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第7話 事情
第7話 事情 P.26

「健斗くんはさ」

ふと麗奈が口を開いて、健斗に言ってきた。健斗も麗奈から視線を写し、麗奈を見た

麗奈も健斗を見ていた。足をブラブラさせて、健斗を見ながら言ってきた

「健斗くんはさ、この街にもうどのくらい住んでるの?」

「え……」

突然そんなことを聞かれ、少々考えてみる

「俺は……生まれたときからだよ。元々ここに住んでる」

「ここで生まれたんだ」

麗奈にそう言われて、健斗はゆっくりと頷く

「元々はな、この家、じいちゃん家だったんだ」

「健斗くんの……おじいちゃん?」

麗奈にまたそう聞き返されたので、健斗はまた頷いた

「そう。父さん方のじいちゃんの家。ずっと前にばあちゃんが死んじゃって、じいちゃん独りにするわけにはいかないからって。父さんと母さんで戻ってきたらしい」

「へぇ〜……」

「まぁ……もう何年か前に、じいちゃんも癌で死んじゃったんだけどな」

「そう……なんだ」

麗奈がそう言ったっきり。しばらく沈黙が流れた。そんな沈黙を破るように、健斗が麗奈を見て言った

「お前は?」

「え?」

「だから、お前の父さんや母さん、じいちゃん、ばあちゃんはどんな人?」

このときの健斗は、まだ麗奈の家庭については全く知らなかった

後に、麗奈のお母さんの夏奈さんは亡くなって、お父さんはニューヨークで仕事

そして麗奈のおばあちゃんもおじいちゃんも、ずっと前に他界していることを知った

今だから分かる。けど、あの頃の健斗は何も知らなかったのだ

麗奈は少し黙り込んだ

面映ゆい表情を浮かべていた

健斗はその表情を不思議に思い、首を傾げた

すると麗奈はふと笑顔になって言った

「秘密」

「は?」

健斗が拍子抜けた顔をしているのを見て、麗奈はクスクスと笑った

「だから秘密。私のことは教えなーい」

「……何だよそれ」

健斗は呆れるようにため息を吐いてみる

人のことは図々しく聞いてくるくせに、自分のことになると一切語ろうとしない

見返りを求める、というわけではないが、不平等な気がしてならない

しかし、そこまで興味深いというわけではなかったため、健斗はそれ以上聞こうとはしなかった

徐々に暗くなっていく空を見て、想いにはぜていた

「健斗くんはラッキーだね」

麗奈が突然そんなことを言い出したことに、健斗は不覚にも反応してしまった

「……何が」

「この街に生まれて来れてよかったねってこと」

麗奈にそう言われて、健斗は顔をしかめた

「何だよそれ。ラッキーって言い方は変だろ。ばあちゃんが死んじゃったことはアンラッキーだろ」

「分かってるよ。そういう意味で言ったんじゃなくって」

麗奈は可笑しそうに笑うと、健斗はプイッと顔を背けた

しかし構わず、麗奈は続けた

「こんなに良い街に生まれて来れて、健斗くんも幸せものだよねー」

「……別に……俺は何にも感じないし。東京に行ったことねぇし」

素っ気なくそういう健斗に麗奈はゆっくりと笑いかける

「そうだね。東京にいた私だから、そう思うだけなのかも」

「……東京嫌いなのか」

健斗がまた何気なくそう訊くと、麗奈は不思議そうに聞き返してきた

「何で?」

「だって、そういう風なこと言ってんじゃん」

麗奈はあまり、東京にいたときのことが好きではないんだろうと、健斗はこのとき感じていた

実際それからも幾度かそう思うときがある。東京のことを話すときの麗奈の表情は、健斗の嫌いなあの表情に似ている

表情そのものにではなく、雰囲気が似ているのだ

東京で何か嫌な思い出でもあるのか、それともただ、東京みたいな大都会は麗奈の性に合ってないのか

「……この街が素敵なだけだよ」

麗奈はまるで健斗のその問いかけをはぐらかすように、そう呟いた

このとき健斗はあまり気にとめはしなかった

すると麗奈はさらに健斗に笑って言ってきた

「それに、町の人たちも優しいしね。何だか人情がありふれてるって感じ」

「そう……だな」

健斗は上手く同意することが出来なかった

もちろん、この町に住んでいる人たちは優しい人ばかりで、麗奈の言うとおり、人情溢れているのかもしれない

それを認めることが、少し気恥ずかしい気になったのだ

まるで自分のことのようだ

すると麗奈はそれに、と言葉を付け加えてきた

「それに、健斗くんのお母さんやお父さんも優しいし♪あ、もちろん健斗くんも」

「別に……俺、お前なんかに優しくした覚えねーし」

健斗はまたそう素っ気なく言う。本音だった。健斗は麗奈と極力関わる気もないし、馴れ馴れしくするつもりもない

だからそんなこと言われるのは心外だった

おかしな話である

誉められているような言葉が、中傷されている言葉に聞こえる

多分麗奈が嫌いだったから、そうひねくれた考えだったのかもしれない

だけどそれだけが、健斗の考えをひねくれさせてたわけではない

「アハハ♪でも、山中家って素敵な家族だと思うよ?」

「……たった数日しか経ってねーのに、そこまで普通言えるか?言葉に重みがねーよ」

「そうだね。でも……」

麗奈は健斗ににっこりと微笑んだ

「やっぱり、私はこういう家族は好きだなぁ」

その麗奈の純粋な表情に、少しドキッとしてしまう

健斗はすぐに目を背けた

嫌になってしまう

この自分のひねくれた想いが

麗奈は純粋な気持ちでそう言ってきているのに……どうして否定的な考えになるのだろうか

誉められているのが照れくさいから?

