の身長を裕に越えている器具に液体の入った袋と直結された針が腕に刺さっている人もいた


ここは病院のロビーだ

都心でもかなり大きい病院で、最先端技術を駆使した都心部に建つ大学総合病院

エキスパートの医師が揃っていて、重症患者が毎日のように運ばれているのにも関わらず、彼らの命を延長させているこの病院の信用度と技術には大いに感銘を受けてしまう

そんなことも知らず、麗奈は今月もこの病院に足を踏み入れた。理由はここで人に会うために……

麗奈は真っ直ぐロビーの受付へと歩いた。白い看護士の人がパソコンの画面をしきりに眺めている

麗奈の存在に気がつくとパソコンの画面から視線を変えて、麗奈に笑顔で話しかけた

「こんにちは。今日はどのような用事で?」

まるで麗奈を1人の大人の女性のように対応してくれた

そんなことを考えながら、麗奈は幼い顔立ちで可愛らしい笑顔を見せた

「面会したいんです」

麗奈がそう言うと、その看護士はすぐにパソコンの画面へと視線を向け、慣れた手つきでキーボードをタタカンと打っていく

「面会する患者のお名前と、希望する面会時間は?」

麗奈は少し考えて、壁にかけられたアナログの壁時計を見た

4時半近くだ

「あの、面会時間って何時まで出したっけ?」

「一応7時までになっていますが、場合によっては7時半までになっています」

「えっと……じゃあ面会時間ギリギリまで。名前は……」

麗奈は一呼吸置いてから、静かに口に出した

「大森夏奈です」















麗奈はエレベーターに乗っていた。看護士の案内を断り、1人でエレベーターに乗り、七階を目指していた

八階まで階が存在するこの病院。七階とは結構な高さであった

さらに七階から八階にかけては、重症患者の個室が並んでいるのだ

麗奈は期待を胸に膨らませていた

久しぶりに会うことに興奮を覚えていた

不意に鐘の鳴るような音がなり、目の前のドアが開いた

麗奈は足音も立てぬよう静かにエレベーターから降りた

先ほどの看護士に、廊下を歩く際には他の患者の迷惑にならぬよう歩くようにと注意されていたからだ

しかし本心ではこのまま走り出して早く目的の場所へと行きたいと願っていた

そんな想いを抑えるのも必死で麗奈は次第に足音を立てないスキップになっていた

しばらく廊下を歩いて、麗奈はとある場所で足を止めた

一つの個室の前を見て、看護士に言われた通りの番号かを確認する

808……そして標識には小さな文字で書いてあった

大森夏奈

麗奈は自分の表情がにやけていることに気がついた。懸命に表情を隠そうとする

入っていく時くらい、普通の表情で入りたかった

麗奈は軽く咳払いをした。照れを隠すかのように

目の前の扉を二、三回ノックする

するとそれはすぐに帰ってきた

「はぁ〜い」

麗奈はその懐かしい声にさらに興奮を覚えた。もう表情などどうでもよかった

麗奈は静かにドアを開けた。そこには光のような眩しさがあった

個室のためか、下の階の病室よりは良いように見える。仄かに甘い香りがするのは芳香剤の香りだ

さらに何かのクラシックの音楽が、比較的小さめなボリュームでコンポから流れていた

そのベッドに彼女はいた。両手には本を持って。麗奈を見ると、嬉しそうににっこりと微笑んだ

「いらっしゃい。麗奈」

綺麗な白い肌に、サラッと流れるような柔らかい長い黒髪……美麗を漂わせる女性がそこにはいた


母が嬉しそうに麗奈に笑顔を向けていた




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