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第7話 事情
第7話 事情 P.27

外は暮れ始めていた

夕焼けに染まる外。時刻を見れば、いつの間にか5時を過ぎていた

そろそろ帰らなくてはならない時間帯で、早川は居間から出て、玄関で靴を履いていた

健斗も見送るために、玄関の前にいた

「それじゃあ、今日はお邪魔しました」

「おう。ワリィな、せっかく来てくれたのに……麗奈が寝込んじゃってるから」

健斗がそう言うと早川はにっこりと笑ったまま首を横に振った

「ううん。そんなことないよ。麗奈ちゃん、お大事にね」

「あぁ」

健斗はそう言うと、早川は戸を開けた。そして、また健斗の方を見て言ってきた

「もしよかったら、夏休みどこか遊びに行こうね」

「あ……うん」

健斗は少し頬を赤く染めてゆっくりと頷いた

「あ、あと……あの話って、みんなに言わない方がいいよね?」

そんな風に気遣う早川に、健斗は苦笑しながら答えた

「……うん。面倒なことになりそうだし」

特にヒロの収拾がつかなくなってしまう

それを想像するだけで恐ろしい

それを分かってくれているのか、だからあえて訊いてきたのだろうか

早川は素直に頷いてくれた

「うん。じゃあ秘密にしておくね」

「ありがとう」

健斗がそう言うと、早川はにっこりと微笑んだ

「じゃあ、またね」

「あ、うん。気をつけてな」

早川はにっこりと笑顔のまま、健斗に手を振ってきたので、健斗も笑って手を振り返す

早川が家を出るのを見計らって、健斗は小さくため息をついて見せた




健斗の家を出たあと、早川はゆっくりと歩き出した。健斗の家の塀を出る際、庭の方からひょっこりゴンタが顔を出してきた

どうやら、自分を見送ってくれているらしい

早川はゴンタににっこりと笑って、小さく手を振って、口元で声を出さず、「バイバイ」と言ってみた

それから帰路へと着く

しかしもう一度立ち止まって、健斗の家を振り返って見た

麗奈は大丈夫なのだろうか……結構熱もあったし、少しばかり苦しそうだった

早く良くなって欲しいと、心から願わんばかりである

それにしても……

早川は小さくため息をついてから、再び歩き出した

鷹から聞いてたことが、ずっと気がかりだった

本当は、夏休み前の最後の学校の日。都合良く、健斗と二人きりになれたから、それを訊いてみようと思ったのだが、結局訊けずじまい

麗奈にどう思われてるんだろう

男を魅了して弄ぶ女だなんて解釈されてたら……

そう思うと、不安で仕方がなかった

麗奈がそんな人間じゃないことくらい、ちゃんと分かっている

けど、人間はエゴで身勝手な生き物だ。嫉妬深く、独占欲が何より強い

どんなにいい子な麗奈であっても、人間なんだから……嫉妬くらいはしてしまうだろう

だから……

でも、今日健斗と話して、麗奈はいつも通りだと言っていた

そういう人間じゃないから、大丈夫だって

どうしてだろう

健斗にそう言われると、理由云々抜きに納得してしまう

実際に今は蟠りも消えている

麗奈とも……そして健斗とも……今まで通りに仲良くしていていいんだ



……そうだよね

私は別に……健斗とはそういう関係じゃない

お互い、ようやく仲良くなったばかりの友達なんだから

今はまだ、そんな付き合うとかなんて、考えられないよ


……今は……まだ?

早川は自分の顔が赤くなっていくのが分かった

私は、今誰かを好きになったり、付き合いたいとか、そういうことを考えたくない

中途半端な気持ちのまま、誰かを好きになっても……その人に失礼だし

それに、松本事件のように周りの人にも大きな迷惑がかかってしまう

私はまだ……心の中に……

翔くんがいる

それは確かだ

こうして目を瞑ると、思い浮かべることが出来るから

彼と過ごした日々を……

たわいのない話で笑い合って、その優しい微笑みに包まれて……

初めて人を好きになる気持ちを抱いて

こんなにも……幸せで、楽しくて、暖かい気持ちになれることを知った

けど、人を好きになる気持ちっていうのは、いいことばかりってわけじゃない

苦しくて、辛くって、逃げ出したい現実を目の当たりにする

今のように……


けど、最近、私の心の中には翔くんの他に、誰かがいる

誰だろう?