そんなんじゃない

苛ついてしまうのだ

麗奈に

自分でも分からないくらい

苛ついてしまうのだ

そんな自分が恥ずかしい

子供みたいで恥ずかしい……

健斗は何も言い返せなかった。あえて、何も言いたくなかった

何か言葉を発してしまえば、自分の醜態をさらけ出してしまうかもしれないから

今のこの暗黙が、今の健斗に出来る最大限の承認だった






今だから分かる。麗奈があんなこと言ったわけを……

麗奈は母を失い、父とは離れて暮らしている

本当の家族は……いないと同然だ

普段、何でもないような顔をしているが……本当はどのくらい寂しいのだろうか

そして、それを表沙汰にしない麗奈の心の強さには感銘を受ける

だが……

………

「早川ん家だって、家族団欒だろ?チヨバァだっているし……」

健斗がそう言うと、早川は苦笑しながら首を傾げた

「家は……どうだろ。おばあちゃんは確かに優しいけど」

早川は一呼吸置いてから続けた

「家、両親が共働きなの。どっちも仕事遅くまでやってるから。家族で話す時間とか作れないし。夕飯とかは、いつもおばあちゃんと二人」

「そう……なんだ」

あまり聞いてはいけないようなことを軽々しく聞いてしまった自分に、健斗は少し後悔していた

早川は苦笑しながら続けた

「昔はそんなことなかったんだけどね。中学上がると同時に、今みたいな状態になっちゃって……だから、健斗くん家が羨ましいなぁ……」

家もお互いに共働きだが、早川ん家みたいなことは起こらない

どちらも夕方くらいには帰ってきて、晩ご飯は家族揃って食べることが、自然に決まっている

会話をよくして、絆を忘れないようにする

家族の暖かみ、大切さ、ありがたさを忘れたことはない

早川ん家は違う

この可愛らしい笑顔の裏腹に、そんな寂しそうな気持ちを抱いていたことに健斗は少し悲しい気持ちになった

すると早川は急に笑顔になった

「まぁ、もう高校生なんだから。そんな子供みたいなこと言ってらんないんだけどね」

そう言って笑う早川の笑顔は……健斗の胸を痛めた

「何だか、ゴメンね。辛気臭い話しちゃって。ゴメン、忘れて?」

そう言うと早川はゆっくりとお茶を飲み込んだ。健斗はそんな早川を見て、ゆっくりとため息を吐く

「……関係ねぇよ」

「え?」

健斗はそう言い出すと、また饅頭を手にとって包みを開け始めた

「俺、そういうのよく分かんないけどさ、関係ねぇよと思う。その……家族を思う気持ちとかに、高校生だからとか、大人とか子供とか」

健斗がそう言うのを早川は黙って聞いていた

「やっぱり誰だって、家族は大切なんだよ。うん……だから、伝えてみればいいじゃん。今の早川の気持ちを、お父さんやお母さんに。ちゃんと言えば、きっと伝わると思う」

健斗はそれから早川を見て、ゆっくりと笑いかけた

「じゃねぇと……家族でいる意味がねーじゃん?」

これは早川にだけ向けた言葉ではなく、いつも思っていたことだった

家族のことを思う気持ちに、大人だからとか、子供だからとか、そんな区切りをつけることが正しいことなのだろうか

答えは否だと思う

誰だって、どんなに時間が経っても変わらずに大切なものって、やっぱり家族なんだと思う

大人に近づいた今、家族に甘えることを許さない自分……

そんなのただ寂しいだけだと思う

少年の心を持ち続けるのはいいことだ

ここで小学生のときに父さんから聞いた言葉を思い出した

「大人になるとなぁ、下げたくない頭を下げて、どんなに頑張ってみても報われないときだってあるし、小学生のように宿題は山積み。父さん、家族がいる身で、しっかりしたいけど、今でもプロレスなんか大好きだし、漫画だって欠かすことはできないんだな」

結局、大人になってもそういうものだって父さんは言っていた

少年少女の心を完全に捨てきることなんて、誰にも出来ない

だったら、ずっと持ってればいい

少年少女の心を持っていることのどこがいけない?

