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第7話 事情
第7話 事情 P.23

「早川?」

健斗が驚きの声を上げると、早川はゆっくりと微笑んできた

健斗は面を食らうというのは、当にこのことだと思っていた

早川と商店街で会ったのは初めてのことだったから

それに、まさか会えるとは思ってもなかった

会いたいという気持ちが募る一方で、でもどうすれば会えるのかが分からず終いだった

けど、こんな風に偶然という形で早川に会えたことに、健斗は大きな喜びを感じていた

少々混乱もしていたが、それよりも歓喜が上回ってくれている

「よっ。早川」

なるべく自然に話しかけてみる。だって、この前みたいにふかく考えすぎず、自然に話せばいいんだから

この前……か……

健斗がそういうと、早川もにっこりと微笑んだ

「こんにちは。夏休み入ってから初めて会うね?」

「あ〜……うん。そうだな。元気してた?」
そんなこと聞くと、早川は少々可笑しそうに笑ってきた

「うん、まぁね。一週間前とあまり変わんない感じ」

なるほど……

そんなこと言ってくる早川の言葉に、自分の可笑しさに気がついた

久しく感じると言っても、たった一週間かそこらであって、そこまで時間が経っているわけではない

今の質問にはちょっと変なとこがあったな

少し気恥ずかしい気持ちになる


しかし……だ

健斗はその一瞬だけ、可笑しそうに笑っている早川に見とれた

たった一週間

たった一週間しか経っていないのに、改めて聞く、好きな人の高い笑い声

細くなる目、風にたなびくショートカットの黒髪……甘い香りで誘うような薫風に、心が癒やされる

改めて気づかされた

好きな人に対する気持ち……

「えっと……早川ももしかして買い物?」

見たところ、早川の私服姿にはやはり可愛らしさを感じる

スカートがよく似合っている

それから手には……健斗と同じように買い物袋を持っているようだった

早川は健斗にそう訊かれると、健斗にそれを見せつけながら頷いた

「うん。おばあちゃんに買い物頼まれたんだ」

「歩いてきたの?」

「そうよ。だって今日スッゴくいいお天気でしょ?そしたら何だか散歩したくなって」
なるほど……早川って案外健康を気遣うタイプなのかもしれない

健斗なんかゴンタに散歩をせがまれてなんかいなければ、おそらく夕方頃までずっと寝ていたと思う

「健斗くんも……買い物でしょ?今日はゴンタくんといっしょなんだね?」

早川はゴンタの顔を覗き込むと、ゆっくりとしゃがんでゴンタの頭を撫でた

早川の柔らかく白い小さな手のひらに撫でられて、ゴンタも気持ち良さそうにしていた

「アハハ♪柔らかーい」

ゴンタの毛並みを弄って、早川は楽しそうに笑っていた

そんな光景に健斗はふと笑ってしまう

ゴンタと早川は当然お互いに知っている。散歩しているときとか、こんな風に早川と会うことだって今まで何度か会った

いや、それよりもゴンタとの出会い方からして、早川はよく知っているのだ


顔見知りであるゴンタは、早川には噛みつかない

とは言っても、そろそろこの辺のみんなもゴンタの友達になっているから

今もゴンタは顔見知りが激しいのかは、健斗は謎である

「ゴンタくんは今年で二歳かぁ……」

「そうだな。この間、ゴンタの誕生日会みたいのもした」

「へぇー……よかったねー」

早川はゆっくりとゴンタを撫で下ろしていた。ゴンタも嬉しそうに早川に目一杯甘えていた

「……ねぇ」

早川が不意に健斗を見上げてきた。健斗は早川を見下ろして、不思議そうな顔を浮かべる

「いっしょに帰らない?」

早川からその言葉を聞いたとき、やはり健斗の心は大きく揺さぶられたんだと思う