こうして目を瞑って見ると分かるんだ


寂しそうな表情を浮かべていた

悲しそうな表情を浮かべていた

笑っている表情を浮かべていた

嬉しそうな表情を浮かべていた

楽しそうな表情を浮かべていた


松本事件のときは、私のために、戦ってくれていたことを知った

七夕祭りの日も、勇気を出して私を庇ってくれた

今だって、家族の大切さを教えてくれた

意地っ張りで無愛想なんだけど、本当はすごく優しい

麗奈ちゃんが、好きになる気持ちもわかる

そして、その人も同様……麗奈ちゃんに特別な感情を抱いているんだろうなぁ……

言葉では否定してても、2人の様子を見てれば、何となく想像が出来る

私は麗奈ちゃんが好きだし、それに2人はとってもお似合いだと思う

だから、私は2人が上手くように、応援したい

だけど……

だけど私は……

……私はたまに麗奈ちゃんが羨ましいって……

…………

何を考えているんだろう私……

私は別に……健斗くんのことは……

でも、気づいていたのは……

麗奈が健斗のことを好きだってことを訊いたとき、何故だか、少し寂しい気持ちになったのだ





健斗は早川が出て行ったあと、深くため息をついて見せた

複雑な心境だ

早川が麗奈の恋を応援するって……

応援してもらったら困る

どういう状況なのだ

自分の好きな女の子が、自分を好いてくれている女の子を応援するなんて

健斗は憂鬱な気分だった

まさか、一番知られたくない人に、意外なところで知られてしまうとは……

しかもずっと気にかかっていた、早川のあの質問も、呆気ない理由で……

軽く泣きたい

健斗はまた憂鬱そうにため息をついた

元気を無くしながら、再び居間へと向かおうとすると……廊下から母さんが洗濯物の籠を手に抱えて、歩いてきた

健斗が1人なのを見ると、ふと不思議そうに訊いてきた

「あら?結衣ちゃん、もしかして帰っちゃったの?」

母さんにそう訊ねられて、健斗は欠伸をしながら答えた

「うん……もう5時だからって」

そう言いながら、母さんとすれ違う際に、健斗がじっと母さんを見つめる

「……そういや、早川母さんのこと誉めてたよ。若くて綺麗だし、いいお母さんだね、だってさ」

健斗がそう言うと母さんが
「まっ」と嬉しさに満ち溢れた声を思わず零す

「嫌だ〜?結衣ちゃんが〜?もう上手なんだからぁ〜♪」

案の定、上機嫌になった母さんは鼻歌を歌いながら、居間の中へ入っていった

今更だけど……うちの家族って、単純だよな……

健斗はゆっくりと首を傾げて、二階へと上っていった


二階へと上ると、健斗は自分の部屋でのんびりしようとした

しかし今日は早川に来てもらって本当によかった

もちろん、楽しく有意義な時間を過ごせたことも当てはまるが……

ずっと気にかかってたことも解消されたし

それに、早川がそんな風に誤解していたわけだし、それも解くことが出来た

あとは……早川に思いを伝えれば……

健斗はそんなことを考えながら、自分の部屋でのんびり寛ごうと考えた

が、その際にふと麗奈の方が気になってしまった

さっき覗いたばかりだけど……もう一度様子を見てみるか……

健斗は麗奈の部屋へと足を向け、麗奈の部屋の前に立ってみる

それからドアを開けると、麗奈は未だに眠っていた

健斗はゆっくりと足音を立てぬよう、麗奈が横たわるベッドに近づいた

そのときに麗奈の部屋を見渡す

しかし……女の子らしい部屋だなぁ

あの物置だった部屋が、ちょっと掃除をして、模様替えをしただけで、こんなにもなるのか

ふと、健斗は麗奈の机に置いてある、様々なものに目をやった

きちんと整頓されている

が、机の上には閉ざされたノートとシャープペンシル

勉強でもした後なのだろうか

が、違う

これは勉強用のノートではないことが分かった

麗奈はノートの表紙にそれは何の教科のノートなのかをちゃんと書くからだ

例えば数学のノートならば、女の子らしくデコレートされていて、“すうがく”などと風に書かれている

しかしこのノートは何も書いていない

むしろかなり年季がいっているみたいで、勉強用のノートみたいにデコレートされていない

シンプルなノート一冊……

何のノートだろう?