健斗はこのとき大いに納得したことを覚えている。

少年少女の心は、時に人を振り返させてくれるのだ

だから、家族でいたいという気持ち

家族を思う気持ちを、大人とか子供とか、そんな風に割り切りたくなかった

そしてそれは……麗奈にも……

ふと健斗は自分の言っていた言葉を振り返り、恥ずかしくなってしまった

「って……俺、何言ってんだろ……ゴメン、急に」

健斗は早川に謝ると、早川はしばらく健斗を見つめてた後、口元で笑みを作った

「……ううん。ありがとう」

早川はゆっくりと頷いた

「そうだね……健斗くんの言うとおりかも……私、もう甘えちゃいけないんだって、自分で勝手に思い込んでた」

早川は可笑しそうに笑うと、健斗を見た

「私、言ってみる。やっぱり、ちゃんとお父さんやお母さんと話したいから」

「そっか」

「うん♪ありがとう。何だか素直になれた♪」

早川がにっこりと微笑んできた。それは健斗の一番好きな表情で、健斗の胸に安堵感が宿る

やっぱり、早川には笑顔が一番似合う

可愛い……

健斗は頬を赤く染めて、薄く笑いながら、お茶を飲むようにしてその表情をごまかしてみた

「あ……ねぇ、私もお饅頭もらってもいいかなぁ?」

「え……あ、はい。もうどうぞどうぞ」

「どうしたの?健斗くん」

早川はクスッと可笑しそうに笑いながら、健斗にそう言うと、目の前の饅頭を手に取った

ふと健斗はあることを思い出した

実は、早川に会った瞬間に頭の中で浮かんだことなんだけど……恥ずかしくって自分の中で誤魔化していた

そう、夏休みに入る直前の日

あの放課後も、健斗と早川は二人きりで話してて、健斗の中で幸せに満ち溢れた時間が流れていた

そして早川が言ってきた。帰り際に言ってきた一言

あれがずっと気にかかっていた

あれは何のつもりで聞いてきたのか、健斗は気になっていた

そんな大したことじゃないのかもしれない

男女の交友で恋バナをするのはよくあることだ

しかし早川に、はぐかされてしまった

あの真意を聞きたいのだが……さて……

健斗は早川をチラリと見る。早川は美味しそうに饅頭を頬張っていた

「あ、美味しい♪これ、何て饅頭?」

……よし……

「そ、そういやさぁ」

健斗が話を切り出すように言い出すと、早川は顔を上げてくれた

よし……

「そういやさぁ、ひ、ヒロがさ、昔さ」

「うん?」

「あいつってさ、ほら、かなりの美人好きでさ。うん……それで……」

言いたいことが上手く整理出来ないとこうなるわけで……

「でさ、あいつ、いっつも告っては振られて告っては振られてでさ、その度に落ち込んで、俺すげー振り回されてよー。あいつに……」

教訓……遠回しに物事を言うと、返って物事が分からなくなる

「ほんっと、いい加減にして欲しいっつーかぁー……」

結局言いたいことが分からなくなってしまい、健斗はその場で黙り込んでしまった

真意を聞き出すどころか、場の雰囲気まで悪くしてしまったような気がする

ヒロだったら上手く言い出せるんだろーけど……

こんなとき、改めて自分の口下手なとこが恨めしく思うのだ

健斗は早川をチラリと見る。早川は不思議そうな表情を浮かべていた

「け、結構美味いよな。この饅頭……」

「う、うん……」

早川は戸惑いながら健斗を見ていた

あ、あかん……何とかせな、この空気……

しかし口下手な健斗にはこの空気を打開する手立てが浮かばない

そんなときだった

