そして、健斗と早川は長い時間をかけて、健斗の家の前まで帰ってきた
健斗はゴンタに家に戻るように言うと、ゴンタは素直に健斗の言葉に従い、独りで小屋へと向かう
そんな様子を見ていた早川は可笑しそうに笑って言ってきた
「前々から思ってたんだけど、ゴンタくんって賢いよね」
早川にそう言われて、健斗は苦笑して答えた
「そう?」
「うん。それに、犬なのに何だか人間らしいとこがあるって言うか」
「あ〜、それはあるかもな」
早川の言うとおり、生意気にもゴンタは犬のくせに、時折人間らしいとこを見せるときがある
それはいいことなのか、悪いことなのか……
当然山中家の影響を受けて、何だろうけど……
賢すぎる故に、山中家に影響されているというわけか……皮肉な話である
でも、そのおかげでゴンタはこの地域で顔が広いし、人間の友達がいるっていいことだ
人間の子どもに野球を誘われる犬なんて、そうはいない
まぁ、そんなことよりも早く家の中に入るとしよう
時刻はすでに夕方頃だ。夏だからまだ全然明るいが、直にすぐ暗くなる
そんなことを考えながら、健斗は家の戸を開けようとする。戸はすんなり開いてくれた
ということはやはり、すでに母さんと麗奈は病院から帰ってきているのだということに気がついた
「ただいま〜」
健斗がそう言うと、居間の方から母さんが顔を覗かせた。健斗の顔を見て確認すると、すぐに玄関まで出迎えてくれた
「おかえりー。随分遅かったわね」
「まぁね。歩いて行ったんだから」
健斗は買い物袋を母さんに渡す。その際に、母さんは健斗の後ろにいる女の子に気がつき、きょとんとしていた
「あら?」
すぐに顔を覗き込み、それが誰なのかに気がついたとき、ふと笑顔になった
「こんにちは。結衣ちゃんでしょー?チヨおばあさんとこのー」
母さんにそう言われて、早川は微笑みながら軽くお辞儀をした
「こんにちは」
「一体どうしたの?」
母さんが健斗にそう訊くと、健斗は少し照れくさそうに咳払いをしてから言った
「……商店街で偶然会って、麗奈のお見舞いに来てくれたの……」
「あら、そうなのー」
間延びした声で、母さんはもう一度早川の方を見る
「わざわざどうもありがとう。さぁ、上がって上がって」
母さんはニコニコして、早川を出迎える。そして、早川はお礼を言いながら静かに靴を脱ぎ、山中家へと足を踏み入れた
その拍子に床がギィッと鈍い音を立てる
「そういえば、前会ったときよりも雰囲気が……あ、髪切ったでしょ?」
前というのはおそらく、早川が健斗の家を何度か訪問したときのことだろう
そう言われた早川は照れくさそうに笑っていた
「はい。ちょっと切りすぎたような気がするんですけど……」
「いいえ。とっても似合ってるわ。前よりもうんっと可愛くなって」
健斗はその後ろで一人気に頷いていた
それから軽くため息をつくと、健斗は母さんに訊いた
「麗奈は?」
健斗がそう訊くと、母さんは少し苦い顔を作った
「今、二階で寝てるわよ」
やっぱりか……
母さんはそう言ってから、呆れたような、可笑しそうな複雑な表情を見せて続けて言ってきた
「お医者さんがね、やっぱり夏風邪だって。薬を飲んでおけば、3日くらいで治るって言ってたんだけど……一応注射打てば1日で治るって」
「……で、注射したの?」
健斗がそう言うと、そこから母さんははっきりと可笑しそうに笑った
「それがね、麗奈ちゃん、“注射は痛いから嫌っ”って言うもんだから」
「はぁっ?」
健斗は呆れかえるようにため息と共に、そう言葉を放った
早川に至っては、吹き出して必死で笑いを堪えようとしていた
健斗は深くため息をついた
痛いから注射嫌だって……