気になるが、手は伸ばさない

他人のノートの中身を見るだなんて、趣味が悪いにもほどがある

ふと健斗は、一枚の写真に目をやった

小さな写真立てに納められた、一枚の写真

手にとって見てみる

それは麗奈があの日、見せてきた……

早川のことで落ち込んでいる健斗に、麗奈が見せて来た

一枚の家族の写真だ

麗奈のお父さんに、麗奈のお母さん……

どちらも微笑んでいる

そして……その真ん中には座っている……小さな女の子……

可愛らしい笑顔を見せて、幸せそうな表情を見せている

麗奈の言葉をふと思い出してしまった





『私はこういう家族、好きだなぁ』





「……う……ん……」

麗奈が軽く唸った

健斗はそれに気がつくと、写真を置き、麗奈に近づく

麗奈の顔は、ほんのりと赤く、呼吸が少し荒かった

布団が少しずれている

健斗はそれをきちんと直してやった

それから、麗奈の額に置いてある濡れタオルを取って、また氷水に浸した

健斗は自分の手で熱を計ってみる

……まだ熱はある

健斗は絞った濡れタオルをもう一度麗奈の額に置いてやった

するとだった

唸りながら、麗奈が小さく目を開いたのだ

濡れタオルの冷たさを感じ取ったのか、麗奈は目を虚ろに開くと、目の前の焦点を合わす

それからゆっくりと、呆然とした表情で健斗の方を見た

「……健斗くん……」

「よっ」

健斗がそういうと、麗奈はゆっくりと笑った

「お帰り」

麗奈にそんなこと言われて、健斗は可笑しそうに笑った

「お帰りって……もうとっくのとうに帰ってきてるよ」

「……私、そんなに寝てた?」

「まぁな。俺が帰ってきてからも、ずっと寝てたみたいだし。気分はどうだ?」

健斗が訊いてみると、麗奈はゆっくりと笑って答えた

「ん……少し良くなったかも」

「そっか。つーかお前」

健斗は呆れるように、少し笑って麗奈に言った

「何で注射打って来なかったんだよ。そしたら今頃治ってたのにさ」

「……だって……」

麗奈は恥ずかしそう顔半分を布団で隠した

「……注射……痛いんだもん……」

健斗はそれを聞いてまた呆れるようにため息をついた

「バカだなー……」

そう呟いてから、健斗はふと麗奈に優しげな笑顔を見せた

「ま、薬も効いてきてるみたいだし。ちゃんと栄養取って、ちゃんと寝て、しっかり治せよ」

「うん……」

麗奈はそんな健斗の言葉を聞くと、目を見開いたまま、健斗を見つめていた

「……何だよ」

健斗が聞くと、麗奈はしばらく間を開けてから訊いてきた

「健斗くん……今日何か良いことでもあった?」

「は?」

麗奈に突然そう聞かれて、健斗は不思議そうに聞き返した

「何で?」

すると麗奈は、目を見開いたまま、健斗に言ってきた

「だって……何だか妙に優しいから」

麗奈のその言葉を聞いて、健斗は厳かな表情を作った

「そりゃ……病人には誰でも優しくなるだろ。つーかそれって、俺はいつも優しくないってことかよ」

健斗がそう不満そうに言うと、麗奈は可笑しそうに声を立てて笑った

「アハハ♪何だか、前にもあったね。こういうの」

麗奈にそう言われて、健斗もしばらく間を開けてからクスリと笑った

「バァーカ。余計なこと思い出してんじゃねーよ」

「そうだね」

「……そういや」

健斗がそう言い出すと、麗奈は首を傾げた

「そういや、早川がさっきお見舞いに来てくれたぞ」

「本当に?結衣ちゃんが?」

「あぁ。お前のことすげー心配してたぞ」

「そっかぁ……今度お礼言っておかなきゃ」

「そうだな」

麗奈は笑って、ゆっくりと頷いた

すると、突然麗奈は妙な不敵な笑みを浮かべて健斗に言ってきた

「っていうか、健斗くんが妙にご機嫌なのって……それが理由かぁ」

麗奈にそう言われて、健斗も麗奈のように熱を帯びたのが分かった

「う……うるせーなぁ。余計なこといいから早く寝てろ」

健斗がそう言うと、麗奈は可笑しそうにクスクス笑った

健斗はそんな風な笑ってくる麗奈を見て、気恥ずかしくなり、軽く咳払いをした

それからしばらく沈黙が流れる

麗奈は健斗を見つめていた

熱のせいか、どうか……麗奈の頬はほんのりと赤く染まっていた

「……健斗くん……」

「ん?」

「……傍に……いてくれる?」

麗奈にそう言われると、健斗は自分の胸が大きく高鳴ったのが分かった

何だか……こんな風に言ってくる麗奈が、何だか可愛く見えた

「……う……ん……分かった」

健斗が気恥ずかしそうにそう答えると、麗奈は嬉しそうに笑った

「……健斗くん……」

「何?」

「……ギュッてしてもいい?」

「はぁ?」

突然そんなこと言ってくる麗奈に健斗は大きく戸惑った

それから顔を赤くして、目をそらしながら麗奈に言い放った

「ば、バカッ!大人しく寝てろって」

「……じゃあ……」

麗奈はまたゆっくりと笑った

「……手、握ってもいい?」

麗奈にそんなこと言われて、健斗はまた自分の胸が高鳴ってくるのが分かった

しばらく沈黙した後、健斗は気恥ずかしそうに頭を掻いた

それから……

「……ほら」

健斗は麗奈に自分の左手を差し出した

麗奈は嬉しそうに笑って、健斗の左手を、その小さな両手でそっと包み込んだ

麗奈の柔らかく冷たい手のひらの感触を感じた

「……あったかい……」



それからしばらくして、健斗はずっと麗奈に左手を握られていた

麗奈はその温もりを大切にするかのように、優しく包み込んでいた

そして安心したのか、いつの間にか麗奈はまた眠ってしまった

しばらくして、健斗はそっと自分の左手を麗奈の手から抜く

しばらく健斗も麗奈の温もりを感じていた

そんな自分が恥ずかしくなり、健斗はゆっくりと立ち上がる

それから麗奈の部屋を出ようとする際に、もう一度麗奈を見た

……何だよ……ったく……

健斗は心の中でそう呟くと、ゆっくりと麗奈の部屋のドアを閉めた



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