「……あ、あのさ」

早川が健斗に話しかけてきて、健斗はゆっくりと顔を上げた

早川は周りを見渡すと、誰もいないことを確認する

そして頬を赤く染めて、まるで耳打ちするように健斗に顔を近づけた

健斗はあまり大きな声で話したくないんだということに気がつくと、ゆっくりと耳を傾けた

「あのさ……」

早川は息を吐き出すと同時に言ってきた

「麗奈ちゃん……健斗くんのこと、好きって本当?」

「えっ!?」

早川の口から思いもしなかった言葉が出て来たため、健斗は大いにびっくりしてしまい、勢いで後ろにのけぞった

一瞬で心臓が高鳴って、頭の中に一気に血液が駆け上っていくような感覚を感じた

どうして?

早川が知ってるんだ?

誰にも言ってないはずだ。誰にも……そう、父さん以外には誰にも言っていない

なのに……どうして?

慌てる健斗を見て、早川まで慌てた

「あの、別にね、確証はないんだけど……ゴメンね?こんなこと聞いちゃって……べ、別に麗奈ちゃんから聞いたとかじゃないんだよ」

「え……な、何で?」

どうして早川がそんなこと知っているのか、と聞きたかった。

確証はない

麗奈が言っていたわけでもない

正直、それが一番の説だとは思っていたのだが、違うということなのだが……

たんなる推測でか、それとも普段の麗奈の行動を見て、割り出してきた推測なのか、それとも……佐藤が感づいたのか

健斗が問いかけると、早川はゆっくりと頷いて、戸惑いながら健斗に話してくれた

「あ、あのね、鷹くんって知ってる?見空鷹くん」

早川の口から出てきたのは意外な人物の名前だった

見空鷹……

その名前を聞いた瞬時、健斗はあのときの見空の鋭い目つきと、あのときの感情を思い出していた

「私、鷹くんとは小学校同じで。この前……鷹くんと学校でお話したの。麗奈ちゃんのことで」

麗奈のことで……

健斗は興味深そうにほとんどまばたきをしないで、早川の話に一点集中した

「あの、七夕祭でのこと覚えてる?ほら、麗奈ちゃんが迷子になっちゃって……しばらく探してたでしょ?あのときね、麗奈ちゃん。鷹くんと偶然会ってたんだって」

「麗奈が?見空と?」

早川はゆっくりと頷いた

意外だった。偶然会ったとは言っているが、それは本当なのか……?

「鷹くんが言ってたんだけど、あのとき……麗奈ちゃん、わざと迷子になったらしいの」

「はぁ?」

意味が分からなかった。鷹と偶然出会ったと言っておいて、わざとはぐれた?

だったら……

「麗奈、見空と会うために俺らから離れたってこと?」

そういうことになる。偶然出会った?

それは嘘で、麗奈は本当は鷹に会いに行くために……必然的に会ったのではないか

健斗の頭の中にはそういう考えが浮かんでいたのだが……

「ううん。違うよ」

早川は否定してきた。別の理由があったらしい

それは何かと健斗はもう一度訊ねてみた

すると早川は、言いにくそうに、下を俯いた

知らないのだろうか?

しばらく沈黙が続く

「……えっと、その……鷹くんが言ってたんだけど……」

早川はゆっくりと息を吐きながら、言ってきた

「麗奈ちゃん……す、好きな人が他の女の子と仲良くしてて……それで嫉妬しちゃって……」

「え……」

健斗の胸が高鳴る

「多分、踊りのときだよね。ヒロくんとは考えにくかったし……あのとき、私と健斗くんだけ……ベンチに座って話してたよね。だから……その……麗奈ちゃんの好きな人って……」

