晩ご飯を片している頃、時刻は7時過ぎになっていた
健斗は肉体的疲労を癒やすように、居間でゆったりとしていた
冷たいお茶を飲みながら、クーラーを効かせて涼んでいた
今夜も暑い
最近夜な夜な、熱帯夜が続いている
夏になると、この辺には湿った風が流れてくる
そのためだろうか、夏になると湿度が高くなり、気温が高くなる
昼も夜も暑い思いをしなくてはならないことを考えると、生き地獄のように感じられる――というのは少々大げさだが、実際健斗にはそのくらいのことのように感じられた
しかし、健斗はどちらかと言うと、寒がりである
冬なんてもっと辛い
乾燥した空気が流れ込み、肌は痛いし、気温は低くなって、寒いし……雪なんて降った日には外に出たいとは思わない
しかし、ヒロや翔に連れられて、公園に雪合戦や、雪だるまを作りに行ったっけ?
もっとも、健斗は寒くて全く動こうとはしなかった
その様子を見られて2人に情けないって笑ってバカにされたことを思い出す
そんな健斗にとって、冬なんて最大の敵とも言える
冬じゃないだけマシだ
生き地獄なんてとんでもない
やはり一番好きな季節は……暖かい気温で過ごしやすい、春がいい
桜舞い散る、フワフワと舞い上がる季節を、健斗は心より好んでいた
歩道の脇に咲く花は、一体誰のために咲くのだろうか
出会いの数だけ、別れが増える
しかし、何故だか未来には希望で胸がうち震える
そんな、物憂げな季節が、健斗は好きだった
「なぁ、健斗」
父さんに突然呼ばれて、健斗は父さんの方を見た
「何?」
父さんは、テレビを見ていた。ちょうどこの時間帯にやっているのは、ドキュメンタリー番組などがある
父さんはそのドキュメンタリー番組を見ながら健斗に言ってきた
「この女の子どう思う?」
そう言ってきたのは、ドキュメンタリー番組のゲストとして出ている、最近売れっ子の女優だ
妙に大人っぽい顔をしているのだが、実は健斗と同じ高校生である
最近の売れっ子はすごい
「どう思うって?」
健斗が聞き返すと、父さんは鼻で息を強く吐いた
「可愛いだろ?」
「当たり前じゃん。売れっ子のアイドルなんだから」
しかし健斗はそう言ってから、怪訝そうにため息をついた
「つーかさ……芸能界って酷いよな」
「何が?」
「こんな風に、可愛い子をどんどん芸能界に引き入れてさ。おかげで一般人には手の届かない存在になるしさ」
健斗がそんな風に言うと、父さんは可笑しそうに声を立てて笑った
「手の届かないってのは言い過ぎだろ。別に芸能人でも一般人と付き合ってる子とかいるじゃんか」
「でも、こういう可愛い子と出会える機会なんてそうはないぜ?芸能界に入ったら、よりなくなる」
父さんは続けて笑っていた。健斗の言葉の矛盾さに呆れているようだった
「会ってるじゃないか」
健斗が首を傾げると、父さんはすぐに続けて言った
「麗奈ちゃんや、結衣ちゃんとか。お前なんか、幸せな方だぞ」
健斗はそう言われると、妙に納得した
確かに、俺は出会ってはいる
麗奈はともかく……早川なんて、それこそ芸能界で歌でも歌ってそうな、可愛さがある
そんな早川と仲良くさせてもらっている俺って……もしかしたら幸せの分類に入ってるのかもしれない
「そういえば」
父さんはにやけながら、健斗に言ってきた
「麗奈ちゃんとはどうなんだ。何か進展はあったのか?」
胸が高鳴るのが分かった。むしろ心臓が紐でギュッと強く締め付けられた思いになった
健斗は自分の頬が赤くなるのが分かった
「べ、別に……」
そんな表情を見せてくる健斗を見て、笑っていた
「カッカッカ。お前は幸せもんだなぁ」
健斗は何も答えられなかった。何も答えたくなかったのだ
幸せ?
幸せというのは、今の自分のように困惑を齎すようなことを言うのか
人ごとみたいに言うけど、実際俺はかなり困っているんだ
まぁ……あまり気にしないようにはしてるんだけど
「……ねぇ、父さんはさ、何で母さんと結婚したの?」
急に話が変わった
健斗が何気なく訊いてみると、父さんは少し考える間を置いて言った
「そうだなぁー……あんな母さんでも、魅力があったって言うか……」
「母さんに魅力?」
あの裏拳オババに魅力なんて感じるものなど1つもないように思える
そんな思いを察したのか、父さんはまた声を立てて笑っていた
「カッカッカ。まぁ、今じゃ確かにあの母さんに魅力なんてあるのか分からんな。色気もないわ、尻はたるんでるわ。その上凶暴で……」
健斗は急に立ち上がり、居間を出て行こうとした
そんな突発的な行動を、父さんは不可解に思っていた
「どこ行くんだ」
しかし健斗は答えず、まるで何かから逃げるように、居間から出て行く
その際に振り向き、指でちょいちょいと後ろを指す。それからすぐに、健斗はどこかへと姿を消した
「何だ?あいつ……」
父さんは不可解に思いながら、ゆっくりと後ろを振り向いた
するとそこには……
母さんが……鬼のような形相で……
仁王立ちしていた
その姿を見た瞬時、言い表すことの出来ない悪寒が全身に迸る
後に、声にならない悲鳴が、山中家に響き渡ったのは、言うまでもない
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