健斗と早川は、商店街からいつもの一本道を通って、家へと向かっていた

蝉時雨が辺りに降り注ぎ、健斗たちは暑さ回避も兼ねて川の辺を歩いていた

「川綺麗だねー」

早川が間延びした声でそう言うが、健斗は何も言い返さなかった

いや、言い返せなかったのだ

さすがにこのシチュエーションに健斗は大いに混乱していた

まさか早川と二人きりで帰れるなんて、今日は何てついてるんだろうか……

そうは思いつつも、どうすればいいのだろうか

好きな女の子といっしょに帰るというだけで、どうしてこんなに胸が高鳴るのだろうか

女の子といっしょに帰るだなんて、麗奈のおかげで慣れっこにはなってしまった

別に……自慢しているわけじゃなくって、嫌でそうなってしまったのを分かって欲しい

そうなんだよ

好きな女の子と帰るということは容易いことではない

色んな意味で

これはある意味ビッグチャンスなわけで、悪く言えば史上最大の難関なのだ

会話をどう弾ませようか悩んでしまう

何を話せば、どう盛り上がるのかを悩んでしまう

さっきも言ったとおり、別に自然態で話せばいいと言っても状況が違う

いっしょに帰っているのだ

まるで……彼氏彼女の関係のように

いっしょに帰っているのだ

健斗にとってはそれがどれだけ大きなことなのか、言うまでもないのだ

だから、逆にテンパってしまって頭の中が真っ白になるわけで……

「……健斗くん」

ふと名前を呼ばれて、健斗は早川を見る

「な、何?」

なるべく焦燥感を隠したい気持ちが丸出しで返事をすると、早川は不思議そうな表情を浮かべていた

「どうかした?」

「え?」

突然そんなことを言われて、健斗はさらにテンパってしまう

「だって、ずっと黙り込んじゃってるから……」

それは自分でもよく分かっているんだよ……

すると早川はちょっと寂しそうな表情を浮かべた

「もしかして……迷惑……だったかな?」

早川にそう言われて、健斗は焦燥感に煽られながら首と手を使って否定した

「い、いやいや、全然迷惑じゃないって。その……ほら、すげー暑いなぁって」

健斗はそう言って、苦笑すると、早川も少し笑顔を見せてくれた

早川に変な誤解はされたくないからな

「……そういや、あの日もいっしょに帰ったよなぁ。松本事件の日」

「そうだね。あのときは、偶然だったけどね」

「今もだけどな」

健斗と早川はそう言って可笑しそうに笑った

「大変だったよね。あのときは……」

「んー……まぁな」

健斗はそれ以上、松本事件について話したくないがため、黙り込んだ

松本事件をなるべく思い出したくなかったのだ

あの事件で、大きなものを得たのは間違いない

だが、あの事件の影響で見てしまった、早川の物悲しそうな表情、そして冷たく鋭い目つき……

健斗はそれらが嫌いだった

だからなるべく思い出したくなかったのだ

なるべく思い出したくない

その気持ちに早川も気づいてくれたのか、松本事件についてそれ以上触れてはこなかった


「そういえば、この前の七夕祭は楽しかったね」

早川が不意にそう言ってきたので、健斗も笑って答えた

「そうだな。マジで楽しかったな……早川もナンパされてたし♪」

健斗が可笑しそうにかからかうように言うと、早川は顔を赤くして、恥ずかしそうにしていた

「もぉ〜……止めてよぉっ」

そう言って頬を膨らませて、健斗を軽く叩いてくる。そんな早川が愛しく思えて、同時に可笑しさが込み上げてきて、健斗は笑っていた

「健斗くんがいけないんだからっ!あんなとこで女の子を一人で待たせて……」

「アハハ♪別にいいじゃん?ヒロ言ってたぜ?可愛いからナンパされんだって」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜」