早川の話は健斗の耳には入って来ず、健斗の意識は記憶の世界へと旅立っていた



麗奈を見つけたとき、健斗が麗奈が迷子になったことを文句言うと……

『すみませんでしたっ!勝手にはぐれちゃったりして』

あのときの怒ったような表情は健斗はただ、説教されることを嫌がっていただけの表情だと思っていた

麗奈が嫉妬……

あいつが、俺に嫉妬……

……

「健斗くん……健斗くん」

「……え?あ、ワリィ……何?」

健斗が訊ねると、早川は健斗を上目使いで見てきた

「えっと……だから……麗奈ちゃんって、健斗くんのこと……」

早川はそう言いかけて、言葉を紡ぐ

そこから先の健斗の答えを分かりきっているように……

「……うん。らしい」

健斗の答えを聞くと、早川は感心してるのか驚いてるのか、両方を交えたようなため息をこぼした

「やっぱり……健斗くん知ってるってことは……もしかして……」

「うん……告白された。麗奈から直接。七夕祭りの……花火のときに」

まるで誘導尋問されているかのような感覚だったが、早川は全てを知っているわけであって、出来れば隠したいことだったのだが、それは無理な話だった

だから全て正直に話そうとしたのだ

「へぇー……そうなんだ……」

早川はそう言うと、少し心配そうな表情を浮かべた

「……私、本当は麗奈ちゃんに嫌われちゃってるかなぁ……」

「え?」

早川は憂鬱そうにため息を吐いた

「だって……麗奈ちゃんに……故意じゃないにしろ、そういう気持ちにさせちゃったわけなんだし……」

「い、いやっ!それはちげーってっ!」

健斗は少し声を張り上げた

「そんなことあるわけねぇよっ!大体、麗奈はそういうやつじゃないし……そんな、嫉妬って言ってもそこまで気にするようなことじゃないから……」

「……そうかなぁ……」

早川は複雑そうな表情を浮かべていた

これだから、早川には知られたくなかったのだ

早川に妙な気遣いをされて、変な距離を置かれたくない

「麗奈は……麗奈は……」

健斗は呼吸を落ち着かせて、目を閉じた

麗奈を思い浮かべて、麗奈の今までの麗奈を感じる

「麗奈は……きっと今のような生活がすげー好きなんだと思う。今みたいな、友達がいて、家族がいて……あいつは、そんなことで友達を恨んだりするようなやつじゃない」

そうだ

麗奈はそんなやつじゃない

たまにいるだろ

自己独占欲が強いやつ

自己独占欲が悪いとは言わない

しかし、それが強すぎてしまい、友情を壊してしまうことだって絶対ある

だけど……

「麗奈は……あいつは、いつもと変わらないよ。早川のことだって、あいつ一番の親友だって言ってたぜ?早川のこと、すげー大好きなんだと思う。今だって」

健斗が一呼吸すると、早川が不安気に健斗を見つめたまま、言ってきた

「……本当?」

「本当に」

「じゃあ……今までみたいにいていいのかな……私……」

健斗はふと笑って、大きく頷いた

「当たり前だろ。そんなんで変な距離置かれて、妙な気遣いされたら、俺が嫌だし。麗奈だって、今まで通りでいて欲しいって思ってるよ」

健斗がそう言うと、早川は安堵感を込めたため息をこぼした

「良かった……安心する……」

こっちこそ、安心した

「じゃあ、今まで通り健斗くんとも仲良くしてていいんだよね」

「……うん……まぁ……よろしくお願いします」

健斗が照れるようにそう言うと、早川はクスッと笑ってくれた

「うん♪何か……ゴメンね?私、ずっとそのこと気にしてたから」

早川にそう言われて、健斗はすぐに首を横に振った

「いや、全然。こっちこそ、何か余計な気遣わしちゃって……悪かったな」

「ううん。なんとなく、麗奈ちゃんが健斗くんを好きになる気持ちも分かる気がするし」

「え……」

早川にそう言われて、健斗は不思議そうに言うと、早川はにっこりと微笑んで言ってきた

「だって、健斗くん、すっごく優しいから。そんなとこに惹かれるんだと思う」

早川にそう言われて、健斗はまた胸が高鳴ってしまう

早川に……好きな人に面と向かわれてそういわれるとちょっぴり気恥ずかしい気持ちがあった

だが、やはり

悪くない気分だった

「そんなこと……ねぇよ」

健斗はお茶を飲み込んで、自分の気持ちを誤魔化していた

「……で、健斗くんはどうなの?」

