わざわざお見舞いに来てくれた早川をもてなす為に、健斗は早川を居間へと連れて行った
居間はクーラーが効いていて、外はすごく暑かったものだから、ものすごく気持ちがよかった
母さんが卓袱台の上に和菓子と、冷たいお茶を用意していた
「外は暑かったでしょ?こんなものしかないけど、よかったらどうぞ」
母さんがコップにお茶を注ぎながら、早川にそう言うと、早川は謙虚な姿勢を見せてきた
「いえ、わざわざありがとうございます」
「いいのよ。ゆっくりしてってね」
早川はにっこりと微笑みながら、丁寧にお辞儀をした
健斗のために注がれてあったお茶を健斗は遠慮なく飲み干す
「……だぁ〜っ!生き返る感じだなぁっ!」
「あんた……オヤジみたいなこと言いなさんな……」
母さんがそう突っ込むと、早川が可笑しそうにクスクス笑っていた
「チヨおばあさんは元気?最近あまり会わないわね〜」
母さんが早川にそう尋ねると、早川はゆっくりと笑って頷いた
「はい。もう困っちゃうくらい元気です」
「そう。よかったわ。この間、チヨおばあさん腰痛めてるって聞いたんだけど……」
「あ〜……最近は大丈夫そうです」
「本当に?よかったわぁ〜……何、ヘルニアか何か?」
早川と母さんとで、世間話をし始めてる中、健斗はふとチヨバァのことを考えていた
チヨバァはもう今年で齢七十を超える。本格的に後期高年齢者に分類されている
ニュースでもやってるように、最近年金問題などの話題が絶えない
チヨバァだって関係あることだ
……チヨバァは現役で店営業をやっている。年金って貰えるのだろうか?
とにかくチヨバァはもう年なんだから、あまり無理して体などを壊さないで欲しい
古い付き合いだからこそ、心からそう思うのだ
「あたしも今度、TIYOに行こうかなぁ」
母さんがそう言うと、早川は嬉しそうに笑った
「本当ですかっ?ぜひ来てくださいっ!おばあちゃんも喜ぶと思うし」
「えぇ。今度行くわ。あそこは涼しいもんね」
母さんが何気なくそう言うところに、珍しく健斗が口を出した
「そうだよな。あそこって、丘の上で風通しがよくって、すげー涼しいべ?いいよなぁ、早川ん家は」
健斗がそう言うと、早川は健斗を見て、少し首を傾げた
「そう?でもあんまり変わらないと思うよ。家の中に入っちゃえば、結構暑いし。今ごろおばあちゃん、扇風機に当たりながらテレビでも見てるんじゃないかな」
早川がそう言うと、健斗の脳裏に浮かんだ、チヨバァのそんな姿……
すぐ思い浮かんだことに健斗は可笑しさを感じて、吹き出して笑った
しかし、あそこは本当にいい場所だと思う
街並みを見渡せるし、涼しいし……学生などに人気があるのは、立地条件の良さもきっと入っているだろうと思われる
と、そんなことを考えながら健斗は冷たいお茶をまた飲み始めた
するとだった……
「ところで……」
母さんが話を切り替えるように、ニヤニヤしながら2人に訊いてきた
「2人はどういう関係?もしかして……付き合ってるとか?」
「え……」
健斗に至ってはその言葉を聞いた瞬時、飲みかけたお茶を吹き出してしまった
喉がつっかえ、大きく咳き込んでいた
「ゲホッゲホッゲホッ!」
「あ〜あ〜……何やってんのよ〜」
母さんが顔をしかめて呆れながら、台布巾で卓袱台を吹き始めた
健斗はしばらく咳き込んで何も言い返せなかった
何を急に言い出しやがるんだ……このオババ……
咳き込みながら、健斗はチラッと早川を見ると……
早川は顔を俯かせていた。よく見ると、顔が真っ赤である
「ゲホッゲホッゲホッ……母さんっ!」
健斗は顔を真っ赤にして、母さんに怒鳴りつけた
母さんは健斗に怒鳴られると、きょとんとして健斗を見た
健斗は母さんを睨みつけるように、怒声を上げた
「変なこと訊くなよっ!迷惑だろっ?」
「あら。別に変なことなんかじゃないじゃない」
「もういいからあっち行ってろよっ!」
すると母さんはふと何かを思い出したのか、ポンッと手を叩いた
「そうだ。洗濯物取り込まなくちゃ」
そう言うと徐に立ち上がり、早川にゆっくりと笑いかけた
「じゃあ結衣ちゃん、ゆっくりしてってね」
母さんが早川にそう言うと、早川は照れながらゆっくりと笑って頷いた
母さんはそれを見るとご機嫌そうに、鼻歌を歌いながら縁側の方へと向かった
健斗は母さんが行ったのを見ると、疲れたようにため息を吐いた
早川をチラッと見てから、ちょっと頬を赤くしたまま、早川を直視せずに言った
「わ、ワリィな……」
愛嬌良く薄笑いを浮かべる。早川はすぐに微笑んで、首を横に振った
「ううん。平気」
そう言ってから、早川は健斗ににっこりて微笑んだ
「いいお母さんだね♪」
「……本当にそう思う?」
健斗がそう聞き返すと、早川はゆっくりと頷いた
「うん。優しいし、綺麗だし……健斗くんのお母さんって、年いくつ?」
「えっと……今四十五。だから、もうすぐ四十六だ」
「うっそっ!それにしては随分若く見えない?スタイルもいいし……三十代の前半くらいに見える」
「お世辞なら母さん本気にしちゃうから止めときな」
健斗がそう素っ気なく言うと、早川はまた首を横に振ってきた
「お世辞じゃないよ。少なくとも、家のお母さんよりかは若く見えるなぁ。家のお母さんは四十二だもん」