お子ちゃまじゃないんだから……
「まぁ、別に注射じゃなくたって、薬で治るんだし。それに、夏風邪って馬鹿に出来ないんだから。しっかり治す方がいいわよね」
母さんがそう言うと、早川が同意するように頷いた
「そうですね。慌てて治す必要なんてないんですもん」
「結衣ちゃんは分かってるわねー」
そんな2人の会話を傍らで聞いていた健斗は、ふっと嘲笑うように呟いた
「そんなこと言って……注射代かからなくて良かったー……とか思ってるくせに……ケチケチオ・バ・バ……」
そう呟いた瞬時、健斗の脳天に何か尖った石が落ちてきたような痛みが健斗を襲った
健斗はすぐに頭を抑えて、半泣き状態でいた
「お……おぉぅ……おぅ……」
どうやら母さんの、必殺裏拳が飛んできたみたいだ
「余計なこと言わんでよろしい……」
早川はそんな親子のやり取りを見て、可笑しそうにクスクスと笑っていた
母さんは裏拳の構えをとくと、また笑顔で早川に行った
「じゃあとりあえず、あっちに水道があるから。手を洗ってきなさい」
「あ、はい」
早川は母さんに言われるまま、水道の方へと向かった
健斗も痛む頭を押さえながら、早川の後についていくように水道へと向かった
早川と共に、健斗は二階へと続く階段を上る
これから麗奈の様子を見るために……だ
ギィッギィッと軋む音を立てぬよう、健斗と早川は静かに麗奈の部屋へと向かっていく
二階へ上がると、麗奈の部屋を見る前に、早川が健斗の部屋を覗いてきた
「ふぅ〜ん……ちゃんと綺麗にしてるんだね〜」
早川にそう言われると、少し気恥ずかしい気持ちになり、痒くもない鼻を指先で掻いた
「そりゃ……まぁな」
そんなやり取りを交わしてから、健斗と早川は揃って麗奈の部屋の前に立つ
早川が軽くノックをした。二、三回繰り返したが、返事は返ってこないことから、やはり眠っているのだろう
早川はゆっくりと麗奈のドアを開けた
「失礼しまーす」
静かにそう言いながら、早川と健斗は揃って麗奈の部屋へと入る
部屋の明かりは消されていて、窓は開封したまま、扇風機の回る音が聞こえている
その窓際のベッドに麗奈は確かに横たわっている
静かに寝息を立てて、スースーと眠っていた
そんな様子を見た健斗は、ほっと安心するようにため息をついた
「……よく眠ってるね」
早川が麗奈の寝顔を見て笑いながらそう言った。健斗は何も言わず、頷いた
顔がホンノリと赤い。まだ熱があるようだ
早川がそっと、麗奈のおでこに置いてある濡れタオルを取り、代わりに手を置いた
その際に麗奈が軽く唸った
「……ん……」
しかし起きる気配はなく、眠っているだけだった
早川は麗奈のおでこから手を離して、健斗を見て眉をひそめた
「まだ、お熱あるみたい」
「そっか……」
「お熱出たのって、昨日から?」
「うん。部活のときに熱出して倒れちゃってさ」
「そうなんだ……」
早川はそう呟きながら、濡れタオルを傍に置いてあった氷水の入った洗面器に浸し、しっかり絞ると、また麗奈のおでこにそっと置いてやった
その際、麗奈はふと気持ち良さそうな表情になる
早川は濡れタオルを置いてから、また健斗を見た
「よく寝てるし……起こすと悪いから、出ようか」
早川にそう言われて、健斗はゆっくりと頷いた
「そうだな」
早川は立ち上がり、健斗とともに部屋を出ようとする
健斗は早川が先に部屋を出たあと、一人佇んだまま、麗奈を見やった
同じリズムで繰り返す呼吸音が妙に生々しく聞こえる
健斗はふぅっと、ため息を吐くと、麗奈の部屋を後にした
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