早川にそう聞かれ、健斗はふと顔をあげた

「何が?」

「だからその……健斗くんは麗奈ちゃんのこと……どう思ってるのかなぁって……」

早川が目線をそらしながら、健斗にそう訊ねてきた

その言葉にふと、ヒロの言葉も思い出す

釣りをしに行ったあの日も、ヒロにそう聞かれた

「あ、別に……深い意味で聞いたんじゃないよ?その……ほら、健斗くんと麗奈ちゃんっていつもいっしょにいるから……もしかして健斗くんも麗奈ちゃんのこと好きなのかなぁって。あのとき、健斗くんに好きな人聞いたのもそれが理由でね……」

さりげなく、ずっと聞こうと思っていたことの真意を知れてしまった

それもショックだったけど、それよりもその真意が期待とは随分違っていたことも、健斗はショックだった

いや、もちろん……そこまで期待していたわけではないのだが……

その理由でだけで、特に深い意味はないんだな

ちょっとがっかりだ

「ゴメンね?この前……びっくりしたよね」

「いや、別に。俺もそんなこと忘れてたからさ」

健斗は笑って早川にそう答える

強がって見せる自分が忌々しい

けど、そう答えてよかった

「よかった♪」

早川も安心するように笑ってくれた

「……で?健斗くんは……?」

早川にそう訊かれて、健斗は早川を見つめた

そうだな。もしここでそんな誤解をされているのら、はっきり言っておいた方がいいのかもしれない

これはむしろ……いい機会だ

「うん……」

時計の針が鳴り響き、辺りに静けさが漂う

そして健斗は微笑しながら言った


「俺、別に麗奈のことなんか、何とも思ってねぇし」


語勢を強めて、そう言うと、早川はきょとんとしていた

「あ、そうなんだ……」

「そうだよ。大体さぁ」

健斗は呆れるようにため息をつきながら言った

「別に俺は何とも思ってねぇのに……あいつが一方的に押しかけてくるからさ。なんつーか……その、困ってんだよ俺」

健斗はしどろもどろになりながらも、必死に弁明してみせた

「ほら、麗奈ってあんなやつじゃん?だから、あいつに振り回されてばっかでさ、この前の川遊びとかだって。だから俺、本当に困ってるっつーか」

健斗の必死な弁明を早川は頷いて聞いてただけだった

「ふぅーん……そっか」

早川は健斗の話を聞くと、少し残念そうな感じで言ってきた

「じゃあ、健斗くん、振っちゃったんだね。麗奈ちゃんのこと」

「うん……まぁ……」

健斗はそれを聞くと、苦笑して答えた

「振ったっつーか……なんつーか」

一応、健斗の気持ちは早川に向いているから、麗奈の気持ちには応えられないとは言った

そう、それは振ったことになるんだ

だけど、あいつは……納得せずに、好きになってもらえるように頑張るといい始めた

それは何なのだろうか

告白の返事に対する返事が、頑張る……か……

健斗だって、二、三度は告白くらい受けたことはある

もちろん、どれも振ったのだが、振られた側はその場で複雑な思いを抱えたまま

「うん。わかった」

と言ってくれた

それが

「好きになってもらえるように頑張る」

と応えられてしまっては、こちら側としても何て答えたらいいのか分からなくなる

だから言ってるだろ

困ってるんだって


「複雑なんだね」

「まぁね」

っていうか、まさか早川とこんな話をするなんて思いもしなかった

あまり早川とこの話をしたいとは思わなかった

なのにどうしてこんなことになってしまったのか……

それは全て、見空鷹がその話を早川に言ってしまったことが原因だ

あの野郎……余計なことしやがって

健斗はあの見空鷹に多少の怒りを感じていた

「でも」

早川が可笑しそうにクスッと笑いながら、健斗に言ってきた

「でも私、結構2人ってお似合いだと思うな♪」

「へ?」

健斗が呆然としてそれを聞くと、早川は笑いながらさらに言ってきた

「だから私、麗奈ちゃんの恋を応援したいかも♪」

早川は冗談か、それとも本気なのか、おそらくその中間点で言ってきたんだと思う

けど健斗にとっては嬉しくない複雑な状況だ

好きな女の子が自分に好意を持つ女の子を応援するなんて

複雑だ

健斗は苦笑することしか出来なかった








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