「へぇ〜……まぁ、無駄に通販好きじゃないってことかな。母さんってば、通販で化粧品やダイエット器具とかいっぱい買ってるから」
健斗がそう言うと、早川は可笑しそうにクスクスと笑ってくれた
健斗はそう言うと呆れるようにため息を吐いた
「……にしても、母さんの通販好きにはマジ困ったもんだよ。この間さ、また通販でダイエット食品買いやがってさ、それで俺、父さんとどうしてオバサンは無駄な浪費をしまくるのかって話し合ってたら、母さんに盗み聞きされて、マジ殺されかけた……父さんなんかプロレス技かけられてたし」
健斗がそんなことを話すと、早川は可笑しそうに吹き出して笑った
「アハハハ♪大変だったね」
「あれは恐怖映像に投稿出来たよ……」
健斗がそんな風に呟いて、ため息をつきながら、卓袱台に置かれた饅頭を手にとって、包みを開けた
すると、早川は健斗に羨望の視線を送っていた
「でも……何だか健斗くん家って、羨ましいなぁ」
「何が?」
健斗は包みを開けると、饅頭を口にしゆっくりと噛み締めていく
アンコの甘味が口の中に広がった
早川は少し考えるような仕草を見せながら言ってきた
「何だか……家族団欒って感じだよね?」
「そんな、大袈裟なもんじゃねーよ」
健斗は笑いながら饅頭を冷たいお茶と共に飲み込んだ
すると早川はゆっくりと首を横に振った
「ううん。すごく良いことだと思う」
早川の言葉を聞きながら、健斗は早川を見つめていた
そういえば、以前麗奈が同じようなことを言ってたのを思い出した
麗奈がこの街にやってきて、まだ1週間も経っていないときだ
馴染みはじめていた、その生活……
ある日の夕暮れ
健斗は一人、釣具の手入れをしながら、縁側で座っていた
すると、そんなところに麗奈がひょっこり現れたのだ
「……何してるの?」
麗奈にそう聞かれて、健斗は少しの間振り返って麗奈を見ると、ぷいっと顔を逸らした
「……釣具の手入れ」
「へぇ〜。健斗くん、釣りやるんだ」
「趣味でね。何か用?」
健斗は素っ気なくそう言う。この頃、まだ健斗は麗奈に慣れていなく、まだ名前ではなく“大森”とよそよそしく呼んでいたころのときである
麗奈は首を横に振りながら言ってきた
「ううん。別に用なんてないよ」
「……あっそ」
健斗が素っ気なくそう返したが、麗奈は積極的に健斗に絡んでくるかのように、健斗の隣に座った
健斗はそんな麗奈の行動に嫌気を覚えて、顔をしかめながら麗奈を見た
「何だよ。何か用があるなら言えよ」
健斗がそう言うが、麗奈もすぐに言い返してきた
「だから別に用はないよ。ただ私もここにいたいだけ」
健斗はこいつに出会ってから、こいつの取るこういう行動が何となく気に入らなかった
何を求めてるのか、さっぱり理解出来ないからだ
それに、極力麗奈とは関わりたくなかった
健斗は知らんぷりをして、また釣具の手入れを始めた
しばらく沈黙が流れる。健斗は黙々と釣具の手入れを続けた
麗奈はそんな健斗の行動をじっと見ていた
その視線が何となく気になって、チラチラと麗奈を見てしまう
「……大森」
「何?」
「そんなにマジマジと見るなよ。気が散る」
健斗がそう言うと、麗奈は可笑しそうに笑って言ってきた
「だって、健斗くんってマメな性格してるなーって思って」
そう言われてから、健斗は何となく気恥ずかしい気持ちになってしまった
何だか、やる気が失せてしまった
健斗はふぅっとため息をつくと、釣具を置いた
「あれ。止めちゃうんだ」
「ちげーよ。終わったの」
そう嘘をついてみるが、麗奈はクスクス笑っていた
その笑顔、笑い声を健斗は見ていた。何が可笑しいのか、さっぱり分からない
むしろ何だか小バカにされているような気がして不愉快だったのだが……
何となく麗奈の笑顔を見ていると、どうでもよくなってしまっている自分がいた
「……なぁに?」
麗奈ににっこりと微笑みかけられながら、そう聞かれてしまう
健斗は照れ臭そうに顔をそむけた
「べ、別に……」
健斗がそう言ってから、麗奈は空を見上げた。健斗も同じように空を見上げる
茜色に染まった綺麗な空だ。烏の鳴き声と共に哀愁深い気持ちが込み上げてくる
お互いに口を開こうとはしない
しかしこの流れる沈黙が嫌だとは思わなかった
むしろこの静かに緩やかに流れる、涼しげな時間を大切にしたいと健斗は思っていた
……翔は……こういう空も好きだったのかな
翔は青空が好きだって言っていた
何だか空が笑っているような気がするから
でも健斗は、こういう表情も嫌いじゃなかった
それどころか、好感を持てた
どこか哀しげな表情を見せてくるところに、感銘を受けてしまう
青空と茜色
対称的なもの同士
まるで、それは2人のように
単調な彩りの中に生まれた綺麗なもの
俺はあれから、一度も涙を流してはいない
でも、あれから本気で笑うことも少なくなった
誰かの優しさも
憎悪に生まれ変わってしまう
そう思ってしまうのであれば
過ぎて行く時間が、感情すら連れて行けばいいのに
感情論なんかいらない
理論や空想もくそくらえだ
ただ、時々思ってしまうのだ
今のモノクロでしかない、こんな毎日に……
少しずつ彩りを加えて行けるような日がくればいいのに……
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