どうやら早川にとってあのことは恥ずかしくてたまらないことらしい

恥ずかしそうにしている早川が本当におかしくって、健斗は大笑いした

早川は頬を膨らませて、つんっとした態度を見せる

何だか……こういう早川も見れて、新鮮な気持ちだった

「アッハハハハハ♪でも……俺あんなに楽しめたのって、すげー久しぶりだった」

健斗がそう言うと、早川はゆっくりと微笑んだ

「そうなんだ♪じゃあ……また来年も行こうよ」

早川はにっこりと微笑んでそう言ってくれた

健斗はその言葉に、ふとある思いが巡った

早川の笑顔と共に、出たその言葉

早川はきっと何気なく言い放った言葉なんだと思う

「来年も〜、金魚すくいやったり、射的やったり、焼き鳥や焼きそばいっぱい食べて〜」

けど健斗にとって、その言葉は……その約束を大切にしたかった

それは早川に、好きな人に言われたから……

そうじゃない

さっきも言ったとおり、翔との過去で深い傷を負った健斗は……もう毎日なんかどうでもよくなっていた

それを、周りのみんなが健斗を支えてくれているから……今こうして毎日が楽しいって思えるようになっている

だから、またみんなで来年も七夕祭に行きたい

今年の七夕祭が、健斗にとっていい思い出になったように

きっと来年も

健斗にとってはかけがえのない、大切な思い出となるはずだから

だから、健斗はゆっくりと笑った

「……あぁ。来年もみんなで行こうぜ」
そう言えたことに、健斗はすごく喜びを感じていたのだ

今の早川が見せてくる笑顔を受け止めて……健斗は喜びを感じていたのだ

「本当?約束だよ?」

「分かってるよ」

健斗と早川は少しの間、笑い合っていた。幸せな時間が、二人の間を満たしていく

少なくとも、健斗はそう感じられたのだ


そんなことを話し合って、時間はどんどん過ぎていく

「そういえば……麗奈ちゃんは元気?」

ふと早川にそう聞かれて、健斗は苦笑することしか出来なかった

「麗奈ね……あいつ、風邪引いて今寝込んでると思う」

健斗がそういうと、早川はびっくりするように息を呑んだ

本当に驚いてるみたいだ。目を丸くして、開いた口を手で覆っている

「麗奈ちゃんが?大丈夫?」

早川にそう聞かれて、健斗は苦笑したまま頷いた

「多分ね。夏風邪だと思うよ」

健斗がそう言うと、早川はしばらく驚きのため息をついていた

「麗奈ちゃんも……風邪引くんだね……」

早川がそう言うと、健斗は吹き出して笑ってしまった

会う人みんなにそんなことを言われている

「本当だよな。あんな能天気なやつがな」

「うん……ちょっと意外かも」

早川はそう呟くと苦笑した。気持ちは分かる。だって健斗だってそのことをすごく思ったから

「でも、どうして風邪引いちゃったの?雨とかで濡れた?」

早川の予測は、いい線をついていた。雨ではないが……濡れたというところは正しい

健斗は、健斗もあくまで予測だが、どうして麗奈が風邪を引いたのか……その経緯を早川に話した

もちろん話した内容は、麗奈と一昨日遊びに行った、川遊びのことである

けどいつの間にか、話しは川遊び、そのものの内容へと変わっていた

麗奈が釣り下手くそなこと

仕方ないから、別の魚を捕る方法を教えてやったこと

はしゃぎすぎて、滑って転んで、その上健斗まで巻き添えにされたこと

川魚の塩焼きを食べたこと

それらの思い出を話していると、早川も可笑しそうに口を手で覆い隠して笑っていた

相変わらずの麗奈に可笑しさを感じているみたいで……話し手であるこっちからしたら、聞き手の反応は満足なものだった

「フフフフフ♪健斗くんも大変だったね」

「まぁな〜……で、その結果風邪引いたってわけ。あのバカは」

「ふぅーん……」

「まぁ、今ごろ病院から帰ってきて、寝込んでると思うよ」

健斗がそう話し終えると、早川はしばらく黙り込んでいた。それから、健斗を見上げた

「ねぇねぇ」

「ん?」

健斗はゆっくりと聞き返すと、早川は微笑みながら言ってきた

「あの……今日麗奈ちゃんのお見舞いに行ってもいいかな?」

「え……」

早川から出た言葉に、健斗はしばらく唖然とした

そんな健斗の反応に早川は慌てて、言い返す

「あ、健斗くんが迷惑だったらいいんだけど……」

そんな謙虚な心遣いにいつもながら好感を抱く

健斗はしばらく唖然としてから、またゆっくりと微笑んだ

「いや……」

いや……

「むしろ、来てくれたら麗奈も喜ぶと思うから……ありがとう……」

そんなの本心じゃない

麗奈なんかどうでもいい

早川が麗奈のお見舞いに来てくれる

それは乃ち……

早川が健斗の家に上がるということである



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